63話 狂い合う倒錯者
誰もが振り返る美男子が歩いていた。
きっとどこかのお忍び貴族だろう。
綺麗な仕立ての衣服とそれに負けない仕草。
佇む姿は絵になっていた。
その人物がいるのは、多くの馬車が行き交うターミナル。
王都から来る馬車を待つ学園の停留所だった。
馬車が停まるたびに降りてくる人間を確認している彼は、きっと恋人か誰かを待っているのだろう。
そう周囲の人間は考えた。
やがて、一台の馬車から一人の少女が降りてくる。
黒髪、黒目の市民の格好をした地味な雰囲気だ。
だが、丁寧な仕草で御者にお礼をいう姿は、気品を感じさせた。
十分に教育を受けた人物なのだろう。
その少女は美男子を見つけると、少し複雑な顔をした。
「どうしてここに? 集合は寮という話では?」
「早く会いたいと思いまして」
「……はしゃぎすぎだろ」
こそこそと小声で話しているため、周囲には聞こえていない。
軽くため息をこぼすと、少女は美男子の案内を受けながら、このロルカニア学園周辺都市を巡るのだった。
◆
だるー。
なにが悲しくてこの歳で中学生デートしなくちゃいけねえんだ。
ゲーセンとファミレスですか。
言葉は違うけど、同じようなのがあるらしい。
隣を歩くヤンバトール(男装お嬢様)は張り切っている。
コイツが目立つ服装で来たせいで、俺の一般市民ファッションが無駄になった。
こうして隣に立つと見上げるくらいコイツと結構な身長差がある。
この時期は女性の方が成長が早いとは言え、この世界は人間の成長が早い気がする。
周囲の目が気になる。
男装させといて良かったわマジで。
これならルクスの従者のプライベートで誤魔化せる。
今回は俺本体が来ている。アクシデントが怖いしな。
フィフはお留守番となった。
ついてくるかと思ったが、ヴィクトリアが面倒くさいから行かないと言われた。
透明化して後ろにいるのも退屈だから嫌だってさ。
アイツはルクスゴーレムを護衛している。どうせ寝てんだろうな。
「集合より1時間以上早いじゃねえかよ。計画通りにいこうぜ」
「それはリエーニが早かったからでしょう?」
「こっちは寮で集合する前提で来てんだよ。あとついでに街の感じを見たかったの!」
人の予定を狂わせやがって。
「ならば、読み勝ちです。街は私が案内するので、よろしくお願いします」
コイツ……。
まあ、土地勘あるやつに任せるか。
付け焼き刃の知識でリードするなんて無理な話だしな。
女性にリードされるのか……。
いや外見的にはあってるが。
ヤンバトがなんとも思ってなさそうなので、そういう男女の感覚もこの世界だと違うんだろうな。
いやちげえわ。コイツ俺のこと女だと思ってるんだったわ。
結構成長した体格でもわからんもんかね?
なんかコイツにはバイアスがかかっているような気もする。
「ていうか、もっとヤンバトっぽく話せよ。それじゃ完全にイケメン女子だぞ」
「貴方こそ、最初のように丁寧な言葉使いを見せてほしいですわ?」
「あん?」
「ふふん」
やんのか、ゴラ。
「いいでしょう。言葉使いを乱したら負けです。よろしいですね、ヤンバトール様?」
かなり学生ノリだが、まあいいやろ。今日くらい。
「望むところさ。覚悟はいいかな?」
「こちらのセリフです」
言うようになったなこんにゃろ。
学園まで取り敢えず目指すことになり、どのようなことを学んでいるのかをヤンバトは語ってきた。
それに相槌を打ちながら、俺は街の音も拾っていく。
ファビッさんが言っていた通り、安全性は悪くない。
そこらへんに遮音魔法が張られている。これは人間の魔法というよりは、そういう結界みたいなものだ。
防音室がそこらへんにある感覚だ。
「どの科目もたいへん興味深くてね。リエーニも気に入るんじゃないかな?」
「そうですか。興味ありません」
まあルクスとして受けることにはなるが。
今更予習だの復習だのテストだのやんのかよ……。
勉強は好きだけど授業は好きじゃねえんだよなぁ……。
「今年はルクスも入学するのだろう? リエーニはついてくるのかい?」
「はい。もちろん」
「“も、もちろん”……。本当にアイツに何もされてないんだよね?!」
されてるわけないだろ。
ていうかそれってただのセルフハッスルだからな。レベル高すぎだろ。
「私はあくまで雇われで、雇ったのはファビライヒ様です」
「……怪しい」
何がやねん。
「なんでこの男装のことまで話したんだ! これはお前と私の思い出だろう?!」
「自惚れが過ぎますね。そもそも貴方がパーティで変なことを言い出したから、説明の必要ができただけです」
「ぐぅッ!!」
ぐうの音が出ている。
見た目のいい兄ちゃんが道端で悶えている姿はなかなかおもろい。
いろいろ視てみると、コイツの状態は完全に変身している。
俺のような光の誤魔化しではなく、人の肉を被っている状態だ。
多分、ちらっと見えたネックレスがその装置なんだろう。
聖芸品というのはネトス教が持ち込んだ物品らしいけど、すげえな。
聖国ラークフム、果ては聖都に行けばその技術も学べるんだろうか。
「見えてきたぞ、学園だ」
「!」
日本で言うところの最寄りのバス停から5分くらいで大きな門が見えてきた。
ただ大きいだけじゃなく、見た目や利便性にもこだわった設計だ。
2車線の道路に、警備の仕方。豪華な意匠が施された銅像が立っている。
何より学園全体に遮音結界が張られている。
相当な魔法使いが関わっていると見える。
街を見回すと、ロルカニア語、共通語、武帝国語をはじめとする様々な言語で書かれた文字案内がある。
ユニバーサルな設計がされていて、この世界にしては珍しいというか、すごいシーハルンっぽい。
ロルカニア王国内でありながら、ここには人間連合という言葉がぴったりだ。
「驚いたかい?」
「……まあ」
なんでお前がドヤ顔なんだよ。
横で笑うヤンバトを軽く蹴っ飛ばした。
「いたた……。でもそうか、さすがにリエーニでも驚くんだな」
「どういう意味です?」
「変な話だが、最初にここに来た時私はリエーニ臭を感じたというか……。あ、待て、どこに行く」
キモいこと言ってきたから逃げちまった。
今のセクハラは美女でも許されないだろ。
まあでも言いたいことは少し分かった。
感覚が俺の世界に近いってことだろ?
「この学園を作ったのは誰なのですか?」
「さあ? 昔から王族を中心に計画自体はされていたみたいだよ。動き出したのは国王が力を得てからだと聞いている」
「…………」
まさか……。またオヤジか?
門から見える校舎を少し見つめながら、なんとなく俺はそう思った。
そして同時に、ぶち壊されたあの知識の蔵を思い出す。
あの後、俺が完治してからファビッさんと訪れたあの場所は廃墟になっていた。
ここはあんなふうになってほしくはない。
「道順はわかりました。次はどこに行きましょう?」
「え? 学園には入らないのかい?」
アホかテメエ。
「その格好で? どう説明するのですか」
「あ」
まじかよコイツ……。
しかもなんか急に焦り始めた。
「もしかして学園内も案内するつもりでした?」
「ははは……。そういうものだと思ってたな」
駄目すぎる。
……もしかしてデートプラン崩壊したのか?
「寮ってもしかして、学園内ですか?」
「いや、それは別だ! 案内しよう!」
…………。
「それは最後にしましょう。取り敢えずどこかで昼食でも」
「え? ならば学園内で……」
…………お前マジかよ。
「私は部外者なのですよ? それに貴方はヤンバトールです。お忍びなのです。分かっていますか?」
「ど、どうするのだ?」
いい感じだったのは最初だけかよ。
まあ俺達らしいか。
「普通に街をうろつきましょう」
「その…だな……」
気まずそうに目を逸らすヤンバト。
ああもう何を言うか分かったよ。
「もしかして、学園内しか知らないと……?」
「あ、ある程度ならわかる! 実際に行ったことはないが……」
つ、つかえねぇ~。
これ立場逆だったらお前絶対キレるだろ。
「…………」
「待って、リエーニ! がっかりしないで!! 学園内なら楽勝なのよ!」
口調がボロボロだ。ぐだぐだじゃねえかよ。
「別に怒ってません。申し訳ありませんが学園には入れませんので、外で楽しみましょう」
「それで楽しめるのか?」
「別に場所はどうでもいいと思っています」
地図も頭に入っていない街をふらつく。それもまあ楽しいだろう。
不安そうなヤンバトに笑いかける。
あんなに俺のこと好きだ好きだ言ってるくせにわかってねえな。
「今日は貴方と一緒にいる時間を楽しみにきたのですから」
──誰かと仲良く歩けるだけで俺は楽しめちまうんだよ。
◆
私という人間はもう限界を迎えていた。
三年とちょっと。リエーニのいない生活は退屈で、窮屈で、無意味だった。
ヴィクトリア・ブレイブハートは一定の評価をされている。
それは私が心の隙間を埋めるために足掻いた結果だ。
学業も、派閥形成も、心底ではどうでもいいと思っている。
彼女の幻想を自分に重ねることで精神の安定をさせていただけだ。
誰にも屈さない態度は、歪んだ私の在り方が可能にしたことにすぎない。
“もし騒動が起きて相手を斬り殺しても大丈夫なように”立ち回っている。
他人の信頼を得るのも、反抗心を煽るのも、血を求める私自身の為だと自覚している。
幸いなことに先日の王子のように直接暴力沙汰になることはない。
でも、心の何処かで残念な思いを抱えていた。
「あそこのおいしそうですね。食べてみましょう」
商店街で見つけた屋台に走り出す美しい黒色の少女。
嘘偽りなく笑う彼女は、純粋な奇跡だ。
いつも思う。
もしリエーニと出会えていなかったら、私は英雄ではなく『悪鬼』になっていたのかもしれないと。
「どうぞ」
手渡された食べ物は、野菜と肉が麦生地に挟まれたものだった。リエーニはそれを素手で掴んでいる。
「なんだこれは?」
「“ジャンク”フードです」
「そんなものを食べるのか……?」
「まあ一口だけでも。気に入らなければ、私が貰います」
そう言って彼女はかぶりついた。屋敷で見ていた礼節の欠片もない食べ方だった。
あくまでアンリーネに鍛えられただけで、本来の彼女はこういったものに抵抗がない。
「立食いなのか……? せめてどこかに座らないか?」
「買い食いの文化を知らないのは損です。まだまだ回るのですから、一々座りませんよ」
相変わらずよくわからないことを言い、私を困らせる。
「せっかくその恰好なのに、貴族マナーにこだわるのは勿体ないですよ? 市民の演技をしてください。
今の貴方はただの少年です」
喋りながら口を可愛らしく動かすリエーニの方が食べたいと言ったら嫌われるだろうか。
欲望を抑え、手に持つジャンクフードとやらに噛みつく。
程よい食感と、肉の脂が味覚を刺激する。確かに、美味しいものだった。
「どうです?」
「……悪くはない」
「くくく……お気に召したなら何よりです」
いたずらに笑い、脂で汚れた手の指を舐めるリエーニ。なんてはしたない。
でも、この瞬間の彼女を知ることができたのは、今のこの行動のおかげだ。
「では次ですね。あちらの菓子もなかなか美味しそうですよ?」
また別の場所に案内され、私よりもこの街のことに詳しくなっていくリエーニ。
懐かしくも、切ない感覚を思い出した。
いつも私の一歩先を行く彼女。
優しく私を導く女神。
「おお、これは知らない味ですね」
一緒に味覚を共有する。
「なんだか、生臭い匂いが。これは外れですね」
匂いを共有する。
「ここは街が一望できますね。少し休みますか」
視覚を共有する。
学生も利用する街の高台の広場で、中心街を見ながらベンチに座る。
私と彼女はただ話しながら、歩いて、買い物をするだけだった。
それだけのことがどうしてこんなにも楽しいのだろうか。
「ちょい勝負も休憩な」
隣に座る小さなシルエットは口調を崩し、リラックスしている。
自分がリードをしなければと思い、派閥の友人たちにアドバイスを求めてきたが、そんな普通の令嬢達のデートでリエーニが満足するはずがなかった。
むしろ、何も考えずにこうして自由気ままに過ごすほうが好みに合っているのだろう。
「結局、貴方任せにしてしまいましたね…」
「ばーか、気にしてねえよ。そっちこそどうよ? お貴族様には合わなかったか?」
そんなはずがない。
むしろ、刺激が強すぎて、胸が張り裂けてしまいそうだ。
「まあまあですね」
「そりゃあ良かった。ふふふっ」
私の勘違いでなければ、リエーニも今日は楽しそうだった。
屋台で手に入れた貧乏くさい庶民の菓子を容れ物から出して、頬張っている。
上機嫌な彼女が私をさらに上機嫌にさせる。
「ん? 食べるか? あーん」
「!? な、なんですの?」
それを見ていた私にリエーニがお菓子を差し出してくる。しかも口に向かって。
「さっさと口開けろ。俺帰るぞ?」
「あーん」
恥ずかしくてどうにかなりそうだ。
でも、逃げ道を塞がれた私は彼女に従うしか無い。そう言い聞かせる。
甘みの強い菓子は強く私の印象に残った。
「……慣れていますのね」
「あん?」
私のつまらない言葉にめんどくさそうに彼女は返事をした。
「何度も誰かとこんなことを……?」
「そこまでテンプレだと逆になんて答えたらいいかわかんねえよ。
言っとくがデートもキスもお前が初な。光栄に思え、馬鹿令嬢」
「本当に素の口調だとポンポン罵倒が出てきますのね」
でも、それだけの言葉で私は満足をしてしまう。
それにあの日のキスの話題を彼女の方からも出してくれた。
意識していたのは私だけじゃなかった。
それだけで今日会えてよかったと思う。
「……ったく、馬鹿な契約をしやがって。俺の意思は無視か?」
少しの沈黙の後、リエーニはずっと気にしていたであろうことを言ってきた。
「ごめんなさい。貴方があの男に取られると思ったら、いても立ってもいられなくなって……」
「てめえが一番嫌がってた結婚じゃねえか。アホ」
その通りだ。
アンリーネに乗せられたとはいえ、私は目先の利益を優先してしまった。
「少し自棄にもなっていたのよ。毎日毎日知らない男から来る手紙に返事を書くことが嫌で……」
「…………そんなに?」
少し焦ったようにリエーニが反応した。
「ええ。一応世界的にも関わりのある血ですから。ほとんどがエルヴァリス様の名前の影響でしょうけど。
私の生む子供が英雄になる保証などないと思いますけどね」
血を繋げる役割を理解はしていても、私はそれを拒否した人間だ。
そんな女が抱かれたところで、まともな跡継ぎが育つはずがない。
「お前が子供を生む……か。なんか、変な感じだ」
「貴方だってもうすぐじゃないの? まだ来てないの?」
「あー……。わりぃ、考えたこともなかったわ。……別の意味では来てるけど」
「なんですの、それ」
本当に規格外の、理に囚われない子だと思う。
それが羨ましくもあり、憐れでもある。
「…………」
「な、なに?」
何かを考え込むように私を見るリエーニ。
その瞳に見つめられると私はさらに狂ってしまう。
それは私を誘い、甘美なる水底に沈ませる狂気の闇。
きっと私よりもこの子は狂っている。社会に適応できない可哀想な存在だ。
「むしゃくしゃしてきた。おい、あっち行くぞ」
急に立ち上がったリエーニは、そう促した。
「……どうしましたの?」
「くぁもん! あっちにグラウンドがあるっぽい」
少し足早で歩く彼女の表情は、複雑で私にはよくわからないものだった。
まるで、気付いてしまった何かを振り払うように、誤魔化すようにリエーニは歩いていた。




