4話 人間様ってのは立派なもんだ
「お前が生まれた頃は、まだ人間と魔族の大戦争が続いていた。休戦条約──、その争いが終わって6年が経った今でもこの国は傷ついたままだ」
道の脇に馬車を停め、外で焚き火を囲みながら、ゴミカスはそんなことを語ってきた。
「わからない感覚だと思うが、千年以上もの間、人間種は魔族の支配を受けていたんだ。抵抗しては潰され、命を弄ばれてきた」
そう語るクズ野郎の表情は怒りに震えていた。憎しみの浮かぶその感情に対して、俺は何も共感できない。コイツからすれば“平和な時代”に生まれた俺には、その争いは記録でしかない。
「小さく纏まっていた我らは大連合を組み、力を蓄え、反乱を起こした。奴らの王の首に迫るほどの大攻勢だった」
焚き木が音を立てて跳ねた。炎の色が反射するゴミ野郎の顔に満足の色は見えない。
コイツは、いや、人間は『魔族』とやらを滅ぼしたかったのだろう。でも、コイツは“休戦条約”を結んだと言った。
戦争なんてもんは消費の連続だ。いずれは打ち止めになる。『疲れ』が襲ってくるって話だ。
怒りに満ちた味方に対して、敵と交渉しようと提案した人はどんなむごい死に方をしたんだろうな。勿論、相手の方も。
「魔族ってなんだ?」
「……魔物を生み出し、強大な魔法を扱う種族だ。ひどく傲慢で、別種族を見下すこの世で最も醜い存在だ」
今の俺に理解するのは難しい。
日本で言う鬼、土蜘蛛の概念と同じようなものだろうか。自分の世界と敵対するものを魔に堕として悪く言うのはどこでもやっているものだ。
「そんなのがいるんだな」
「ああ。万が一にも出会ってしまったら、今のお前ではどうにもならない。絶対に遭遇するな」
「運だろそんなの」
人種の違いがこの世界にあることは知っていたけど、そこまで嫌われるのが魔族ってやつらしい。
なんか、どっかで出会う気がする。この予感はなんでか当たる気がした。
「戦争で失った命は戻らない。この地域は時々魔族と魔物の襲撃を受けていた。6年で立て直すのは難しいということだ」
腰に佩いた剣に手をかけながら、アホはそう零す。理由はなんとなくわかったけど、コイツはなんてことのないように、人を斬り殺した。
正直に言うと、ショックだった。“死”と“殺し”の違いだ。
命が失われることと、命が奪われることの違い。本当に勘弁してほしい。知らねえし、知りたくもなかったよ。誰が誰を殺したかなんて、遠い昔のおとぎ話でたくさんだ。
俺の常識では測れない事象だ。そうであるべきだ。
「なんで、その大喧嘩をやめられたんだ? 相当嫌ってたんだろ、魔族ってのを」
「魔族の王、魔王が戦争中に代わったのだ」
「へえ。ソイツが平和主義だったのか?」
複雑な顔をしたカスバカは腕を組んで、どう説明したものか思案している。ガキに見せる顔じゃねえよソレ。
「ああ、そうだな……。本当に突然だった。ある日、魔王になったことを宣言したヤツは、連合に講和を申し込んできた」
「ふーん」
向こうから持ちかけてきたらしい。それだけ聞くと理性的な気がするが。
「私はその場にはいなかった。ヤツは一人でやってきて、前の魔王と魔族の大幹部全員の首を置いていったのだ。そうして、“こんな無意味なことはもうやめよう”と語ったらしい」
「……まじかよ」
強すぎる。化け物じゃねえか。
「無名の魔族だった。それが今や魔族の頂点に君臨し、完全な独裁を貫いている。いつ再び我らに対し迫害を始めるかわからない。平和になったとは私にはとても考えられない」
真剣な眼差しが俺に向けられた。
「連合は難しくとも、せめてこの国だけは正しい指導者のもと纏まらなくてはならない。人間同士で争っている場合ではないのだ」
「…………」
苦手な感情だった。“期待”ってやつだろうか。俺なんかに何を期待する? 味方の偉いやつを皆殺しにするやべえやつの話なんかして、どうしろってんだ。
「ま、とりあえずは勉強になったよ。この世界って終わってんだな」
「……はあ。そのうちお前も自覚するようになる。無関係ではいられなくなるのだぞ」
「やだ」
「だろうな」
「ふふっ」
それまでずっと黙っていた従者のカーティスさんが吹き出した。それを合図にこの面倒くせえ授業は終わった。
眠る直前、ふと気になって呆れたように溜息をつくゴミカスバカアホ野郎に質問をした。
「そういえば、その新魔王ってなんて名前なんだ?」
「……アルテ。『地覇女帝アルテ・リルージュ』だ」
なんでかわからねえけど、その名前は不思議とすっと自分の中に入ってきた。
◆
数日後、俺達は大きな街に到着した。荒れている様子もなく、治安も良さそうだ。関門みたいなヤツはゴミの顔パスですぐに終わった。流石でございますね。
「なに? ここが目的地?」
「そうだ。この街の名はオリジェンヌ。我がルクレヴィス家の別邸がある」
別邸って。そういや金持ちのお坊ちゃんだったわ。
この馬車には窓がついていないが、車輪の音、振動の感覚から整理された石の道を走っていることはわかった。
意識を向けてみれば、人々の声も聞こえる。そのどれもが、安定した響きであることもわかった。
「なんかのどかなところだ」
「まあ、安定した人々が多い場所だからな。貴族の行楽地のようなものだ。美食も多いぞ」
避暑地的なところか。そりゃあ平和なわけだな。
「ふーん」
「さて、これからのことだが」
おぼっちゃま野郎はこちらに向き直り、改めて話しかけてきやがった。今更なんだってんだ。俺に逆らうことなんてできやしねえのに。
「お前には“貴族”になって貰う」
「あん? 養子になるってことか?」
「それも手段の一つだ」
少し引っかかる言い方に聞き返すが、よくわからん。
「どういう?」
「お前は貴い者となり、その品格を養うのだ。言いたいことはわかるだろう?」
偉いやつになれってことか? 突然なんなんだコイツは。
「……全くわからん」
「ごまかすな。まったく……。『時』が来るまでに、お前は『相応しい人物』になっていなくてはならないのだ」
知らねえよ、そっちの都合なんか。理解してやるもんか。
「だったら、俺は何をすんだよ?」
「準備ができるまで、私の屋敷で待っていてくれ。カーティスも置いていく。これでも放浪の身だったものでな。様々な場所に帰還の報告をしなくてはならない」
国の中心の家の男が、立場をほったらかして何を目的に放浪なんかしていたのやら。こいつも親に迷惑をかけた不孝野郎ってわけだ。マジでゴミクソだな。
「準備ができたら?」
「お前は、“幸福”になる」
「死ね」
「ふっ……」
なけなしの抵抗は軽く流された。
俺の幸福を勝手に断定したコイツの顔には、何故か優しさがあった。察するわけにはいかない。そんなことしてやらない。
──それ以上俺が悪態をつくことはなかった。




