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プリミティブ・プライメイツ ~暴君転生~  作者: 翠碧緑
1章:幼少・オリジェンヌ編

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5話 リエーニという少年


 ダルンの感情はなんとも言えないものだった。

 達成感と、新たに生じる焦りにも似た感情。その2つが混ぜ合わさった思考をなんとかまとめる。


「予想できていたことだ。後は、理想通りに動けるかどうかだ」


 豪華な(しつら)えの寝室で一人、グラスを傾けながらそう呟く。

 思い浮かべるのは、やっと見つけ出した男の子のこと。


 とても賢い子だった。そして、同時に()()()()()()とも思った。

 ダルンがあの子に求めるのは、絶対的な王者の素養だ。人間種の世界をまとめ上げ、魔族の支配を終わらせる真の英雄が必要だ。


 だからこそ、他者の命一つ一つを気にしているようでは、困ってしまう。


 血統の証明を終え、教育を施し、貴い家柄のもとで成長をしてもらう。そして、今度こそダルンは仕えるのだ。


 能力に問題はない。あれだけの風声を使いこなせるのであれば、いずれはあの子の父のように──。


 そこまでの思考を重ね、一気にグラスの中身を平らげた。この素晴らしい一品を共に飲み明かしたい友人はもう存在しない。

 だからこそ、今日解禁したのだ。それはダルンなりの切り替え、けじめだった。


「お前は笑うだろうか。それとも、いつものように怒るのだろうか」


 それに答える者がいるわけがない。


「そういえば、久しぶりに怒られたな。忘れていたよ、あの感覚を」


 何がおかしいのか、ダルンは一人で笑う。ここにあの少年がいたのなら、侮蔑(ぶべつ)の眼差しとともに罵倒を飛ばしていただろう。


 5年ぶりの酒は少しだけダルンをおかしくさせた。



 翌日、ダルンが目を覚ますとカーティスが少し浮かない顔で側に立っていた。


「おはよう、ヤツの調子はどうか?」


「それが……」


 珍しく言葉を詰まらせる友人の反応に驚く。リエーニという少年は“よっぽど”らしい。


「脱走でもしたか?」


「おはようございます、御主人様。もう日は昇ってしまっているのに、随分と余裕の起床でございますね」


「こういう調子でございます……」


 気まずそうなカーティスの後ろ、その下の方から聞いたことのない声が聞こえてきた。


「……何をしている?」


「お初お目にかかります。本日よりこのお屋敷に務めることになりましたリエーニと申します。どうぞ、お見知りおきを承ればと思います」


 寝起きのダルンの目に飛び込んできたのは、“女性用の給仕服を身に(まと)う黒髪、黒目”のリエーニだった。


 あまりのことに、ダルンの思考は停止した。


「別におかしなことはございません。私は、『(いや)しい身分』ッの出です。拾われた場所で存分にこき使われることは当然のこと」


「私はそんなことを命じた覚えはないぞ」


「命じられなくとも主人のことを察して動くのが、『下々の者』の行いというもの。最大限の奉仕をさせて頂きます」


 思わず頭を抑えるダルン。久しぶりの二日酔いも合わさって、思考は破壊されていく。

 リエーニは明らかに全て理解した上で、当てつけのように行っている。


「準備ができるまで、などと昨日はおっしゃられましたが、あやふやで意味がわかりません。ですので、好きに待機させて頂きます。『どこの馬の骨かもわからないクソガキ』がお貴族様のベッドを汚すわけにはいきませんので、私は使用人用の部屋で休ませて頂きます」


「……そもそもなぜその恰好なのだ」


「物色しましたところ、この衣服以外合うものがありませんでしたので。ああ、それともルクレヴィス家のご趣味なのでしょうか? そうでしたならば、我ながら良い選択でしたね」


 屁理屈をこねくり回すリエーニは少女の声を放ちながら、綺麗なカーテシーを繰り出した。その所作は見惚れるほどきれいなものだった。もう何を言っても無駄なようだった。


「我が家の侮辱はやめてもらえないか?」


「それはそれは。大変失礼いたしました」

『嘘つくなよ。きもちわりぃ家だな』


「……はあ。わざわざ髪まで染めて。いや待て目もか? カーティスが手伝ったのか?」


 理解しているからこそ、わざわざ自身の特徴を消すような真似までしている。それは、“絶対に認めない”と言外に告げているようだった。


「いえ、自分が見たときにはすでにこうでした」


「? え、カーティスさんもできるの? こういうの」


 そう驚いたリエーニの髪と目の色が一瞬にして金色に戻った。

 今度はダルンとカーティスが驚く番だった。


「今……何をしたんだ?」


「あん? 別に反射光を操作しただけだろ。染めたわけじゃねえよ」


 なんてことのないように、説明するリエーニ。すぐさまその色が黒になる。


 それはとても高度な魔法だった。嘗て使えた者はいた。だが、その者は風声を使えなかったのだ。


「ダルン様、この子は……」


「ああ……。我が迷いは既に消え去ったとも」


 なにやら急に納得し始める二人に困惑するのはリエーニだった。


「あ? まあいいや。俺はただのメイドなんでよろしくー。カーティスさんの部下第一号な」


「好きにしろ。だが、その変装を絶対に人前で解くことを禁ずる。これからしばらくはお前は給仕見習いのリエーニだ」


「お、おう。まじかよ。他のやつの前でバラすわけねえだろ。変態扱いじゃねえか」


 呆れたようにため息をつくカーティス(とも)に、「どうかよろしく頼む」と視線をダルンは送る。


()()()()()()()()、ということを忘れるな。主人の命令には従って貰うぞ? 新人」


「……勿論でございます」

『きしょすぎ』


 ふてくされたようにしかめっ面を晒すリエーニに、なんとも言えない表情のダルンはつい言葉を吹きかける。


『……そこまで気を使わなくてもいいのだぞ』


 一瞬顔を強張らせたリエーニはカーティスに違和感を抱かせないように、言葉を返してきた。


『別に……。ただの八つ当たりだっつうの』


『そうか』


『てか、マジで男用の無いの?』


『知らん。似合っているからいいじゃないか』


『きもきもきもきもきもきもきもきもきもきもきもきもきもきも』


 突然怒りの表情で部屋を出ていくリエーニ。

 残されたのは困惑したカーティスと、朝から愉快そうに笑うダルンの二人であった。


「あれは相当に扱いにくいな」


「その割には随分と楽しんでいらっしゃる」


「そんなことはないぞ?」


 そんなやり取りの後、ダルンはこれからの準備をし始めた。





 屋敷の生活は基本的にクソだった。


「まだなっていませんね。掃き残し、拭き残しがたくさんあります」


「すいやせんね」


「“申し訳ありません”」


「……大変申し訳ありません」


 俺に得意顔で指導してくるクソババア。コイツはアンリーネと言う名前で、どっかに出かけていったゴミ野郎が招待してきた妙齢の女性だ。


 それまでカーティスさんとテキトーに暮らしていた俺の生活は一変した。

 突然このババアは家政婦長を名乗り、俺の上に立ってふんぞり返ってきたのだ。


「さて、武帝国の実質的な支配者である組織、その名前はなんでしょう?」


 庭の雑草取りを二人で行いながら突然ババアが質問してくる。最近は仕事をしながらコイツは俺に知識を植え付けようとしている。

 マジでうぜえ。


四選英(しせんえい)……?」


「違います。武帝国を支配するのは『十五傑(じゅうごけつ)』。あらゆる力の頂点の十五名の御方です。『四選英』は大戦争の際に教会より選ばれた四つの神芸品(ゴッデスファクツ)を託された四人のことです」


「どうでもよくねえか?」


「いいえ。皆、現存する組織、御方々なのですから把握しておくに越したことはありません」


「いや、なんでメイドの俺が知ってなくちゃいけないんだよ?」


「さて、昨日の続きからですが──」


 俺の意見は無視され、歴史の授業が始まる。しかもだいぶインターナショナルなヤツ。

 花壇に種を巻きながら、知りたくもない知識がどんどん蓄積されていく。


 当たり前のようにババアは知識と技術を叩き込んでくる。その顔はいびるようなものではなく、真剣そのもので。俺のほうがおかしいのかと思ってしまう。


「その位置ではありません! 角度が甘い! 腕の伸びが足りません!」


「なあ、お茶会のセットを教わるのはわかるんだけど、なんでホスト側の訓練までやんの?」


 お貴族様が行っているというお茶会の準備方法を教えてもらった後、何故か、女性用と男性用両方のお辞儀の訓練をさせられる。

 手紙の出し方、当日の挨拶、対応方法、断り方。だから、俺にいらねえだろ。孤児メイドだって言ってんだろ!


「よろしい。次!」


「なあコミュニケーションって知ってる? 自分が一番無礼じゃん」


「……。おや、今日は何やら耳鳴りが酷いですね。わたくしも年を取りましたわ」


「……どうして、一介の従者である私に御主人様のお仕事の教育をなされるのですか?」


「主人の仕事を知ることも従者の努めです」


「そうは思いませんが」


「次は食事の準備の後、東方式のテーブルマナーを学びましょうか」


「あのー?」


 クソババア。てかメイドの仕事の後に、マナー講座入るの作業が増えてるだけだよな。単純に馬鹿じゃねえか?


 なんで、こんなヤツ雇ったんだよ。あのゴミ野郎帰ってきたら、モスキート音を1日中聞こえるようにしてやる。




「あのババアなんとかならないの?」


「ババアとは……まさかとは思いますがアンリーネ様のことですか?」


 昼食後の中庭。この時間に俺は一旦あの教育ババアから解放される。そして、今度は肉体の鍛錬が始まる。


 メイド服で腕立て伏せをしながら、監修しているカーティスさんに話題をふる。

 だからなんでだよ。拾われメイドがなんで鍛えてんだよ。


 初日は暇だから自分の訓練に付き合ってくれと言われ、カーティスさんに付き添う形だったが、いつの間にか俺がメインになっていた。もしかしてカーティスさんが一番の詐欺師なんじゃないか?


「あれクビにしていいよ。知りたくもないことをペラペラと業務中に喋ってんの気分悪くない? わりいよね?」


「動きが止まっていますよ。この屋敷の家政婦長として相応しい働きをしていると思います」


「ホントかあ? 別の貴族の屋敷でメイドに派閥がどうだの、流派がどうだの教える上司がいるか?」


「さあ、どうでしょうね」


 くそが。

 ちなみにカーティスさんもそうだが、あのババアも俺に対して絶対に敬語を外してくれない。だからなんで女装してる捨て子の貧民に畏まってんだよ。


「さて、基本的な型は初代の武帝が編み出した『ヒワン』と呼ばれるものであると昨日お話しましたが、今日行っていただくのはそこから派生したものです。現在ですと武帝国の第六席が使用して──」


 剣の型を学ぶ女装メイド。なんだこれ。異常現象だろ。誰もツッコミを入れずに進んでいく。


 正直、武術なんてやったことないからこの時間は楽しい。日本の学生として運動部で過ごすような経験だった。

 口では文句を垂れながらも、興味津々な俺にカーティスさんの方が驚いていた。


「日も暮れてきましたのでここまでにしましょうか」


「あざっしたあ~」


 カーティスさんは庭にぶっ倒れる俺を見て呆れながらも、水を持ってきてくれた。その所作はクソババアの言っていたこと通りで、素直に感心してしまう。言ってることは間違ってねえんだよなあのババア。


 負けじと優雅にそれを受け取り、口に運ぶ。ただの水なのに美味く感じる。不思議だ。


「……本当に辛いのならいつでも仰っていただいていいのですよ」


「んん?」


 見上げたカーティスさんの表情は俺を案じたようなものだった。確かに、今の状況はガキが無理矢理しごかれているようなものだろう。頭おかしいことしてるなとは思う。


 でも、彼らの瞳の奥に宿る“期待の炎”を、俺には裏切ることができなかった。


「いろいろ言ってるけどぶっちゃけそんなにきつくない」


「そ、そうなのですか」


 自分の苦労しかない分、孤児院の生活より負担は少ない。どっちも比べられるものではないが、次々死んでいく子どもたちを見る方が俺にはきつい。


「なあ、カーティスさんはどうして俺に対しての敬語をやめないんだ?」


「それは……、貴方は理解しておられるのではないかとダルン様は仰っていました」


 全員が肝心なことを確認していない。勝手な確信を以て判断している。


「俺の──、いや、どうでもいいや」


 俺はまた逃げる。

 七歳の金髪金眼のガキなんてどこにもいるだろ。変な能力を持っているガキなんてどこにでもいるだろ。


「そうですか。貴方がその運命を受け入れられる日を我らは心待ちにしております」


 息が詰まる。毎日毎日重すぎるんだよ。アンタもあのババアも。


 沈む夕日を沈黙とともに俺はただ眺めていた。




「ほう、この子が……」


「はい。よろしくお願いします。グスタフ様」


「うむ。()()()として鍛えてやろう」


 次の日、なんかジジイが増えた。あの野郎、またなんか呼びやがった。

 片目に切り傷がある執事って何? 明らかに戦争帰りの兵士なんだけど。


『今後、ワシとの会話は風声を使って頂きます。どんな作業中でも答えてください』


「…………」


『聞こえておるのはわかっておりますぞ』


 無視してると空気の塊でゲンコツされた。


「いってぇ! なにすんじゃボケ!!」


「ほう、だいぶ活きがいいですな」


 キレて仕返しに二発空気玉を送ったが、なんか防がれた。また超能力者かよ。俺の能力の存在意義って何?


『イキがってんのはてめえだろジジイ!!』


『……よかろう』


 むちゃくちゃキレた顔したジジイは怖すぎたが、顔に一発くれてやった。こっちは三十くらいくらったけど。


 ババアに怒られるまで続いた喧嘩は屋敷の玄関を破壊し、その日はその修繕をジジイと二人でやることになった。


 家事、勉強(歴史、礼節)、鍛錬、勉強(武術、戦術)、家事、勉強(魔法、理論)が一日のスケジュールとなった。くそが。


 もうちょっとやり方ってもんがあるだろうが。加減を知らねえ大人ばかりだな。


 流石に我慢の限界を迎えた俺は、休日を組み込むように要求。そん時のアイツら、“あれ? なかったっけ? ごめん”みたいな反応してやがった。ゴミしかいねえのかよこの屋敷はよ。


 本当に──この世界はクソすぎる。


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