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プリミティブ・プライメイツ ~暴君転生~  作者: 翠碧緑
2章:思春・王都動乱編

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59話 大人と子供の温度差


 そんな大した距離もないのに、使っている馬車の中。

 中には俺とファビッさん。


 ファビッさんは俺の提出した書類を読んでいる。

 溜まりに溜まった俺の事業計画書とそこで行うもののコンセプト。

 さらにはその際フォノス商会の権利をどこまで使っていいのかという確認事項。


 婚活が無くなってめっちゃ暇だったから、結構な量を叩きつけている。


 読んでいるファビッさんの顔はだいぶ渋い。

 めんどくさいもんを今見せてきやがってという反応だ。


 うるせえ。息子ほったらかしたアンタが悪いんじゃ。


 フィフは今日も俺の隣で寝ている。最近のコイツは省エネ気味だ。


「はあああぁぁ……。キミと話しているといつも溜息が出るね」


「光栄っす」


「何も褒めていないし、感嘆しているわけではないからね」


 俺は皮肉をそのまま受け取ることをモットーに生きています。うん、人生は豊かだ。


「スポンサーね……。芸術家に支援をすることはあるが、それを専門にする部門を作るって?」


「はい。兵士を雇うようなものです」


「そう思えるのはキミだけだよ。そして、興行を行うことで宣伝と新たな人材収集を兼ねる、と。

 ルクス、まだボクは銀行システムの整備に忙しいんだけど?」


 知ってます。だから俺がやる。金くれ。


 俺が提案したのは所謂、芸能事務所だ。


 ギルドシステムが受ける世の中になるのなら、間違いなく育成や管理もできるようになってくる。

 そして、それは人間同士だからこそ機能する部分がある。


 魔王領が持ち込んだのは技術と資源。

 まだ娯楽面ではこちらが対抗できる。


 経済支配はフォノス商会が牛耳ってるお陰でなんとか防いでいるが、他国の小さいところではもう魔王領に依存してしまっているところもあるらしい。


 ギルド・ルクスから送られてくる情報から見える現状は、厳しいものだ。


 革命とも言えない憂さ晴らしを続ける人々。

 未完成な統制がさらに崩れ、名前だけの存在となった国が出てきている。


 それでは繰り返すだけだ。農民が統治などできるわけがない。


 あの屑鉄がやったような破壊が蔓延している。


「極めつけは、この演劇だ。

 ……キミはこの物語をプロパガンダにするつもりだね?」


 その通りだ。

 クソ先輩に読ませたものと同じ物語をファビッさんは読んだ。


 あれは体制側の苦労をこれでもかと表現している。


「はい。人気者の『架空の王』を作ります。

 悪役ばかりだった女王を主役にして、滅茶苦茶やります」


 孤児院時代に知った昔話は民を虐げる女王が討伐される話ばかり。

 

 そりゃあ、市民に人気な物語なんだからそうなるのは自然なんだけど、悪役好きの日本人の血が騒いじゃってな。


「滅茶苦茶か……。本当にそうなんだろうね…。

 キミがせっかくいろいろ資料にしてくれたのだけど、この演出の殆どがボクには理解できないよ。

 舞台装置。抱き合わせ商法? キャストが登場する飲食店を併設。推し活支援?」


「書いてある通りっす」


「うーん……。血なのかなあ……」


 ファビッさんが遠い目をした。

 うるせえな。クソオヤジの影響が無かったと言ったら嘘になる。


 博物館はぶっ飛んじまったけど、俺もああいうのやりたいと思っちまったんだ。

 生活様式とか武器とかじゃなく、心とか文化に残る何かを。


「……難しいと思うなら、別に」


「いや、いいや。そうではないんだよ、ルクス」


 拗ねたように言う俺にファビッさんは優しく言う。


「ボクはキミのやりたいことがこの方向に向いているのが嬉しいんだよ」


 ずっと忙しそうで疲れた顔のファビッさんだったが、元気に笑った。


 世間じゃひでえ言われようだが、この人は最初に会ったときから人をちゃんと見る。

 そして、掛ける言葉を選ぶ人だ。


 褒められていることがわかって少しだけ俺も嬉しかった。


「……じゃあ、さっさとサインしてよ」


「事務的だね。まあいいさ。息子への大きなプレゼントだ」


 照れくさくてぶっきらぼうに言った俺にそう父上殿は返す。


 もう少しで俺は12歳だ。ハッピーバースデー。

 あ、勿論架空の誕生日設定です。実際の知らんし。

 なんつー親子のやり取りだよ。ケーキみたいなの作られてないのかなあ。


「では、そろそろだね」


 さらさらとサインをしながら、ファビッさんがそう言ってくる。


 俺の地獄パート2が迫っている。

 この馬車が向かっているのは宮殿だ。


 つまりは、“お見合い”だ。


「うっす……」


「大丈夫かい?」


 全然大丈夫じゃないっす。


()()()()()ぜってーなんも分かってないでしょ……」


「その口調……。キミの方が何もわかってないよね?」


「今だけだから許してよ。ただの金蔓(かねづる)として迎えられる入婿の気持ちが痛いほどわかりました」


 そう言ってファビッさんを見る。


「そうなのかい? ボクにはわからない気持ちだよ」


 くそがっ!! 


「惚気けあざーっす…。ちなみに父上は二人以上とか思わなかったんですか?」


 それを聞いたファビッさんの表情は、なんとも思ってないようなものだった。


「昔はあったかな。でも戦争を挟んでボクも若くはなかったし、ジル以外に構える時間もないからね」


 十分若いだろ。

 ファビッさんは多分まだ三十後半だ。


「重婚制度って夫婦両方にあるんでしょ? 母上が他の誰かを望んだとしたらどう思うの?」


 純粋を気取って際どい質問をぶつけた。

 これは動物的な感情も入ってくるものだ。社会ルールで許されているものだからといって個人の感情が変わるわけではない。


「……そうだね。そうなってほしくはないよ。当然ね。

 でも、話し合いを続けて受け入れる方向でボクは決断するかな」


 真剣にファビッさんは答えた。

 愛する人の望んだことを否定はしないと。


「まあ、ありえないけどね?」


「あ?」


 のろけんなや。もっとぶっ飛んだ計画書持ってくるぞ。


「まったく……八つ当たりかな、ルクス。

 羨ましい限りだよ。今や王都はキミの噂で持ちきりだ」


 嬉しくねえ話題だなオイ。


「そもそも重婚制度が作られたのは、政略結婚が多すぎたせいさ。本妻を無視して他の女に走る男と、平民の血を受け入れて貴族として育てる女が度々混乱を巻き起こした。わかるだろう?」


 結局やるやつはやるってことか。


「そのせいで俺は断る理由を一つ失ってるんですけどね」


「まあこんな婚約は初めてじゃないかな。もう笑い話のレベルだよ」


 ちくしょうぅ……。自分だって大変なくせにィ……。


「で? 結局全部受けますよ? いいんですね?」


「構わないさ。ホントに良くできた息子だね。フォノス家の誇りだ」


「ぐ…ぬぐ…」


 なんかもうこの人考えることやめてないか?


「まさかもっと先だと思っていた国王陛下との謁見が叶うとはね。ボクの大臣抜擢も視野だ」


 その点は本当に嬉しそうだ。


「そりゃ……よかったっすね……。手札はなんかあるんですか?」


「まあ、今回はどの手札が有効かを知るのが目的かな」


 ひえ…。急にサイコパス映画の犯人みたいな顔になるじゃん。


 楽しそうな父上殿との会話は続き、やがて宮殿の中に俺達は入っていくのだった。





 ミゼリアは鏡に映る無表情な自分の顔をなんとなくつまらないと思った。


「どうでしょうか、ミゼリア様」


 髪の手入れをする従者がそう声を掛けてくる

 何かが気に入らなかったが、それを言うとまた騒音が増えるので無視してもういいと告げる。


「服はどうされますか?」


「テキトーに選んでいいわよ」


「そうですか? せっかくの機会ですから御めかしをいつもよりされてみてはいかがでしょうか?」


 自分が人形遊びをしたいだけの従者に苛立ちながらも、言う通りにする。


 自分の顔が世界では美しいと評価されることをミゼリアは知っている。

 そして、それだけでは上手くいかないこともわかっている。


 美しい者も汚い者も等しく騒音であることに変わりないのだから。

 美しさへの文句と、汚さへの文句は止むことはない。


「素晴らしいです、ミゼリア様。これでルクス様も見惚れること間違いなしですわ」


「どうでもいいわ。終わりなのね?」


「え……はい、失礼しました」


 ルクスという男は軽薄で口が軽いという印象しか抱いていないミゼリアは、周囲との温度差があった。


 婚約が決まったというよりは、王族としての役割を全うしているだけに近い。


 意外なことに、やっていることはただの政略結婚である。

 ミゼリアは意識せずに自分を政治的な道具にしていた。


 文句を言うわけではなく、むしろ自分から進んでフォノス家との婚姻を受け入れたことに周囲の評価は上がったのだ。


 騒音たちの変わりようにミゼリアは呆れた。


「失礼します、お祖父様、お祖母様」


「来たか、ミゼリア。どうぞ座りなさい」


 支度を終え、国王の執務室に行くと、ミゼリアの敬愛する王とその后がいた。


 国王オスリクス・サルヴァリオン・リサンダー・サンクティス。

 その側室バラミニシア・ロターク。


 今日の顔合わせはこの二人も一緒の予定だ。


「ミゼリア……本当に良いのですね…?」


 席に座るミゼリアに遠慮がちにバラミニシアが声を掛けた。


「何がですか?」


「今回の婚約のことです」


「当たり前です! フォノス家の力は王の下で発揮されるべきなのです!」


 そんなミゼリアの幼い反応に困ったように笑うバラミニシア。

 なぜ彼女がそんな反応をするのか、ミゼリアには理解できない。


「……ミゼリア。お前が王家を考えて行動することを誇らしく思う。だが、あくまで婚約。

 もし途中で何か気が変わったのならすぐに申して良いぞ」


「? わかりました!」


 オスリクス王からのそんな言葉もミゼリアの内には響かない。

 彼女には客観視するという能力が欠如している。


 周囲から見たときに自分がいかに献身的な行動しているのかがわかっていなかった。


 皮肉なことに、日々聞いている“騒音”によってミゼリアは自分の在り方を歪めてしまっていた。

 どんな行動をしても飛んでくる自身を否定する言葉が、ミゼリアの精神性までも定義している。


 『馬鹿で高慢で無能な王女』にいつの間にかミゼリアはなってしまっていた。


 それを自覚することすら無い傀儡になっている。


「ファビライヒ・フォノス伯爵。並びにルクス・フォノス。両名が到着しました」


 ミゼリアの戦利品が到着したと報せが入る。


 自分を心配する心に気付かずに、ミゼリアは応接室へ向かうのだった。



「此度のお話、たいへん嬉しく思います。不肖の息子ではありますが、王のために尽くす心は人一倍持っております。ミゼリア殿下とも友好的な関係を築けるでしょう」


「そうか。それはこちらとしても有り難いぞ、ファビライヒ伯爵」


 広々とした応接室にて両家は向かい合う。

 その間には豪華なティーセットが並び、部屋の壁には沢山の従者が控えている。


 ミゼリアは、ファビライヒ・フォノス伯爵は噂通り危険な男だと感じた。


 騒音の違いというものがある。

 それはただ事実を嘲笑うものと、僻みから生じるでっち上げの違いだ。


 ファビライヒは後者の騒音を増やす者だった。

 聞くに耐えない大人たちの声には焦りや怒りが含まれていることが多かったからだ。


「それで、手紙ではもうお伝えはしたことですが、重なってしまった婚約についてです」


「うむ」


 それはミゼリアの予想できなかったことだった。いや、ある意味予想通りだったのかもしれない。


「我がフォノス家としては三家の子女からの申込みは有り難い事です。国家運営という観点から見ればこの繋がりはなんとしても維持していきたいと思っております」


 冷たい微笑みを宿しながら、伯爵は語った。

 

 どこまでが彼の思い通りだったのか、計り知れない。


「全て受けるということで良いのか? 貴公の息子も承認済みなのであろうな?」


 国王はファビライヒの隣で静かに見守る少年を見た。


 しばらく社交会を荒らしたと噂される成金貴族の養子。

 端正な顔立ち、銀色と青を宿し、無表情で物事を俯瞰したように語る少年。


 ルクス・フォノス。ミゼリアの婚約者となる男だ。


 どこか親近感を持って国王を見ている彼を観察したミゼリアは少し苛立つ。


 今回の婚約について、王女の相手になったというのに何も嬉しそうではない。

 それどころか、他の家にも相手ができたという。


 その相手の二人はミゼリアのよく知る人物だ。


 ヴィクトリアはなにかと自分に構ってくる邪魔な少女。


 サフィレーヌは自分の親友だ。

 最近、サフィレーヌがミゼリアと距離を置いているのも今回の件が発端だろう。


 カルクルールの女として政治の道具にされ、相手はミゼリアと被っている。

 遠慮がちなサフィレーヌはそれでミゼリアに対して負い目を感じているのだ。


 親友であるミゼリアは理解していた。

 サフィレーヌは無理矢理フォノス家との繋がりを作るために売られたのだと。


 “あの子がこんな男と進んで一緒になるはずがない”。


 ミゼリアは自分から提案しておきながら、親友と()()()()()になったことを喜んですらいた。


「はい、問題なく。そうだね、ルクス?」


「はい。今回の件有り難く思っております」


 絶対にそう思っていないような無表情でルクスは答える。


 余裕そうな受け答え。まったく動じない鼓動の音。

 ミゼリアを無視したような態度。

 綺麗な音を出すその口。


 全てがミゼリアを苛立たせた。

 この場に国王夫妻がいなければ彼女はきっと大声で罵っていただろう。


「それならば良い。分かっているとは思うが……」


「はい。ミゼリア様と結ぶ婚姻が最初となります」


 国王と伯爵は会話を続けていく。


 そして、お決まりのセリフがミゼリアとルクスに対して掛けられる。


 『あとは二人で話してきなさい』。


 ここからがミゼリアの腕の見せ所だ。


 舐めた態度を取らないように、成金の調子に乗る男を調教する。

 絶対の優位を確保する為の戦いが始まるのだ。


 男女の仲は惚れたほうが負けという言葉がある。

 もう既にルクスはミゼリアに惚れている。そう彼女は思っている。


 ならば、楽勝だ。徹底的に立場というものを叩き込んでやる。


 そんなことを思う幼い少女に対して、少年は仮面の奥で苦笑いを浮かべるのだった。

 

 

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