58話 軋む大地
人間が死んでいた。
魔物が死んでいた。
そこは人間領域の中であるはずなのに、戦いが起こっている。
「ほっ!」
ある国の兵士が魔物を仕留める。
その魔物はコレクターが所持していたものが暴走したものだった。
そして所持していた愚か者の喉を食い千切り、何故か反王軍に従っていた。
持ち込まれた魔物が、反王軍が所持する『コード』によって暴走し荒らし回る事例が増えている。
血が飛び散り、また魔物が狩られていく。
今反王軍と交戦中の小国の部隊は、大戦を生き残った精鋭たちだ。
人間に操られた魔物など造作もない。
彼らの相手は市民上がりの雑兵と簡単な命令しか与えられていない魔物たちだった。
混戦となった戦場には無作為に死体が積み上がっていく。
「めんどくさいのう……」
「まあまあ、そうは言わずに」
一人の槍使いの女性が溜息をつく。
それをあやすように男性が笑った。
「儂らのこの作業はいつまで続くんじゃ? あっちを見てみい。本陣がボロボロじゃ」
膨れ上がった反王軍は大雑把に見積もって四十万を越えていた。
それが無差別に特権階級を襲っているのだ。弱小国では対応が難しかった。
人間連合が機能していない以上、国同士の連携は疎かになっている。
「素人の若者ばかりですからなあ。指揮官は頼りにしないほうがよろしいかと」
戦いに負けかけているのに、彼らの反応は軽い。
中隊規模の彼らの役目は魔物と、たまに湧いてくる不死騎士の対応である。
「そこ喋ってないで口を動かしてくださいよ!!」
隊員の一人に叱られ、二人は目の前の魔物に向かい合った。
黒い鎖に縛られた不死騎士だ。
「浄化魔法使いがいないとめんどくさいのうコイツ」
女性が手に持つ槍で鎧を破壊していく。
すぐに鎧が再生成されるが、黒い鎖は復活した部分も縛り続ける。
浄化できない以上、エネルギーを削り切るしか方法がなかった。
「まさかこの国でみることになるとは思いませんでしたよ。長生きするものですな」
「何を言っとるか。若造が」
そう言う女性の容姿はまだ若いように思える。
しかし、彼女は大戦前から現役の有名な槍使いだ。その正確な年齢は知られていない。
「あなたに言われたらそうでしょうが、最近ホントに腰が重たくて……」
そう言いながら、自分と同じくらいの大きさの鈍器を振り回す男性。
彼も大戦を生き残った選りすぐりだ。
不死騎士を槍使いの女性が削っている間に、彼と隊員たちが雑魚処理を行っている。
「ふん……。戦後、大して時間が経っていないのにこの有り様じゃ。人間はおしまいじゃのう」
「まあまあ、頑張りましょって」
そうは言いつつ彼も女性が言っていることを理解できている。
十年でこの差だ。
彼らはこの争いが人間対人間の様相を呈した人間と魔族の戦いであるとわかっていた。
「ええい! エルヴァリスは何をしとるんじゃ!」
「噂では王国の護衛につきっきりだとか」
「まったく! アレは人間全体を守護するものじゃろうが。王国の臆病者どもがァ!」
「おおー」
不死騎士の修復を待つ間、暇だった彼女は遠くの反王軍の“群れ”に槍を投擲した。
その着弾地点には大きなクレーターができる。悲鳴と血飛沫が舞い上がった。
槍使いは大戦中、大魔族を殺すことを目的とした特殊部隊に配属されていた実力者だ。
『大魔族』。それは言ってしまえば有名な魔族というだけだ。
人間の間で有名ということは、それだけ人間に被害を出しているということである。
今生き残る大魔族はいない。大戦中に人間に殺され、最終的にアルテに殺されたからだ。
「今の魔王は厄介じゃのう……」
転移魔法で槍を回収した女性がそう愚痴る。
「違いますか?」
「まあの。魔族は力が拮抗していれば殺すのは難しくない。
だが、アルテとやらは人間を相手にしているようで、気持ちが悪い」
再び不死騎士をボロボロにしながら、槍使いが語る。
「明らかに頭が良さそうですからな。大魔族とも違いますか?」
兵士ではない格好の弱い反王軍たちを潰しながら、男が尋ねる。
「違うのう。大魔族は力が強いだけの馬鹿じゃからな」
また不死騎士が復活する。
黒い鎖の拘束は外れていないが、復活する度に騎士の動きが変わっている。
「……こやつ明らかに学んでおる。絶対に魔法は放つなよ。拘束されながら反撃してくるのは面倒じゃ」
「魔物が魔法を撃てますかね?」
「……不死騎士は撃てぬはずじゃ。だが……」
言葉を止めた槍使いを不思議そうに見る男性。
槍使いは何かに気付いたように、考え込んでいた。
「どうしました?」
「一度だけ、見たことがある。
あれは儂らの部隊が大魔族を追っているときじゃった……」
年寄りの昔話が始まったくらいにしか感じていなかった男性だが、次第に槍使いの顔が恐怖に染まっていくのを見て、真剣に耳を傾ける。
「大魔族が逃亡した先で一体の不死騎士がいたのじゃ。その不死騎士は儂らの一人が放った炎の魔法を使い反撃してきた。
さらに言えば、今儂が使っているこの拘束魔法を見て学び、部隊長だった浄化魔法使いに放つ有り様じゃった」
「え? その拘束魔法は本来5人くらいの魔法使いがいないと使えないのでは?」
槍使いが現在使っている拘束魔法は簡易的な劣化版だ。
本来は数人で陣を構築し、対象の動きを空間ごと停止する大魔法だ。
「最終的に儂はそやつを天空の果てに突き飛ばした。被害は凄まじくてのう……。
部隊長と儂だけしか残らず任務は続行不可能。失敗したのじゃ」
「それが……」
「似ておる」
槍使いは不死騎士を見上げる。
無言で人を殺戮する人形。入力された命令しか受け付けない模造品だった。
大戦中は魔族を護衛するしか脳がなく、時間稼ぎにしか使われていなかった。
「すいませーん!! 不死騎士が出たって聞いて来ました!!」
援軍の遊撃部隊がやってきた。
一人の浄化魔法使いを運用するために作られたものだ。
浄化魔法使いを護衛する者で構成され、こうして戦場を駆け巡っている。
「こっちじゃ! はよせい!!」
「ひーん……よりによってディアハさんのところですかぁ…」
汗をだらだらと流して、浄化魔法使いの女性が駆けてくる。
かなり酷使されていることが伺えた。当然だ。
ここの軍隊が有する浄化魔法使いはたったの三人だ。
反王軍の不死騎士特攻は聖国以外に多大な被害をもたらしていた。
ネトス教迫害を行った国々は浄化魔法使い集めに精を出す羽目になった。
ネトス教の衰退を利用したこの戦術も、槍使いディアハがアルテを気持ち悪いと語る理由の一つだ。
「【コンル・クリアランス】!」
長い詠唱を省略できる彼女はかなりの実力者だと言える。
彼女がまだこの国にいたのは運が良かった。
沈黙したまま、黒い鎖に拘束された不死騎士は浄化され消えていった。
「やるねえ」
「はあ……はあ……。しんどおおおい!」
男性が浄化魔法使いを褒めるが、相当疲れたのか彼女はへたり込んでしまった。
「隊長! また確認されたようです!」
「うわああああああああん!」
その死刑宣告を受けて、またその浄化魔法使いは走り出した。
護衛からは回復魔法と防御魔法の手厚いサポートを受けながら。
肉体的な疲労は無いが、精神的疲労が勝っているようだ。
「まだ若いのに頑張ってますなー」
去っていく彼女達の後ろ姿を呑気に眺めながら、男性は殺戮を続けていた。
「…………効いたか」
「ん?」
不死騎士のいた場所を見続ける槍使い。
それを不思議そうに見る男性。
「何を言っているんですか。幽体型の魔物に浄化魔法が効くのは当たり前じゃないですか?」
「……まあ、そうじゃの」
槍使いディアハは男の言葉を無理矢理納得するように飲み込んだ。
不死騎士には浄化魔法。
それは当たり前。
もちろんだ。
だからあの時彼女の部隊も真っ先に部隊長が【コンル・クリアランス】を放った。
だが、アレには──効かなかった。
そしてそれからだった。動きが変わったのは。
浄化魔法を受けてなお立ち続ける赤黒の騎士。
隊員がそれに驚いて放った炎魔法。
溶け落ちた鎧はすぐに復活し、再生成された。
それは当然だ。不死騎士は復活するから厄介なのだ。
静寂があった。誰もが息を飲んだ。
矢と剣は鎧が弾き、心に干渉しようにもそれにはそんなものがあるはずがない。
傷は負ってもすぐに直る。そして、さらには────浄化魔法すら効かない。
彼女は今でもはっきりと夢に見る。
その兜がゆっくりと彼女達を見回したのを。
あの瞬間の言いようのない恐怖は彼女と部隊長を苦しめ続けている。
部隊長は現役を退いてしまったほどだ。
「良かったのう……本当に」
心から彼女は呟いた。
◆
またどこかの王が死んだ。
その王はただ素朴に復興に努めていただけだった。
貴族達との関係を重視し、魔王領の技術を少しでも学ぼうとロルカニア王国に何度も足を運んだ。
だが、それが国民には“遊びに行っている”と捉えられた。
胸に刻まれた印を持つ人々が怒りを以て、雪崩のように押し寄せた。
話し合いに来た使者を殺し、貴族を殺し、王とその家族を殺し尽くした。
『ああ、やっとこの国は平和になるのだ』
そんな幻想に皆酔っていた。
男たちが、女たちが、子供たちが喜びを叫んでいる。
そんな勝鬨を聞きながら、彼らは汚れた一室で話し合いをしていた。
「素晴らしい。また一つ王を潰した。これで理不尽がまた減った」
そう感慨深く呟くのは、『カシアン』。
反王軍の中核を成すメンバーの一人。司令塔だ。
机に広げられた地図を彼は眺めながら、駒を動かしていく。
「何が素晴らしいものか。関係ない民まで巻き添えにして」
そうつっかかるのは『クルモンド・ハーグラエティク』。
反王軍の軍を指揮する元騎士の老爺だ。
クルモンドはただただ特権階級の排除を望んでいるだけで、そのために民を犠牲にしたいとは思っていない。
「関係ない? 何を言っている? これは世界の問題なのだぞ?」
「やりすぎだと言っている!!
魔物を使うことまでは許容したが、民を醜い騎士に変容させるなどと…ッ!!」
「力のない彼らが望んだことだ。強要はしていない」
言い争いは止まない。
カシアンはあくまで人間全てが関わるべきだと発言し、クルモンドは戦えるものだけが死ぬべきだと言っている。
彼らは特権階級もまた人間であるという考えが無かった。
あくまでどうやって敵を滅ぼすかを議論している。
「そのへんにしてくださいよっ! ねっ?」
それを宥めようとするのはひ弱そうな男だった。
彼の名前は『ケログ』。主に裏方を担当し、武器や兵員の補充を行うポジンションにいる。
「勝利をまずは祝おうではありませんか! どんどん仲間は増えているわけですし、民意は私達にあるんですよ」
「……勝手にしていろ。俺は持ち場に戻る」
「あっ」
クルモンドは不機嫌な顔を隠そうともせずに、去っていった。
「まったく何が不満なのだ。ああいう発言は士気を下げるな」
カシアンは彼の行動が理解できないと、溜息を付いた。
「……いやあ、ははは。それで、今後の方針について話をしたいんですけど……」
バラバラな考えのぶつかり合いを不味いと思っているが、口にできないケログは誤魔化すようにカシアンに提案する。
少しでもまとめるものはまとめておきたい。
「武器の供与は?」
「それが……境界線の争いが激化したらしくて、回せる分が無いと言われてしまいました」
境界線の三国の争いから流れてきた聖芸品をいくつか確保していた反王軍だったが、いくつもの争いで喪失し、消耗が激しくなっていた。
「そうか……。ハピフクス家からの支援はどうだ?」
「そちらの方は問題なく。ただ……王都に思ったよりも被害を出せなかったことにお怒りみたいです」
反王軍にもスポンサーは存在している。
貴族の破壊を目論みながら貴族から支援を受けている。
それが彼らの実情だ。
そして、そのスポンサーも最終的には滅ぼすつもりであった。
「ふむ。……らしいが?」
カシアンはそう言って今まで沈黙を貫いていた人物に話を振る。
退屈そうに壁に体重をかけ立っている女性。
格好は上品で容姿も美しい。
だが、その内面がいかに凶悪であるか彼らは知っている。
「何度も謝罪しているでしょう? さすがは王都ですわね」
「『グリム』……。また遊んでいただけじゃないだろうな?」
彼女は『グリムプレート』と呼ばれる女性だ。
おそらく貴族であるのに、身分を偽って一般兵からのし上がった強者。
戦いの度に血溜まりを作っていく彼女は敵味方関わらず恐怖の対象である。
「作戦通り私は表から侵入し、扇動者が裏から入る。私は任務通り魔石の回収と爆破を成功させました。あのつまらない魔物が不良品だっただけです」
「ひっ!」
グリムプレートが視線を送ったのはケログだった。
不死騎士の技術を手に入れ、広めているのは彼だったからだ。
「ケログはよくやっている。不死騎士の技術はまだ試作段階なのだ。これからはさらに精度が上がるはずだ」
「し、精進します……」
カシアンに庇われほっと胸を撫で下ろすケログ。
「おそらく問題が発生するのは、変換直前の精神状態によるものだと思います。
躊躇していたり、迷いがあると不死騎士にならずに魂が霧散してしまうようです」
ケログは見解を冷静に述べる。
人間を消費しているという事実に誰も口を挟まない。
クルモンドがこの場にいたら、また口論が始まっていただろう。
「ふむ。まだ王国は難しいな。数を増やそう」
また仕事が大きくなるとケログが渋い顔をするが、カシアンは気付かず続ける。
「シーハルンの支配から解放されても、世界は変わらなかった。王たちは自分たちが冷遇されていたにも関わらず、今度は自らがシーハルンと同じように支配を振りまいている」
反王軍内でいつも聞かされるフレーズだ。
「全てを平らにするのだ。そして、みんなで同じ位置に立とう」
その空虚な言葉はただ空間に響くだけだった──。
話し合いが終わり解散となった。ケログはグリムプレートの方へ近付いた。
「グリムさん。結局何があったんですか? 私、失敗したとしか聞かされてないんですけど」
その質問をグリムプレートは大人の笑顔で流した。
「……あの。グリムさん?」
「私、次の作戦が待っていますの。失礼しますね?」
一礼して、グリムプレートは去っていった。
彼女は物腰は柔らかいのだが、徹底的に他人を拒絶していた。
話し合いには参加しているが、無言だった他のメンバーも去っていく。
部屋にはケログだけが残された。
固まったままだった彼の表情には────『怒り』があった。
「…………ッ」
舌打ちをする。
それは慣れたような仕草だった。
彼は暴れないようにすることで精一杯だった。
だってそうだろう。
下等種族に舐めた態度を取られて、我慢などする方が体に毒だ。
ケログ。彼はこの世界を支配する偉大な種族だ。
「ゴミどもがァ……」
屈辱に耐えながら彼は任務に戻るのだった。──人間社会に止めを刺すために。




