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プリミティブ・プライメイツ ~暴君転生~  作者: 翠碧緑
1章:幼少・オリジェンヌ編

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27話 セルフ・リフレクション


 ルクレヴィス家本家、その豪邸。そこの一室には、ダルンとフィフ達の姿があった。カーティスだけは別の部屋を使っている。


「まったく……あれだけ暴れて、自分はさっさと寝るとはな」


 その部屋の大きなベッドには死んだように目を閉じるリエーニの姿があった。


「消耗はかなりしていた。それにまだ子供」


 その顔を眺めながら、フィフはダルンにそう返事をした。

 これまでリエーニを介してしか話すことが無かった組み合わせだ。


「そうだ。そうだったな……」


 ダルンは一人で酒を飲んでいた。量もかなり消費している。


 透明化をしていたことで、カルクルールは二人の存在を認識していなかった。

 その幸運と、リエーニの判断に感謝しつつ、一旦この屋敷に身を寄せているのだ。


「……父上はご存知だろうか」


 リエーニこそが“そう”なのだと、身内にこそ知っていて欲しい。

 そう思っていたが、リエーニが反対したのだ。


 “知る人間を増やすのはまずい。俺みたいなやつがいたらどうするんだ”と。


 リエーニの馬鹿げた盗聴能力は成長している。人間があんな能力をそうそうに発現しているならば、魔族に勝っていただろう。


「リエーニも言っていたけど、それは危険。人間の父親が優先するのはいつだって息子に決まっている。貴方とリエーニの命なら、貴方を選ぶ」


「そうだろうか……? 厄介な息子と有望な王子であれば、王子を選ぶだろう。父は公爵なのだ」


「人間との会話は疲れる。交わす言葉が余計」


 呆れたようにフィフがダルンを睨む。


「……そういえば、こうして一対一で話すのは初めてだな。お前は呪われた剣だとソイツは言っているが、実際のところはどうなのだ?」


 酔った勢いでダルンは質問する。少し自棄(やけ)になっているのもある。

 リエーニが気に入り、フィフもリエーニを気に入っていることから、警戒せず棚上げされてきた事だった。

 ──そもそもお前はなんなのだ、と。


「私はただの抜け殻。亡霊」


「抽象的だな」


 リエーニだけを見つめ、ダルンに背を向けるフィフの表情はわからない。


「今活動する理由はリエーニにある。それだけ」


「私が言えたことではないが、そんなののどこを気に入ったのだ?」


 酒を(あお)り、再び注ぐ。情報を得たいという目的も無く、ただの雑談だった。

 ダルンはフィフに敵意を感じることがなかったからだ。


「わからない」


「なに……?」


 意外な答えだった。明らかな格下であるリエーニに懐くのはそれなりの理由があるはずだった。


「……そう、わからない。私が人間に興味を持つことは今まで無かった。でも、リエーニは興味深い」


「まあ、珍獣だからな。通常の人間の枠には納まらないだろう」


 それを聞いて、フィフは少し笑った。フィフが笑うのはいつだってリエーニのことだけだった。


「確かにそう。私は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「────」


 振り返ったフィフの顔はそれこそ本当に人形のようだった。


 今語られたフィフの言葉を咀嚼(そしゃく)することを、本能でダルンは拒否した。きっとそれの意味を求めた時、待っているのは恐怖だけだとなんとなく思ったからだ。

 それを誤魔化すように酒の入ったグラスを音が立つように置いた。


(不要な会話。本当に勘弁してほしい)


 そう嘆きながら、大きな窓の外をフィフは見つめる。そして誓った。


 “()()()()()()甘やかして貰おう”──と。



 


 音もなく風を切る。暗闇の全てを俺は認識できない。月明かりに照らされる僅かなシルエットと、ちょくちょく見る街灯の火だけの世界が目の前に広がっている。


「サンキューな、ビュリュー!」


 俺の目線の下から、(いなな)く声が聞こえてくる。

 馬の蹄のような音が響くが、それが街中に響き渡ることは無く、俺達の姿が見えることは無い。


 まあ、注意深く見られたらバレるかもしれないが。


 変わり身の術(ゴーレム)をダルンの部屋に残し、全てをフィフに放り投げ、俺は今宮殿に向かっている。

 今日は馬車を引いて疲れているだろうに、頼んだらビュリューは了承してくれた。多分。


 気分は怪異ゴーストライダー。夜に現れる不吉な騎乗兵だ。

 久しぶりに背負ったフィフ本体は前よりは軽く感じる。


 アイツの人格というか、魂はどれか一つにしか宿ることができないらしい。今はメイドゴーレム0号に宿っているため、この剣はアンテナみたいなものだ。

 俺があまりにも遠くに行って、魔法行使範囲から出てしまった場合、ゴーレムは崩れアイツは剣に戻るそうだ。


 ホントなんなのこの呪物。


「よーし、早朝までには戻るけど、めんどくさかったら帰っていいからな」


 目的地の近く、物陰にビュリューを停めて降りる。かかんでくれるの優しすぎる。

 ひと撫ですると、ビュリューは返事をしてくれた。賢い。ウチの駄剣(だけん)にも見習わせたい。


 さて、では行きますか。


(きちー)


 城壁へのロッククライミングが始まる。

 捕まる部分の壁を土魔法で変化させ、(くぼ)みを作る。

 うおおおおおおおおおお、一気に行けぇ!


(あそこだ)


 徘徊する兵士を避けながら、進んで行く。俺が目指すのはあの『塔』だ。

 こんな深夜でも、入口には兵士がいる。でも、気の抜けようが半端ない。侵入しようと考える奴はあまりいないのだろう。


(エージェント・リエーニ、ミッション続行!)


 緊張をほぐすためなのか、意味不明な気合を入れる。塔の壁を登っていく。

 透明化と音消し。窪ませて、足を引っ掛ける。登って、窪みを戻す。ビュリューの透明化、フィフに持っていかれているメモリ。


 盗聴をカットしているぶん、オーバーヒートは起こらないはずだ。それでも頭痛が酷い。

 まあ、王都着いてから使いっぱなしだからな。再起動(すいみん)が必要かも。


(いけるのはここまでか)


 最上へ一番近い外階段へ降りる。この高さまで兵士は巡回してこないが、そのぶんトラップがあるかもしれん。気をつけて進む。


 内部は本当に質素で、城の方と違って飾り気が一切ない。俺の(しょう)にはこっちの方が合うな。侘び寂びである。違うか?


(──お)


 見つけた。明らかに誰かいる部屋の扉だ。あれ? 鍵がかかっていない?

 罠の(たぐい)も無さそうだった。違うのか? いやでもここ以外なさそうなんだよな。


(まあ、行くか。なんとかなんだろ)


 意を決して扉を開ける。特に力むこと無く簡単に中に入れた。


 中は白く、清潔感に溢れているが、それだけだ。

 正方形の部屋にベッドが一つ。窓すら無い。明るい牢獄にしか見えない。


 可視光をいじって見てみると、中心にあるベッドには人影があった。あれが、そうなのか。


 乱れたシーツと衣服。しわくちゃのドレス姿のソイツは膝を抱えて座っている。


「──?」


 反応をした。音がなかったとは言え、扉が動いたのだ。さすがに俺の方を見た。


 おそらく赤髪。手入れもなにもされていないようで、ぐちゃぐちゃになっている。無駄に長いせいで、井戸とテレビから出てくるエスパーみてえだ。


「オーレイル……か。ああ、お前も生きていたか……。すまないが、私はもう無理だ……。去れ」


 俺を誰かと勘違いしてやがる。


「あー、もしもし、初めまして。どうも通りすがりの浮浪者なんですけど、ちょっとお話いいすか?」


「な…に…? お前、誰だ?」


 赤い瞳が俺を見た。もうこの透明化役に立たないけど、判断基準として便利な気がしてきた。くそが。


「あー……説明面倒なんですけど、リエーニって言います」


()()()()()()()()()()()()()()()……。そんなに経っていたのか」


 うわぁお。この人フィフとかチビシスターとかインチキ妖怪と同じレベルかよ。


「あー、そうっす。貴方は女王陛下でお間違い無いっすか?」


「ははは……。今この国にそんなものはいない。よく勉強することだな」


 力無く笑うと推定女王はベッドに寝転んだ。おい、やる気出せよ。


「パペヌラーレ・シーハルン様ですよね」


「…………違う」


 なんだよ、話が進まねえよ。


「じゃあわかりましたよ、『引きこもり様』。そう呼ばせてもらいます」


「はあ? まあ、好きにしろ。間違っておらぬ」


 コイツだいぶ気力がねえな。

 ちくしょう、もっとイケイケの女王を想定してたんだけど……。


「あのー警戒しなさすぎじゃないっすかね?」


「なにに警戒しろというのか。そもそも敵意反応防壁を突破してきたモノしかここには入れぬ」


 えっ? なんかトラップあったの? 全然わからなかった。


「ちなみにー、どんな効果なんすかね?」


「疑念を持ち続けるもの、動物的な排除思考を持つものに反応して、自傷行為を促す精神操作だ。一昨日くらいも何か外で死んでいたな。兵士達が片付けをしていた、ははは…」


 声だけの笑いがすごいなコイツ。ぼうっと天井だけを見ている。


 こりゃあ、()()か?


「うつ病なんすか?」


「なんだそれは。元からこんなものよ。病気などではない」


「そうスか……」


 まーためんどくせえタイプだなあ…。

 本当にクソ有能なシーハルンの女なのか? 帰ろっかな……。


「……()()()()()()()()()。時系列も含めてな。引きこもりの名の通り最近の状況を知らぬ」


 仰向けの体勢で、目だけをこっちに向けてきた。

 隈だらけの目。ぱさぱさの髪の毛。だるそうにしているが、どこか知恵を感じられた。


「そっちこそ()()()()()()()()()で挨拶してくれたらよかったのに」


「…………」


 なんか起き上がって、じろじろ見られた。ホラーやん…。時間帯考えてよ。


「貴様、ハディアの血がだいぶ多いな……。面倒だ……」


 再びベッドに沈んでいった。なんやねん。

 ていうか母ちゃんの方初めて言われた。気になるな。


「ハピフクスだっけか……。全然知識ないんすよね…」


「違う。()()()()()()()()()と言ったのだ」


「?」


 なんぞ? 同じじゃねえのか?


「あー、もう良い。鬱陶しい。私は“情報を誰かと共有できる立場にいないし、できない”。さっさと要件を言えと言っている」


 うわ、私口硬いからアピールじゃん。信用できねえ。まあ…しゃあねえか。


「実は俺捨てられて──」

「ははは……本当に話すのか…」


 あん? なんか冷めてんなあ……。


「俺は基本信用から入るって決めてんの! その方が精神衛生上いいから! マインド!!」


「────」


「おーい。なんかリアクションくださいよ」


「わかったから…話せ。めんどくさい…」


 流れぶった切ったのはてめえだろうが。めんどくせえのはそっちやろ。





「詰みだな」


「ぎゃっ!? えっ!? まだじゃね??」


 そう宣告されて盤面を見ると、俺の陣地は無事なように見えた。


「どうせここに打つのだろ? 私がこう打つ。そして、こう。そして──」


「参りました……」


「貴様、弱すぎであろう」


 はい、エクスローンで初心者にボコられてます。助けて。


 ただ俺の身の上を話すのも退屈なので、ゲームをしながらでもと提案したのが間違いだった。

 ちなみにファビッさんから貰ったこのエクスローンは小型化できる優れモノなのである。なので、俺は常に持ち歩いて暇つぶししている。


 ルールを説明して、やってみたら初戦から負けた。この引きこもりやばすぎ。

 攻防のテンポについていけない。思考のレベルが違いすぎて、上を常にいかれている。


「少しルールに穴はあるが、よく工夫された遊びだな。知育にはいいだろう」


 もう制作者まで批判し始めましたよ。


「本当にやったことねえの? こっちは素人に蹂躙されて絶望してるんだけど」


「事実だ。定石など知らぬ。だが、貴様という情報が落ちている。容易い」


 どういうこと?? 人読みってやつですか。あなた俺のことなんにも知らないでしょ?


「孤児院で年長だった。物欲がない。他者に依存している。そして、自分を封印している」


「うん? プロファイリングってやつですか?」


「使わぬ表現だが、そうだな。貴様は私に合わせている。私の駒に素直に対応する。会話のように。……だからこそ()()()()()


 だるそうに人のクセずばずば言うのやめてね。


「まあ、はい……。それでどうっすかね?」


 客観的に見た俺の生い立ちと、今日のいやがらせについて俺は話した。特に大きなリアクションはコイツからは無かった。


「貴様の状況は把握した。別にいくらでも手はあるだろう。わざわざこんな私に会いに来るほどか?」


 ごろんと寝転がる引きこもり。コイツ“なにがわからないのかわからない”とか言うタイプか? そりゃあ嫌われるわな。


「……人前ではちゃんとしていたぞ私は。そもそも上等な礼儀を作ったのはシーハルンだ。蛮族どもめ」


 ウホウホウホ。そうだったのか。


「まず、逃げればよかろう。何をためらっている。貴様の能力ならば金にも困るまい」


「いやー、その、期待といいますかね? こう、引っ掛かるんですわあ……」


「……馬鹿が」


 えへへへ。


「ならば革命を起こせ。その色を誇示して革命軍の旗となれ。現政権を潰し、粛清しろ。お前の出自は民衆に受け入れられやすい」


「やだ!」


「なんなのだ……。能力と意思が噛み合っていないぞ」


 長い溜息を吐く引きこもり。もう寝そうじゃん。頑張って! 助けて!!


「ならば、成り上がるしかなかろう。お前の過去を全て隠してな」


「隠すの?」


「当たり前だ。“成り上がり”だと言っただろう。全ての王は、民草から生まれているのだぞ。余計な情報は馬鹿どもの付け入る隙を与える」


 なるほど。ここまで先手を打たれた以上、別の手札を考えるしか無いのか。

 希望を叶える道筋が変わるだけ。うーむ。


「なんか具体的な方法あります?」


「時代錯誤な頭では解答を出せぬ。現在、国家間の争いは無いのであろう?」


「そうみたいっすね。でけえところは力を貯めてるっぽいけど」


「ラークフムか……」


「あ、一番でかいっすねそこ」


 人間の国の中で一番ノリに乗ってるところを言い当てた。

 なんか喋るパソコンみたいだこの引きこもり。ぽんぽん情報が出てくる。すげえ。


「ならば、成り上がるのに必要な要素は資産がよかろう。国が無視できぬほどの財を築け。ウジのように(たか)ってくる馬鹿どもを利用しろ」


 ふむふむ。できれば苦労はしねえってやつだな。参考にできるか。


「後は単純に王族と婚姻を結べばいい。貴様の能力ならそのまま国王になれるだろう?」


「あー……。いや、俺そういうの苦手で。それに他の跡継ぎもいっぱいいるでしょ?」


「ははは……貴様の冗談は面白いな」


 全然笑ってないだろ。滑ったみたいにするのやめろ。


「まあ、どのみち成り上がんないとできない話っすよね」


「……()()()()()()()()()がいるのだろう? 子供は染まりやすい。幼少の頃から自分を印象付けていけば、依存させられる」


 え?


「私が猿どものために作った重婚制度がある。女どもも尻が軽い。よって、身分差があろうとも、政略結婚でなくとも十分機会は生じる。その容姿をそこで活かせばいいだろう」


「えっ、偽者ちゃんを狙うってことっすか? いやあ、きちいなあ……」


「発言を聞けば、ただの馬鹿だ。そばにいるだけで堕ちる()()の娘。“ハディアの血を持つのだから余裕だろう”」


 うとうとしながら、さらっと言わないで。


「……まあ、考えときます」


 結局は俺次第ということだ。本日の予定はしゅうりょー。おつかれっした。

 

 後は個人的な興味だけだ。


「私にとってはどうでもいいことだ。好きにするがいい」


 目の前のコイツは引き籠もっていると言っているのに、とても疲れていそうだった。

 おそらく不眠症。ストレス。まともな生活をしているわけでは無さそうだ。


 なにがこの人をそうさせたのかわからない。ならば、聞いてみるしかない。


「俺の方はなんとかするとして…。貴方はどうして戻らないんだ?」


「──っ」


 硬直する体。余裕の消えた表情。目が泳いでいる。


「貴方は生きている。ならば、前みたいに出てこないのか?」


「私が……? 何を言っている。貴様は歴史も読めぬ阿呆なのか? どれだけシーハルンが嫌われていると思っている。昔話の悪役は全て女王だぞ?」


「知ってる。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「……? だから、何を言っている? 女神と間違えているのか?」


「都市の概念、最古の法典、官僚制、全部シーハルンの前身が作ったんだろ?」


「…………」


 歴史を知ればわかった。どこにでもあった。名前は違っても常にあった赤髪の一族の影が。

 いつも外部からの侵略で滅ぶ国の話が。いつも裏切りで滅ぶ国の話が。


「戦争が変えちまった国を、元には戻せないのか? あれらの運営はシーハルンあってのものだったんだろ? 国家間に争いはないけど、仲良くもないんだ。世界のどこにも連携が見えない。

 このままだと──人間の中で戦争が起こる」


「馬鹿が。当たり前であろう。ははは……『戻せ』だと? はっきり言おう、無理だ。

 人間は統制を失った。もうなんの意義もない」


 全部諦めたような表情で、この人はそう吐き捨てた。

 それはどこかでよく見た顔だった。夢を失ったことをいつまでもぐちぐちと嘆く自己陶酔。


 ──反射膜に覆われたガラスで呆れるほど見た顔だった。


「なら、少しでいい。俺にいろいろと教えてくれ。貴方の知識が欲しい」


「貴様……、なぜ…。なぜ私なのだ……?」


 困惑。

 “なぜ自分が必要とされているのか?”

 “どうしてこんな自分を求めるのか?”


 ああ。よくわかる疑問だな。そうか、アイツらからみた俺ってこんな感じだったんだな。


「俺個人的には、貴方を尊敬してるから…かな? 後は義理とはいえ、“ばあちゃん”だし。頼ってもいいしょ?」


「────。……馬鹿、だったのか…」


 うるせえな。


「それに、どちらにしろ巻き込まれるんじゃねえか? この間、魔族がオリジェンヌを襲撃してさ。今、『魔王』領と揉めてるっぽいんだよね。だから──? おい?」


 “しまった”と思った。


 俺がその言葉を発した瞬間、引きこもりは自分の体を抱くようにして、震え始めた。


「あ、あ、あ……。いや……」


「落ち着け! 大丈夫だから!」


 凍えるように体は振動し、呼吸は乱れ、目からは臨界を迎えた感情が溢れ出している。


「ごめんなさいっ!! 痛いっ!! いやっ!! やめて! やめてくださいっ!!」


 引きこもりが虚空を見つめ、何もない空間に手を伸ばす。

 それは、孤児院で見ることがあった。暴力を振るわれてきた子供そっくりだった。


 何が起こった? コイツは何をされた? 誰に?


「おいっ、俺を見ろ! 大丈夫だから!」


「私っ……ただ必死だったのっ!! 怒らないでっ!! 熱いッ!! 苦しいッ!!」


 悲鳴が響いた。

 こんなときでも、遮音魔法を思わず展開してしまう自分に少し腹が立った。


「いやあああああああああああああああッ!?」


「しっかりしろ!!」


「──ッ!?」


 仕方なく抱きしめる。自分よりもでけえ女をだ。

 汚え…。あらゆる液体が顔から垂れてやがる。まあ、どっかの無機物よりはマシだな。


「無理だ……。はあ、はあ……私はこうなのだ……。せっかく、私を…頼ってくれたのに……」


 つらそうなのに、コイツは俺に言葉を紡ぐ。

 抱き寄せられ、俺を囲う腕の力が強くて痛いが、なんとか我慢する。


「大丈夫だ。俺が貴方のファンなのは変わらない。悪かった。ただ、ちょくちょく困ったら会いに来るから、よろしく!」


「──ッ!! すまない……。ごめん…なさい。ごめんなさい……。お願い、許して……。馬鹿だったの……ッ。何も考えてなかったのッ!! うえええええええええぇぇぇぇんっ!!」


 ここにいるのは、ただの()()だった。


 自分の中にはでけえ真っ黒な塊があるくせに、それを誰とも共有しようとせず、抱えて抱えて結局沈む馬鹿で愚かでどうしようもないガキだった。



 泣き疲れて眠るガキの顔はどこかスッキリしていて、()()()()かぎり。


 ため息を付いて目をこすりながら俺はビュリューの下へ戻った。


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