52話 真実の断片
彼女の目的はただの情報収集だ。
フォノス家に入り、内部の事情を探る。
しかし、そのメインとなるファビライヒの付き人ではなく、その養子の世話をするはめになってしまった。
その養子、ルクス・フォノスは能力は高いのだろう。
その知識と人間関係を構築する能力。
ファビライヒが養子にした理由もわかるというものだ。
だが、彼は社交会に出かける以外、部屋でお気に入りの従者と同衾をしているだけだ。
よっぽどあのフィフという従者を気に入っているのだろう。
そして今、お目付け役として選ばれた女が気にしているのは、フィフの妹のリエーニであった。
主が休日の時に必ず外出の許可を得て、どこかへ行っている。そして、その足取りが掴めないのだ。
(今日こそはって思ったけど……あの子何をしてるの?)
リエーニはずっと街を歩いていた。歩くだけだった。
もう一時間以上もそうしている。
(なんなの? いつも散歩してただけってこと?)
それとも何かを警戒しているのかもしれない。
彼女はさらに忍び足で、その小さな従者を追いかける。
そして、気付いていない。
今ルクスが利用している部屋には、土人形しかいないということに。
◆
やっと、お目付け役ちゃんを動かせたぜい。
今あの子はリエーニにお熱だ。
あの位置ならばリエーニの遠隔操作が効く。ソナーを通じて街を歩くくらいならなんとかな。
長時間は勘弁願いたい。自分の感覚が三重くらいになってぶっ壊れそうになる。
『厳重だねえ』
そんな小細工をして俺は宮殿にやってきた。
勿論裏ルートだ。成長した音消しと姿消し。さらに今回はフィフもいる。
フィフに抱えられ、俺たちは軽々と塀を越えていく。
それでも届かなそうなところは、壁穴を作って進んだ。土系統の魔法大好きだぜ。
誤魔化しの光操作と遮音魔法は張ったけど、スピード勝負だな。
人の足音とソナーで警備の穴を突くのは簡単だ。
警戒するべきトラップはフィフが経験と勘で発見し、回避して遠回りをしていった。
『あそこだ』
『…………』
前来た時と違うのは、警備兵すらいなくなっていること。
入口が鉄格子で覆われ、鍵を掛けられていること。
“孤高の塔”。引きこもりがいる場所だ。
『ここまで来ると余裕だな』
『ん』
さっきからフィフの口数が少ない。いつも多いわけじゃないがさらに少ない。
今日の予定を伝えたときもかなり迷った末に俺に同行すると言ってきた。
最近はスリープモードになることが多かったが、今日は違う。
やはり、引きこもり女王とコイツには関係があるのだろう。
三年前、コイツが女王を警戒した感じは、一般的な意識とは違うものだった。
女王の権力を恐れるというよりかは、女王自体を警戒していた。
前来たときと同じように、外壁から侵入する。
警備がいないぶん、前回よりも下の階層から入ることができた。
『トラップあるって言ってたけど、全然わからんのよな。どう?』
塔を登りながら、フィフにそう声を掛けたときだった。
「────」
音もなく振るわれる剣。
剣術とかの括りじゃなく、純粋に命を奪う太刀筋。
その剣先が──俺のすぐ近くまで迫っていた。
『私は……やっぱり駄目。行けない』
震えて軋み壊れそうになるフィフの体が、どれだけ抵抗しているのかを示している。
左手で右腕をヒビが入るくらい握りながら、フィフは必死に自分を押さえていた。
『おい……?』
『この結界は自決を促す。このままだと……貴方を殺してしまう。それは……イヤ』
『……わかった。下で待ってろ』
泣きそうな目で俺を見るワンコ。心配すんなよ。
コイツは大抵のやつに敵意を抱かない。ヴィクトリアとかに向けるものも本気じゃない。
だが、いくつかの事柄に対しては異常に反応する。
やっぱり、お前って……。いや、お前らって──。
その思考を俺は一旦放棄して、前と同じ部屋に向かった。
『ルクス……。私を……────ほしい』
聞こえてきた相棒の悲しい声を俺は無視するしかなかった。
部屋の中。
前回と同じように正方形の真っ白な部屋。
「え」
中心にあるベッドには誰もいなかった。
嘘だろ? そんな話は聞いてないぞ。
慌てて周囲を見回すと、──“いた”。
「…………!」
そこはベッドですらない場所だった。
入口から一番遠い部屋の角。そこにうずくまってただ俯く人の姿。
ぼさぼさの赤髪。よれよれのドレス。
体格は前回と同じ。だが余計にそれが違和感を与える。
この人──飯はどうしてんだ?
「うっす! 引きこもり様!」
「……ああ、お前か」
よかった。会話はできるようだ。
ゆっくりと顔を上げた彼女は俺を見て、少し笑ったように思えた。
「良かった……。良かった……」
その手は俺を求めていた。赤子のように。
やばい、と俺は思った。
「ああ……どこに行っていたのだ? 寝ている間に出ていくなどと礼儀のなっていないやつだな貴様は?」
近づいた俺にすがるように彼女は抱きつく。肌をこすりつけてくる。
きっと三年経ったことにすら気付いていない。
多分壊れかけている。
──なら、ぶっ放すしかねえな?
「子供に依存してんじゃねえぞ? しっかりしろよ、一回負けたくらいでよ!!」
「────あ」
引きこもりの顔が歪んだ。最後の防御壁が壊れた。
「あ、あ、あ、ああ、負け──。殺され──」
彼女の目を見た。キョロキョロと無様を晒す不快な目だ。
「俺を見ろ。見てくれ。アンタは今何をしているんだ。なんで、こんなことをしているんだ」
「わたしは──、私達は──。それは──」
「そんなに“アルテ・リルージュが怖いのか”?」
その瞬間、この人の体が文字通り跳ねた。
「あああああああ……。うああああああああああああああああああああっ!!」
逃げられるところまで必死で逃げて、壁にすがりついている。
その壁には傷。引っ搔いたような傷だらけだ。
俺はそれを見ていた。
「はあ……はあ……いやだ、やだ、こわい……」
「あん? 何が? “アルテちゃん”のこと?」
「────ッ!!」
そして、この人が落ち着いた瞬間にまた“地雷ワード”を繰り返した。
慣れさせた。疲れさせた。吐き出させた。
「やめてくれ……。お願いだ……。思い出したくないんだ。もう嫌なんだ……」
「わかったやめるわ。そういや“魔王”がさ……」
「──っ!?」
それは、演技だ。
その残酷な真実を俺は知っている。分かっている。
この塔の警備が薄いのも、あんな結界を仕掛けた理由も、全部この人自身が引き籠もったからだ。
この人は排除されたからここにいるわけじゃない。
自ら逃げたから、それ幸いにと国王が勢力を取り戻した。
「………………貴様は、なんなのだ? 私に何をしたいのだ? 殺したいのか?」
「魔王をなんとかしたいんでな。アンタを頼ってんだよ」
「この……また……」
「いい加減やめてくれ」
「なんだと……?」
涙と震えを見せて、その同情を必死に買おうとする姿は本当に腹が立つ。
そのやり方は俺も知っている。
“そうするとみんな寄って来なくなるから”、拒絶するために声を荒らげている。
狭い白い部屋で、家族すらも近づかないように泣き叫んだ。
ああ、とても無様だったよ。今じゃそう思う。
もう──そんな鏡を見せるのはやめてくれ。
「俺は、貴方のそんな姿は見たくない。せっかく会いに来たのに、そんなの全然楽しくない」
「────」
全部の壁を壊しきった俺は、手を握る。
そして、目を合わせる。
「理由は違う。でも、貴方のことを俺は理解できる。
少なくとも、愚痴相手くらいにはなれる」
「馬鹿が……。今の私を見て、何をそんな必死に……」
力無く笑うその人の顔は正直かなり情けないと思う。
女王としての仮面は消え、大人としての余裕もなく、子供に説教されている。
「自分でいろいろやってみてわかった。スケールは違うけど生活を作り上げる大変さを。
どんなに否定されても、めげなかった貴方たちの行動を尊敬してる」
「…………それが人間に与えたダメージも知っているだろう?」
「ああ」
それは大戦争。狂気の自殺。
それを起こした理由までは俺もわからない。でも、今のこの人たちを見ていると、理由はあったと思える。
「言っておこう……。お前の想像するものは、優しすぎる。
私達はもっと醜悪で、どうしようもないクズばかりだ」
「マジで? まあ、慣れてるから平気だよ」
「馬鹿が。どうなっても知らぬぞ?」
吐き捨てるように言ったその人の顔は、何かが吹っ切れたような少しだけ前向きな笑顔を“貼り付けていた”。
まあ、最初はそんなもんでいいやろ。
◆
「こんな現状っす」
「そうか。馬鹿しかおらぬな」
一応現在の世界の状況を俺が知った限りで話した。
広いベッドに寝た引きこもり様。その隣に俺は座っている。
「そうだ。差し入れ持ってきたんですけど、食べます?」
俺はお菓子を持ってきていた。この世界のクッキーみたいなやつだ。
「私は“そういった機能”を持っておらん」
「え?」
「暗殺は面倒なのでな。『食』と『色』は封じている」
とんでも発言じゃねえか?
「だが感覚の共有はできる。貴様が食え」
「えっ、そうすか。いただきますね」
俺が食べようとした時になんか“触手”が伸びてきた。
「えっ!? なに!? 怖い!!」
「慣れているんじゃなかったのか?」
そのニョロニョロしたものは、赤色のこの人の──髪の毛だった。
「ええ!? なにそれ!?」
「どれ。食ってみろ」
「ぎゃああああああ!?」
その触手が俺に巻き付いた。そしてなんかくっついた。
なんだ?! 同化してないか?!
「鬱陶しいな。ほら」
触手がお菓子を取って口に持ってきた。観念して食べた。美味しかった。
「うむ。なかなかに美味だ」
え? 俺の感覚を触手を通じて共有したのか?
「あの……終わりましたよ?」
「もう少しいいではないか」
ベッドに転がされた。力つえぇ!!
タコ女王やん。普通にバケモノですやん。
「貴様の胸は落ち着くな。不思議だ」
「バブんの癖になったんすか?」
ぎゅっと抱きしめられる。
なんか性癖開拓したのかこの人。やばいよ。俺が。
「どうして、俺のまわりには抱きついてくる人外しかいないんすかね?」
「人外?」
やっぱ反応してきた。言ってみるか。
「なんか呪われた剣がいまして」
「──なに?」
「それを持ってるんすよね。自我を持った剣で、会話できて、便利なやつです」
「……生きていたのか。なるほど、道理で最初会った時に勘違いしたはずだ」
? あいむそーりー?
「よく意識が残っているな貴様……。あれはそんなに弱っているのか?」
待って待って待って。
「いやぁ……バリバリ元気ですけど。今も下で待ってます」
「……待っているとは?」
「えっと……俺の作ったゴーレムに憑依させてます」
「…………。アレがそれを受け入れたのか……?」
「はい。『相棒』っす」
「は?」
タコ足が髪の毛に戻った。
引きこもり女王は絶句していた。
フィフって……。いや、“そこまで”とは思わないじゃん?
「まあ……いい。奴がここに来れないのは当たり前だ。
ああいう闘争心の権化を近づけないために作った結界なのだからな」
よっぽどやなこれは。
「フィフもアンタを警戒してたけど」
「フィ、フィフ……? まあ、そうであろうな。
貴様……まさか、まだ他にいるのか?」
「え?」
「……“巫女”に会ったことはあるか?」
んー? それっぽいのはいたけど。あんのチビが?
「その顔でよくわかった。貴様は……なんなのだ? 噛み合い過ぎであろう」
「え?」
「そうなると……。いや、しかし……」
なんか考え始めたタコ足女王。高速演算してるっぽい。なんだろ。
「王立図書院、2-26-53489。その5ページ目最初の行を読め」
それは本のナンバーだ。図書院は帰り道に寄れるな。行ってみるか。
「それで何がわかるんです?」
「“貴様の覚悟”だ。もしそれを読んだ時に何も理解できぬのであれば、それでいい。そのまま生きて死ね」
こちらを見つめる彼女の顔は、何かを祈るような、一縷の望みに託すようなそんなものだった。
「だがもし理解してもなお、我らの力を利用しようとするのならば、私は貴様に手を貸そう。
──美味い土産の礼だ」
「……あざっす」
なんか、認められた気がして嬉しかった。
噛み合っていない認識を無視して、俺はそんなことを呑気に思う。
「リエーニ」
「あ、今はルクスです」
「そうか。ルクス、もう……ここには来るな」
「えっ?」
それは優しい言い方だった。
「私はたまたま逃れただけの弱い個体。そして、“稼働期間”が決められた存在だ。
もうじき──停止する」
なにを……言っているんだ?
「寿命ですか……? そんな若いのに?」
「はっ……。そうだな。だが、死ぬわけではない」
どういう意味なのかは俺には理解できなかった。
ただ、痩せ我慢とかではなく、確信してこの人が言っていることは分かった。
「貴様は抵抗するだろうが、もう魔王の手は止められぬ。
考えるべきはその一手の後、何をするのかだ」
そして、最期まで“この”人は俺に言葉をくれる。
「どうすれば?」
「──貴様は“力”を求めなければならない。どう避けようとも必ず暴力での衝突が待っている。
アルテは盤面で遊んでいるが、あの子自体をどうにかできなければ人間である貴様に勝ち目はない」
この人が言っているのは、強大な力の差だけではなく、人間の『命の短さ』の話だ。
魔王アルテが行っているのは、超長期戦。人間の世代を跨いで支配するやり方だ。
「王さえ生きていれば、駒は生えてくる。心得よ。──『自分の命の重さ』をな」
「…………」
それはどっかでも誰かに言われた言葉だった。
俺は俺を大切にしなければならない。
助けられるだけの自分を。この世界の異物である渡来人を。
「ああ、反王軍とかいう下らない集団の話だが、どうせ自滅する。
関わらなくても──……なんだその目は?
はぁ……。『魔石』について頭に入れておけ」
人の胸でため息をつくタコクイーン。なんじゃおら。
もうバブらせてやんねえぞ?
魔石ね。了解。
「相手は思想犯だ。警備の厳重さなど気にせず来る。
──くだらぬ正義は大義で潰せ」
「────」
“ちゃんと殺せ”。この人は俺にそう言っている。
覚悟を持て、とかではなくシンプルに“殺せ”。
状況に流されず俺の意思で蹂躙する必要が迫っている。
「では行け馬鹿者。
あとは……そうだな。その『フィフとかいうやつ』に伝えておけ──」
ニョロニョロと触手で俺を持ち上げ、ベッドから離れた場所に立たせながら、女王が言った。
「『貸しにしておく。次の茶会はお前がホストだ』──とな」
光を取り戻した赤い瞳は、有無を言わせぬ迫力があった。
深い闇から手招きするような声。
とんでもないものを俺は起こしたのかもしれない。
でも、それくらいじゃなきゃいけない。そんな気がした。
◆
「ルクス!!」
結界のギリギリで俺を待っていたフィフは俺を見つけるやいなや、声を出して名前を呼んできた。
『バカ。声』
『!! ごめん……』
誤魔化せていると信じたいが、まあ聞かれてたらしょうがない。とぼけまくればいい。
『何もされていない? 体は?』
まとわりつく大型駄剣。
コイツ、滅茶苦茶隠しごとしてんだよなぁ……。
『お前……あの人と知り合いなのか?』
『…………っ。違う…』
『ツッコミ待ちか?』
この期に及んでとぼけんじゃねえって。
焦るコイツは珍しくてしばらくいじりてえけど、今は真面目に行こう。
『言えない理由だけ教えろ』
『生理的嫌悪』
コイツ……。
『そういえば伝言があったわ』
『?』
『“貸しにしておく。次の茶会はお前がホストだ”。だってさ』
『…………あの女ぁ』
なんかめちゃくちゃキレてんだけど。そんなにムカつくセリフなの?
抱きしめる力がクソ強くなってる。
ギブギブ!
『お前の過去なんてどうでもいいから!!』
『ッ!?』
やべ、言い方ミスった。泣きそうな顔になった。
『やっぱ無し! えーっと、そうじゃなくて、とっくに俺達って『相棒』だろ?
お互いめんどくせえ事情があるのは分かってんだし……今更だって!』
一蓮托生! な?
『ルクス……』
『お前が話さない理由が、もし、そういうものだとしたら、大丈夫だよ。
俺はお前を気に入ってる。一緒にいる!』
恥ずいよぉ……。青春だよぉ……。
それを聞いたフィフは嬉しそうな顔をして、また切なそうな顔になった。
『……でも、言いたくない』
弱々しい声が俺の耳元で聞こえた。
俺の考えは届いた。でも、それがコイツの答えだった。
それでもいい。
言えないじゃなく、言いたくない。
きっと、それほどのものなのだろう。
『わかったよ。無理言って悪かった』
『…………』
『めんどくせえなお前“も”』
ぽんぽんと撫でる俺の手にフィフは頭を擦り付け続けた。




