74話 幸福に満ちていく欺瞞
ロルカニア王国から出発した一団がそこには集まっていた。
彼らがいるのは大自然に囲まれた山道だ。
転移魔法をいくつか経由して、彼らは魔王領の中にいる。
すでに境界線は越え、魔王都近くまでやってきている。
今回の目的地は魔王都だ。
使節団は特使である魔王幹部ミーナの案内で進んでいた。
「見えてきました。あそこが魔王都の入口です」
ミーナが指し示したのは大きな川を挟んだ向こう岸だった。
そして、その岸へ渡るための船が用意されていた。
その船着き場は文明的な作りをしており、見たことのない船が並んでいた。
オールも無く帆もない未知の構造をしている船だった。
「ここは船着き場と関所を兼ねたものなので、皆様お手数ですが受付をお願いします」
次々と役人たちが受付を済ませ、船に乗り込んだ。
従わない者はいない。何故ならその船着き場の周辺には魔物が徘徊しているからだ。
「体の調子はどうだい? ジル」
「平気よ、ファビライヒ。転移魔法を使っていただけだから全然疲れていないわ」
座り心地の良い椅子に座ったジルベルネが答えた。
この使節団の中心人物の一人であるファビライヒ・フォノスは妻であるジルベルネも連れてきていた。
「しかし、本当に来てよかったのかい?」
「ルクスの頼みですもの。断れないわ」
彼女が今回同行したのはルクスの提案だった。
「“父上が戻れなくなって生き別れになるよりは一緒に死んでくれ”、だったかな。親をなんだと思っているのかな、あの子は」
「ふふふふっ」
気の抜けた顔をするファビライヒをジルベルネは笑った。
現在の王国で彼にこんな顔をさせるのはルクスくらいだろう。
「おおおっ!」
「動きましたぞ! 速いですな!」
船が動き出す。呑気にはしゃいでいる他の貴族たちに対して、ファビライヒは冷たい視線を送る。
今回の使節団はほぼ親魔派で構成されており、元々彼らには魔王に対する恐怖感はない。
ミーナとも懇意にしている連中だ。
中立や反魔の貴族たちは全員が得体のしれない警戒心を抱いていた。
「……私たちがこの船を作ろうと思ったらどれくらいかかるかしら?」
揺れる船の上でジルベルネがそう言葉を零す。
「さあ、予想もつかないよ。……案外ルクスに見せれば一月後にはできているかもね」
「ふふふ、だといいわね」
冗談でファビライヒはそう返したが、実際のところルクスが見ればすぐに設計図が書き上がるだろう。
動力源が魔石となっているだけで、あとは彼のよく知る船の構造と同じだからだ。
モーターとスクリュープロペラが搭載されているだけだ。
ルクスにとっては既知のものでも、彼らにとっては進みすぎた技術である。
この旅はいかに魔王領が力を持つのかを確認する作業でしかない。
力でねじ伏せ、食料を奪い合う原始的な生活を魔物たちがしているかもしれないと希望的観測を抱いていたが、この分では難しそうだ。
ある意味ではそうなのかもしれない。
彼らの渡っている大きな川の中には凶暴な魔物が泳いでいるからだ。
この川は魔王都の回りを囲む境界であり、防御網だった。
「この川ももしかして人工物だったりするのかな」
「そうかもしれませんね。川幅が均一ですから」
緻密に構築された防壁だ。
攻めようと考えるならば空を飛ぶか、陸路を作らなければならない。
「短い水の上の旅ですが、お疲れ様でした。足元にお気をつけて、お忘れ物もしませんように」
岸に到着し、二人はタラップを伝って船を降りる。
後ろには従者がついてきているが、皆緊張で上手く動けていない。
仕方のないことだ。なにせ人間連合の誰も来ることができなかった魔王都に足を踏み入れたのだから。
とは言ってもまだ入都したわけではないようだ。
目の前には大きな施設が鎮座しているからだ。
ミーナとは別の案内人が彼らの前にやってきた。
「こちらは魔王都のエントランスになっておりまして、これから個人情報の登録と換金を行っていただきます。換金の方は個人的に行いたい方のみどうぞ。使節団の皆様の滞在費は無料となりますので」
その案内人は魔物であった。
獣の耳を頭部に生やした獣人だ。
「ロルカニア語で案内が書いてあるね」
「あちらは武帝国、ラークフム、東の方の古語まで……」
様々な言語で書かれた案内板があり、それぞれ別の受付に繋がっていた。
その受付に座る魔物たちはきっとその言語を話すことができるのだろう。
流暢にロルカニア語で他の貴族たちとやり取りをしている魔物を見れば、そう推測できた。
「ファビライヒ・フォノス様ですね。文字の確認をお願いします」
「合っているよ」
「ありがとうございます。それでは所持して頂く個人証をお選びください」
受付と向かい合って座るファビライヒの前にはいくつかの装飾品が出された。
ネックレスや腕輪、指輪などカードタイプのものもある。
「これは?」
「許可されて都に滞在しているという証です。その種類を選んでいただきます。
所持が楽なカードタイプか提示しやすい指輪タイプが人気ですね」
隣の受付を案内人が指差すと、別の貴族が指輪タイプのものを選び、受け取っているところだった。
そして、さらにその先でその指輪をかざし、奥へ進んでいった。
「……これを持っていないとどうなるのかな」
「侵入者とみなされます。問答無用で拘束されますのでお気をつけください」
笑顔でそう答えられファビライヒは苦笑いをした。
ファビライヒは腕輪タイプのものを選択した。
「資金を換金できますがどうされますか? 魔王都では専用の支払い方法でしか売買できなくなります」
「為替相場はどうなっているのかな?」
「こちらです! どうぞご確認ください」
なにやら特殊な“板”が彼の前には出される。
その板には食事や宿の料金でわかりやすく王国通貨のロルドと魔王都の通貨であるポイントの価値が表示されている。
ほぼ等価なのでこの為替自体に稼ぎを見出しているわけではないようだ。
「2万ロルドをお願いするよ」
「はいかしこまりました。全て現金でよろしいですか?」
「……? 現金以外でもできるのかい?」
「はい。装飾品や武器、食料にも対応しています」
「……現金で頼むよ」
従者のカバンからその分の現金を案内人に渡し待つこと数分、案内人が手ぶらで帰ってきた。
「はい、換金終了しました。どうぞ個人証を確認してみてください」
「? ……ッ!」
そう言われファビライヒが腕輪をいじってみると、腕輪の宝石には数字が表示されていた。
『ファビライヒ・フォノス(ロルカニア王国)200万ポイント』
「こんな機能が……」
「はい。時間の確認やポイントの他の方への付与などもできますので、説明書もお渡ししておきますね」
「助かるよ……」
その説明書がなければ、案内だけでファビライヒの一日は終わりそうだった。
受付の先の妙な門に腕輪をかざし、ファビライヒはなんとか受付を終えた。
「あなた……」
そして、同じように疲れた顔をしたジルベルネが彼を待っていた。
彼女は個人証をネックレスにしたようだ。
「換金は試しました?」
「ああ。これってもしかしてさ……」
「通貨すら越えた架空のお金ですわね……」
「頭が痛いな……。銀行を作ったばかりだというのに……」
周囲を見れば半分の人間が自分が何を持っているのか理解できていないようだった。
これはファビライヒが行おうとしている管理システムの上位互換だ。
「おお! 支払えましたぞ!」
「どれ私も!」
はしゃぐ声が聞こえてくる。
それを見ると、なにやら飲料水を販売しているお店で彼らが購入をしているところだった。
一人が店員に注文を言いカードタイプの個人証を出し、確認を終えた瞬間に支払いが終わったようだ。
それを見ていた他の貴族たちが子供のように群がった。
「…………」
「…………」
それを遠目に見るフォノス夫妻の顔は、複雑なものだった。
冷静にシステムを分析しようとしていて、これをどうやって人間領域に導入しようかを検討している。
だが、その果てしなさに気付き頭を抱える。そんな顔だった。
こんな社会の変化に耐えられる人間はいない。
魔王の独裁の強みがここで効いている。
既得権益も形骸化したシステムも全て彼女の思うがままだ。
「皆様受付を済まされたようですね。では、こちらにどうぞ。皆様の宿泊施設へはこの乗り物で案内します」
ミーナが案内した先には巨大な物体があった。
正確に言えば車輪が大量についた馬のいない馬車。
ルクスに聞けば『列車』と答えるものだった。
しかしそれにはレールが無く、車掌もいなかった。
船と同じように魔石を燃料としているはずのそれが動き出す。
自動運転だ。実際のところはゴーレム魔法の制御と同じ理屈である。
感動した声を出す貴族たちとは別に静かに車内から外を眺めるフォノス夫妻。
その視線の先には魔王都の街並みがあった。
整理され清潔な道。傷んでいない建物。
道を行き交う魔物と少しの人間。
店の呼びかけを行う店員。気さくに住人と挨拶を交わす警備兵らしき人物たち。
活気のある街の遥か向こうには古い城があった。
そこに住むのは圧倒的な力を持つ魔王だ。
支配する者だ。容赦なく工作を仕掛け、裏切り者を処刑する。
そんな恐怖の象徴である存在がその城にはいるはずなのだ。
だが、この街には笑顔が溢れている。
生きる者が笑っている。笑い合っている。
「これは……どうしたものかな?」
「気分は最悪なのに、体の調子はすごくいいわ」
吹いてくる風すら心地よかった。
偽りだとしても、欺瞞だとしても、この環境を作り上げたモノを果たして人間は嫌うことができるのだろうか。
『平和主義者』というレッテルをここまで有効活用されると、こちらに残された手は暴力しかなくなってしまう。
感心したような声が上がるような中で、険しい顔つきになる二人を、魔王領幹部ミーナは見ていた。
そしてミーナは彼らだけを警戒するべき相手と認識するのだった。
今回のミーナの任務は彼ら全てを歓待しもてなすこと。
安らぎと癒やしを提供し、“また来たい”と思ってもらうことが最優先事項だ。
◆
ロルカニア王国の東部に存在する砦があった。
ここの仮想敵国は聖国ラークフムである。現在聖国は聖王を名乗る者がネトス教を退け実質的に支配している。
女神の遺したものを食いつぶし聖国は増長していた。
しかし、今この砦が戦っているのは聖国ではない。
さらに言えばそこはもう砦としての形を失っていた。
言い表すのならば────処刑場だ。
「伯爵様! お逃げください!!」
「しかしっ!」
騎士の一人が主を庇い声を上げる。
「相手の目的は貴方です! 貴方さえ生きていれば──」
その先を告げること無く騎士の頭部は砕け散った。
「ッ!! おのれぇ……おのれッ!!」
それを見て伯爵は剣を抜く。
豪華な騎士鎧に包まれた彼が見るのは無機質に佇む巨大な鎧。
『グリムプレート』。反王軍の指揮官である。
その周囲には串刺しとなった兵士が森の木々のように立っていた。
砦の周囲では、反王軍の兵士とも呼べぬような烏合の衆が攻めてきている。
素人同然の彼らに砦は対応できない。
何故なら伯爵の目の前にいる『不吉な鎧』が突然砦内部に出現したからだ。
グリムプレートは破壊と殺戮を繰り広げ、指揮系統は崩壊。
砦を兵士たちの墓場へと変えた。
「一騎打ちを申し込む!! これ以上の犠牲をだひゃッ──」
伯爵という肩書を持っていただけの、ただの人間が吹き飛んだ。
グリムプレートは重火器を連射しながら蹂躙を続けている。たまたま彼女の放った銃弾が伯爵に当たったのだ。
彼女は単純に伯爵の声が聞こえていなかった。
撃鉄と悲鳴のセッションを終えて、グリムプレートは魔法で門を崩した。
“初めからなぜそうしない?”
もしそう訊かれたのならば彼女はこう答えるだろう。
“そんなのはつまらない。それでは早く終わってしまう”。
「…………」
崩壊した門からなだれ込んだ弱者が兵士たちを蹂躙していく。
服を剥ぎ、財産を奪っていく。
「くくくくく」
なんて心温まる光景なのだろう。
人間が慣れ親しんだ、あるべき姿だ。
「……!」
何かに気付いたグリムプレートは右手を遠くに向けた。
「ふぎゅっ……!?」
その銃声が響くと一人の男の首から上が吹き飛んだ。
赤い噴水を出しながら崩れるその肉体の前には子供たちがいた。
子供を殺すのは駄目だと何回言っても聞かぬ者が多い。
子供の将来を祝福するのは、グリムプレートの役目である。
「あの子たちは私の下へ」
「わ、わかりました……」
そう指示を出すと彼女は更なる喜びを求めて歩き出した。
真の幸福を謳歌し、殺戮を繰り返しながら──。
その砦の周辺では略奪行為が蔓延し、人々は村を放棄し逃げていた。
「おお? なんだこの家、でけえ地下室があるぜ……」
ある農村で略奪を行っていた反王軍の男が家の地下室を発見する。
その家主は逃げてしまったようで大量にいたと思われる子供の姿もなかった。
おそらくは孤児を引き取って育てていた施設なのだろう。
「……?」
男が進んでいくとそこには見たことのない空間が広がっていた。
大きな透明の容れ物と何かの機械。小さな光が点滅している。
神秘さえ感じる場所だった。
「すげぇ……」
しかし、そんな神秘的なものを見た人間が生きて帰ることができるはずがない。
こつん、こつんと靴音が響く。
男と同じように誰かが来たのだ。
男はナイフを構えて待ち伏せする。
この金になりそうなものを独り占めするために。
──音が響いた。
扉の前で迎え撃つ準備をする彼に、突然熱と痛みがやってくる。
「──え?」
扉に空いた穴と同じくらいの穴が彼の胴体にも空いていた。
「いてえええッ!?」
痛みに悶える彼は開かれた扉の向こうにいる人物を目撃する。
少女のような見た目。白い髪と緑色の瞳。そして、ボロボロだがネトス教徒の格好をしていた。
首にかかったネトスのシンボルが煌めいている。
「巫女……?」
失血で死ぬ直前の彼を見るその少女の表情は冷たいものだった。
倒れる男を無視して少女はその地下空間を調べ始める。
慣れた手つきでその機械の操作をしていく。
「……最終稼働は……12年前……」
少女が何かを呟くと、機械のモニター部分には“設計図”が表示される。
それにはこの機械で使われている言語で、『金髪』、『金眼』、『サルヴァリオン能力因子』と書かれていた。
「────」
他にもいろいろと読み終えた少女がさらに操作をすると、機械が稼働し輝き始めた。
そして、少女が操作盤に何かを入力していく。
操作盤には領域境界線でよく使われている聖芸品のような見た目の設計図が表示された。
全ての操作を終えた少女が透明な容器の方を見ると、その内部で光が何かを作り始めた。
パーツ品だったそれらがやがて組み上がっていき、『狙撃銃』と呼ばれるカテゴリーの武器が生産された。
大戦争中に撃線のミーナが使ったとされる聖芸品『裁撃鉄』にそれはよく似ていた。
出来上がったそれを弄り、点検をする少女。
そして問題ないと判断した彼女は弾薬の生産に入った。
それを待つ間、彼女は持っていた大きなカバンを開け、何かの薬品を取り出した。
「…………」
「申し訳ありませんが貴方を救うことはできません」
巫女の格好をしながら慈悲を与えようとしない少女に男は心の中で怒った。
少女が首にかけたシンボルを手でいじる。そしてその瞳が光ると彼女は男の罪を語った。
「その怒りはお門違いというものです。この首飾りの持ち主を襲ったのは貴方なのですから」
そう言われても、男には心当たりがない。正確にはどれのことなのかわからない。
少女が薬品の容れ物の蓋を外し、その液体状の薬品を男の足にかけていく。
その液体が男に振れた途端、その部分の肉体が溶けた。
そして足が無くなり、その現象がどんどん男の体を登ってくる。
「────っ?!」
助けを求めるように伸ばされた腕が最後に残り、それも溶けていく。
液体となって最終的にそれは蒸発して消え去った。
生産を終えた機械から少女は弾薬を受け取りカバンにしまう。
そして、稼働していた機械を停止し、その操作盤に向かって聖芸品を構える。
「いや……」
だが、なにを思ったのか聖芸品を下ろし、その部屋を出た。
そして扉を閉め、小型のナイフのようなものを取り出すと、その刃の部分が火を灯す。
少女はその炎のナイフで扉を溶接した。大抵の力では開けられないように。
さらに少女はカバンから何かを取り出すとその周辺に設置した。
それは反応型の爆弾だ。無いよりはマシくらいの認識だろう。
地下室から地上へ出て、その家の周囲を少女は確認する。
それは彼女が何回も見てきた風景だ。
力を持つものが持たないものを蹂躙する。
当然の行いであり、営みだ。
しかし──しかし、だ。
それを否定できなければ、かつての彼女のように堕ちるだけだ。
苦しげな表情を浮かべながら、かつて明照天と呼ばれ、ネトスを騙った女は透明になって姿を消した。




