43話 フォノス家
ゆらゆらと揺れる感覚。
それは微々たるものだが、自分が地面の上にいないことを思い出させる。
今の俺にあるのはそんな一種の諦めと足の痛み。詳しく言うと膝。
絨毯の上にいるが木の上に敷かれたそれに正座は普通に痛い。
「いい加減ゆるちて?」
「……キミは反省をしているのかな?」
「もち!」
「5分追加」
「今どき体罰はやばいっすよ、父上」
特大の溜息。
お、そろそろ説教終わるな。俺の我慢強さを舐めんじゃねえぞ!
今俺達は“船の中”にいる。
巨大湖『フットプリント』。武帝国とロルカニア王国の国境となる湖。日本語に直訳すると『でけえ足跡』。
地球にあったらいい観光スポットになって、宿泊施設とかツアー組んで儲けられそうなんだけどな。
その湖に浮かぶ大きな船。その中で武帝国発、王国行きの客船に俺達は一般客としてお邪魔している。
まあ共同ルームじゃなく個別の船室を使っている辺り、しっかり金を消費しているわけだが。
国同士はピリピリしているが、一般のレベルでは普通に旅行客がいるようだ。
俺達の他にも金払いの良さそうな団体客の声がそこら中からしている。
「あなた、もうそろそろよしてあげて? 可哀想よ」
「ジルベルネ……。この子はこの程度じゃ懲りないんだよ」
ここで新登場。ファビッさんの奥さん、ジルベルネ・フォノス。
今の俺と同じ銀髪を持つ綺麗な人だ。ファビッさんにはもったいなさすぎだろ。
あ、ちなみに初対面です。
「ふぇぇ……ごめんなしゃぁい……父上ぇ」
「ああ! もういいわよルクス! 痛かったわね?」
「はいぃぃ……。ありがとうございますぅ、母上ぇ~」
「は、“母上”!? よしよしー、ひどい父親よねー?」
「…………はあぁぁぁ、まったく」
深い溜め息をファビッさんは吐く。
俺のプライドは死ぬが、全力でバブる。
へっ、足の痺れに比べればこんなもん!
とりあえず自己紹介しとくか。
誰かさんがずっと不機嫌だったから、まともに話せてなかった。
「改めましてルクスです。光栄にもフォノス家に拾われる幸運を授かった者です。
家の名に恥じぬよう精進していく所存です。どうかよろしくお願いします」
一応、最上級の礼を取る。ババアに仕込まれた男性用のものだが、体は覚えていたようだ。
「まあまあ、そんな固い挨拶はよしてくださいな? ジルベルネ・フォノスです。親しい人はジルと呼ぶけれど、貴方はちゃんと『母』と呼んでくださいね? さっきみたいに」
そうは言うが“ジルッさん”も最上級の礼を取った。俺が見ても完璧なものだったので、この人は相当教育を受けてきたのだろう。伊達に本物じゃないな。
「かしこまりました、母上」
「もう、普通にしていていいのに」
少し大袈裟に俺を甘やかすジルっさん。いきなり好感度高すぎだろ。どういうこと?
まあ拒否られるよりかはいいか。
「ジル、そのへんでいいかい?」
「はーい」
ファビッさんに声を掛けられ、ジルッさんがその隣に移動する。
豪華な客室の椅子に座るファビッさんと、そのちょっと後ろに凛と立つジルッさん。
西洋の絵画になりそうな、良い雰囲気だ。
彼らが今の俺の両親。この世界で俺が知ることのなかった間柄だ。
二人には子供がいないので、俺がお邪魔すると俺だけが息子になる。ファビッさんはロルカニア貴族にしては珍しく二人以上の奥さんがいない。
くぅ~、惚気けてくれるぜぃ。
正直、距離感に困っている。だが、俺も子供じゃない。
日本で言うと、両親が離婚しまくっていつの間にか他人が両親になってたって感覚でいけばいい。
…………無理ゲーじゃね?
まあなんとかなるっしょ。ファビッさんが俺に価値があると思っている内は。
「ルクス」
そう言って、ファビッさんが耳に手をニ回当てる仕草をする。
“遮音魔法は大丈夫か?”という合図だ。
俺は黙って頷いた。
それを確認してからファビッさんは本題に入った。
「それで? この1年半何をしていたんだい?」
「報告書はお読みになったはずでは?」
「読んだよ。読まされたよ。ボクがあの会社に着くなり、副社長の子にね。
“社長が用意してたものです”ってね。たっぷり2年以上の業績と推移をね」
なんかまたファビッさんがヒート・アップしてきた。
「キミがあんなわかりやすい資料を作成したおかげで五日待たされても暇はしなかったよ。商会の仕事が増えたからね」
「?」
「あんなまとめ方をできるならもっと前に教えてほしかったな」
ブチギレ顔なんだけど。
あんだよ。こちとらAIが資料作成できる世界で生きてたんだぞ。
テンプレなんぞ決まってるだろうが。俺のせいじゃねえ。
商会の方には口出してなかったから知らんけど、そんな杜撰な管理だったのか?
「それに、最初の計画だと“孤児院を運営したい”って話じゃなかったのかい?
なんだい? あの施設とシステムは。キミはボクの商会を潰したいのかな?」
「知らないですよ。潰れるなら商会の責任です。
あの街の商会、言いたくないですけどかなり見直し必要ですよ」
けっこうエグイ商売してんだよな。
裏組織と繋がりがあるのはまあしょうがないけど、それが一般まで影響してるのがな。
常連が安く買うのは許せるけど、一般を高くするのは頂けない。
「そのとおりだね。だから、見直しをしてたのさ」
「え」
急に疲れた顔でファビッさんは眉間にシワを寄せた。
「数字の見直しをしたら、いろいろ浮き彫りになってね……。粛清で大忙しだったよ」
うおー……。
「それは……大変だったのでは?」
「いいや? はびこってる組織が“何故か”大人しくなっててね。簡単だったよ、すごくね」
やべ。
すごい笑顔で父上様は私を見ておられまする。
「改めて聞こうか? この1年半何をしていたのかな?」
ひええええええええ……。この人こわいよぉ……。
『たしゅけて』
『無様』
頼みの相棒は何もしない。
「えーと……ちゃんと生きてましたよ?」
「うん。それで?」
「……まあ、金遣いは荒かったかなあって……」
「うん。それで?」
「いいじゃないすか、人生サイコー!!」
「うん。それで?」
よおぉ……、久しぶりだなぁ……。時間巻き戻りくんよ。
「……お、怒らない?」
「保証できないよね? そんなこと」
その言い回しは商人っぽい。絶対怒るじゃん。
「えーっと、……いいんすかね?」
「ん?」
一応、俺は観念して話そうと思ったので、ジルッさんをチラ見する。
それを見てファビッさんは少し驚くと答える。
「気にしなくていい」
「あら? ルクス、もしかしてわたしを案じて?
気にしないでいいわ。これでも伯爵家の女なのよ?」
まあ、なら、はい。
ジルッさんも俺自身の出自については知っていると聞いた。
ファビッさんが共有してもいいと思ったのなら、俺に文句は言えない。
どうせこの近さの人間を誤魔化せるとは思っていないし。
いろいろ話させていただきますか。
◆
「うん、ボクはダルン様を評価するべきなのかもしれない」
「ルクス……。そう……。ほんとにこういう子なのね……?」
「ふえぇぇぇ……怒らないでぇ……」
「ククク……」
──話した。普通に怒られた。
会社まわりの部分は二人とも笑顔で聞いていたが、スパイ・リエーニ活動の話になった途端ブチギレられた。
けっこう益になる話したやんけ……。情報網すごいんだよ? 褒めてよぉ……。
あと端で笑ってる駄剣はあとで覚えてろよ? モノマネショートコント100発で殺してやる。
「…………。とりあえずは理解したよ」
「お」
やっとわかってくれたかファビッさん。大変だったんすよ。
「キミは一人にしておくと危険だね」
「うっす……」
駄目だ。このループ終わらん。
「ふふふ……。そろそろ本題に入りましょうよ、あなた」
いち早く場の空気を変えたのは、意外なことにジルッさんだった。
「そうだね。切り替えよう。“話した”と言っても全部じゃないだろうしね」
げ。バレてる。
「ルクス、『これ』は見れる?」
そう言ってジルッさんが踵を鳴らすと床に光が生じた。
「おお、母上の魔法ですか?」
「……視えるのね?」
それはいうなれば、ホログラム映像だった。
単色の光が地形マップを作り上げている。
中心にロルカニア王国が配置され、ちゃんとこの湖も映し出されている。
全部じゃないが人間領域の3Dマップだ。よく戦略シミュレーションゲームで見るやつ!
すげえ、これはすごい。欲しい! 使いたい!
「すげえ! これは頭の映像ですか? それとも決められた配置をなぞっているのですか?」
「! ……頭の映像です。ルクス……」
「はい?」
「いえ……視えるのなら問題ありません。状況把握のため出しただけだから、暇つぶしに見ておいて」
? なんだ?
さすがに魔法の技術は教えたくないものか。ジルッさんは少し困ったような顔をしている。
「はあ……」
なんでそこで溜息なんだよ、ファビッさん。
「なんすか?」
「いや、少し思うんだけどキミは自覚が足りないよね」
「ん?」
どういう自覚だ。はっきり言えや。
……まだ心構えがなってないとかいう話?
そりゃあ、まだまだ日本の感覚抜けねえけどさ。
これでも帝王学的なの勉強してんだけどな……。俺にはよく理解できないものばっかで苦労しているけど。
「なるほどね。ファビライヒ? これは大変ね、わたしたち」
「言っただろう? 信じてなかったのかい?」
「まあ、半々だったかしら? どちらでもわたし自身は問題なかったのだし。
これならあなただけじゃ足りないわね。仕方がないからサポートしてあげる」
なーんか夫婦仲良く喋ってるし。疎外感。
なんとなくフィフによりかかるが、足踏まれた。なんでやねん。
「さて、こちらの話もしようか」
ファビッさんのその声のあと、ジルッさんはまた踵を鳴らした。
そうすると表示されていたマップがロルカニア王国をクローズアップし、さらに領土ごとに分割される線が表示された。
ゲームとかのブリーフィングみたいでかっこいいな。
「簡単に言うと、王国は発展した」
「…………」
武帝国にいた俺はあまり把握できていなかったが、断片的に聞いていた話ではそのようだった。
俺は手紙でファビッさんとやり取りをしていた。その内容は子を心配する親みたいなものだったが、日記のように書かれた街の状況から予想できる話だった。
「理由はわかるかい?」
「魔王領との貿易ですよね」
境界線での戦争。そことは別に魔王領との関わりを持っていたロルカニア王国。
あの紅茶シスターの外交能力は実を結び、ついに大使館まで設置された。
「その通り。魔王領特有の資源、食料、技術が我が国には入ってきた。これがかなり質が良くてね。正直生活水準が上がってしまって、前の生活には戻れない」
「それは、どんな?」
「第一は都市の構造だね。特に下水システムだ。水の流れを処理し、汚染を防ぐ。生きやすい街になってしまった」
…………まじか。
「開発はもう済んでいるのですか?」
「ああ。戦後余った魔法使いたちは皆喜んでいたよ」
そういやそうだ。手作業でカンカンしなくてもいいんだったな、この世界だと。
「今では親魔派閥の貴族が個人的にやり取りをしているほど、貿易ルートも増えているわ」
ジルッさんがそう言うと床のマップには魔王領と王国をつなぐ道が複数表示される。
空輸だけじゃなくて陸送のルートもありやがる。
「この陸送の道がある他国はどうなったのですか?」
「不可侵通商条約を結んでいるわ。外交官ミーナが交渉をして、丸く収まったそうよ」
「どこかで城が消えたって話だけどね」
王国はともかく他に力で抵抗できるところは少ない。
“ええやろ?”と拳をパキポキ鳴らされれば、従うしかねえ。
「そして、ロルカニアは人間領域において、魔王領と他国間の貿易、その仲介をしている。
つまり、今や王国は人間領域において、“魔王領の玄関口“なのさ」
「立地も理にかなっているわ。ロルカニアは人間領域の中心に位置する内陸国。流通の支配が容易いの」
マップがまた変化し、今度はロルカニア王国を中心とした他国の貿易網が表示される。
こりゃあ……。
「不味いだろう?」
「────」
俺の顔は真顔だ。硬直していた。
しばらくいろいろと考え、二人を無視してしまう程に。
「あなた、この子は何歳だったかしら?」
「今年で11さ」
「喜ぶべきなのか、嘆くべきなのか、迷ってしまうわね」
「贅沢だね」
「そうね。……ルクス、『ルクス・フォノス』。貴方はどう思うのですか?」
質問するジルッさんの表情も固い。ゆるふわな雰囲気の女性だが、やはり貴族。
その声には絶対の自信が宿っている。この人、できる仕事人感が半端ない。
こんな貴族ばっかだったら、俺が出しゃばる必要ねえんだけどなあ……。
「これは“実質的な支配”です」
「詳しく聞こうか」
ファビッさんが冷静に先を促してきた。
「練られた依存体制を魔王は作ろうとしています。これは、平和的で、打算的な攻撃に他ならない」
二人の目が変わる。変わってもらわなければ困る。
「攻撃? そうかな?」
試してくんなよ。相変わらず物好きな人だなあ。
「これは戦争を起こさない戦いです。経済戦争と言ってもいい。
技術、文明格差を生み出し、追いつけない者を蹴落とすやり方です」
「けれど、“発展”は遂げるわ。人間に利益を生じさせる魔王は平和主義ではないの?
実際にそんな声も多いけれど」
ジルッさんも入ってくる。似たもの夫婦だなあ。
「ならば、何故──“武器を持ち込んでいるの“でしょうか?」
先日、俺が見たクソみたいな風景。魔物を持ち込む集団。
別の任務で見た銃痕が残る死体。
「…………」
「…………」
二人は俺を見ている。きっと、使えるかどうかを見ている。
やってやらあ。
「魔王の最終的な目的は『人間の自滅』です。アイツは平和主義なんかじゃない」
もう既に親魔と反魔とかいう馬鹿げた言葉が出てきている。
休戦条約を持ち込んだときからきっとアイツはそんなことを考えていたのだろう。
少し気になって、ちらりとフィフを見る──。
あまり変化は見られないが、その表情は少し哀しんでいるようにも思えた。
「?」
ふわり、と俺の頬を髪がなぞった。
銀色の光。ジルベルネのもの。
俺は彼女に抱き止められていた。
んあ? なんだ?
「よく──わかったわ、ルクス」
いや、なにが?
助けて、とファビッさんを見ると手を顔に当てて、渋い顔をしている。
無茶苦茶長い沈黙のあと、彼は口を開いた。
「…………ルクス」
「ほい」
「キミは王国では何もしないように」
え?
えええええええええええええッ!? まさかの不合格?! うそやろ!?
めっちゃ考えてましたやーん。かっこよく決めましたやーん。
「……?」
『馬鹿』
混乱する俺の頭にはそんな相棒の声が虚しく響いていた。




