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プリミティブ・プライメイツ ~暴君転生~  作者: 翠碧緑
1章:幼少・オリジェンヌ編

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9話 幸せは考えるもんじゃない


 久しぶりの夜更かしは疲労感を俺の体に残した。まじだるい。

 横を見れば目を腫らしたガキが、まだ眠っていた。さてと、どう誤魔化したもんか。或いはどう屁理屈をこねるべきか。


 俺の犯行計画は案の定、狂い出した。


(まじかよッ!)


 いつもならもう少しあるはずの、起床までの時間が早まる。こちらに向かってくるクソババアの足音が既に聞こえているからだ。なんで今日に限ってはええんだよ。


「おいっ!! 起きろ!」


 ヤンバトの頭を思いっきり叩く。だが一向に起きない。


「ん? んぅ……」


 こいつ……。やばいやばいやばい。


「うおらッ!!」


 無理矢理運んで、ベッドの下にヤンバトを放り投げる。もうそこで寝てろや。


「おはようございます。あら、珍しく起きていらっしゃいましたか」


 同時に扉が開かれ、ババアが入ってくる。いつもならコイツがカーテンを開け、起こしてきやがるのだが、今日の俺はベッドではなく床の上に立っている。


「…オハヨゴザイマス」


「……」


「な、なんスか?」


「その格好はなんですか。まさかそのままで寝たのですか?」


 やべ。メイド服のまま寝てたわ。

 しかもよく見るとめっちゃ汚れてる。うん、まあ、終わり。


「…一体、どこでそんなに汚したのですかね?」


「うっす……」


 なんでそんな笑顔なのん? 鬼畜ババアの性格終わってんだろ。


「それで?」


 腕を組んでこちらを見下ろすクソババア。やってやろうじゃねえか。


「社会に出ていくということは、経験を積むことだと私は認識しております」


「はい」


「経験を積むにはどうすればいいか? それは環境を変えることが重要になります。慣れた環境にいては人間の成長は止まってしまうわけです」


「なるほど。貴方はもう我々の教育に()()()()()()()、と」


 Oh……。あうあうあうあう。


「……まだ見ぬ場所、まだ知らぬ人々の出会いというのはいずれ私に必要なることだと思いましたので、それを前倒しにした訳でございます」


「ならばご安心を。時期を見て貴方様にはじっくりと実践していただくことになりますから。新しい場所、新しい出会い。()()()()()()()()


 うそだろ…。


「ですが、人間環境を変えてしまうと多大な負荷を心に負ってしまいます。安らぎというのもまた、人間に必要な要素でありまして──」


「人間に必要ありません。負荷には耐えるべきです」


「旧時代の考え方でえーす! 時代についていけないババアでぇす! ぴっ?! な、なんだぁ? やんなら来いよ、オラッ!!」


 滅茶苦茶殺す気で睨まれて、軽くちびったが、シャドーボクシングで対抗する。

 溜息を零すババアは、遊び終わった顔をしていやがった。マジでいい性格してるぞコイツ。


 なんとか本命は隠し通せたと思ったが──、


「きゃああああああああああああああああああああッ!?」


 ベッドの下から響いたやけに甲高い声によってそれもぶっ壊れた。


「り、リエーニ!? どうしたの!? そんな氷のようにッ?!」


 ちなみにベッドの下には作りっぱなしの“俺ゴーレム”がある。ジジイに分解方法を教えてもらっていないことを気付いたのは帰ってきてからだった。

 知らなければ確かに死人にしか見えねえかも……。


「って狭い!? 何ッ!?」


 ガタゴト揺れるベッドを無言で見つめるアンリーネ。目がキマり過ぎてて怖すぎる。


「ぐげぇっ!?」


 透明化をしようとしたが、襟を掴まれ確保される。とほほ……。


「招いたお客様をベッドの下に入れるなど、わたくしは教えましたか?」


 怒るとこ、そこ?



 騒動の後、ヤンバトは有無言わされずクソババアに連行され、湯浴みをさせられている。


 俺はというと、ジジイとカーティスさんに正座させられ、絶賛説教中だ。この年になってこんなん食らうとは思ってなかったぜい。


 “断りもなく勝手に外出するとは何事か?”

 “見ず知らずの子供を連れてきてどうするつもりだったのか?”

 “それに自分一人でなんとかするのではなく、大人を頼るべきだった”


 何も言い返せねえ……。正直、なんとかなるとは思っていた。こんなに駄目出しされるとは思わなかったけど。

 おそらくアイツは貴族のボンボン。その証拠に皆俺に対しての敬語が外れている。


 新人メイドに説教する先輩達、というスタンスを取っているのだ。半分この説教もパフォーマンスだ。


「聞いておるのか? クソガキ」


 このジジイ…、滅茶苦茶遊んでんじゃん。そんなに言いたかったんなら普段から言えばいいのによ。


「はい。申し訳ございませんですます。あいたっ!」


 空気ゲンコツの練度が最近上がってんだよなあ。


「お待たせしました。食事にしましょう」


 しばらくジジイとじゃれていると、湯浴み組が帰ってきた。風呂上がりのヤンバトは、改めて見ると美男子って感じのイケメンだった。普通にいい匂いがした。なんか気不味そうにしている。


「“ヤンバトール”様の家にはお食事の後、伝えさせていただきます。お許しを」

「ああ、構いません」


 ちょっと吹っ切れた顔にはなっているので、まあ、いいってことで。


「今、ルクレヴィス家の方はいらっしゃいますか? ご挨拶と謝罪をできればと思ったのですが……」


「現在、当屋敷は主人が不在の状態です。気負わずにお過ごしください」


 綺麗にカーティスさんが答える。考えてみりゃすごい状況だ。主いないのに従者が働いているんだから。ハウスクリーナーみたいに何日に1回来ればいい、という感じにはいかないんだよな。


「では、食事の案内は私がさせていただきますね」


「えっ? ああ、頼む」


 約3人から睨まれながら、部屋を脱走する。ざまあみろ。客の前でガチ説教はできまい。


「リ、リエーニ、その…だな。私は…」


 何か言いたそうなヤンバト。腹減ってるから早くしろ。


「お気になさらず。いと(とうと)き御方々に対し奉仕するのは当たり前のことです」


「え……あ、う。そう…だな」


 少し俯くヤンバトの表情が、俺から見えることはなかった。



 その後、豪華な馬車に乗ってヤンバトは帰って行った。結構偉いところなんだろうけど、まあ大丈夫だろアイツなら。


 俺のような別の家の従者とそうそうに関わることはもう無いだろう。アイツがどんな選択を取るのか少し楽しみだ。結果だけでも知れたらいいのだが。


 見送る俺は礼を取り、決してアイツと目を合わせることは無い。今回が特別だっただけだ。ちょっと寂しくはある。

 なんてったって、馬鹿やれる同年代ってのは貴重なものだからだ。


 うーん……。一応、今後俺が頑張れば身分差は少し無くなるんだろうけど、同じように接してくれるかなあ。


 あの説教シスターの言っていたことが少し理解できるかもしれない。

 あんなガキでも困ってんだ。俺程度の悩みなんて小さい小さい。


 気合を入れ直して、鬼畜共のシゴキをまた受ける俺であった。





 脱走からしばらくして、何やら客が来るらしく、俺へのイビリが休みになった。ヤンバトの家の人が挨拶に来るのだとか。


 “ウチのクソガキが迷惑をかけました”的なやつかな。ちゃんとやるんだな貴族も。


「何もなければ貴方様の出る幕はありません。待機でお願いしますよ」


 ババアに釘を刺され、部屋での学習で暇をつぶす。ヤンバトおるんかなあ。すんごい泣いてたら見てやりたい。

 本を閉じ、窓の外をなんとなく眺める。


「──ます。改めて──」


 少しの頭痛とともに、知らない声が聞こえてくる。

 ふはは、俺のパワーは日々成長している。そう、盗聴だ。


 娯楽を求めた俺は結局力を鍛えた。


 可聴域の限界を突破、音波を探知する範囲を拡大、あとは多分声を遠くまで響かせたりできるはずだ。試したこと無いからわからん。


 今のところは街全体は無理だが、意識すれば見える距離までの音を拾える。使いようはあると思うが、これを使うとめっちゃストレスがたまる。自分の周囲で大人がどでかい声で話しまくってる図を想像してほしい。


 人間の音だけじゃない。風の音や、車の音が三重エコーかかって聞こえることもある。拾う音の範囲を調整すると、今度は声が途切れ途切れになってしまったりと、調整が難しい。


(来たのは、2、3人か?)


 一人が普通じゃない歩き方で足音を消しているので、判断がムズいが客は三人のようだ。


 ヒールの音。女か? ヤンバトはいないようだった。あいつの歩く音は覚えている。んだよ、つまんねー。


 ベッドに体を投げ出し、透明化を解く。挨拶しに行く気満々だったけどやめだやめ。


 でけえ扉の開く音。掃除するのがクソめんどくせえ客間についたようだ。座ったのは一人。布が擦れる音が多い。スカート、ドレスか? 女がきっとヤンバトの代わりに来たアイツの家の代表なのだろう。


「……そういえば、もう一人従者がいると聞いていたのですが、どこに?」


「未熟者ゆえ、下がらせています」


「お世話になったとか。是非、礼を」


「お言葉だけでよろしいかと。こちらこそ無礼を働いたらしく、謝罪を申し上げます」


 多分、女とカーティスさんの会話だ。何を言ったんだヤンバトのヤツ……。ベッドの下に放り投げたこととか言ってねえだろうな?

 完全にお礼参り的な意味だよな? 推定アイツの姉妹か母親にシメられちまう。


「何をおっしゃいます。こちらの未熟者の世話をした従者の顔を見て、直接お礼をしたいのです。ただ挨拶だけでもお願いできませんか?」


 やべえ。表情がわからねえからどんな雰囲気なのかわからねえ。

 カーティスさん、まじ頼む。断ってくれ。ここは公爵家! ハイパー貴族! ねじ伏せろ!


「そこまでおっしゃるのでしたら、すぐに。ただ、教育を禄に受けていない身分の者なので、先に謝罪をしておきます」


 初対面の人に未来の謝罪をしなきゃいけないほど、俺ってやばいのん? ガキじゃねえんだし、分別くらいあるわ。

 ああー…、カーティスさんの態度的に結構上級の人なのか?


 しばらくして、ババアから呼び出される。


「……」


 無言で何も言われないのクソ怖いんだけど。ガチじゃん。


「えーと、どんな人が来たんすか?」

「今の貴方がその言葉使いをしたら、一生日の下には出てこれないでしょう」

「うっす…」


 手術室に向かう前の気分なんだけど。麻酔くれ。


 ババアが丁寧にドアをノックする。カーティスさんの許可とともに俺は入室する。

 ぜってえ自分から口をきいちゃいけない。目線は下。古き良き封建社会だ。


「こちらがリエーニです。ヴィクトリア様」


「……。面を上げて結構よ」


 座るカーティスさんの横に立ち、目線を上げる。


「リエーニ、挨拶を」


「失礼します。リエーニと申します」


 女、いや目の前にいたのは俺とそう変わらない女の子だった。よく手入れされた髪の毛は綺麗な(つや)を抱き、燃えるような瞳は外見にそぐわない凛々しさを与えているようだった。


 ヤンバトの姉弟だろうか。顔はあまり似ていないが、雰囲気がアイツに似ている。


「私はヴィクトリア。ヴィクトリア・ブレイブハート」


 別に貴族が下賤(げせん)の者に名乗る必要は無いのに、コイツは名乗った。なんか、気安い……?

 

 ヴィクトリアと名乗った少女は笑顔すら浮かべて、俺に語りかける。

 ていうか『ブレイブハート』って俺でも聞いたことあるぞ。えーと…。


「貴方にはとてもお世話になった…ようね。お礼を言わせてくださるかしら」


「当然のことをしたまでです。こうしてわざわざでお越しいただけるだけでも光栄なことです」


「そんな固くならないで。ヤ、ヤンバトールに聞いていますよ? なかなか愉快な子なのでしょう?」


 アイツシメていいか? チクりすぎやろ。どこまで言いやがった?


 そうだ、ブレイブハート。ババアの口から何回も飛び出してきた家系の名だ。


「どうかお許しを。一介の召使いには難しいことです」


「そう……。仲良くなればいつか心を開いてくれるのかしら?」


 は? なんだコイツ。まずヤンバト持ってこいよ。やべえ、美人だけど貴族だと思うと急にムカついてきた。こういうガキがあのクソ野郎みたいな権力マンになるのか。


 まあ、それだけの力がコイツの家にはある。


 ブレイブハート家。それは英雄の血筋。四選英の一人、先の大戦で生き残った勇者『エルヴァリス・ブレイブハート』を輩出した名家だ。


 なるほどなあ、ヤンバトがあんな悩みを抱くわけだ。


「ご容赦を。あの態度はヤンバトール…様を同業と私が勘違いしてただけです。愚かでした」


「ふふふ! 別に気にしていないわよ。普通にしていいの」


 あ? なんでてめえが言ってくんだよ。というかこの空気どうすんの。貴族が弱者をいじめてるだけだろ。


「気に入ったご様子ですね」


「あら、…ええ。はしたないところをお見せしました。今日のところはこれで失礼します」


「そうですか。大したおもてなしもできずに申し訳ありません」


「気にしていません。こちらが突然押しかけたんですもの。では、また」


 さっそうとクソガキは去っていった。なんじゃアイツ。人を舐めやがって。これだから貴族ってやつはよ。てか、『また』ってなんだよ。もう用無いだろ。次くんならヤンバトだろうが。


「丁度良い機会ですね」

「うん?」


 お貴族サマの馬車を見送り終わったあとに、ババアがニタついてそんなことを言ってきやがった。


「当家にお越しいただくお客様への対応。実践しましょうか」


「は? いやいや、こんなペーペーに対応させる相手じゃないでしょ! ブレイブハートやんけ!」


「ハア……先程のようにできるのですから普段からそうすればいいのに。しかし、その家名をよく覚えていましたね。わたくしが語ったことなどどこ吹く風だと思っていましたよ」


「そう思ってんなら、仕事中にやるのもうやめてください。じゃなくて、アンリーネさんがやりゃあいいんじゃねえっすかね」


「どうにも貴方は今の状況に『慣れて』しまったようですから。新しい風を受け入れてみようかと」


「今ある日常の尊さを理解するべきです。変化などクソでございます」


 クソババアはそれはもう眩しいくらい笑顔でした。クソが。



 案の定、あのメスガキはすぐにやってきやがった。


 俺の抵抗虚しく、名指しで俺はたいして交友のない相手をもてなすことになるのだった。


「美味しいわ。良い香り。とても上手な淹れ方よリエーニ」


「ありがとうございます」


 天気の良い中庭で、手入れされた花々に囲まれた空間で、ソイツは微笑んだ。


 俺のユルハクテとササブルドのミックスした茶は大変好評でしたとさ。……クソが。


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