48話 助けて
“やっと辿り着いた”。
そう男は思った。
それは距離的な話だけではなく、男の過ごした道程も含んだ感想だ。
すれ違い道行く人々は穏やかだ。なんの不安も感じていない。
魔族の恩恵にすがる阿呆ども。そう小馬鹿にしたように男は笑った。
これから起こることを知らずに過ごすのは幸せなのだろうか。
“死ぬのならば幸せかもしれない”。
無責任に男はそう思った。
最終地点。男の終わりはもうすぐだ。
やっとあの『糞ども』に鉄槌をくれてやれる。
使用人服に身を包む男の胸元には“逆さまの王冠”。
それは切り傷によって肌に刻まれている。
王都のパーティ・ホール。
豚肉が醜く笑う場所。
もうすぐで奴らが死ぬ。
それだけが男の目的であり、天国の家族への土産話だった。
◆
婚活が終わりません!
……どうしたらいいですか?
ファビッさんに手紙を送ったら、“楽しめ”って返ってきた。嫌がらせか?
向こうもかなり忙しそうだから、俺に構ってるヒマがないのはわかる。
しかし、それなりに俺だってやってきた。少しは手伝えると思うのだが、“年齢に合ったことをしておけ”って言われた。
じゃあ、会社経営させろや! 俺ガキじゃねえぞ。
まあ、向こうがそう思うのはわかりますけどね。
それにファビッさんが俺に期待しているのは、コネクション作りだ。
金持ちの養子という肩書しか無い今の俺にできることは、フォノス家の利益の優先だ。ジルッさんも家名において嫁を貰ってこいって言ってたからな。
成金のイメージを吹っ飛ばすくらいの相手……。俺には無理じゃね?
それでもワンチャンを祈って俺は今日も婚活をする。
これいくらかかってんだろうな……。想像したくねえ。
今回の会場はかなりの規模だ。なにかの記念らしく、様々な派閥の貴族が一同に会している。
フォノス家は俺しかいないけど、同じ派閥の子たちはいっぱいいた。
家の代表として挨拶じゃい!
……と思ってたらやばい。
子供との会話より、大人との方がテンポも話題も合う俺は普通に楽しんでしまった。
結局金稼ぎの話ばっかだったが、おもろかった。ああいう発想がやっぱ大事なんだな。俺もなんか──、ってちげえよ。
俺は婚活学生。愛に生きるのじゃ。
「ミゼリア“様”よ! いい加減立場を弁えなさい!!」
会場全体を聞き回していた俺の耳にそんな怒号が入ってきた。
行ってみると、なにやら修羅場だ。
ってアレは! 『偽者ちゃん』じゃん!! おい、元気してたか、この野郎。
恨みはねえが、からかってやろう。
とりあえずよくわからないガキの喧嘩に乱入し、場を荒らす。
どうせ広まりきった悪評だ。もう無敵の人状態。バンザイ!
挨拶をすると、偽者ちゃんは俺のことを知っていた。さすがにか。
飲み物が欲しかったらしいので、渡そうとしたが拒否! わがままだなあ。
とりあえずこの手品をどうぞ。
「!! 色が変わった?! 何したの?!」
……本気で驚いていた。うーむ。反射光操作は使えないのか?
風声はできていたので、王族と先祖を共にする血なのは確定してるんだけど。
「さあ、お好きなカードを一枚お選びください」
「? これ!」
「僕には見せないようにお願いします。さあ、皆様と一緒に確認してください」
少し広めの休憩場所でお嬢様たちを座らせて余興を行う。
典型的なカードマジックの流れ。
女の子たちはドキドキしながらそのカードを確認し合う。微笑ましい。
「さあ好きな場所に戻してください」
「……!」
偽者ちゃんは純粋な表情で戻した。
…………気付いていない。俺の持っているカードの絵柄が本当は全て同じだということに。光で虚飾された真実に彼女は気付いていない。
カードをシャッフルした俺はその束を机に置いた。
「さてさて。本来ならばこの中からカードを当てるというのが王道。
しかし、僕はそんなつまらないことは致しません。というのも既に知っていたからです」
「な、なにがよ!」
演技臭く指を鳴らし、机に放置された飲み物を指差す。
「予言は水底に沈んだままです」
「!!」
一斉にジュースを見つめるご令嬢達。偽者ちゃんはグラスを持って一気飲みした。
……あの、王女様? マナーとか気になさらない? ちょっと計画が狂った。
「いたッ!? ペッ!!」
汚え。コイツホントに王女やる気あんのか?
偽者ちゃんが吐き出したのは、小さめのお手製の銀貨だ。
そこに刻まれたのはカードと同じ数字とマークだった。
「ふ、ふーん……なかなかすごいのね? 他のも見てあげる」
「王女殿下の時間をまだいただけるとはありがたき幸せ」
そわそわと楽しむ礼儀正しい女の子たちと大はしゃぎする王女様を見て、孤児院時代を思い出す。
テンションが上がった俺は盛り上げ根性が発動。
こちらを見つめる海色の目に気付かぬまま、マジックショーを開催した。
偽者ちゃんは満足したようだ。
「まあ? 面白かったわ? 私はもっとすごいものを見てきたから、あまり興味はありませんが」
コイツあざといな。
「そうですか。これからも精進致します。また披露する機会を頂けますと嬉しく思います」
「……まあ、いいわ。アンタのような困りものを導くのが王女の役目だから」
「さ、さすがです、ミゼリア様」
「素晴らしい」
すごいヨイショ具合だ。
まあまた話せる機会を得られただけでも良しとしよう。
コイツの背後は知りたすぎる。あとは──。
考えるのはここにいない王様。その側室。
あんたらはどう思ってんだよ、じいちゃん、ばあちゃん。
「ありがとうございます。ミゼリア様とお呼びしてもよろしいでしょうか?」
「アンタ生意気ね? 確か女を侍らせるのが趣味なんでしょ? そんなのと私を一緒にしないでくれる?」
このガキィ……。テメエみたいのにカスほども興味ねえわ。
「ああ、それは残念です。貴方ほどの美しさを想うことすら許されないなんて」
「なっ!? ばッ!?」
ぐはははは。照れておる、照れておる。
これくらい流せるようになってからイキるのじゃよ、青二才が。
ガキをからかって遊んでいた俺は気付かなかった。──その音に。
「なにやら、盛り上がっていますわね。ごきげんようミゼリア様」
あん? なんか来たな。
俺は振り向いた。
そこにいたのは、強気な女。
全部自分が一番じゃないと気がすまない炎みたいな女。激しい色の瞳と、一切の揺れがない声。
「げっ……ヴィクトリア」
そう呻るのは偽者ちゃん。同じ事思ったよ。
「なんですか、その態度は。しっかりと挨拶は返すことですわ」
それは『リエーニ』にとっての親友。
ヴィクトリア・ブレイブハートだった。
──相変わらずだなコイツ。緩みそうになる表情を強く固める。
「う、うるさい!」
「王女様」
「う、うぅ……。生意気! 生意気!」
すげえ……偽者ちゃんがなにもできねえ。
この女、王女様相手にも容赦しねえのかよ。
「こちらの方は?」
その目が俺を見る。改めてその顔を俺は見つめる。
おー……。なんかでかくなったな。いや、セクハラとかじゃなく。
礼を取り俺は挨拶をする。
「ルクス・フォノスと申します。どうぞお見知りおきを」
「────は?」
ん? “は?”って言った?
「フォノス?…………」
「……はい」
なんかすごい威圧されてんだけど。
なんか今にも手が剣を握りそうなんですけど。
おい誰だよ、ブレイブハートに帯刀許可したやつ。一番やべえやつが武器持ってんだけど。
「貴方ですか……。貴方があの“フォノス”の……。ええ、初めまして、よろしくお願いしますわ?」
よろしくって態度じゃないよね? お前が握ろうとしてるの殺人道具だよね?
助けてフィフ。
ホールの端の方で待機してるアイツはスリープモードしていた。あの野郎ぅ……。
そうか。『リエーニ』を持ってくれば、仲良くできるか。
なら──
「リエーニ、をご存知ですか? 貴方の家に雇われている子です」
お。
ガチトーンでヴィクトリアがそう聞いてきた。
なんだよ、やっぱ気にしてんじゃねえか。可愛い奴め。
「勿論。彼女は優秀な子です。僕の専属として働いています」
「──────せ、んぞく?」
あれ、なんか違うぞ?
ヴィクトリアが硬直した。
というか真っ白になった。
そして、なんか崩れ落ちた。
…………。あー……やべえ。そうじゃん。俺って『ルクス』だったわ。
これ、やったわ。色んな意味で。
「嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘……」
無表情でなんか呪文を吐くヴィクトリア。おいどうすんだよコイツ。
「ルクス!」
ん? なんか声をかけられた。誰だ。
海色の瞳。ああ、サフィか。
相変わらず二つジュース持ってやがる。クセなの?
「サフィ。また会ったね」
「うん! あげる」
ジュースくれた。ありがとー。
でも、今そういうタイミングじゃないんだよね。
「────“サフィ”?」
なんか熱気がすごいんですけど。気温上がりましたかね。
ヴィクトリアさん? ヒートアップしてません?
「わたしサフィ!」
そうだね。今はちょっと黙ってもらえるかな?
人懐っこくじゃれてくるサフィをなんとか引き離そうとするが、できない。力強いね?
「まさか……“私の”リエーニだけではなく……、サフィレーヌまで……」
どういう脳味噌の構造してんだコイツ……。リエーニはフォノス家で働いてるんだが。
サフィってお前のだったの? ひっつくサフィは無反応だ。いつものことなのだろうか。
「その、当家の使用人と過去に何があったのかは知りませんが……リエーニは──」
「私と将来を誓った仲です」
「…………そうなのですか」
知らなかったわ。そうなんかリエーニ。
いや、頭おかしいのコイツだわ。まわりの反応ドン引きだもん。
「噂は本当だったのね」
「ヴィクトリア様が使用人の少女が趣味だって話でしたか?」
「そうそう。気に入った子女を使用人の格好をさせて集会を開いているんだとか」
そんなこそこそ話が聴こえた。マジかよ。とんだ変態になっちまったなお前。
俺悲しいよ。
「今日は連れてきているのかしら?」
そわそわとそんなことを言ってくるヴィクトリア。
今のコイツとゴーレム会わせたくねえな……。ぜってえ触るし。
「そうですね。しかし、職務中ですので邪魔をしたくありません。
また別の機会でよろしければ場を用意しましょう」
「……へえ? 随分と気に入ってるようね? あの子の良さを貴方は理解できているのかしら?」
「抽象的でよくわかりませんが、あの子は優秀です。あくまで使用人として気に入ってます」
「そう……。あの子の趣味はご存知?」
なんの質問なの?
「いえ、私生活のことまでは知りません」
「は! 心は閉ざしたままのようね?」
すんごいマウント取られた。
お前……。なんか、俺が恥ずかしくなってきたよ……。
ええー? 久しぶりの会話がこうなのん?
いい加減サフィを引き剥がして、この場をどうしたもんか考えた瞬間だった。
──なんだ?
ぐちゃぐちゃした人の声の中で違和感があった。
異質な音が聴こえてきた。
まともじゃない呼吸音。この場において明らかに似合わない走る音。
「ねえ! うるさいわ!! あの男、気に入らない!! 衛兵!!」
「────」
それは“偽者ちゃん”の声だった。
彼女が指差した男は、──俺が違和感を持った男と一緒だ。
周囲がその遠くにいる男に注目する。俺もそれに注意を払いフィフと連絡を取り合う。
でも俺が気になったのは、怒鳴りながらその男をうるさいと言い放った女の子の方だった。
あれがうるさいと感じたということは、この子も──“同じ耳”を持っているということだからだ。




