3話 家の外は基本クソなわけで
ダルン・ヴォル・ルクレヴィスは、魂の抜けた表情の幼い子供が、馬車に乗り込むのを見届けた。
「それでは、失礼する」
「ルクレヴィス様、どうかあの子をよろしくお願いいたします。どうか……」
院長とシスター達が頭を下げる。時刻は夜。提案の後、すぐにリエーニは引き取られた。
ダルンの都合で、別れの挨拶をさせている余裕はない。
もうこの地方が最後の候補だった。もし、今日あの子に出会うことが出来なければ、ダルンは失意のまま帰郷することになっていただろう。
先程のやり取りを見て、心が痛まなかったといえば嘘になる。所詮はダルンも人の子だ。
『金髪、金の瞳…? ああ、きっと気にいると思いますよ! とってもいい子です。どこに出しても恥ずかしくない、私達の誇りです!』
孤児院を訪れ、要件を伝えてから、そう語ったシスターの顔が脳にこびり付く。
『良かった、良かった!』
『なんで、あんたが泣いてるのよ…』
『うえええええええッ!! リエーニィ……ッ!』
『ちょっ!? お静かになさい!』
『だってぇぇぇぇっ!!』
『これから子供達の対応ヤバイわよぉ……』
待合室の壁の向こうから聞こえてきた声を思い出す。そのどれもが明るい色を宿していた。
あのリエーニと名付けられた子が、どんなふうに生きていたのか、それだけで理解できた。
ダルンの、いや常識の話ならば、上級貴族からの誘いなど喉から手が出るほど欲しいものだろう。
だからこそ、あの場の誰もが混乱したのだ。
貴族の下での暮らしよりも、孤児としての立場を優先するなどと、論外だ。
「……嫌われたものだな?」
「……孤児の匂いが移っちまいますからね、お貴族様」
「ふはっ!! …出してくれ」
ダルンが乗り込むと、リエーニは距離をなるべく取るように、馬車の奥に座った。
それを懐かしむようにダルンは笑うと、御者を務める従者に指示を出した。
「院長達を恨むのはやめたまえよ? 貴族に強制され、断れるはずがないのだ。常識のある大人はな?」
「わかってるよ。わかってんだよ……、あんなこと言わせるつもりじゃなかった。くそ…。でも、てめえは存分に恨むから」
視線を逸らしながらリエーニはそう零す。
やはり、院長の言葉の意味を理解している賢い子だ。人の心の機微に聡いのだろう。能力を誇示するようなこともしていないようだった。
「結構。なら私から言うことはないな」
「チッ…。こんな骨ばったガキの何が良いんだか。まあ、人の趣味にはなんも言えないけどな」
言葉遣いに関してはなんとかしないと不味いとダルンは考えるのだった。
「はあ…。全く私をなんだと思っているのだ。そんな趣味はない」
「あん? なるほど、お前は使いっ走りで、荷運び中ってわけか」
あまりの言動にダルンは頭が痛くなった。あまり的はずれな言い方でもないのがなおさら困らせる。
「ごまかすな。私の発言を思い返せばわかるはずだろう」
「わかるかよ。商品価値を値踏みしてるようにしか聞こえんかったわ」
『風声はできるか?』
「……」
ダルンの得意とする風魔法を使って、声を直接リエーニに届ける。顔をひどく歪めてリエーニは睨むように、口を閉じたまま返事をした。
『あーあ、つまんねえ。他にも使えるやつがいるのかよ。なんも特別感ねえじゃん』
彼はそう嘆くが、リエーニは特別だ。
届いた風声はかなりの熟練度だった。まだ7歳でこのレベルだ。やはり、血の成せる技なのだろう。
『それを使えるということが、お前を私が求める理由の一つだ。そして、今後むやみにそれを使うことを禁ずる』
『ご主人面がはええな。只で買い取った癖によ』
「あと、その話し方も改めてもらうぞ。最初はちゃんとしてたじゃないか。なぜそうなった?」
「申し訳ございません。あのときは御主人様が余りにも横暴で、粗雑で、無礼だったものですから」
『使う必要がねえんだよ。知らねえよ貴族とか。孤児の底辺が最上層にどう対応しろってんだ?』
作り込んだ笑顔で皮肉を言う7歳児。しかも、肉声と風声を同時に放つという離れ業も行ってきた。
「はあ……、なんというか、本当にアイツの……」
「あ?」
「いや……」
思わずダルンは笑う。遥か昔のやり取りと全く同じだったからだ。
『きしょすぎだろ』
「気色の悪い笑いでございますですね」
この悪童をどうしたものかと、溜息を付きながらダルンは考える。苦労しかないのだろう。自分にとっても、この子にとっても茨の道に変わりはない。だが今だけは、その心は晴れやかなものだった。
「まあ、元気になってなによりだ」
「はあああああああッ!?」
『きもきもきもきもきもきもきも』
またダルンは朗らかに笑うのであった。
◆
心の切り替えはなんとか済ませたものの、俺の人生設計はご破算になった。ダルンと名乗った男は、俺の記憶の中で一番のクソ野郎に認定した。
人の都合を考えないゴミ。見下してるようにしか見えない発言。勉強ができるおぼっちゃん特有の思考回路。
貴族ってのはわかったけど、「コウシャク」ってなんだよ。日本語で言うとどれなんだ。ちなみにこの世界の言葉で俺は認識している。こうした聞いたことのない単語はその場でいちいち確認しないといけない。
恥を偲んでゴミクソに聞いてみると、貴族の位としては最上級の家だそうだ。「公爵」かよ!?
日本で考えたら総理大臣とかじゃねえかよ。眼の前のゴミカスがそんな家の出身とか世も末だな。
──ソレが求めた条件が、外見の特徴となんかすごい力。明らかに俺に何かの面影を見ている。
なんにも考えたくねえ……。俺は、何も、知らんっ!
全ての前提をシカトして、俺は自分をゴミカスに引き取られた捨て子であると定義し、それ以上は何も追求しないことにした。
7年生きてなお、この世界生きにくすぎるだろ。
「先に村があるはずだ。今日はそこで休もう」
「かしこまりました」
『へいへい、俺は何も言いませんよ』
クズカスと、御者をしているカーティスさんとの旅は数日に及んだ。
国内であれば半日で移動できた日本とは違って、ケツが痛くなる馬車でずっと移動しなければならなかった。
車に繋がれている動物は馬みたいなヤツで、かなり夜目が利くらしい。種類はコクルクン、名前はビュリュー。
こいつを休ませる時間もあって、旅はゆっくりとした進行だった。
いくつかの村を経由しつつ、ゲボ野郎の家に向かっているようだった。泊まる度に、村の一番偉い人がゴミクズカスにペコペコと頭を下げる光景はなんとも言えない気分だった。
俺は従者見習いみたいな立場として、簡単な家事や、ビュリューの世話などをやらされていた。あとはついでにお勉強。
「我が国、「ロルカニア」には国王がいて、貴族たちがそれぞれの領地を治めている。貴族は階級が分かれていて、「公爵」、「侯爵」、「伯爵」、「子爵」、「男爵」の順に偉いと考えてくれ」
「……階級が同じ場合は?」
「年功序列だ。古い方が偉い」
「同い年の場合は?」
「同格だ。おめでとう。潰し合いの始まりだ」
今更知ることになるこの世界、この国の知識。俺が今まで知っていたのは民間の、さらに世間とは隔絶した環境に入ってくる程度のものだ。貴族があることは知っていても、その力関係までは知らなかった。
「現国王のお名前はオスリクス。『オスリクス・サルヴァリオン・リサンダー・サンクティス』だ。これは“絶対”覚えてくように」
「わかりました」
くそが。
王様のことを話すキモ野郎の目は真剣だった。その王様の外見の特徴は怖くて聞くことはできていない。無視だ無視。
「ダルン様、襲撃です」
「止まってくれ」
「?」
御者を務めるカーティスさんの声が響いたかと思うと、ゴミは馬車を止めた。
耳を澄ますと、外にはいくつかの大人の気配があるようだった。整備されてねえ道路もどきの道のド真ん中で、こちらを待ち伏せしている。
「万が一があるから、絶対に外には出ないように」
そう言って無表情でクズは外に出ていく。治安悪すぎる。まあ、カツアゲされるとしてもアイツの金だから良いか。
警察とかないんだろーなあ。どうすんだろ。
「ひぎゃあああッ!!」
外から聞こえてくるのは悲鳴だった。大の大人が子どものように叫んでいる。もう気がおかしくなっちまう。
「待たせたな。それとすまないが、今日は野宿になるだろう」
帰ってきた人でなしからは僅かに血の匂いがした。偉くて強いとかなんなんだよ。
「…こんなとこに野盗が出るってことは、先にある村の人々もあぶないんじゃないんですか? 少しは下々の面倒を見てもよろしんじゃないでしょうか?」
湧いてくる感情を誤魔化したくて、そんな言動を俺は取る。人殺しの反応は、困ったように笑うものだった。
「その必要はないな。無駄だよ」
「は? なんでだよ? お貴族様は民の暮らしなんか関係ないってか?」
その物言いはさすがにおかしいと思ったので、つっかかる。だが、コイツの反応は簡素なものだった。
「──さっきの野盗がその村人だからね」
「…………」
なんてことのないように告げるその男に対して、俺に言えることは何もなかった。
堕ちた人々。理由はわからない。これまで滞在した村の状況は、俺の感覚で言えば裕福では無さそうだった。
収穫した作物は自分達だけが所有できるものではない。全てではないが、土地の所有者に巻き上げられているようだった。宿泊した先で俺もご馳走になった食事はきっとその一部だったのだろう。
「コレは、こんなことは、“よくあること”なのか?」
「ああ。最近は、だいぶマシにはなったがな。──よく覚えておけ」
本当に、マジでこの世界ってやつはクソなんだな。
ぐちゃぐちゃになった感情は、寝心地の悪い椅子の上で眠ることで、癒やすことにした。
人生初の旅は最悪だった。




