89話 招かれた視野狭窄
なんとも言えない光景が広がっていた。
王都へ向かおうとしているただの群衆を攻撃しなければならないからだ。
農具を持った人々が兵士の真似事をしている。
声を出し、狂気を奮い立たせて走っている。
そして、それを鎮圧するのが彼ら兵士の仕事だった。
「……これは……まるで……」
「何も言うな……ッ! 行くぞ!!」
反王軍は数を増やすことで、それを力にしている。
人は群れることで気を大きくするものだ。
それが数百、数千、数万となっていけば、自分たちが正解の側だと勘違いするのも当然だった。
兵士が斬るのは、男性がほとんどではあったが、女性、老人、たまに子供も見かけることがあった。
できるかぎり無力化をして捕らえているが、抵抗が激しく怪我、果ては命を奪ってしまうこともあった。
兵士は民を守るために民を傷つけることに対して意欲など持てるわけもなかった。
「何をしている!! さっさと鎮圧しろ!」
叫ぶ部隊長は勿論貴族である。
彼にとっては戦いの場というものは自分を強く見せるための舞台であり、秩序を乱す民衆など価値のないものだった。
やる気のない兵士たちをなんとか鼓舞するが、どうにもうまくいかなかった。
街と村の格差がそのまま人の心にも影響していた。
富める者は富み、貧しい者は貧しいままだ。
その差を埋めるために、もしくはもうどうでもよくなって、民はただ進み続けるのである。
狙いは王都。そこに住まうのは平等を許さぬ上位者たち。
王すら傀儡に仕立て上げ、贅沢を貪り私腹を肥やす人でなしども。
さらには魔王と仲良くし始め、本当に人間としての誇りを捨て去ろうとしている。
そんなことを許せるはずがない。
「進めえええええええッ!!」
「貴族を……ッ!! 偉いやつを殺せ!!」
「誰でもいい!! 殺せ!!」
戸惑う兵士とは逆に群衆の士気は高い。
10人がやっと一人の兵士を転ばせる程度の力だとしても、作戦も何もなく、ただの魔法の攻撃で行動不能になってしまうような脆弱な集まりだとしても、その執念は凄まじいものだった。
“自分たちが苦しいのは世界を作る存在が悪いからだ”。
聞こえてくる彼らの心の叫びはそんな身勝手で無責任な、八つ当たりばかりだ。
──王冠を逆さまに。
世界の行く末を誰かに任せるのはもうやめよう。
従うのはもうやめよう。
自分たちを無視したらどうなるのかをただ知ってほしいだけのことだ。
勿論彼らは世界の片隅の一つの集団に過ぎない。
だが、今このときだけは世界の中心、歴史の転換点に立っている。
それだけで、なんだか喜ばしい。
名前も残らぬ自分の存在が、たった一つの単語でも、歴史に記憶されるのならそれでもいい。
彼らはただそう思ってしまっただけの普通の人間だった。
そんな彼らだからこそ。そんな強い意志を持つ魂だからこそ。
────素材として申し分ない。
「……? なんだ……?」
「隊長! 飛来する者アリ!! あれは──槍……?」
目の良い弓兵の一人が空から飛んでくる細長い黒い槍を発見した。
長さは普通のもの。だが、それは明らかに魔法的な術式が組まれたものだった。
そして、それは反王軍の群衆の中心に到着し、地面に突き刺さった。
「うわっ!?」
「なんだ……?」
元々村があったその戦場の中心に刺さった槍から何かが漏れ出していく。
何やら黒いモヤのようなものが群衆に満ちていく。
「ガハッ……!」
「うごおえっ……」
皆、毒を受けたような反応をしていた。
彼らは苦しみながら次々と倒れていった。
「!! 止まれ!!」
その近くで戦っていた指揮官が警戒し、部隊を止めた。
それは異様な雰囲気を醸し出していた。
黒い槍の周辺は倒れた人々の肉体だけが広がっていく。
血反吐を吐きながら倒れるただの人間。普通の幸福を夢見ていただけの弱者たち。
“ならばその夢をずっと見せてあげよう”。
そんな声が聞こえたような気がした。
そして、槍に組み込まれていた術式が発動した。
それは呪いを媒介に人間を変換する魔法。
何に変換するのかは知れたこと。
人間の魂を素材にこの世に顕現する、物言わぬ赤黒の騎士。
浄化魔法というただ一つの弱点を除けば、効率の良い兵器。
魔王アルテが最も贔屓する魔物。
「不死騎士……っ!!」
「まずい!! 浄化魔法使いを……!」
黒き槍の術式により現れたのは不死騎士の軍隊だった。
倒れていた人間たちは全て漏れなく変換され、その鎧となった。
「落ち着け!! 遠くから魔法で攻撃し続けろ!! エネルギーの損耗を狙え!!」
「全てを壊すな!! 足を重点的に破壊しろ!!」
「生き埋めにしろ!! 土魔法を使え!!」
大戦争帰りの指揮官たちが落ち着いて、指揮を飛ばしていく。
こんなのは簡単な方だ。
本来であればこれに付随して敵は範囲攻撃を行ってくる。
修復される不死騎士の効果的な使い方だ。
別種類の魔物もこの王国の中心までは入り込んでいない。
その分東部はかなりの数が入り込んでいるらしいが。
「やれ!!」
次々と魔法使いが攻撃を放つ。
その間に浄化魔法使いを探す。
この戦場にいる浄化魔法使いは貴族であり、今頃は陣地で寝ているのだろう。
彼ら指揮官の対応は間違っていない。
それが前までの不死騎士相手だったのならば。
そして彼らは気づかない。
倒れて鎧となった群衆の数と不死騎士の数が一致しないことに。
通常、不死騎士作成に必要なのは人間一人。
それは初めに作られた理由がただの観賞用でしかないからだ。
今までの不死騎士はいわばただの試作品。
そして、作った者はもうすでにこの世にいない。
だからこそ時間がかかった。
だからこそ改良するまでに11年かかった。
アルテの思いついた術式。
そしてバルファクトの研究により完了した。
複数体の人間の魂を用いることでそれは成ったのである。
その騎士達は嘆く民の意思を引き継いだのだ。
では魂に従いこの理不尽な世界に反抗をしなければならない。
「な──?!」
不死騎士たちが魔法を避けた。斬り払った。防いだ。
そして、不死騎士が部隊を作り分かれて行動し始めた。
「なんだ!? 陣形を崩すな!」
「遠くから……ぐあっ!? ……ッ!! 矢だと……?」
一人の指揮官を襲ったのは矢だ。
それは戦場であれば目撃することもあるだろう。
しかし、放ったのが不死騎士であるのが問題だった。
見れば一部の不死騎士が弓矢を装備していた。
そして、その弓兵部隊が矢を番えて放つ。
的確に王国軍の指揮官を狙っていた。
「下がれ!! 防御魔法を前方へ!!」
「ぐおおおおおッ!? 動きが……! こいつら!」
大戦争中の鈍い動きの印象を欠片も感じさせない程の早足で、不死騎士たちは詰めてきた。
まるで熟練の精鋭。そして、地形と状況の把握能力を手に入れていた。
そして、勿論その剣の腕も相当なものである。
「がはっ!」
「うわあああああああっ」
「おのれぇ……っ!」
一体一体が大戦争帰りと打ち合う実力を有していた。
次々と若い兵士たちが統率の取れた赤と黒の鎧に討ち取られていく。
「ぬん!!」
王国軍精鋭騎士の一人が不死騎士の首を切り落とす。
それは無意識に取った行動だった。
魔物相手にまるで人間を相手するような戦いをしてしまった。
不死騎士の兜が落ちる。
──“だから、それで?”。
「しま──、ぐあ!」
首無しの鎧がそのまま精鋭騎士に斬りかかった。
戦後に最初に王都を襲った不死騎士。
ブレイブハートの新鋭とカルクルール公爵令嬢が討ち取ったと言われるもの。
実はあれが前段階の改良体で最も完成度の高い個体だった。
しかし子供があっさりと倒したため、その脅威はしっかりと伝わっていなかった。
その後発見された個体が不発が多かったのも関係しているのかもしれない。
とにかく、王国軍は不死騎士を兵器運用される本当の恐怖を感じ取れていなかったのだ。
「ぎゃあああああああああっ!?」
「気をつけろ!! アイツら魔法を使ってきやがる!!」
前衛ごと焼き払うような炎の魔法が飛んでくる。
人間だけが焼かれていく。不死騎士には効かない。それが特性だ。
炎の中を突っ込んでくるような戦法を不死騎士たちは取り始めた。
「動きが……変わっているのか……」
少し後方で戦いを俯瞰していた指揮官がそんなことに気付く。
不死騎士たちの動きが洗練されていく。
王国軍の戦い方を知り、それへの対応を始める。
弓による射撃も、騎兵による突撃も、魔法による焼却も、剣技による斬撃も、何も意味をなさない。
「ははははは! 獲物がこんなにたくさんいるとはな! 手柄がたくさんだ!! 【コンル・クリアランス】!!」
「おお……っ!! 助かった!!」
そんな絶望に支配されかけたところにふざけた態度の浄化魔法使いがやってきた。
そして、浄化魔法が唱えられ、近くの不死騎士に直撃した。
多くの兵士たちが安堵した。
その浄化魔法使いは間違いなく英雄となるだろう。
「────ん?」
浄化魔法を受けた不死騎士が振り向いた。その浄化魔法使いを見た。
そして、斬りかかった。
「ひいいいいいいっ!?」
「彼を守れ!!」
「な、なんだ……っ!?」
浄化魔法使いに気が付いたように他の不死騎士たちも行動を変えた。
最優先事項が不死騎士たちに登録されたのである。
不死騎士の弓兵の斉射と魔法攻撃が全てその浄化魔法使いに集中する。
明らかに自分たちの弱点を理解し、それを潰す動きをしていた。
今までならば、やはりあり得ない。
不死騎士は目の前の人間を無視して行動などしなかった。
「ひぎゃあああああっ!! 痛い!! 痛い……っ!!」
無敵の騎士たちがたった一人の人間に群がった。
それはとても恐ろしい光景だった。
蟻が砂糖に群がるが如く、止めようとする兵士を簡単に排除し、その浄化魔法使いを徹底的に追い詰めていく。
矢の雨と炎で自分たちごと攻撃しながらちっぽけな人間を容赦なく斬って、刺して、動けなくした。
命尽きる瞬間までその浄化魔法使いは祈りを続けた。
態度は最悪だったが、最後まで男は仕事を全うしようとしていた。
「【コンル・クリアランス】!! が……っ!! ……【コンル・クリアランス】! 【コンル・クリアランス】うぅぅぅ!! 【コンル……クリアランス】……。【コンル・クリア──……」
それだけ浄化魔法を撃って消え去った不死騎士は一体だけだった。
「…………」
「…………」
「…………」
希望が潰えた。
兵士たちの数人は女神に祈った。
しかし、今更捨てた神に祈ったところで微笑みが返ってくるはずもない。
不浄の騎士たちは最優先事項の処理を完了し、再び敵戦力の排除に乗り出した。
混乱と絶望に支配される兵士たちは気付いていないが、浄化魔法を受けていた不死騎士の何体かはその動きが鈍くなっている。
効いてないわけではなかった。
しかし、そもそもの浄化魔法使いの数が足りない。
そして、浄化魔法使いを全力で狙う不死騎士を止めることが難しかった。
遠距離攻撃と範囲攻撃を習得した、自爆すら良しとする狂気の騎士軍団。
このような戦いが各地で起こった。
つまり、反王軍として戦いに参加していただけの無辜の人々は、余すこと無く不死騎士へと変換されたのである。
「あっはっはっは!! いいねぇ! 完成だよ!!」
遥か遠くの魔王領の城にて上機嫌の魔族がいた。
彼女はバルファクト。
モードスの下で日夜研究を繰り返す古き者である。
「ああ……この、なんというのかな? 開放感? 仕事に追われている時は本当に何度も何度も怒りで我を忘れてしまうのに、いざ終えてみると、次の仕事を早くやりたくなってしまうね!!」
「あー……。じゃあ、早くやってよ」
自分の手に持つ黒い槍を振り回しながら、興奮しているバルファクトに雑に返事するのは幹部モードスだ。
彼は疲れたように椅子に横になっていた。
「なんだい? せっかくの完了を共に祝ってはくれないのかい? 部下を労ってくれよ!!」
「駄目だ。三徹かましてからテンションおかしいよ、キミ」
「あっはっはっは!! もはや何も感じなくなってしまったのサ。お次はどこかな~?」
やはりおかしいテンションで彼女は次の標的の場所を、近くのコンソールを見て確認した。
彼女たちがいるこの場所は城の屋上。そして、“発射台”でもある。
「いよいよ王都周辺かな。風も出てきたみたいだから調節に気をつけてね」
彼女の研究に付き合っていたモードスも疲労気味だった。
実際のところ不死騎士の改良自体は1年くらい前に終わっていた。
あとはバルファクトのこだわりでしかない。
当初の計画では、浄化魔法への対策は捨てることになっていた。
しかし、バルファクトが新たにその対策を考え実装することになり、研究が長引き時間が押したのである。
「信頼がないなぁ……。これでもワタシは戦いの経験がないわけではないんだが」
バルファクトは手に持つ黒き槍に息を吹きかけた。
彼女の吐息には呪毒が含まれている。その呪いが槍に塗られていった。
「ごめん、ごめん。わかったからさっさとお願いね。メインはまだあるんだから」
「冷たいねぇ……。ふふふふ、まあ、信頼の裏返しということにしておくサ」
バルファクトの片目が閉じられる。
そして、人間領域まで見通す特別な眼が彼女の側頭部にある巻き角のような突起に出現する。
例えるならそれは望遠鏡。彼女だけが持つ視覚。
それが捉えるのは遥か遠くで行進を続ける刻印を持つ人間たち。
綺麗なフォームでバルファクトはその不浄の槍を構えた。
「《ガタエシ・イフシキフスフ》“自身の生存を最優先とし、殺人を行え”」
コードを入力され、さらなる暗き光を放つ槍をバルファクトは投擲する。
空気を裂くような音が響き、衝撃が走る。
「はあ……。もっと普段からそうしてればかっこいいのに……」
風圧で乱れた髪を直しながら、モードスが愚痴る。
「あっはっはっは!! これは嬉しい労いだ!! だが、目的がないとどうもワタシという生き物は動けないのサ」
そんなモードスの愚痴を褒め言葉として解釈したバルファクトは、その邪眼で黒き不浄の槍の着弾を確認した。
また複数体の魂を素材とする改良型不死騎士が生成されていく。
彼女が考えた浄化魔法への対策は、魂という不死騎士を構成する核を増やすこと。
つまりは不死騎士の命のストックの増強だ。
効かないようにするのではなく、耐えられるようにすることで不死騎士の稼働時間を増やしたのだ。
「あぁ……いいねぇ……。人間が死んでいく……。駄目だぁ……坊や、少し相手してくれないか?」
死んでいく人間をその眼で見て、興奮が抑えられないバルファクト。
ついにはモードスにおねだりを始めた。
「またぁ~? いい加減、仮眠でも取りなよ」
「頼むよぉおお……。ワタシかなり頑張ったと思うのだが? だがぁ?」
「もおおおお!」
なんだかんだ付き合ってくれる今の上司がバルファクトは好きだった。
そもそもモードスが彼女の上司をしているのも、その優秀さもあるが彼の本来の役割が起因している。
「さっさとしてよね……」
「あっはっはっは! 了解だよ、坊や」
再び邪眼で人間領域を彼女は見つめる。
反王軍プロジェクトはなんだかんだ役に立った。
人間たちは思ったよりも多く子供騙しの思想に飛びついてきたのだ。
思想は強ければ強いほどいい。
考えが固定され、視野は狭くなる。
そのくせ、意思は人一倍強くなる。
感情を学んだモードスが立てた作戦は満足する成果を出したと言えよう。
結局のところ、集まった人物がどれほど優秀なのか、どれほど善良なのかなどどうでもいい。
──素材となる“数さえ多くなれば良かった”のだ。




