41話 寒暖差には気をつけよう
「あれええええ?! しゃちょおおおおおッ!?」
慌ただしい音を立てながら、今日も副社長の鳴き声が響いている。
「支配人! 社長どこ行ったの!?」
『ホテル・ルクス』のロビーではしゃぎまわるワカラ。そして、出入社記録をつけている総合受付の支配人であるジャグルに詰め寄っている。
そのいつもの光景を眺めながら、『ギルド・ルクス』所属の社員たちはホールで朝食を摂っていた。
ルクスがいるときと比べて静かな空間が広がっている。
この会社に雇われるような“ろくでなし”はだいたいが家を持たないので、全員もれなくこのホテルの部屋を個別に割り与えられ暮らしている。要は社宅暮らしだ。
元々小さな酒場だった部分は壊され拡張。綺麗な社員食堂となった。その中にはよくわからないステージが設置されているが、もう皆慣れている。違和感がある内は新人だ。
その食堂で働くのも社員だ。勿論ホテルのスタッフも。
そして、食事を終えた社員たちはそれぞれの現場に出発していく。
ルクス──あの小さくて大きな社長は“社員の給料を上げたいけど、儲けが少ねえからきつい”と常に愚痴っているが、誰もそれに文句を言わなかった。
そんなお坊ちゃまに言うことがあるとすれば、
『自分達はこれでいいんですけどね』
という小さなボヤキだけ。
ルクスの幸福の基準が高すぎるだけなのだ。
ベッドがあって、食べられて、酒が飲める。むしろこれ以上何を望めばいいのか。
「しばらく出かけるってよ」
「嘘でしょ!? 明日会議って言ったのに!?」
「“あんな報告会意味ねえ。議事録だけあとで机に置いとけ”ってさ」
「ぬおおおおおおおっ!? そう思ってるのはあのクソガキだけじゃん! あの幹部ども、私相手だと滅茶苦茶攻撃的になるのにいいいいいっ!?」
書類を持ちながらどんどん体がねじれていくワカラ。
ジャグルは水を一杯その前に出してやった。
「ううううう……。私に修行積ませようとしてんのが丸わかりなんですが……」
ワカラはカウンターに座り、酒のように水を呷った。思いっきりグラスを机に叩きつける。
「そういうクソガキだろ。諦めな」
「そうですよね……。貴方を未だにマスター呼びですからね」
「アイツだけだ。皆もうオーナーとしか呼ばねえぞ」
「はあ……。嫌だけど共通語勉強しなきゃですかねえ……」
「けっ、俺は嫌だぞ」
「そう言っていつの間にか覚えてるんですよね!? 知ってますぅ。裏切り者ですぅ」
ワカラはなんとなく昨夜の騒ぎが嘘のように静まったホールを見回した。
今日の天気について語り、寒いと聞いて嘆く外作業が待っている男。
“推しグッズ”なるものの企画書を作らされているハイテンションな女。
この力に溺れた帝国で、強さのカーストが関係ない景色が広がっていた。
「……これを知ったらやめられないですよねえ」
「ははっ……ちげえねえ」
野党に荒らされた何も無い酒場を買い取って新しくした。そこの店主だった貧乏人を重用している。
カースト上位から転落した中途半端に強いだけの女を、戦い以外の道へ無理矢理進ませた。
──それに対してあの子供はどこか罪悪感を抱いている。
二人は笑った。あの面倒くさい優しさを振りまく暴君を。
「副社長! やっぱここでしたか!」
「ん?」
ワカラの部下がやってくる。居場所を完全に把握されている彼女をジャグルが笑う。
「社長宛てにお客様が来てると、フォノス商会様から連絡が!」
「え~~……今ぁ?」
「ちょっと、早く動いてくださいよ!」
部下に思いっきり叩かれるが、微動だにしないワカラ。
そのやり取りは形を変えたルクスとワカラのものにそっくりだった。
“きっとこれが役職を変えて繰り返されるのだろうな”、となんとなくジャグルは思いながら、ワカラのグラスを取り上げた。
◆
「へっくちっ!!」
「虚弱」
「ちげーよ。俺が人気すぎんだよ。マジ困るわ」
「は?」
ビュリューの上で俺とフィフはそんな下らないやり取りをしてる。
二人合わせて結構重いと思うんだが、相変わらずビュリューはへっちゃらだ。僕この子好き。
今俺達がいるのは武帝国の北西。境界線近くだ。正確には境界線に接する国の北方近く。
針葉樹林の広がるさみしいけど綺麗な風景が広がっている。
ファンヌの依頼をこなしているわけだ。
密輸野郎どもの動きはだいたいが決まっていて、国境ギリギリの未開の山岳地帯を移動している。
前に一度別のルートは潰したんだけど、まだまだ残っているらしい。
一個人じゃやっぱ限界がある。悲しい。
ここら辺まで来ると流石に寒い。
厚手のコートを着用しているが、もうちょっと着てくればよかった。
でも、移動の邪魔なんだよなあ。ジレンマ。熱とか対策できる魔法研究するか。
(しっかし、我ながら便利なもんだ)
俺が見つめるのは前方200メートルにいる小さな影。黒一式に身を包んだ『リエーニ』だ。
フィフ本体を背中に装備し、凄腕スパイみたいな格好で綺麗な仕草で歩いている。
フィフとかいうやつのせいなのか、俺の魔法行使範囲はかなり拡大した。
“視線の先まで届いたら一人前”の範囲だが、俺の場合は“聞こえる範囲”までになった。
頑張ればゴーレムやフィフから町一つ分くらい離れても大丈夫だ。
ただ、視界の把握ができないのでゴーレムの操作は実質不可能になる。解除はされないというだけだ。
……まあ俺を抱えるコイツはその距離でも勝手に動いてんだろうけどさ。
「──、──」
ゆっくりと進んでいると俺の耳に聞こえてくるものがあった。
この呼吸音は、人間だろうな。
『お。なんかいた』
『人間?』
『多分』
『あやふやで困る。人間だと殺せなくて面倒』
風声でそうフィフに報告する。
エグいボケを無視して、ビュリューから降りてビュリューをそのまま待機させる。本当にいい子だなお前は。
『最近、ソレも排除対象な気がしてきた』
『何を言ってんの?』
睨みつけるようにフィフはビュリューを見るが、もそもそと草を食べているビュリューの耳には入っていないらしい。
聞こえてきた方角にリエーニをスニーキンさせる。
リエーニも俺達も姿消し、音消しはしているが、この呪物とかみたいな理不尽存在がいるのはわかっている。
なので、俺は見つかったときの為に全部『リエーニという存在』に背負わせている。
『音聞』と言われるすごいやつは実は商会に雇われたメイドだったのだ!
俺はその後ろでへらへらしていればいい。ごっこ遊び極まれり。
先行しているリエーニを中心に高周波の音を発射。跳ね返ってくる波を感知する。
俺の新魔法【疑似ソナーマン】だ。
視界はまだ無理だが、聴覚ならばゴーレムと共有できるまでに俺はなっていた。
多分隣を歩く無機物のおかげだろう。ほんま500ロルドの性能じゃねえな。
つまり、この安物に侵食され意識を共有したことで、俺が逆に意識を剣の方へ飛ばせるようになったのだ。
その応用で俺は自分の生成したものならば意識を飛ばし、ある程度の感覚を再現できる。
リエーニがフィフ本体を持っているのは、アンテナとして機能するからだ。
フィフを介して意識を送るので、負担が段違いだ。
…………。やっぱコイツ呪物すぎるよね。
聴覚生成と共有ができるようになった時にコイツは、『気持ち悪』とかほざきやがったが、テメエのせいだろうが。
【疑似ソナーマン】はただ聞くこととは違い、音波を介してものの形を把握することに特化している。
最初やってみようと思った時は気持ち悪くなって吐きまくったが、もう俺の頭の中では音波による3Dマップが生成されている。
今のところ周辺に隠れた人間の形は聞こえない。
『相変わらず発想の気持ち悪い魔法』
『あん?』
うるせえな。便利だからいいだろ。
『こういうことする魔物とかいないの?』
『いるけど彼らは目を持たないからそれに行き着いた。
貴方は違う。ただただ頭が可笑しい。強欲』
『……お前だってもっとすごいのできるじゃん』
『? 私はこんなことできない』
はいはいそーですか。
実を言うと俺がこの魔法に辿り着いたのは、もう結構前になっちまったけど、“あの日の一刀”を再現するためだった。
完全な認識だけの世界。対象と自分以外無い暗闇。
距離も強さも関係なく『切断』という現象を与える。
【冷凛たる一刀】とはよく言ったもんだ。
俺はあの日に追いつくために、まずはあの世界にどうすれば入れるのかを研究した。
そして、全然わかりませんでした。しゅん……。
【疑似ソナーマン】はその四苦八苦した結果できた成果。
つまるところ、妥協の技術だ。
『なんか怒ってる?』
『いーや、んなわけないね』
『?』
そんな俺の小さな嫉妬は置いといて。
『みっけ』
『わかった』
リエーニの前方に集団を発見した。距離にして500メートルくらい。
あまり動きがないが、でかい荷運び用の馬車と護衛っぽい人型が聴こえた。
ソナーと聴覚を包囲型からその方向に集中していく。一応人間には聴こえない可聴域に設定しているが、もっと高周波にしておく。
これでもバレたら相手は人外確定だろう。逃げだ。
『んー、馬車3台。人間30人、いや馬車の中にまだいるわ。なんだこれ?』
『化け物』
『そうなん?』
『貴方が』
『あ?』
テメエに言われたくなんですけどぉ?
リエーニをさらに先行させる。その集団の本当に近くまで配置したが、反応はなし。
とりあえずはスタンダードな相手で助かったぜ。
リエーニを集団の死角、木の後ろで停止させる。別働隊がいた時に即応するためだ。
うっし交代じゃい!
『ミッション開始ぃ!』
『滑稽』
ノリがわりいなコイツ……。
フィフと二人で一気に距離を詰めていく。
見渡すかぎり木しかない樹林。脳内に作成したマップを頼りに最短ルートを構築していく。
姿と音を消している以上、並大抵なことではバレないが、大地に痕跡は残ってしまう。
折れた雑草。揺れる木の枝。何が致命傷となるかわからない。
「さみぃ~……」
「急ごうぜー」
「人肌が恋しいぜ……」
そんな人間らしい会話が聞こえてくる。ここまで来ると聴覚を強化せずともいい。
彼らが寒がっているのは、風が強くなってきたからだ。
強引な誤魔化しだが、これで揺れる草木に違和感はない。
今日が晴れで助かった。前に言ったと思うが、この姿消しは流体に弱い。
つまり、雨の日は地獄だ。俺の脳内メモリが爆発する。
『見てる』
『おけ』
そんな短いやり取りのあと、俺は馬車の荷台に飛び乗る。こっちに集中する間、フィフが外を見る目になってくれる。
中には休憩中の男が一人。寒そうに布にくるまって寝ている。ご苦労なことで。
……まあ、俺には何も言えないけど。
(さてさて、なんだろな?)
俺は荷物をまず見てみる。布を被せられた正方形の物体。
こりゃ……檻か?
────おい、まさか。
少し焦ってその布をずらし中を覗く。
「────っ」
思わず声が出そうになった。
もちろん驚きはした。だが、それは予想と違ったからだ。
俺は、人間が入ってると思った。
このクソみたいな世界にはまだ存在する制度がそれを予想させた。
しかし、──違った。
そんな生易しいものじゃ無かった。
中に入っていたものは、わからないもの。
それは俺の知識では知らないもの。
三年前、俺とカーティスさんをぶった切った原因。
配置されていた悪意。
人間領域にいてはならない生物──『魔物』。
(何を……運んでやがる……こいつらは……)
背筋が凍る。
それは気温的な寒さだけじゃない。そんな暖かいものじゃない。
俺の足りない脳味噌でもわかる。
──“このままじゃ人間は終わる”。
俺が感じたのは未来、将来、結末。
魔物を運ぶ人間がいるという事実。
それが境界線から持ち込まれたという現実。
既にそれが当たり前になっていたという実情。
そうか。そうなのか。これをやってのけるのが──。
常に無視していた。いや、想像がつかなくて無視せざるを得なかった。
だって、俺の世界にはいない存在、概念だ。意識するだけ無駄だった。
だが、もう無理だ。てめえのことを考えなきゃいけねえ。
まだ会ったことないのに、すごく意識しちまうよ。恋しちゃいそうだ。くそが。
『地覇女帝アルテ・リルージュ』
全部ぶっ壊せる力を持つ超常の存在。
ざけんじゃねえぞ。魔王は魔王らしく城で勇者を待ってろよ。
てめえがやってるのは──“現代戦”っていうんだよ。




