34話 新しい音色
オリジェンヌの裏門。許可された特別な者しか通れない門を通る集団がいた。
大量の物資を荷車に積み込み、その台数もかなりの数に上る。
見る人が見れば、大商人の一派に思われるだろう。
その集団の中心には、赤と黒の礼服に身を包む女性がいた。
魔王の使いとしてこの地にやってきたミーナである。
さらにそのまわりにはミーナと同じような赤と黒の衣服を纏う人間達がいた。
彼らは『元』ロルカニア人。
先日の交渉で、無事国に見捨てられた人々である。
今日は荷運びの人員としてミーナに同行していた。その数はおよそ20人。
全員が、ブレイブハート領出身だった。
「さあ、着きましたよ。久しぶりのオリジェンヌはどうですか?」
「……なんというか、変な感じですね。空気が違います」
ミーナの問いに答える男は不思議と穏やかだった。
敵対しているはずの魔王領の捕虜となったにしては随分と気安かった。
「……ミーナ殿、ブレイブハートとの顔合わせまでは時間があります。少しお待ちいただくことになりますが、いかがなされますか?」
ここの兵士とやり取りしていた元ロルカニア人の女性がそう報告する。
ミーナはロルカニア語が堪能ではないので、共通語を話せない住人とのやり取りは彼らに任せている。
オリジェンヌの兵士達が違和感を持つほど、ミーナと人間達の距離は近かった。
むしろ、ミーナに従っているようにも思えた。
彼ら全ての首には怪しい首輪が取り付けられている。
あれで無理矢理動かされているのかもしれない。そう怯えた。
「では外で待たせてもらいましょうか。少し寄ってみたいところもありますので」
「こ、困ります、勝手に離れられては……ッ!」
兵士の一人がミーナに緊張しながらも声を掛ける。
せっかく目立たぬように裏門から入れたのに、目撃者が多くなれば騒ぎになってしまう。
「ではご一緒してくださいますか? たいして時間はかかりませんから」
笑顔のミーナは無害そうだ。むしろ、周りの元ロルカニア人の方が敵対的だ。皆、表情が厳しいものになっている。
「……いいでしょう。どちらへ?」
いま変に騒ぎを起こしたくないその兵士は承諾した。
「わたし、これでもネトス教徒ですので、是非オリジェンヌ教会へ足を運びたいと思いまして」
僅か数分で、ミーナ一人とオリジェンヌの兵士達は『廃墟』にたどり着いた。
「こちらですが……。今はもう無人の廃墟です。戦後、その、嫌がらせが続いたため住民は皆聖都に行ってしまいました」
崩れた壁。割れたガラス。閉じられた扉。
空気からもわかる。ここに人間がいるわけもない。
「少し中で祈りの時間を頂きます。一緒に入られますか?」
「そ、その……それはやめておいたほうが……」
「? なにか?」
怯える兵士達は明らかにこの場所に恐怖心を抱いている。
「ここはその、変な噂がありまして。入った人間が行方不明になるといったものなのですが……」
「……実際にそんなことが?」
「いいえ、そんなことは無かったのですが」
「そうですか? まあ、外でお待ち下さい」
「あっ……」
止めようとする兵士を無視してミーナは扉に手をかざした。
すると、扉の紋章が光りだし、自動で扉が開いていく。
それを見て硬直する兵士達に手を振ると、教会の中に入る。
重い音がして、扉が閉じる。
中はなんの手入れもされていない、酷いものだった。
ミーナはそこから進まずに、手の甲を触り何かを起動した。
一瞬の光のあとには、異様な武器がその手に握られていた。
聖芸品『裁撃鉄』。ミーナがネトス教より与えられた女神の力を用いる裁きの火である。
もしリエーニの認識で説明するならば、光線銃。ビームガンだ。
ミーナの片目の色が変わる。
中をぐるりと見回した彼女は裁撃鉄を構え、教会の天井、その四方に向けて火を放った。
何かが停止した音。焼け、溶ける匂い。高い音を立てて落ちてきた残骸。
それは侵入者排除用のガトリングガンだった。とても人間が作れるものではない。
「…………」
ミーナは慣れた仕草で武器を構え、進んで行く。
たどり着いたのは女神像を抜けた先にある扉。
ミーナは何か棒状のようなものを取り出すと、その棒の先から火を伸ばす。
剣のような形になったその炎を振るい、容易く硬く重そうな扉を溶断した。
「!」
武器を構えながら入ると、その先には何も無かった。正確には何も入っていなかった。
大量のコードが配置されたその部屋は、知らぬものが見れば奇妙な不思議なもので終わるだろう。
しかし、ミーナは理解している。
「……まだスペアがいたのね」
そこにあるのは『棺桶』だ。子どもが入るようなサイズの小さな棺桶。それが開いた状態で放置されている。壁に伸びる線がそこにいくつも繋がり、たまに何かの装置の光が点滅している。
ミーナはためらうこと無く炎の剣でその線の絡まりを切り裂いた。
動作が停止したような音がその部屋に満ちる。
中身がいなかった。
女神を名乗って人類をたぶらかし、人形作りに勤しんだ元凶の一つ。
大量殺戮者。その巫女。それがまた動き出している。
部屋から出たミーナは翼の無い女神像を見た。
そして、その頭を無言で撃ち抜いた。
「逃すものですか。残すものですか」
『女神の痕跡をこの世界から全て消去する』
ミーナが愛を注ぐ魔王への願い。それは狂った世界への復讐だった。
◆
多くなった荷物の片付けは大変だった。
本来は自分の衣服だけを持ち込む予定だったはずの部屋には、数々の魔道具や書物が増えていた。
それもこれもグスタフを悩ませ続けた『悪童』のせいである。
戦後は貴族に雇われ家庭教師の真似事をして銭を稼いでいたが、別に彼自身は仕事が無いからそうしていただけだ。
誰かに知識を与えることに喜びを覚えたことなどありはしないし、自分の全霊を継げる誰かなどいるはずもない。
『岩重砕』、などというたいそうな二つ名を得ているが、自己紹介の手間が省ける事以外に役に立ったことはない。
結局のところはグスタフはただの殺し屋だ。殺す対象がたまたま魔族だったから喜ばれただけのこと。
時代が少しでも違えば、彼の杖は人間へ向けられていただろう。
そこに正義感は無く、“できるからやった”だけの話だ。
業務内容が殺しだった。それだけだ。
そんな職業が戦争が終われば無くなるのは当たり前だった。当然だ。そうでなくてはならない。
グスタフは理不尽だと感じながらも、順応しようと思った。
だからこそ下らない教育者ごっこをしている。
危険な技術と知識を発展のためと偽って次代を継ぐ小さな者に教えるフリをしていた。
馬鹿にしてさえいた。
なにも学ばない子供達を。なにも知らない子供達を。なにも見ようとしない子供達を。
なぜ今があるのか。なぜ自分がいるのか。
それを考えようともしない子供に腹が立った。
自分が高圧的な物言いをしているのもわかっている。経験も浅い未熟な若者に一体どんな無理難題を要求していいるのか理解もしている。
だが、そうでなければ人間は生きていけない。
「おーい! ジジイ遅えよ。さっさと来いっての。みんなもう集まってるから」
聞くに耐えない言葉を吐きながら、小さな存在がグスタフを呼ぶ。
なんでも催しを開くから集合しろとのことだった。
珍しいこともあるものだとアンリーネと不思議に思い、警戒した。それを見て機嫌を悪くしたあの悪童は有無を言わさず実行に移した。
溜息をつきながら、指定された場所に向かう。使われることのないパーティ開催用のホールだ。
なにやらフィフと賑やかに準備をしていたのを知っている。今にも手を出してしまいそうになるアンリーネをなんとか宥めるのは大変だった。
王都で起こったことは許しがたいものだ。
それを聞いたアンリーネもグスタフも静かだった。静かに怒っていた。
しかし、それを受け入れた本人に『流してくれ』と言われてしまえばなにもできるはずがなかった。
かつて『特別な声』について教えたことがある。
使えるものが限られたそれは、この王国の根幹を成す能力だ。だからこそ幼い時から教育を施さなければ、間違いを招く。崩壊を誘発する。
女王より命じられ、幼い王子を教育した。まだ大戦争が始まる前だ。
落ち着きも理性の欠片もない馬鹿だとグスタフは思った。
それと同時に強烈な印象を持った。
『こんな声よりフツーに会話しようぜ……。疲れるんよ、みんなビュンビュンビュンビュン虫みたいな音で会話しちゃってさあ』
風を操るその力はどうしようもなく特別だ。
口を開くことを馬鹿にする風潮すら、上位者たちにはあった。
その小さな男はただ一人声を使うことにこだわっていた。
平等に届く音を優先した。
──大声で最期まで訴え続けたのだ。
グスタフは優秀ではなかったその『教え子』を思い出す。
そしてそれに似ているアレを思う。
考え方は同じ。どうしようもなく社会不適合だ。
しかし、父親とは違いどうにかできる能力を持っていた。
リエーニが毎回作成し、研究しては面白いように発狂して壊していく作品達を見る。
部屋に転がるのは、崩れた土や石。人形のような見た目のゴーレムたちだ。
『頭がいかれる~ぅ……。ねえ、どうしたらいいの? ジジイなんとかならん?』
アンリーネの手前、“拳骨”をお見舞いし一応言葉使いを注意して『見せてみろ』と一緒に研究する。
あの子が目指しているのは、ゴーレムに人間のフリをさせる魔法。
グスタフが教えたゴーレム魔法から、そんな発想に至るのは不思議ではない。
現にグスタフも土の塊に鎧騎士の真似事をさせている。
最初はリエーニも同じようなものを作りたいのかと話を聞いていくと違った。
『ちげえ。ちげえ。俺のライブのバックダンスとかエアバンドさせんの』
音を操るというその特性故か、リエーニは歌うことが好きなようだった。
アンリーネがいないとき、掃除、洗濯、料理をしているときになにやら小さく歌っているのをグスタフは聞いていた。
詳しく知ったのはブレイブハートの令嬢と戯れていた後のこと。
育った孤児院では日課にしていたようだ。
ならばここでもやればいいと言えば、あれは気まずそうにしていた。
そういう子だ。そういう、妙に気を使う馬鹿な教え子だった。
何故か無性に腹が立ち、魔法の鍛錬だと称して無理矢理やらせた。愚痴をたれながらも楽しそうに笑うその顔に空気の塊をお見舞いしておいた。
前にカーティスが言っていた。
“あの子は剣術を楽しんでいる”
それを嬉しそうに言うカーティスの気持ちを今のグスタフならば理解できる。
“魔法を楽しむ”
この言葉を聞いてたいていの人が思うのは、『なんておかしいことを言っているのか。きっと戦い好きの怖い人なのだろう』というようなものだ。
それにグスタフも賛同する。“おもしろい”などと公言する馬鹿には近付きたくない。
しかし、それは一昔前の話だ。
リエーニは魔法を──命を奪うための発展を遂げた技術を使って楽しんでいる。
集められたホールにはグスタフとアンリーネ、カーティス。そして、ヴィクトリアがいた。
「えー、集まって頂きどうも。座っていい」
そして、その催しの進行を担当するのはまさかのフィフだった。
用意された四人席には豪華な軽食とカップが並べられていた。席の位置もちゃんとヴィクトリアを一番上の場所においていた。
「ああ……!」
はらはらしているアンリーネには悪いが、なかなかに面白そうだとグスタフはカーティスとアイコンタクトを交わした。
ヴィクトリアはついていけずにいるようだ。
「開始」
ぱんっとフィフが手を叩くとティーセットを持ったメイドが『四人』入室した。
「……え?」
「誰?」
無言で登場した彼女らは優雅にお茶の用意をして、それぞれ一人ずつカップに茶を注いでいく。
一つ一つブレンドの違う各自の好みに合わせたものだった。
「いつのまに雇ったのですか、カーティス」
「い、いえそんなまさか……」
「くっくっく……」
事情を知るのはグスタフだけだった。
全員が妙にこだわった造形で作られた彼女達はリエーニのゴーレムだ。
『メイ・ゴー・バンド』とあれは名付けていた。
フィフを使ったゴーレム操作の経験により、リエーニはその技術を向上させてしまったのだ。
いろいろと使えなくなる能力が増えるらしいが、大したものだとグスタフは素直に感心した。
そして驚愕した。──その使用意図に。
「ありがとう。初めて見る顔ね?」
そこでなにも知らぬ少女が一人。
彼女専用の茶を用意するメイドの一人に話しかけた。
『ええ、初めまして。どうぞ楽しんでくださいませ』
そのメイドゴーレムは口だけを動かした。聞こえてきた声がどこかのバカタレの声だろう。
こういう演出で行くようだ。今、この場には『四人の見知らぬメイド』が存在している。
ヴィクトリアはちょうどいいお客様だ。リエーニのその能力を知らないのだから。
「メイドはお触り厳禁。メイドなら誰でもいいの、そこのメス」
進行から野次が飛んでくる。
「なっ!? ただの挨拶でしょう!?」
「フィフ、調子に乗るのも大概になさい」
「…………はい。謝罪する……」
咎めるように声を上げたアンリーネに怯えを見せるフィフ。
ヴィクトリアは尊敬するような眼差しをアンリーネへ送った。
「招集」
フィフが再び手を叩くと、メイド達は礼を取り、設置された段差の方へ向かった。
急造のその段差はおそらくリエーニが作ったのだろう。
高い段差とその上には小さな階段が設置されている。
フィフを中心に五体は並んだ。しばし静寂が支配した。
「「!」」
四人が注目していると、その段差に光が現れた。眩しいくらい強い光。
おそらくリエーニの放ったものだろう。
同時に不思議な音が響いてくる。鼓動にも似た一定のリズム。
それに合わせてステージ下のメイド達が手拍子を始める。付き合ってやるか、と四人も真似をする。
そして、閃光。
爆発にも似た音が響き渡る。この世界の誰も知らない『音楽』が奏でられていく。
いつのまにそんなものを作ったのか、煙が吹き出しシルエットが現れる。
閃光が点滅し、様々な色を奏でて目の前の画面が虹色に包まれる。
『よっしゃあッ!! 盛り上がっていくぜ!!』
勢いよく飛び跳ねてやってきたのは、傾奇者。あらゆる常識に囚われつつも、破壊していく社会不適合者。
同時に皆の心を掴む厄介な少年。
普段の雰囲気とは結びつかない美しい歌声が響いた。
それは感情が籠もった音と詩を使って奏でられる、この世界には存在していなかったカタチ。
速いテンポは見守る人間達の興奮を誘発する。
音だけではなく目も釘付けにした。
脇に控えるメイド達も踊りだし、光がさらなる感情を見る者に与える。
とても計算された演出だった。
そして、──彼のなんと楽しそうなことか。
目の曇った者ばかりを見た。それが当たり前だった。
そして、それが伝染していった。年老いたものから年若いものへ。
だがあの目は、どんなに苦しもうと、悲しもうと変わらない。
あの奥底に眠る闇はきっと深い。しかし、この世界の誰よりも“楽しむことを識っている”。
自らが生み出した技術。殺すために血の滲むような努力をして作り出した魔法が、あのように使われているのを見てグスタフは──微笑んだ。
また、曲調が変わり、メイド達の振り付けが変わった。あれは剣舞だ。
当たり前だが、一寸の狂いもなく揃った動きだった。
リエーニ自身もその舞を披露した。かなりアレンジされたものだが、基本は抑えられた型がリズムに合わせて展開されていく。
メイドたちが二人ずつ切り合いをしながら演出を重ねていく。
フィナーレはかっこよく五剣術の構えで停止した。フィフとリエーニが『ヒワン』、他のメイドがそれ以降を順番に構えている。
それを見てカーティスは苦笑いをした。
次の曲は明るい子供が好きそうなもので、口うるさいメイドと叱られるメイドが歌うデュエットソングだ。歌うのはリエーニとフィフだ。盛大に誰かを皮肉っている。
歌い方も子供っぽく、踊るメイド達は笑顔を貼り付けている。
演劇に近い演出が入れられていて、楽しませる工夫が組み込まれていた。
それを見てアンリーネは溜息をついた。しかし、別に怒りはしなかった。
次の曲に反応したのはヴィクトリアだった。たまにリエーニと一緒に歌うものだったからだ。
歌いながらリエーニはヴィクトリアを手招きした。貴族相手に許されない行動だが、咎めるような者はいなかった。
また一つ歌声が交じる。
リエーニ評ではまだまだだったヴィクトリアの歌声は、フィフに対抗するかのように上達していった。
歌うことすら知らない他の三人に比べれば素晴らしいものだろう。
もう完全に場を掌握しているリエーニはさらに盛り上げる。
滲む汗は彼がいかに複雑な魔法を使っているのか想像させる。形になるよう、ぎりぎりまで練習していたのだろう。魔法で誤魔化しているが喉に疲れが見える。
その努力をグスタフは知っている。見てきたのだ。
この催しはリエーニからの証明だった。
『貴方達に教わったことを自分は覚えている』
そんな当たり前であるが故にできない宣誓だ。
自分達の与えてしまった重圧に応えようとしている。
残酷な仕打ちであることは皆理解していたが、それでも彼を見ていると期待を抱いていしまう。
それが、リエーニという少年だった。
複雑で、けれど単純な、この世界で生まれた人間だ。
“年を取ると、涙腺が緩む”。
そんな眉唾な話を信じることになるとは、グスタフは思っていなかった。
その催しは拍手と笑顔で閉じられた。




