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ダミアン バクランド 〜第二王子殿下の親友の日常〜  作者: 島田すい


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1/6

「ダミアン君、殺人事件ですよ」



 豪華絢爛な執務室で、これまた繊細で緻密な装飾が施された服を着て優雅に座っている貴人が、その雰囲気に似つかわしくない言葉を発した。


「おや? なぜ君はめんどくさい――という顔をしているのですか? 事件は君の好物だと思っていたのですが」

「この間だって殿下は、『若い女性が王都で死んだから真相を調べに行きましょう』って言って、一緒に向かいましたよね。馬車で往復四時間もかけて」


 着いた瞬間、警備隊から『失恋が原因の身投げと判明してるから調べる必要はない』と言われたのだ。

 その時のうんざりした気持ちを表情に出したが、当然相手は気にもとめない。

 

「ええ、そうですね。それが何か?」

「でも結局門前払いされて……。殿下だって事前に分かっていて、王都に行くのに僕を利用したじゃないですか。今回もそんな感じじゃないんですか?」 

「王都へ行く用事があったのですが移動中は退屈ですからね。それに、事件でないと付き合ってくれない君を連れ出すためには、ああするしかなかったのです。――分かっている君には不要な説明でしたね」


 目の前の貴人は、コホンと咳払いをしてから先を続けた。


「今回の事件は、純粋に犯人を探してほしいのです」

「どんな事件なんですか?」

「バードン男爵の三男が殺されました」

「このヴァルリナ宮殿の出入りを許されていない下位貴族で、しかも爵位を次ぐ予定もない三男なんですよね。それでもわざわざ殿下が調べるということは――何かあると?」

「ええ。彼はその、君が徒労に終わったと言った、身投げした女性の想い人だった方ですよ。偶然だと思いますか?」



 不敵な笑みを浮かべているこの貴人は、僕の両親が所有している土地に彼が旅行に来た時に偶然知り合ってからの、十年来の親友だ。

 金髪碧眼、聡明で人当たりが良いという、一見絵に書いたような王子様で、現実にこのファロンヌ王国のロイ第二王子殿下なのだが……。



 

 ファロンヌ王国はユーディア大陸の西側中央に位置する大国で、いくつもの国が存在しているこの大陸でも、一・二を争う影響力を持っている。現在の王政はゆうに数百年続いており、貿易や農業も盛んで税収も良く、長い間戦争もない。

 そんな国の王室に生を受け、使用人たちに囲まれちやほやされ続けたのだから、おっとりした人畜無害な王子に育ってもおかしくないと普通は思うだろう。


 だが実際のロイはかなり偏屈な人物で、頭が切れるため人を駒のように使い、私的な場ではこうやって人を揶揄(からか)うような話し方をし、本心を悟らせない。


 この国の貴族に多い血統主義は持ち合わせていないようで、地方出身で片親のみ貴族、そして少し……いや、かなり特殊な見た目を持つ僕とも馬が合い普通に仲良くなった。

 

 

「状況はどんな感じなんですか?」

「王都にある、リュー地区はご存知ですか?」

「はい、繁華街ですよね。食べ物屋や商店がいっぱいある……」


 富裕層向けでも貧困街でもなく、平均的な平民が多い所だと頭の中で補足した。

  

「ええ。彼は二日前の深夜、その繁華街近くの通りを一人で歩いている最中に刺されて殺されたようです」

「リュー地区は民家や店が密集していますよね」

「ですが不思議なことに、誰も声などを聞いていないようです」

「それにバードン男爵家は下位とはいえ貴族の家柄、そのようなところを、普通、馬車も護衛もなしで夜に歩きますか?」

「ええ、何か特別な理由があったのでしょう。そこも含めて調べるのが、今回の君への依頼ですよ。ダミアン君」



 眉目秀麗な顔で一点の陰りもなく微笑む姿は、どんな女性でも一瞬で恋に落ちてしまうくらいの破壊力だが、僕には仮面をつけた怪人のようにしか映らない。『純粋に犯人を探してほしい――』と言うのだって、おそらく嘘か、本心でもそこに何か違う意図があるのだろう。


  

「はあ……」

「おや? ご不満ですか? 調べがいがありそうですのに」

「そうですが……また、あなたにしてやられるのではないかと」

「ああ、二年前のことですか。おかげで助かりましたよ。君が根に持つタイプだったとは、意外でしたがね」

「殿下だって何年前のことかまで、はっきり覚えているじゃないですか」

「記憶力に関しては――君にも負けませんから。それでダミアン君、事件に関してはいかがかな?」

「もちろんお調べしますよ、殿下。お任せください」




 豪華な執務室を退室し、廊下を進む。こちらも赤色の分厚い絨毯が敷かれており、壁には高価で、一般的な平民ではひとつも手に入れることができない灯りが、等間隔で置かれている。


 廊下の突き当たりは左右に分かれている。差し掛かろうとした時、右側から話し声が近づいてくるのが分かった。できれば彼らはそのまま真っ直ぐ行って欲しかったが、そう思うときはたいてい逆の結果になる。彼らは僕がいる方へ曲がってきた。


 第二王子の親友という立場で一応貴族子息だが、周りからは一切そう思われていない。当たり前のようにその場で制止し、お辞儀をしながら彼らが通過するのを待った。その際、僕に対して嫌悪感を持った言葉を発せられたが、反応してはいけない。上手く立ち回るためには雑音は無視することが必要だ。



 巨大な宮殿を出てもその先にはまだ広大な庭園が続いている。色とりどりの花が植えられている花壇や、過去の絶対的な王が権力にものを言わせて川の流れを変え作ったという運河や噴水、運ぶのも大変そうなほど大きな彫刻の数々などには目もくれずに進む。

 何人かの令嬢が楽しそうに散歩をしていたが、自分を茶に誘うようなお人好しはいないだろう。


 出口を目指して気配を消すように歩き続け、大きな馬車用の門の横に併設されている扉から外に出ると、門番から見えないようにしながら大きく一度深呼吸をした。


 そのまま大通りを抜け、宮殿で働く使用人たちの住居が立ち並ぶ道を歩く。二度角を曲がったところにある質素な扉を開けた。内廊下を進み、突き当たりにあるもう一つの大きく重厚な扉が、僕の屋敷への入口だ。


 

「ダミアン兄様、おかえりなさい」

「エステル、帰っていたんだね」

「ええ。兄様、この後の予定は? お茶をしたくて待っていたのだけど」

「うん、ぜひもらおうかな」


 僕を兄様と呼ぶこの妹は、ロイ殿下と同じ豪華な金髪の長い髪と甘い蜂蜜のように輝く瞳を持つ、誰もが振り返るような美人だ。

 侯爵家令嬢にもかかわらず、自ら茶を淹れて窓際の暖かな陽が差し込むテーブルに用意した。


「兄様、殿下の用事は何だったの?」

「王都での殺人事件の調査を依頼された」

「あら!」

「嬉しそうに見えるけど?」

「不謹慎でごめんなさい。でも、また色々楽しめると思うと嬉しくって!」


 ――そう、エステルは黙っていればお淑やかな美女と評判が高く、いくつもの誘いや縁組が舞い込むであろう貴族令嬢なのだが、実際は好奇心旺盛で何にでも首を突っ込みたがる、いわゆるお転婆な性格だ。


 兄がロイ王子に誘われて二年前から親友の隠れ探偵(助手)をしていたと知り、エステルはいても立ってもいられず領地から勝手に追いかけて来たのが去年のことだ。

 ダミアンはすぐに実家に連絡を取った。だが彼らの両親、すなわちバクランド夫妻は娘の勢いに押され、王子の執務手伝いでダミアンと一緒なら――と、最終的にわがままを許した。



 彼らの上には年の離れた兄が二人おり、四人目にしてやっとできた娘に甘くなるのは仕方ない。

 それまでダミアンが借りていた単身者用の住居では手狭だろうと、この若い二人には広すぎるほどの屋敷も用意した。快適ではあるがそれだと都合が悪いダミアンは、最終的に両親には内緒でもう一つの入口を作る改装をし、問題を解決している。

 エステル付きに派遣された使用人の女性、ジュリエットがいるが、今のところそのことを実家に報告した様子はない。


 バクランド夫妻は息子の親友で昔から知っている王子なら任せられると思っているが、実際は助手は助手でも書類関係の執務の手伝いのようなものではなく、事件の捜査――ましてや潜伏までしているとは知らない。

 強制されているのではなく、ダミアンとエステルが望んでしているのであっても、彼らの耳に入れば一瞬で実家に連れ戻されるであろう。

お読みいただきありがとうございます!

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