42話 再会
ファンヌは言った。
“内容を知りたい”と。
きっと予想していた。
というか確認のためだったのだろう。
“欲しいわけじゃない”と言っていたからだ。
ファンヌがそういう人で良かった。
もしそうじゃなければ、今俺は必死にあの人の“殺し方“を考えていたからだ。
「グルゥ?」
それは箱の中で呑気に寝ていたようで、今眠そうに目を開けた。
見た目はもう、なんか気持ち悪いとしか言えねえ。
パニックモンスター系のクリーチャーを想像してくれ。
四足。鱗。前方についた眼球。カバ並み強そうな顎。
ああ、駄目だ。こっちに来ちゃ駄目だろ、お前。
生き物だ。今ここに存在している命だ。
だけど──。
「ギャウッ!?」
怒りとともにその魔法を行使する。
その魔物は激痛に悶えるように暴れる。
グロい見た目がさらにグロくなっていく。
「!? なんだッ!? ガッ!?」
その異常を感じ取り起きた人間は、脳味噌を振動させ気絶させた。後遺症を気にしている余裕は今の俺にはなかった。
そいつの声? そんなのが外に聞こえるわけがない。聞こえさせるわけがない。
「ガ……ッ」
魔物は全身からあぶくを出しながら、息絶えた。
コイツの脳と内臓は沸騰した。
俺が使ったのは、言うなれば“電子レンジ”だ。
仕組みを知っていればわかるだろ? 説明するのも嫌な最悪の魔法だ。
コイツ以外にも色々な大きさの檻やケースがあった。
くそ……。やんなきゃいけねえのか……。
いくら冷たい心を演じても、どうしても気持ち悪い感覚が残りやがる。
「…………」
気絶している男をなんとなく見た。
ふざけるなよ。どうしてこうてめえみたいな馬鹿ばっかなんだよ。
なんで当たり前ができねえんだ? そんな難しいことか?
舐めてるのか? 怒りの感情さえ湧いた。
“衣食足りて礼節を知る”?
いや、礼節を知る者にこそ衣食は与えられるべきなんだよ。
衣食足りても、礼節を知らねえ馬鹿がどれだけいるんだ。
“こいつら”も同じだ──。
俺の視線が、宿る能力が男を捉える。それだけで終わる。終わらせられる。
疲れるんだよ。テメエらみたいな『前提の違うケモノ』は……ッ!!
『リエーニ?』
「────っ」
沈黙の時間が長かった俺を心配してか、フィフの声が飛んでくる。
それと同時に地響きにも似た音が俺の耳に届いてきた。
(馬……。それもかなりの数だ)
援軍か、同業か、それとも──。
『フィフ、南からかなりの数が来てる』
『わかった。どうする?』
くそ、どうするもあるかよ。状況をこれ以上悪くするわけにはいかない。
『…………逃げるぞ』
『了解』
できるだけのことをして俺はその場を去った。
◆
魔物は高値で売れた。
特に休戦条約後は人間領域でコレクションするのは難しくなっていたため、価値が上がったのだ。
彼らは境界線から遥か遠くの地に住む特権階級に依頼されただけの運び人だ。
魔王領側はそうしたコレクターにかなりの高値で魔物を売りつけていた。
コレクターたちは喜んで大金をはたいた。
生物兵器を、人を殺していたものを、眺めるために。
それが人間領域にどれだけの被害を出すのかを考えもしなかった。魔族と魔物の違いさえ忘れてしまったのだ。
「なんだっ!?」
運び人の一人が気付く。こちらに近づく蹄の音に。
「盗賊か!?」
「そんなわけあるか! こんな道を張ってる賊がいるかよ!?」
その音が彼らに心当たりがないのであれば、導かれる答えは一つ。
──彼らを狙った襲撃だ。
「荷物を守れぇぇぇッ!!」
現れたのは統制された騎馬隊だった。
「がっ!?」
「やめっ!?」
次々と散っていく男達。
馬に跨る鎧騎士たちが荷物の護衛を洗練された動きで切断していく。
鎧の形も色もバラバラな彼らは自らの鎧にマークを刻み込んでいた。
そのマークこそ彼らの所属、志の証。
「『反王軍』……!?」
その印は逆さまの王冠。
支配からの脱却。平らかな世界を盲信する集団だった。
運び人の抵抗は激しい。彼らは大戦を生き延びた選りすぐりだった。
反王軍もそれは変わらない。前線で戦った精鋭たちだ。
「がふっ!?」
また一人運び人が殺される。彼にも養うべき家族がいた。
それを知っている友人が叫ぶ。
「くそおおおおおおおっ!!」
大規模な炎系統の魔法。戦闘で効果を発揮する危険なものだ。
「チッ」
近づけぬことに苛立った騎士が舌打ちをする。
「お前ら! 一台だけでも行けぇッ!!」
仲間の運び人にそうその魔法使いは告げる。
だが、それに返事は無かった。
「──え?」
後ろを振り向いた彼の見たものは、“鉄の塊”。
反王軍騎士達は皆鎧騎士だ。そういう見た目になるのは当然だ。
だが、その敵は違う。
血の海に佇む異物。人間の体温を感じない全身鎧。
男ですら見上げる巨体。逆三角形の威圧的なシルエット。
持つ武器は潰すために作られたような暴力的な剣。鉄の棒に等しい。
ソレが男を見た。
「『グリムプレート』……ッ!!」
反王軍に所属する謎の鉄騎士。出身も姿も不明の殺戮機械。
それが男に向かってくる。
男が炎魔法を放つが、その塊は全てを無視して進んでくる。
同じ戦争の生き残りである運び人と反王軍。その違いは圧倒的な質の差だった。
兵士を辞めざるを得なかった者とただ思想を変えただけの兵士。
その結果は必然だった。
「ひぎゃっ!」
グリムプレートは何も意に介さず男の肉を潰し、絶命させた。
「よし、馬車をすぐ確保しろ! このあとはきつい山登りだ!」
作戦を終えた反王軍は、荷物を奪い、運び人達を処理していた。
「情報通りだな」
「ああ」
そう話すのはこの部隊の中心人物。反王軍の中核を成す幹部二人だ。
「グルルルルル」
彼らの目の前には檻の中で唸る魔物がいた。
「さて……」
男が本を取り出す。ただのメモ帳だ。
ページをめくり、目の前の魔物に対応するものを唱える。
「ガタエシ・ツグラカラニール」
「────!」
その詠唱に反応したその魔物は頭を垂れた。
「『コード』も問題ないようだ。続けていくぞ」
「ああ」
コード。
それは魔族が魔物を支配する時に使う魔法の詠唱だ。
魔物の種族につき1つ存在するそれは魔族の守ってきた秘密であった。
だがそれが、今人間の手にある。
彼らの狙いは“武器の確保”。
腐った階級というシステムを粉砕するために利用するのだ。
反王軍はその名の通り王を滅ぼす為に存在している。
「カシアン! こっちを見てくれ!」
「どうした?」
三台目のチェックをしていた仲間から声を掛けられてカシアンは向かった。
「これは……」
「くそ、最後の最後にやりやがったな運び人如きが……」
その荷台の中には“死体の山”しか無かった。
彼らの兵器が減ってしまった。かなりの痛手になる。
そのどれもがひどい火傷を負わされて、中はひどい匂いが充満している。
「仕方がない。この馬車は放棄しろ。燃やせ」
「わかった」
魔法を使える者が次々と火を放つ。
完璧な結果が得られずに悔しがる騎士達。
「…………」
それを無言で眺めるのは鉄塊。
他の騎士に比べて倍はある鎧に身を包むグリムプレートと呼ばれる存在だ。
周囲が作業に戻ろうとする中、グリムプレートだけは何かが引っかかった。
グリムプレートは周囲を見回す。
針葉樹林の広がる森をゆっくりと。
「…………」
そして、今度は大地を見た。
「グリムさん?」
周囲が不思議そうに声を掛けるがグリムプレートは無視した。
グリムプレートが手をかざすと、地面が動いた。
正確には周囲の土だけが盛り上がった。雑草が消えていく。
そうしてグリムプレートは見つける。見つけてしまう。
「────」
それは足跡。三台目の馬車から続くもの。
金属音をたてながらグリムプレートはそれを追う。
他の騎士達も不審に思ったのか、その鉄塊の後を追う。
「グリムさん……? あっ!」
そしてその先に発見した。
「…………うぅ」
それは──気絶した男だった。
「逃げてたやつですかね」
「転んだのか。マヌケだな」
うつ伏せで転んだようにその男は倒れていた。
騎士達はほっとする。“こいつが原因だったのか”、と。
──そう意識させられる。
“よくもまあ短時間でこんな小賢しいことができるものだ”。
「…………」
グリムプレートはその男の“足の裏”を見る。
そして、顔を上げ森の奥を見た。人の気配などあるはずもない寂しい森を。
「うわッ!?」
「グリム?!」
轟音が響きわたる。
あたりの地形が変わるほどの力。
グリムが手をかざすと、森から何千もの小さな木が生えた。
それは串だ。ナニカを串刺しにするために放たれた魔法だった。
グリムプレートはさらにその範囲を広げていく。
時々、小動物がそれに串刺しにされ一瞬にして命を落としていく。
大地の針が逆だった毛のように次々と生み出され、破壊をもたらした。
「どうしちまったんだ?」
「さ、さあ……。いつもの発作じゃないか?」
気の抜けた騎士の声が響く。
グリムプレートはその破壊を止めなかった。念入りに埋めていく。それこそ視える範囲全てだ。
「…………」
やがて、土煙が止む。ゆっくりと見回してもグリムプレートが望んだ結果は無かった。
「くくく……」
それはやっと鉄の塊が発した人間らしい音だった。鎧に反響した正体不明の笑い声。
思わず溢れたそれは感嘆であり、称賛だ。
少なくとも足跡は二つ以上あった。その一つは小さかった。
そんな痕跡は先程の戦いに残っていなかった。
運び人達は誰も子供のことなんて口にしていなかった。
どうやって反王軍の接近に気が付いた?
どうやってあの魔物を殺した?
──そもそもどうして気付かれなかった?
求めた結果は得られずとも、楽しみを得た。
興奮とともに不吉な鎧は片手で重質量の暴力を振り上げる。
「があっ!?」
気絶していた『ただの目眩まし』をその大剣で粉砕すると、グリムプレートはその場を後にした。
上機嫌で無機質な足音だけが木霊していた。
◆
「ミッションコンプリートぉ……」
「テンションが低い」
しゃあねえだろ。上がるかよ。
「またタスクが増えたぁ……。ふえぇぇん」
「騒音はやめてほしい」
なんで今日は抱いてこねえんだよ。……ってそろそろか。
「ビュリュー、ちょい止まって」
そう言うとしっかり止まるビュリュー。さすがや。
俺はバッグから服を一式取り出して、放り投げた。
そうして、その服を中心に浮いた土が集まっていき、完成したリエーニが着地した。
服と土さえありゃあどこでも俺のメイドが作れるぜ!
「おら降りろよ」
「えー」
ごねるフィフを降ろす。
てめえは従者なんだからそうしとけ。一応俺に仕えてることになってるんだからよ。
「リエーニを見習ってちゃんと仕事しろや。な? 『リエーニ』?」
そう言ってリエーニに礼を取らせる。
『働いてくださいお姉様』
「姉として命じる。貴方だけ働け。姉を養え」
「クソ姉貴やめて?」
可哀想なリエーニ。姉妹の感覚とかあるのかなコイツ……。
そうしてじゃれながらしばらくゆっくり進んでいると、見慣れた街が見えてきた。
はあ、帰ってこれましたよっと。
「あっ!! ルクス!」
「うーっす!」
「おーい、クソガキー。水道が壊れちまった。あとで誰かよこしてくれや」
「ういー」
適当に挨拶を返していると、ホテルが見えてきた。
今回はけっこう疲れた。ベッドに直行しよう。
「ん?」
「何?」
あれ? おかしいな……。
「なんか幻聴が聞こえたかも」
「じゃあ現実」
「ちょっとは付き合ってくれよ」
なんか聞き覚えのある声がしたんだよね。しかも、なんか不機嫌だし……。
なんとなくビュリューから降りて歩く。なるべく頑張ってますよアピールをしておく。
「あっ!! 社長!!」
ワカラちゃんだ。あんたそこらへんのガキと同じ反応してるぞ。
「ただいまー」
「よくも会議をさぼって──じゃないや。お客ですよ! もうずっと社長待ってたんですから!」
Oh……。逃げてぇ……。
「ちなみにどれくらい?」
「五日くらいですかね?」
わーお。
「フィフたちゅけて」
「わかった」
お。ノリいいやん。頼むぜ相棒!
ってあれ? なんで俺を抱えてダッシュでホテルに入ったのん?
「方向逆!! 何してんの!?」
「どうせ会うのにグズる意味がわからない」
この効率厨がよ。いい加減こういう気まずさ分かってくんないかなあ。
「“何してる?”──か。それはボクのセリフだと思うんだけど、どうかな?」
ひぃぃぃぃっ!? 言い方は優しいけどいろんな意味の込もった言葉が飛んできた。
「う、ういー。ただいま? “父上“?」
「はあ……」
それは長い長い溜息だった。
期間にして1年半会ってなかった見た目だけは優男。
ロルカニア王国伯爵。大商会フォノス商会会長。そして、我が父上殿。
ファビライヒ・フォノスとの再会である。




