85話 暴君凱旋 Playful Sovereign
「お~い、店主さん」
「あん? なんだい?」
昼間の開店前の酒場にて、準備をする店主に声をかける男がいた。
「今日も“ライブ”ってやつはないのかい?」
「おお、しばらくはねえってさ」
「なんだよ~、最近あれが楽しみで生きてんのによ~」
その酒場では時々学園の生徒の手によってライブなるものが開かれていた。
目的は演劇の宣伝だが、集客効果もあった。
「まあ本業で忙しいんだろうよ。次の予定が決まったら声掛けてやるよ」
「頼むわ~。またリエーニって子のウタってのが聞きてえよ」
笑顔で二人は手を振って別れた。
道の通りで行われた何気ない日常の風景。
彼の望んだ小さな幸せの種は確かに蒔かれていた。
だが、種から芽が出るまでかかる時間が足りていなかった。
────だから、それはそれだけの話だったのだ。
◇
まずあの姿に反応したのはグスタフ・ロタークだった。
ルクスの纏うフルプレートアーマー。
体格は成人した人間と遜色なく、構造上は先程まで彼が作成していたゴーレムアーマーと変わらないように思えた。
しかし、どうにも違和感があった。まるで、中身が無いように思えたのだ。
それにあの鎧の姿は、以前グスタフが甥にせがまれて作った騎士鎧の像に似ていた。
威圧するような角ばったシルエット。そして、誇示するように輝く黄金の冠。
「……何を作りおった、馬鹿者が」
祝福の黄金に輝くその騎士鎧は、全身が『魔石』で生成されていた。
魔石について、ルクスに教えたことがある。
なるほど、十分に学んだようだ。そして、簡単にルクスは現在の人間の理論を打ち壊したのだ。
あの魔石は【A-1】によって作られている。
今、数多くの研究者が挑んでいる“大気中からの魔石の作成”を、ルクスはいとも簡単に成し遂げてしまった。
「…………また小賢しい真似を。だが……っ!」
バーザクが一撃を放った。
横薙ぎに一閃。魔力で巨大になった剣を避けることはできない。
防ぐことに集中させ、そこをさらに攻める。
それがバーザクの考えだった。
「────っ!?」
だが、それは下々の考えである。
王を動かそうなどと甚だしい。愚かな行動だ。
────“不動”、であった。
黄金の鎧は不動のままその一撃を受け、全く同じ場所に立ったままだ。
バーザクの剣が纏っていた魔力が霧散した。最初にルクスが本体を守る時に使った現象と同じだ。
「くっ……!」
再び魔力を纏わせて、バーザクは接近戦に持ち込もうと駆ける。
王はそれを無視して、周囲の様子を気にされた。
何故なら、王が現れたというのに歓待の拍手も言葉も無いからである。
「なっ……!?」
またしても不動。バーザクの一突きはただ消えていった。
王は一々受け止めたりしない。そもそもそんな価値のある一撃でもない。
バーザクは魔力を失った剣をそのまま黄金の鎧に叩きつけた。
金属音が響き、それは弾かれた。
馬鹿がすぎる道化に王は何も反応しない。
魔石でできた鎧に人間の武器が届くわけがないだろう。
「…………ッ!」
王は静かな歓待に不快感を示された。
そして、ついに首を動かされ、目の前の“生贄”を視認なされた。
“なるほど、寂しい歓迎だったのは、王としての力を示さなければならないからか”。
意識を割いて頂いたことを喜ぶこともなく、バーザクは剣を握り締めた。
「────」
そして、その思考を停止した。
鎧や防御を超えるための魔力による強化なのに、それを弾かれるのではどうしようもない。
今まで戦いにおいて、何にもぶつかること無く、ただ切り捨ててきたバーザクにはそれ以上の考えを抱くことはできない。
追い詰められるという経験が足りていなかった。
王が号令を放たれた。
王がその右手をかざすと、その後ろに弓兵が現れた。
弓矢を握る腕だけの兵隊だ。
地面から土の腕が生え、それが同じように土で作られた弓矢を番えていく。
その数は十。ただの児戯である。
それがバーザクを狙って山なりに放たれた。
「馬鹿にするな……っ!!」
そのやる気のない飛び道具に当たるようなバーザクではない。弓は面として放つから効果を発揮するのだ。
──勿論、その通りである。
「ッ!?」
試合場の地面になにか魔法陣が描かれている。
そして、また別のものが空中にも描かれている。
「あれは……」
それを見て何が起こるのか察したのはグスタフだけである。
なぜならそれは彼が4年前にオリジェンヌ襲撃の際に魔族を追い詰めるために使った『増幅術式』だからだ。
バーザクが避けて、地面に落下していくだけだった矢がその魔法陣に触れると、上空の魔法陣が起動し落ちた矢がそのまま上からまた降ってきた。──その数を増やして。
「これは……っ!? 貴様は一体……っ!?」
バーザクは巨剣で次々に矢を迎撃することで、その増幅を防ごうとするが、ニ射目が放たれた。
十が二十に。二十が四十に。四十が八十に。いや、三射目だ。次からは百八十だ。
「…………ぬおおおおおおおッ!!」
バーザクはその矢の雨をなんとか防いでいる。動き続け、上から来る矢に向かって魔力砲撃を放てばいいからだ。
──ならば別角度もいれよう。
「ッ!?」
魔法陣が多重に起動する。バーザクを囲む壁のように。
王は囚われた虫が足掻くさまを御観覧なされるだけである。
「がっ……!?」
一本。
「……っ!?」
二本。
次々にバーザクに当たった矢が消えていく。『アルテラ・アニマ』の効果だ。
傷を防ぎ、代わりに魔力を消費する。
だが、痛みは消えない。
「うがああああああああッ!?」
狂ったようにバーザクは斬り払いを行う。もはや面ではなく球となった矢による制圧に抵抗するために。
もし彼が『アルテラ・アニマ』を装備していなかったとしたら、無様なハリネズミができていただろう。
実につまらない。王は楽しみに水を差すその装飾品を嫌われた。
──だが、それはそれで楽しみようがあるというものだ。
「はあ……はあ……」
息も絶え絶えで、バーザクは虫かごの中で踊り続ける。
足、腕、胴、もしかすると頭にも矢を受けているかもしれない。
彼の『アルテラ・アニマ』が限界を迎えようとしていた。
彼の敗北で終わる。だが、もうそれでいい。
この地獄が終わるのなら、それで構わない。
遠くでただ立ってバーザクを見るあの黄金の騎士に視線を向ける。
あれに対して感じるのは絶望と恐怖だった。
人間の及ばない領域からこちらを見下ろすような、そんな底知れぬ虚無を感じたのだ。
「あれは……なんだ……?」
兜で表情が見えないから、怖いのか。
いや、違う。
圧倒的な力の差に恐怖しているのだ。
だが、それならば仕方がない。
武帝国で育ったバーザクは、強者に負けることを受け入れる覚悟がある。
やがて、『アルテラ・アニマ』が敗北を知らせるだろう。そう思った。
「…………?」
だが、突然“雨”が止んだ。
そして、あの黄金の鎧がなにか魔法を使った。
それは何かまた楽しんでいるようにも見えた。
「え……?」
感覚でバーザクは理解した。『アルテラ・アニマ』の限界値が回復している。
終わるはずだった地獄が繰り返されようとしている。
王は趣向を変えられた。
「ぐっ……!?」
バーザクの足元が熱を持った。いや、試合場の地面と壁が赤く輝くくらいの熱を持ち始めたのだ。
炎熱の地獄の始まりだった。
勿論、王がその程度の熱に悩まされることなど有り得ない。
「はっ……、はっ……」
失われていく水分。焼けていく肺。剣を持つ手は火傷していた。
それはヴィクトリアの戦法だ。
『アルテラ・アニマ』で無効化されない程度のダメージを与え続ける。
「うああああああああっ!!」
バーザクは剣を振るった。何度も、何度も。
そして、何度も何度もそれは意味をなさずに消えていくだけである。
それをただ王は見ているだけだ。
この戦法のヴィクトリアとの違いは、本当に焼き殺すほどの熱量だということと、“終わりが無い”ことである。
再びバーザクの付けた腕輪の限界値が回復される。
王の慈悲である。喜び泣き叫ぶといい。
「がああああッ!?」
ついに彼の靴が溶け、足元の熱が素足に到着した。
傷は『アルテラ・アニマ』によって回復し、消費した魔力は王の慈悲を賜り回復し、痛みだけが残り続ける。
顕現してから一歩も動かぬまま、王は目の前の虫を眺めている。
王の遊興に付き合えただけでも誇ってよいのだ。──そして、まだまだ楽しませよ。
輝く黄金の鎧が鎮座するその舞台を見て、人々は色とりどりの反応を示した。
その圧倒的で、一方的な展開に驚き、恐怖し、歓喜した。
「────」
ヴィクトリアは絶句していた。
これはただの虐殺だった。一人を殺し続ける拷問だった。
そして、ルクスは完全に敵を見下していた。
だって──剣を抜くことさえしていない。
蒸し焼きになるバーザクを見て楽しんでいるように見えた。
「あはははははははははははっ!!」
それを見て笑う存在がもう一人この場にはいた。
最高の娯楽を前にしているかのように笑うエルヴァリスは、ただただ歓喜していた。
だってあれは『本物』だ。本物のバケモノだ。
「……大丈夫なの?」
「止めたほうが……」
「いやいやまだ勝負はついていないでしょう?」
そんな会話が聞こえてくる。
そう言えばここは戦場ではなかった。
社会性を取り戻さなければ。
「おっとっと……危ない、危ない。いやー、ねえ、ヴィアちゃん」
「……なんでしょう?」
話しかけられたヴィクトリアは警戒の色を見せたままだ。
「彼って貴方の手には余ると思うのよ。だから……私にちょうだい?」
「!!」
それは先程までの挑発ではなく、本当の提案だった。
英雄からのお願いだ。憧れた人から感謝を貰う機会が訪れた。
「お断りします」
だが、ヴィクトリアは拒否した。
自分が決めることではないと認識しつつも、自分の意思を示した。
「ふーん……。私のお願いでも聞いてくれないんだね」
フードで隠れた目がヴィクトリアを見る。
その口元は弧を描いている。
反抗されたことを喜んでいるのだ。
「あんな酷いことをしている男の人が好きなの? ヴィアちゃん?」
蒸気が観客席まで登って来ている。
下では国の、家族の期待を胸にここまでやってきただけの少年が苦しみを受けている。
その苦しみを娯楽として消費しているのは、ヴィクトリアの愛しい人だ。
あの暴君を愛するのかと訊かれれば、その答えは当然、肯定である。
そもそもあの子の異常性や狂気などヴィクトリアは無意識に感じ取っていた。
今更の話である。
「ええ、愛しています」
「あははははははっ!! そんなこと言っちゃって……私は悲しいな。……ありゃ? このタイミングかぁ……」
上機嫌だったエルヴァリスが急に機嫌を悪くした。
彼女の指輪が光りだしたのである。
緊急の招集──つまり、聖国に動きがあったのである。
「始まっちゃったね……。私はとても嬉しいけれど、貴方はどうなのかな? そんな普通の少女のようなことを言っていたって、貴方の奥底に潜む凶暴性は消せはしないよ、ヴィアちゃん」
アンリーネはヴィクトリアをまともだと言った。
しかし、エルヴァリスはヴィクトリアをまともではないと言う。
つまり結局、ヴィクトリア自身がその決着を付けなければならないのだ。
最後まで視線をルクスに向けながら、エルヴァリスは去っていった。
「……私は────」
ついには会場から逃げ出す人々まで出始めた。
そんな中でもヴィクトリアは最前列でその試合を眺め続ける。
彼の奥底に眠る異常性。その暴虐性を目に焼き付ける。
バーザクがついに膝を折り、王に頭を垂れた。
そんな状況でもあの黄金の鎧は動かない。
逆に言えば今までよく我慢できていたものだとヴィクトリアは呆れた。
彼の行動はわからないことだらけだ。
なぜ女装などしていたのか、なぜ貴族の養子になったのか。
隠し事だらけだ。
いつだってあの子は自分すら誤魔化している。
でも、やっと──やっとあの時の儚い微笑みの理由がわかった気がした。
「愛しているわ、リエーニ。安心して。貴方のそんなところも、私は好きなの」
炎熱に佇む覇王に忠節を誓う狂気の騎士が誕生しようとしていた。
「頼む……ッ! もうやめてくれ……!」
熱の中で、王に跪く哀れな少年がいた。
もうその心は折れ、諦めていた。
「────」
王は“遊び相手”が動かなくなってがっかりしたように見下ろしている。
戦いにすらなっていなかった。
“仕方がない”。
王が手をかざした。
「…………え? あ、あ、……やめ……」
バーザクが立ち上がった。
まるで闘志を取り戻したかのように。
剣に魔力を灯し、熱を防ぐ防御魔法を展開し、王に立ち向かおうと駆け出したのだ。
「なんで……体が……!?」
勇敢な行動とは裏腹にその表情は恐怖に怯えていた。
まるで、自分の体が勝手に動いているかのようだった。
その勇者に敬意を表して、王はご自身の体を動かすという褒美を賜わされた。
「がはっ!?」
周囲には諦めずに戦う少年が、王者に立ち向かうように映るだろう。
殴られ、殴られ、殴られても立ち上がる少年を人々は応援した。
「いあ、いやだ……。やめてくれ……」
素晴らしい表情で少年が立ち向かう。
その輝く剣は王に効かず弾き飛ばされ、王のなんの構えもない拳を受ける。
「いやだああああああああッ!! クソ!! クソが!!」
吹き飛ばされ倒れた床に焼かれ、また何かの力で起き上がる。
少年は自分の意思で動いていない。もうそんな気力など残っていないのだ。
これはただの“人形遊び”である。
そして少年が心を残し、表情を豊かにできるのは、王の戯れでしかない。
もうそれ以外は王の手の中にある。
苦しみに泣き叫ぶ少年の顔と声は、王にしか見えないし、聞こえない。
「が……っ! うぅ……うううううううぅぅぅぅ……」
泣いてしまった。昨日の魔族と同じように。
折れてしまった。無くなってしまった。
それに人形を殴っていたところでつまらない。既に王は飽きてしまわれた。
握っていた人形の首から手を離し捨てると、王はゆっくりと観客席の方を見回した。
数が多い。質も悪くない。特にこちらを見る三つの女はとてもよい演者となるだろう。
“ものづくり”を始めよう。
そう思い、王は会場の出入り口を塞ごうと考えた。
楽しみだった。
騎士をいっぱい作って、いっぱい殺して、いっぱい泣かせる。
犯して、侵して、冒そう。
「────」
新しい遊びを思いつき喜びを感じたその瞬間、──王の恵体が停止した。
肉体の支配権が別の何かに移ったのだ。
それはあり得なかった。
なぜならそれは主人を攻撃するも同然の行為だからだ。
続いて────【不可避の一刀】が王の精神を裂いた。
本気の一撃ではない。侵蝕率が上がったことで放てるようになっただけの話だ。
やっと一つになれた魂が再び分かたれる。
どこかで剣を鞘に収める音がした。
王は睨むようにその方向を見た。
そこにいるのは、ガラクタだったくせにまるで人のようにこちらを心配する女。
寂しがりで、孤独を嫌うくせに、孤高を目指した馬鹿な女。
他ならぬ暴君であったはずの女が王の歩みを阻んでいた。
どうせすぐに消えるくせに邪魔をしてどうなるというのか。
また茶番が始まるだけだというのに。
だがまあそれが感情というものだ。
いつだってくだらない結果をもたらす非効率的な営みだ。
しかし、それが作用するからこそ世界は面白く、つまらないのだ。
王は錯乱した武具の凶刃に倒れた。
空洞だった中身が現れ、鎧が消えていく。
仕方がない。王は次の手を考えるだけである。
最後に中身の髪の毛と目の色を変えると、王は再び眠りについた。




