65話 窒息しそうな苦しさ
もう少しで入学という段階でも、俺は忙しくて落ち着くことはなかった。
「ヤンバトさん! お願いします!」
「嫌だと言っているだろう! 行くぞ、リエーニ」
ある日はヴィクトリアと倒錯的デートを行い、街を冷やかす。
「ちょっと!! また私の名前使って商品出したでしょ!!」
「王女印の鍬です。素敵ですよ」
「もう名前だけじゃない!! 最近、社交会で畑の話をすることになってるのよ!?」
ある日はミゼリアをおちょくりながら、王家の動向を探る。
「ルクス? どうしたの?」
「ちょっとね……」
そして、今日はサフィが遊びに来た。
まずい。疲労が出てしまっている……。
こんな日を繰り返している。
学園に行けば、移動の時間がないぶん楽か?
……いや待て。優先順位が発生するのか? わぁお、死じゃん。
ただでさえ頭おかしい噂が広がってるのに、どんどんクソ野郎になってくじゃん。
……間違ってないねー。そうだねー。
「あ、あのね? 昨日はボールグト家の人と話したの!」
ああ、工業系のところか。
「今、武器を作れるけどお金が足りてないって!」
「汚職ひどそうだもんね。あそこ」
稼働できれば自国で武器量産できるかな?
ブレイブハートとの繋がりができたことで、フォノス商会の作った軍事関係の商品が優先的に使用されることになり、魔王領への依存度は多少は解消された。
だが、まだ魔石を握られている以上どうしようもない。
そもそも国土が魔王領と人間領域で5:1だ。埋蔵量に差がありすぎる。
ユーラシア大陸が独裁国家で成り立ってるって考えるとわかりやすいか。
しかも人間領域内がバラバラにされてるからなー。どうすっべ……。
「最近、仲良くしてる人達がいろいろと送ってくれた! あげる!」
「ありがとう、一緒に食べようか」
「うん!」
サフィはこうしてお土産を持ってきてくれる。
そしてこんなホテル部屋に毎回尋ねてきてくれる。
俺の負担を減らそうと考えてくれているのだろう。
いい子すぎて申し訳ねえ……。
「あっ!」
サフィが開けようとして箱を粉砕し、ボロボロにお菓子をこぼした。
任せろ!
「なんの」
すでに皿を用意していた俺はお菓子の救出に成功。
そしてサフィの歓声が起こるのが、いつものパターンだ。
「…………」
あれ?
今日のサフィは立ち尽くしていた。
──涙すら浮かべていた。
「サフィ?」
「ごめんなさい……っ! わたし……っ! いつも……っ!!」
大決壊した。どうした?
落ち着かせるために座らせる。
彼女は声を出して泣いていた。
「…………どうしたの? ゆっくりでいいから話してごらん」
「こういうの駄目だってわかってるのに……っ! ごめんなさいっ!!」
俺は反応に迷う。
11歳の子がこんな駆け引きをするのだろうか?
「……平気だよ。気にしないで」
大人の顔をして、俺は誤魔化した。
「わたしはルクスが好き……。だから、結婚したい」
「嬉しいな」
「好きじゃなくてもいいの……。わたしはカルクルールとして頑張るからっ!
──捨てないで……っ!」
「────っ」
息が詰まった。
きっと彼女は焦っていたのだ。
表ではそんな雰囲気はまったく見せていない。
むしろ、前より派閥内の繋がりを強固にするように動いていた。
ミゼリアとは別の派閥を作り上げている。
それも同年代ではなく、年上ばかりと仲良くするように。
俺が他の二人と会っているから?
“自分の利便性を証明しよう”と俺にアピールをしていた。
11歳の少女にそんなことをさせたのか、俺は。
「──何を言っているんだい? そんなことをするわけがないだろう?」
優しくサフィを抱きしめた。
危なかった。隙を見せるところだった。
この子相手に油断をしてはいけない。
この子はできる子なんだ。しっかりしろ。
「……ルクスは優しい。わたしは“脳無し”なのに」
「言われているだけだろう? 君はそんな器じゃないさ」
曖昧な笑みをサフィを浮かべた。そして、また泣いた。
「嬉しい……っ」
この子の本当がわからない。受け取り方がわからない。
サフィの行動が純粋すぎて、思考を阻害する。
基本的に人を信用できない自分の特性がここにきて悪さをしているようだった。
◆
「じゃあ2コスト払ってさらに増やすわ!」
「どうぞ」
「やられっぱなし? 事故ってるみたいね?」
本日、宮殿の室内で俺は王女とカードゲームをしている。
しかもどこかで見たような作りのパクリシステムだ。
ティーセットが端によけられた机にはカードが並んでいる。
この世界の有名人や歴史的事件をカードにして作ってみた。
まだ一般販売はされていないが、販売したらクレーム祭りだな。
「じゃーん! 最上級、5コストのエルヴァリス・ブレイブハート召喚よ!!」
王女専用にキラキラにしたレアカードを嬉しそうに出す目の前の11歳児。
イラストは限りなく本人に近い何かになるように俺が描いた。
ミゼリアちゃんはドハマリした。
急に歴史の成績が上がったらしい。うむ、良きかな。
「では、事象カード『ネトス教の進言』が1コスト消費して起動。ミゼリアのエネルギーをこのフェイズ中は使えなくします」
「あー!? エル様が攻撃できないじゃない!!」
むきゃー、と怒る王女様。実にいいリアクションをしてくれる。
「どうします? こちらには『悲劇工場』がありますので、毎ターン『ネトス・ヴァリュキリア』が増えていきますよ」
「ま、待ちなさい!! 考えるわ!」
自分の手札と盤面を見て考え込むミゼリア。
こんなんで論理的思考が身につくのかちょっと疑問だけど、こういう形じゃないと邪魔されんだよなあ。
遊んでる馬鹿王女のアピールをしなきゃいけない。むずいよぉ……。
でも、学園にはミゼリアも行くみたいだし、そこでなんとかなるか?
……この子心配すぎる。すぐに染まりそうだし……。
「……サフィレーヌとはどうなの?」
うおっほい! ビビる質問やめて!
ミゼリアは考えながら雑談を振ってきた。
「仲良くさせてもらっていますよ。とても優しい子です」
「その……、あ……と……」
何かを言おうとして言葉をつまらせるミゼリア。なんじゃ?
「ミゼリア?」
「うるさいっ!! 黙りなさい!!」
理不尽すぎないか。
癇癪が始まったのでテキトーに受け流していると、ミゼリアの従者がやってきた。
どうやら次の予定の時間のようだ。
「えっ……まだ」
「大丈夫です。状態を保存しておきますから、次回に持ち越しましょう。それまでにじっくりと考えておいてください」
俺が覚えておけば問題ない。
カードを片付けながらそうミゼリアに伝える。
そうすると彼女は怒りの表情になった。
「ふん! じゃあよろしくね!」
従者よりも早く宮殿に戻っていった。元気やなあ。
俺も帰宅の準備をしようとしていると、誰かがやってきた。
供もつけずに一人でいるその人に俺は最上級の礼を取った。
「! バラミニシア様、お邪魔しております」
その人はオスリクス国王の側室であり、まあ、俺のばあちゃんだ。
お見合いの最初の日に見た時以来だ。
「あの子とは実に仲良くしているようですね。宮殿の噂になっていますよ」
「はい。ミゼリア様は寛大なお方ですので、ある程度の無礼を許してくださいます。孤児上がりの私にはとても有り難いです」
「……そうですか」
なんだ?
ミゼリアとの話を聞きに来たのか?
「少し散歩に付き合ってくださる?」
「是非にお供させてください」
いい機会だぜ。
国王は今どう思ってんのか聞きたい。
「突然親ができるというのはどういう気持なのかしら。貴方もフォノス家に養子として引き取られたのでしょう?」
そんな質問をされた。
ミゼリアとはやっぱ気まずいのだろうか。
俺達はタコ足女王がいる塔の近くの庭までやってきた。
ここらへんは王族専用の空間だったはずだ。
まあ、俺も? そのうち王族になりますし? ていうか王族なんすけどね?
がはは。……はあ。
「両親を得るというよりは、家に入るという感覚が近かったです。私は元の両親の記憶が無いので、特に比較するものがありませんでしたから、うまくやっていると思います」
「……ミゼリアもそんな感覚なのかしら?」
「深くは知りません。しかし、よく両陛下のお名前は出されますので、家族として信頼している雰囲気はあります」
「そう…ですか……」
なんか空気重いんだけど。
ばあちゃん悩みか?
「……今回の結婚をどう思います? 一方的だということは理解していますよね?」
だいぶビビったけど、まあ、あり得た話だからな。
図らずも引きこもりタコの計画通りになったわけだ。あの人やべえよ。
うーん、正直に言ったほうがいいか?
「はい。最初は混乱しました。しかし、どう判断してもメリットが大きいので受け入れました」
「まあ、正直ですこと」
少しばあちゃんが笑った。やったな!
……どっちっスか?
これもしかしてなんかの面接?
「ミゼリアをどう思います?」
でけえ木の前でばあちゃんは止まってこちらをまっすぐ見た。
この流れで言うってことは正直に言えってことだな……。
「派閥同士の起点になっていることを理解した上で、彼女は王としてやっていける器であると認識しています」
「どこを見てそう思いました?」
「記憶力と判断力がありました。我が強いと言われていますが、自分の声を通すならあれくらい強くないと務まりません」
うおおお! 踏ん張りどころじゃ!
「……嫌っていますか?」
すんごい質問来た。
「まさか! 話していて、その、失礼ですが愉快な方です。趣味も合いますし。話題につきません」
「……よくわかりました」
こわい……。
そういえばここらへん人気がないんだよね……。
入口のフィフ呼ぶか?
「こちらへ」
「?」
なんだ? よく見るとこの木揺らいでいるぞ?
マジか。ばあちゃんが木の中に入っていきやがった。
幻視だ。しかも空間に設置されたオートのもの。
「────」
進んでいくと、そこには巨大な洞窟が存在していた。
間違いなく地下だ。
転移したのか?
「驚きましたか?」
「ええ、もちろん…」
少し上機嫌なばあちゃんは笑っていた。
人ビビらせて楽しいのかよ。わかるー。
「ここは……?」
「王家の墓です」
うわ、すげえ。
西洋でよく見るやつと似てるけど少し違う。
骸骨ではなく彫像が並んでいた。
死んだ王族を象ったものなのだろう。
棺はない。死体が魔物に利用される世界だ。丁寧に埋葬したのだろう。
「…………」
俺達は無言で進んだ。
道の脇にいる石の王たちが俺を見ているような気がした。
ここまで来て理解できない俺じゃない。
「あなた……」
「来たか」
俺達を待っていたのは『オスリクス・サルヴァリオン・リサンダー・サンクティス』。
俺のじいちゃんだ。
俺はこんな状況になっても彼らを信じることができず、透明化した剣に手を伸ばそうとする。
周囲に耳を澄ます。全神経を集中させる。
『本当の名はなんという?』
そんな音が俺の耳をかすめる。
一切を無視して俺は礼を取ったままだ。
「……無視されたぞ?」
「え? まあまあ」
困惑する二人。でもなんか笑顔だ。
動けねえ……。どうしたらいい?
「はあ……馬鹿者。そうした時点で確定するようなものだ」
「そうですわね」
ミスったぁ~……。
「……つまり?」
「“父親そっくりだ”」
オヤジぃいいいいい!!
崩れ落ちる俺。
くすくす笑うばあちゃん。
深い溜め息をこぼすじいちゃん。
「ほら、立ちなさい。みっともない」
「ういっす……」
国王に起こされる俺。非国民です。死にます。
向き合ったじいちゃんの目は潤んでいた。ついでにばあちゃんも。
『あー……ただいま……?』
「────」
うげっ!? 二人から抱きつかれて息ができねえ!!
「ギブギブ! 孫を殺す気か!?」
「あらやだ。あの馬鹿とそっくりな言い草」
ばあちゃんは急に冷たくなった。ウケる。
「くっ……!!」
逆にじいちゃんは力が強くなった。嘘だろ!?
「おい! 折れる! 馬鹿力ジジイ!! おい!!」
「あらら」
仕方ないわね~みたいなテンションやめろババア!
「助けてばあちゃん!」
「ここまでそっくりでよく今まで隠せていたわね……。ほら、あなた」
「うっ! ウウっ!!」
うわ、じいちゃん大泣きでやばい。みっともねえ……。
引き剥がされた王様はひでえ顔をしていた。
「うおおおおおおおおおっ!! すまなかった!! すまなかった!!」
落ち着いたと思ったらダッシュでこっちに来やがった。
ぎゃああああああっ!? 妖怪孫殺し!!
「まったく……」
そう思ったら脇の王族の銅像が動き出し、じいちゃんを止めた。
ばあちゃんがやったらしい。
「あれ?」
よく見るとその像は俺とそっくりな外見で若かった。
像が設置してあった場所には名前があった。
『ハットリューク』だってさ。
「ぐえええええ……」
オヤジの像にキメられているじいちゃん。
「……はあ」
溜息をつきながらばあちゃんも少し泣いている。
「…………っ」
なんだかこの世界で初めて経験した感覚だった。
ああ、俺の家族がここにいる。
ダルンたちや、ファビッさんたちが家族じゃないわけじゃない。
でも、確かに感じるなにかがあった。
ああ、ただいま。オヤジ。
なんちゅう家族団欒だよ。俺は目を拭うと立ち上がった。
「リエーニか」
「まあそれも孤児院で付けられた名前だから、少し違う。ルクスでいいよ」
「そうか……ではハディアとの記憶は無いのだな?」
「うん。何も知らないの?」
二人とも首を振った。
オフクロは未だに行方知れずだ。
俺は結構端折って今までのことを伝えた。
この空間は宮殿の遥か地下にある空間のため、盗聴も防ぎやすいとのことだ。
まあ一応遮音魔法張ったけどね。
「オリジェンヌ襲撃に巻き込まれた!?」
「うん。マジやばかった」
「笑い事じゃありません!」
「知識の蔵にいたのか!?」
「うん。マジやばかった」
「笑い事じゃありません!」
あれ? 話していけば話すほど二人の目が厳しくなっている。
「……お前は逆によく儂らを誤魔化せると思っていたな?」
「無理?」
なんとなく髪と眼の色を俺は戻していた。
「行動力がな……。まあ後はダルンの動きだ」
「そんなバレバレだった?」
『何を言っておる。儂らには耳があろう』
そうやって風声でじいちゃんは伝えてくる。
カルクルールの動きを聞いていたわけか。
「ばあちゃんに聞こえねえからやめなよ」
「……お前父親に乗り移られているのか?」
どんだけそっくりなんだよ。もういい加減寝とけよオヤジ。
「じゃあ知ってたけど確信が持てなくて接触しなかったってこと?」
「そうだな。カルクルール派閥の目も厳しい。悔しいが我々は身動きが取れぬ」
じゃあ今回の件がなければ、接触は難しかったわけか。
「ミゼリアのお陰かー」
「……“それ”もあった」
それ?
「貴方が……ミゼリアを憎んでいる可能性があった」
あー……。なるほど。
「ただでさえお前を放置したのだ。強い感情を持っているかもしれないと思っていた。
飾らず言えば、お前が怖かったのだ……」
「…………」
黙る二人。
それでしばらくミゼリアと関わる俺を見てやっと声をかけたわけか。
道理で警備が厳しいと思った。あちこちに隠れていたからな。
噂が広まるのも早かったし……。くそが。
「じゃあ二人もミゼリアを排除する気はないんだね?」
「……ああ。あの子は被害者だ」
「貴方には申し訳ないことですが……」
それを聞いて俺の方も安心した。
「俺は王になる気は無いんだ。なんとなく手助けができればいい」
「ルクス……」
「きっちい状況だけど、俺が上手く立ち回れば王国だけでもなんとかできるかもしれない。
魔王領については?」
「貴族と同じ程度の情報しかない。すまぬ」
今日会えて良かった。
学園が始まるとさらに難易度が高くなっていただろう。
「大丈夫。そんなわけで俺は義理の孫になるよ」
「……っ」
またハグされた。
情に熱い家族だなホントに。
あと気になるのは……。
「……ミゼリアはどこの血筋なんだ?」
「血筋はわからない……。あれの出自を知るのはフィンナ公爵だけだ」
「内密に見魂者に見せてみましたが、不明だと言われました」
なんじゃそれ。
「そんなのあり得るの?」
「……一つだけ可能性がある」
お、マジか。
そして国王から語られた内容は本当に残酷なもので。
改めてこの世界のクソさを再認識した。
「戦中まで存在したネトス教の技術によって生み出されるもの。
──『ネトス・ヴァリュキリア』だ」
「え?」
それは俺も知っている。
歴史を見ればわかるものだからだ。
だってついさっきまでカードにして使っていた。
ネトス属性を持つ便利なユニットだ。
彼女達に親はいない。見魂者が見えないのも納得だ。
それはつまり──“生産された人間”だということ。
「…………」
足元がふらついた。
そこまでしてアイツらは自分の安寧が欲しいのか?
ミゼリアは金髪と金眼と能力を持つように、設計されて作られた存在だ。
「ルクス……このことはあの子には……」
「言えるわけ無いだろッ!!」
思い出すのは今日も俺に愚痴を言うミゼリア。
ころころ変わる表情。時々好きなものを語るときには笑顔を見せてくれる。
そしてさらに思い出すのは彼女の語った過去のこと。
『私は同じような子供が暮らす施設で育ったわ』
作ってやがったのか……。たまたま成功したのが、彼女だったのか……。
あの子はただの孤児だった王女だ。
『ミゼリア・サルヴァリオン』だ。
それでいい。それがいい。
次はミゼリアと俺の婚約発表の場で会うことを約束して俺達は別れた。




