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プリミティブ・プライメイツ ~暴君転生~  作者: 翠碧緑
1章:幼少・オリジェンヌ編

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35話 相反成立 Inner Paradox


 自然豊かな明け方の道。最低限の整備をされたそこを急ぐ馬車があった。


 その御者を務めるのはカーティス。引くのはビュリュー。

 他には何も無いように思えるが、透明化を施したリエーニとフィフもいた。


「なんか緊張してきたな……」


「今更ですか?」


 声低くそんな事を言うリエーニに笑いながらカーティスは返した。


 御者台に座るカーティスの隣にリエーニは存在している。

 フィフは相変わらず車内でスリープモードだ。


 最初は全てを透明化しようとしたが、カーティスの手元が狂いそうになったので中止した。

 自分の姿を失ったまま動くのは、慣れてない身では苦しかったのだ。


「……心待ちにしておりました」


「ん? ああ……」


 少し感慨深くカーティスが呟いた。いつかの日に言ったこと。


 『貴方がその運命を受け入れられる日を我らは心待ちにしております』


 あの日、リエーニはなにも言わなかったが、とうとう観念したのだ。


「あーあ。やる気になっちまったもんはしょうがねえよ。“おだて上手”しかいねえんだもんよ」


「ははは、そうですね」


「否定してよ」


 静かだった。風の音が気持ちいい。それにリエーニは目を細めた。


「そっちこそよく俺に期待できたもんだよ。フツーはシカトして放置だろこんなん」


 自虐的にリエーニは言うが、それが照れ隠しだということをカーティスはもう知っている。


「貴方は真面目ですからね。()()()()()()()、ですが。

 私が期待したのは、貴方のその考えの部分ですね」


「そんな御大層(ごたいそう)なこと言ってた?」


「貴方は人間特有のものを持っていなかった」


「えっ……俺人間だよ?」


 困惑した声が聞こえ、つい笑ってしまうカーティス。そういう意味で言ったわけではない。


「出会ってすぐです。貴方はダルン様との会話で、魔族について尋ねていたでしょう?」


「あったなあ……そんなの」


「そのとき、私は衝撃を受けたのです。まさか“魔族を知らない人間がいる”なんて」


 恥ずかしそうにリエーニは唸った。しかしそれはなにも恥ずべきことではなく、新しい時代の到来を告げるものだった。


「魔族の害を知らぬ人が力を得た時、その力はどう使われるのか。それを私は知りたいのです」


「そんなもんなの?」


「私は姓を持ちません。なぜだか聞いたことはありますか?」


 気まずそうに黙るリエーニ。


「……知らない。ろくな理由じゃ無さそうだったから聞いてもない……」


 本当に人の心を大切にしようとする方だ、とカーティスは思う。


「私は()()()()()()()()()()


「────」


「魔族達は『人間の牧場』を持っていました。そこで育った者は食肉用、鑑賞用、素体用に仕分けされ出荷されます」


 姿は見えていないが、きっと複雑そうな顔をリエーニはしているのだろう。

 カーティスは幼い子どもにする話ではないと思いつつも、()()()にはしておくべきだと思ったのだ。


 リエーニは拾おうとする命の判定が広い。そうカーティスは感じている。

 このままでは魔族の命まで拾いかねない。


 必要ならば良いことだとは思うが、魔族のやってきたことを知っておかなければならない。


「素体って、なんの……?」


「魔物の中には人間をベースとして作成されるものもいます。死体だったり、心だったり。魔族にとって人間はとても効率の良い生物なのです」


 酷い頃はただ人間は食い荒らされた。最弱の生物だった。団結を覚えることさえできずにいた雑草以下の存在だったのだ。


「私は出荷前にルクレヴィス家の軍隊に保護されました。大戦が始まってすぐです」


「そう……だったんだ」


「魔族は機械的でした。それが当然のように無感動でした。

 私達が感情というものを知ったのは、“こちら”に来たときです。最初は自分が人間であると言われてもなんのことかわかりませんでした」


 強く反応されたのも人間側に来たときだった。そして、強く拒絶されたのもこちらだけだった。


 皮肉なことに魔族側の方が『カーティスという人間』を必要としていたのだ。


「幸いなことに私は素体用に生産されていたため、すぐに軍事転用が利きました。それ以来ルクレヴィス家の騎士として仕えています」


 身分と実績を得て、やっと人間はカーティスを受け入れた。

 なにが同じ人間だ。こんなにも違うじゃないか。それが最初にカーティスが世界に投げかけた問いだった。


「えっぐぅぅぅ……。重いっす……。ぶっこみヤバイっす」


 大げさな反応をするリエーニに優しく微笑む。言いたいことをわかってくれただろう。

 魔族と人間ではなく、生きている者という観点で他者を判別する自身がどれほど特別なのか。


()()()()()()()()。いつまでも」


「うげぇ……」



 馬車は静かに進む。人の少ない時間帯だ。

 それにこの荒れた時代に、少数で移動する人間などそうはいない。


「こっちの方はなんか寂しいね」


 彼らが向かっているのはロルカニア王国の北、武帝国への道。

 巨大な湖を挟んだ向こう側に武帝国は広がっている。


 今回はその湖近くの小さな村でフォノス伯爵と待ち合わせをしている。


 気候は厳しく、王国よりも荒れた国に向かおうというのは珍しい。比例して人の数も少なくなっていく。


「あちらには美しい村があったはずですよ。たまに“雪”というものが積もるので、一見の価値はあります」


「あっち? ()()()()()()()()()()──」


 カーティスに緊張が走った。それは経験からか直感か。瞬時に体は戦闘行動用に切り替わる。


「……なにも? どれくらいの範囲で聞いていますか?」


「えーっと、オリジェンヌの屋敷から正門よりちょっと向こうくらい?」


 その距離ならばなにも聞こえないのはおかしい。


「──ッ!!」


 カーティスがなにかを感じ取る。


「リエーニ様、向こうの森はなにか聞こえますか?」


「え? 獣の唸り声とか、足音くらいだけど……」


「来る」


 不穏な気配を感じていると、後ろから出てきたフィフが短く告げた。


 何が。そうリエーニが聞き返す前にそれは訪れた。


「……!」


 遠吠えが響く。それは新たな標的を見つけた合図。


 瞬間、木々の向こうから四脚型の魔物が現れた。そして、もう一匹。さらにもう一匹。


 次々と出てくるそれらは群れでこちらを狙っているようだった。


「マジか!? 魔物!?」


「『エガクヴォルフ』。影に潜むことが可能。主食は生物の溜め込んだ魔素」


「解説はいいって! さっさと倒して──」

「──駄目です」

「──え」


 すぐさま馬車から飛び降りそうな勢いのリエーニをカーティスが止めた。


「貴方は足を止めてはなりません」


「ん? 何を言ってんすか? 余裕っしょ?」


 カーティスはなんとなくこの群れが()()()()()()()であると感じていた。


「フィフ、どうかお願いします」


「了解」


「は? てめっ! やめ!」


 がっしりとリエーニを抱えたであろうフィフはビュリューに跨った。

 それを察したカーティスはビュリューの繋がっている綱を切断した。


「ふざけんなよ、カーティス!! かっこつけんな!!」


 怒れる王子に笑顔でカーティスは返す。


「大丈夫。大丈夫です! リエーニ様!」


 バランスを崩し、倒れる馬車から飛び降りるとカーティスは向かってくるエガクヴォルフたちを切断する。

 息を乱すこともなく、決まった動きで。当然のように切り捨てる。


「フィフッ!! なあ、フィフ! 頼むよ……」


 ビュリューに跨るフィフの腕で必死にリエーニは懇願する。


「あの人間は放っておいていい。集合場所に遅れるわけにはいかない」


「でも、だけどさ……」


 リエーニもわかっている。カーティスだけでも、リエーニ達が混ざっても対応できる。

 違うのは時間だけだろう。


 しかし、ここで重要なのがあの魔物の出処である。

 戦後、人間領域で魔物が自然発生することはあり得ない。魔族がいないのだから。


 つまりあれは、()()()()()()のだ。

 誰に? 魔族に? 魔王に? まさか──。


 そんな事件に巻き込まれている余裕は彼らには無い。

 起こっていることに対応できる戦力が無い。


 それがどうしようもない事実だ。


 声が聞こえる。それはリエーニに向けた言葉だった。

 もう姿が見えないカーティスの音だった。


 “リエーニが聞いていると確信した独り言”だ。


 『少しの間でしたが、私は楽しかったですリエーニ様。不要な挨拶であると承知していますが、どうかお元気で、健やかに。()()()()()()()()()


 リエーニにはそれに答える力が無かった。


 『あ、集合場所間違えないでくださいね? ビュリューのお世話をちゃんとするように。

 あと先方によろしくと──、あと──』


「うるせえんじゃ、ボケ……」


 届かない音は風となって消えていった。





 ──実に下らない。つまらない展開だ。


「ビュリュー! すまん、頼むわ!」


「手綱は私が取る。貴方は落ち着いて」


 乗せられた()()()()の振動が響く。何故逃げる。何故合理的な判断をする。

 後方より響く声は()()()()のオレを心配するような声。


 何故オレごときを優先している。あの素晴らしい剣技を扱える腕を持ちながら、このガラクタは何かに怯えている。

 本当に下らない。さっさとオレにその力を譲ればいい。


(カーティスさん……)


 下らぬ心配だ。実力差もわからぬのか。あの野犬ごときにあの人工人間が殺されるわけがないだろう。


 せっかくこの素晴らしい世界に生きているというのに、何もしない。

 何故そんな惜しいことばかりできるのだ。


「────! リエーニ、並走してくる魔物がいる。『オーバーグリコラ』。大地に潜る厄介な相手」


「逃げられる?」


「アレは()()()()()。このまま振り切るのは難しい」


 ああ、なんという素晴らしい生き物だ。小賢しい能力など役に立たないものだ。


 良い展開だ。これを待ち望んでいたのだ。

 さあ、──“戦おう”。


「くそ! 魔物にも無効化されんのかよ!? ……フィフ、仕留められるか?」


「…………できる。でも、貴方の意識を──」


 何を下らないことを言っている。ガラクタごときが一々人のような行動を取るな。煩わしい。


「気にすんなよアホ! 俺もやってみる!」


「了解した……」


 馬モドキに狙いを定めている巨大なワーム型の化け物。動きは単調でつまらないが、やっと剣を振るえるとなれば、喜ばなければなるまい。


 ガラクタが意識の侵食を強めたのを感じる。何たるザマだ。もっと侵食してしまえばいい。もっとオレの心など食らってしまえばいい。

 ──()()()()()()()()()()


 不完全な力に興味は無い。


 道の横を掘り進めていた気色の悪い大きな土ヘビが飛び出し、オレ達を飲み込まんとする。


「ビュリュー、右に旋回!」


 その動きに合わせて、馬モドキの進路を調節する。

 避けたと同時に跳躍し、ガラクタは正確に標的の喉を突き刺した。だが、絶命には遠い。


(まだ、動くのか?)


 頭痛の中で思考する。

 組み合わせるのはアンリーネという女の弓術と、カーティスという男の放った剣技。


「────」


 のたうち回りながら暴れる土ヘビはガラクタに切り刻まれ続けている。

 面白い。あのガラクタはここでもオレに何かを学ばせようとしている。ご苦労なことだ。


 お前がオレを上書きしてしまえば済む話だ。下らない。


 細い一直線の軌道が続く景色を想像する。そこに干渉する。

 構えはあの実に楽しかった襲撃事件の際、男が使った第三剣術。


「……ッ!!」


 肉体が軋むが大したことは無い。どうせこの後しばらく戦いは無いのだから。つまらない。


 螺旋状に展開した魔力が剣先に宿る。あの大弓と突きを複合した今できる最大だ。


「【落花流水(らっかりゅうすい)飛天突(ひてんとつ)】」


 突きによって押し出された圧縮された魔力が、空気抵抗を遮断した軌道を通って土ヘビの胴体、心臓部分に直撃し、貫通した。


「いってぇ……っ!! 頭割れるわコレ」


「────リエーニ?」


「まだ来るかもしれん。さっさと離れるぞ!」


「うん……」


 さすがに違和感を持ったか。まあいい。


 しばし今の闘争の記憶だけで満足するとしよう。どうせしばらくは下らない展開が続く。

 オレが今出しゃばらなくとも、()()()()()()()()()()()。自明の理だ。


 ああ──(あふ)(こぼ)れる命のなんて素晴らしいことか。

 “下らぬ情”に、“つまらぬ愛”に、“足らぬ心”に、感謝を。


 この世界をオレの楽園へと変えるのだ。待ち遠しいものだ。なあ──そうだろう?


 『()()()()()()()()()()()()


 素晴らしき世界、時代、環境が我らを待っている。

 さあ、()()()()()()


 “プリミティブ・プライメイツ”へ──。

 

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