39話 いつでもどこでも
よっす久しぶり。僕はルクス!
武帝国によくいるクソガキさ!
…………はあ。
まあ、はい。
思うようにいかないこの世界。異国に来てもそれは変わらず、俺は年中涼しいここで動けずにいた。
「ただいまー」
「おっ! 我らが社長様のお帰りだー」
「ぼっちゃああああああん!!」
「ぎゃははははははっ!」
さっそく酔っ払いに絡まれる。うぜえ。
ガキどもに仕方がなく付き合ってやった後、俺らが帰ってきたのはこの街だと大きめの宿屋だ。
元々はどうしようもねえ連中が溜まるだけの酒場だったので、今もその名残が残っている。
父上殿に頂いた大変貴重なお小遣いを投入し、酒場を増築しまくってできた違法建築ホテルである。
「マスター、ミルク!」
「1000エイな」
「なんで通常より高えんだよ」
「? 社長料金だろ?」
「「ぎゃはははあははははッ!」」
乱暴に置かれるミルク。溢れてますが。指入れなかった?
なんで、社長がぼられてんだよ。しかもまずは無料じゃねえのかよ。
ホテルのロビー兼バーカウンターにはまだまだしょぼい酒のラインナップ。一応家族連れにも対応できるようにしたが、ここを利用する連中はむさ苦しい奴らばっかだ。
「くそが」
「フィフちゃーん! そんなガキにいつまでついてんだよ! こっち来て酒飲もうぜ!」
「…………」
「甘えん坊社長なんて放っといても生きてるだろ!」
「むしろ甘やかされすぎだぁ!」
飲んだくれグループからお誘いが飛んでくるが、後ろにいたフィフはシカトした。
いつものやりとりだ。バカがよ、コイツがそんな誘いに乗るわけねえだろ?
「アホか。逆じゃ逆。コイツが俺に甘やかされて──いってぇえッ!!」
「ぎゃははははははははッ!!」
思いっきり力を込めたローキックが飛んできた。
ただやられるだけで痛えって言ってんだろ。自分のボディを考えろや。
「いいぞ、フィフ!」
「やっちまえ!」
「フィフ様~♡」
……コイツら社長をコント師かなんかだと思ってるのか? いつでもクビを切れるんだぞ? いや、もちろん会社的な意味でね?
ホームレスどもを拾ってやったのは誰か忘れやがってよぉ……。
「そんなに盛り上がりたいならやってやるよ、行けリエーニ!!」
「お」
「やった!」
「今日は上機嫌じゃん」
ロビーにはそこそこのでかさのホールがあって、気晴らしに踊れるようなステージもある。
いつもは暇そうな詩人とか学者を呼んで弾き語りとか講談をさせているのだが、たまに俺自身も歌っていたりする。
「リエーニちゃん!」
「待ってましたぁ!!」
「見てコレ! 作ったの!」
「えっ、いい。それあとで売りなさいよ」
リエーニをステージに上がらせ、カーテシーを決めさせる。それだけで盛り上がる酔っぱらい。
こういうゴリ押しの雰囲気は世界を跨いでも変わらんのだな。
つーか、なんか推しグッズみたいなの作ってる女がいやがった。ふざけん……いや、売れるかソレ。
あとでアイツに企画書作らせよう。
「うおおおおおおおおおッ!」
「きゃああああああああっ!」
「おえええええええええッ!」
汚え。誰か清掃しとけ。
リエーニちゃん単独ミニライブは、大好評だ。まあそういうのにぴったりな曲が俺の趣味には多いしな。
俺が直接喉を震わせる必要もない。リエーニを操作し、音を作り出すだけだ。まわりはリエーニをすごい魔法使いだと思っている。
リエーニの動きも歌声も、脳内記憶のモーションログと合成音声を再生するだけなので、実質オートだ。
『随分器用になった』
『まあ、嬉しいことにね。いい修行になってるよ、こんなんでもな』
風声でフィフにしては珍しい褒め言葉を受けながら、雑に出されたミルクを飲む。あんま美味しくねえ。何が足んねえんだろうなあ。
こういう異文化、いや異世界の暮らしを経験すると、日本生活がデバフにしかならん。
“商会の建てた施設で過ごしていて構わない。手筈はこちらが整える”。
三年前、思ってたよりでかい湖を抜けた先でファビッさんはそう言ってきた。
最初はぬくぬくと過ごしていたが、聞こえてくる街の声がオリジェンヌと違いすぎてストレスが溜まり、金を使って好き放題させて貰った。
この『ホテル・ルクス』もそのうちの一つだ。
「おっす、しゃちょー。さっき外で聞いてきたけどまたやらかしたんだって? 騎士様キレてたよ」
「ありゃあ愛だから気にせんでいいよ」
「ははははっ! 誘拐だけは勘弁ですよ? 身代金なんて俺等じゃ払えませんからね」
「ねえよボケ」
今帰ってきた新人野郎が生意気なことを言ってきやがる。んなヘマするか!
元々俺がやろうとしていたのは孤児院の設立だった。
だが、建設業者がそもそもいねえ。土木できる男たちが元気ねえ。孤児どころか浮浪者だらけだった。
そこで俺以外には丁寧な対応をしているマスターが経営していた酒場を、半分脅しで買い取り増築した。
しかし、食料を注文するのも、資材を注文するのも一人一人とやり取りしなくちゃいけなくてクソ面倒だった。
ファビッさんの商会は独自のルートがあって便利だけど足元を見られたのでやめた。容赦ねえんだよな。さすが世界有数の商会。
仲介してくれるような便利なところが無かったのだ。ならもう作ろうってことで専門の連中をひとまとめにして、会社を作っちまった。
必要になった金はフォノス家、つまりはファビッさんから融資って形で貰った。
まだ銀行システムが発達していないようだったので、ぼやけたそのイメージを伝えるとあの人はかなり悪い顔をしてた。こわすぎ。
会社名は『ギルド・ルクス』。専門業者が集合してるから意味合い的には間違いないはずだ。
そんでかなり遠回りをしたが、孤児院は完成した。だが肝心の住む連中がごろつきとかヤベエやつしかいなかったので、もう社員として吸収してこき使っている。
日本で言うと引っ越しとか、農作業の手伝いとか、害獣駆除とかに派遣している。
つまり、もうこの会社は商業組合、人材派遣、飲食、サービス業を複合した、もうよくわかんねえことになっちまった。
耳に入ってくるストレスは少なくなったけど、数字とにらめっこするストレスが増えちまった。
「あ、社長ぅぅぅ!! 何してたんですか!?」
「ういっす。ちょっと趣味で悪と戦ってた」
「はあ~~!? 悪はここの報告書にいるんですけど!?」
テキトーな社員どもと駄弁っているとけたたましい声が飛んできた。
彼女は副社長の『ワカラ』ちゃんである。
バタバタと山盛りの特殊用紙の束を持ってきたワカラちゃんは俺に見せつけるようにその束を机の上に置いた。
俺は目を通さずに無視した。
「いいよ。全部任せる!」
「その言葉やめて!! どうせあとで叱るくせにいいいいいい!」
そんな怒ったこと無いだろ。ファビッさん基準なだけで。
事業計画書を持ってったときのあの人の顔を見たこと無いくせによぉ……。思い出すだけでも嫌になってきた。あとでフィフと剣の試合して発散しよう。
「平気だろ。ミスも減ってきてんじゃん」
「そりゃあ、一回したミスはしませんけど……。社長が新しいことし過ぎなんですよッ!! があッ!! ほんとにクソガキッ!!」
「ぎゃはははははっ」
成人女性がガキに吠えんなよ……。あと今笑った奴ら顔覚えたからな。
情けないように見えるが、ワカラちゃんは優秀だった。戦えないから捨てられたとかいう壮絶な過去を持つが、きちんと教育を受けていたのですんなりと現代日本経済パクリシステムを理解してくれた。
「うむ。優秀でなによりじゃ」
「なんですかその言い方」
「そろそろウザい黙れ」
「フィフ様!?」
俺にツッコミを入れるためにゼロ距離まで来ていたワカラちゃんにインターセプトが入る。
全方位罵倒マシン、フィフである。
「ルクスは役割を越えた業務は回していない。できない貴方が雑魚」
「うぅ……。ふえぇ……」
完全に御局ムーブしてるやん。なんかこの子フィフに弱いんだよな。三代くらい前の武帝の血筋らしいんだけど。
「まあ、そこまでにしとけってフィフ。ワカラちゃんその報告書あとで机に置いといて」
「わかりましたぁ……」
「あ。あと“社長の引き継ぎ”そのうちさせるからね」
「はいぃ……。────え」
できる女を放っておくわけ無いだろ。俺がいつまでここにいられるかわからんのに。
「客が入っているぞ、ボケ社長。303号室だ」
「あいよー」
キリがいいと思ったのか、マスターがそう告げてくる。俺個人の客ってことだ。
ったくよぉ……。今日は誰だ? もう寝てえんだけど。
「いええええい!!」
「最高!」
「ぎょえええええええ、リエーニちゃん!!」
拍手が鳴り響く中、リエーニに礼を取らせる。
ちょうどライブも終わったので、従者たちを連れて俺はそこを後にした。
「────────は?」
後ろには固まるワカラちゃんとそれを煽りまくるクソ野郎どもがいた。
ちなみにそいつらよりワカラちゃんは強い。明日何人怪我で休みになるのかな……。
◆
「やあ、おチビ社長さん」
「貴方か、『ファンヌ』」
リッチ向けの部屋には軽薄そうな男がいた。相変わらず警戒心が強いのか、部屋の端の方に突っ立っている。
コイツが俺個人の客。常連の一人『ファンヌ』だ。
「お店、調子良さそうで羨ましいよ。その小さな体のどこにここまでのビジョンが入っていたのかな?」
「父上の教育の賜物です」
雑に世辞を言われたので、雑に返す。いちいち反応するだけ無駄だ。
リエーニを部屋の外の扉前、フィフを部屋の中に配置し俺は部屋の椅子に座った。
「三年でぇ? くくく、ファビライヒ殿は慧眼だ」
「で? 今日はなんの御用ですか?」
俺は丁寧な言葉遣いを崩さない。
勘でしか無いが、きっと相手はそういう人物だからだ。
「また“音聞”の力を借りたくてねぇ……。大丈夫かい?」
『音聞』。それはある情報屋のあだ名だ。
最近出現した凄腕で、そいつに拾えぬ情報は無いのだとか。
そいつのせいで失脚した権力者や、資金源を失った裏組織が後を絶たない。
どんなに対策しても情報を抜かれることから、“全ての音を聞く者”と大層な二つ名を頂いた。
──うん、まあ俺だ。
「問題ないでしょう。僕のお願いは断れないですからね、彼女」
「なら、頼もうかなぁ。報酬はいつも通り?」
「内容によりますが、500万エイ。この哀れな孤児院に寄付してくださいね」
「阿漕だねえ。まあ助かるけどさ」
『ギルド・ルクス』は人材派遣会社だ。それを利用して俺は情報屋もやっている。
架空の裏社員を雇い、依頼を受け情報を得る。ファビッさんの融資を受けられなければ、俺は小遣い稼ぎとしてこの方法のみでやっていただろう。
最初は適当なスキャンダルを暴露しまくっていたが、有用性に気付いた連中が依頼してくるようになった。
ビビるくらい危ねえもんもあるが、今後のために把握しておきたかった。悪くない。
「それで内容は?」
「その前に失礼」
遮音魔法が展開された。まあ、俺がもうやってるけどな。
この業界に来て初めて知ったのだが、遮音魔法を無許可で展開するのは結構無礼らしい。
まあそりゃあそうか。“これから危ないこと言いますよ。約束守ってくださいね”っていう宣言だからな。
あー……。あの王都の紅茶ぶっぱ外交官元気にしてっかな。無茶苦茶無礼かましてたんだよなあ、俺。
「今、境界線からいろいろと持ち込まれているのは知っているよね?」
「はい」
境界線。つまり人間と魔族の国境だ。
ちょうど俺が王国を出た後に戦争が起こり、また魔族と人間の衝突が起こった。
その戦争自体は早々に終わったが、今度は人間側の国が戦争を起こし、泥沼になっている。
ちなみに俺がまだ王国に帰れないのもそれが理由だ。
「向こうの武器や資源が日々こちらに持ち込まれている。武帝国もその影響が大きくなっている」
人間対人間の戦争が泥沼化した原因は、魔王領の武器供与だ。
魔王領を侵略し採掘資源を得た国と、魔王領と同盟を結び武器を持ち込まれたニ国が争っている。
肝心の魔王は沈黙を決め込んで、被害者面をしてやがる。
魔王領の武器を見て目の色を変えた各国は様々な方法で魔王領にコンタクトをとった。
この影響により世界中が『親魔』と『反魔』に分かれちまった。
「お父上である伯爵殿がこの国に来れないのもその影響だろ?」
「そうですね」
お互いに疑心暗鬼になった国は貿易を制限し合い、ロルカニアの伯爵であるファビッさんは出国を制限された。
まあ財務大臣派閥の稼ぎ頭がやられたら不味いもんな。
そのせいで俺もこの国で立ち往生。やり取り自体は商会を使ってできているが、1年半くらい顔を突き合わせられていない。
まあ、うざいくらい頻繁に手紙が届くので、元気ではあるだろう。ファビッさんも俺も金づるを失えないからな。
「寂しくはないのかな? キミは、その、うん、まあ一応子供だしね」
つまりすぎだろ。自分で言っててわからなくなってんじゃねえか。
「そりゃあ寂しいですよ。お小遣いも無くなってきましたし」
「…………。まあ、いいさ。
依頼の内容だ。先日、境界線より何かが持ち込まれ、この国に運ばれようとしている。その内容を知りたい。奪わなくていい。欲しいわけじゃない」
なるほど。ついに十五傑の誰かが魔王領と組んだのか。
パワーバランス変わっちまうな。
ファンヌはおそらくこの国の均衡を維持したい派閥に属するのだろう。だからこそ、その影響の危うさを確認したいのだ。
「かしこまりました。まあ音聞は荒事は苦手なので、どちらにしろ奪うのは無理でしょうが」
「ふーん。そう理解しておくよ」
この人慎重なんだよな。大体の依頼人はムカつく奴らばっかで、バックレるし、脅してくるし。
やられたら秘密バラしまくってストレス発散してるけど、このファンヌだけは一向に真意を掴めない。
顔は見えてるし、声もノイズがないけど、正体だけがわからん。まあこっちも深入りはせんけど。金だけくれればいいよ。あと人脈。
「収集後、情報はこの部屋に置いておきますね。是非またご利用を」
「それで部屋代も追加で取るんだからちゃっかりしてるよね、おチビ社長」
“じゃあね”と言ってファンヌは出ていった。
「ねえ──おチビ社長」
「はい?」
扉を開けたファンヌはこちらを見た。
「いい加減ウチに来ない?」
「はて? 無理ですよ。僕はフォノス家の跡取りなので。ていうか欲しいのは音聞でしょう?」
「まあ……そうなんだけどサ……」
ぽりぽりと髪の毛を掻きながら、ファンヌは扉前に待機するリエーニを見た。
まあ間違いではない。
リエーニを使って好き放題してるのはその変わり身としての機能も狙ってるからな。
フィフは除外されていてウケる。コイツにそんな器用な真似できるわけがないからね!
俺がファンヌの仲間になれば自動的にリエーニがついてくる。それが狙いだろう。
「いや、まあいいや。じゃあ、よろしくね。……気が変わったらいつでも言ってねー」
アンタが毎回言ってくんだろうが。さっさと帰れ。言うだけ言ってファンヌは帰っていった。
「ふぃー……」
「油断」
「もういいだろ? 疲れてんだよ」
ベッドに体を沈ませる。それをフィフに咎められるが、うるせえ。この緊張感には慣れねえよ。
フィフが一切煽らない。それだけであの人の評価として十分だろう。
常に戦闘態勢のフィフを隣に置きながら、俺の何十倍も経験を詰んだ大人とやり合うのはホントしんどい。
(なんとか俺はやれてるよ……。元気かよアンタらは……)
帰れぬままの故郷の知人たち。三年は結構な年数だ。習得にも忘却にも。
お節介な姉が俺の頭を撫でる。やめろや。社員どもに言われた通りになっちまうだろうが。
耳を澄ませば、またどこかで誰かの慟哭が聞こえてくる。
それを笑い声に変えようとして踏ん張ってみても、無くなることはない。
ほんとにどこに行っても、──相変わらずクソな世界だなぁ。




