26話 怠け者の告解
ダルン・ヴォル・ルクレヴィスの心境は最悪だった。当然だ。自身の7年間の積み重ねを一気に崩されたような気分なのだから。
「おお、ダルン殿。聞いておりますぞ。よくぞ見つけられましたな! 素晴らしい友情だ!」
そんな声をすれ違う貴族から掛けられる。その口は少し前までダルンを小馬鹿にしていたことを知っている。
「ハットリューク様もこれで浮かばれますな」
別の貴族は上辺だけを理解していて、そんな言葉を吐いた。今すぐその顔面をぐちゃぐちゃにしてやりたかった。
足が重い。自分が行ってきたことが裏目に出た。いや、裏をかかれた。
親友を排除した排泄物たちが、今までダルンを泳がしていたのはこのためだったのだ。
失われた王族の尊い貴重な血を再び戻す。それは誰もが望むこと。
しかし、その王族には自分達の為に動いてもらいたい。くだらないことだ。あれだけシーハルンの女王を煙たがっていながら、同じことをしているのだから。
「ダルン殿、ようこそ。待っておりましたよ」
「……フィンナ・カルクルール卿。ご無沙汰しておりました」
案内され、玉座の手前の廊下では王の威光を軽んじる愚か者、その筆頭であるフィンナ・カルクルール公爵がダルンを待っていた。
「下がって良いぞ。後は私が案内しよう」
そう言って案内役を下がらせると、フィンナはダルンを嘲笑うように礼をした。
「失われた血を探し出し、再びあるべきところへ返す。素晴らしい行いですな、ダルン殿?」
「……どういうことですか。一体、何故こんな真似を」
震える声でそう問い掛けるダルンに、見た目だけは美しいと言えるその女は当たり前のように返した。
「『どういうこと』、ですか?
ふふふ、君が証明書を持ってきてくれた。私がそれを確認し、お子を取り戻した。ただ、それだけでは?」
「何を……」
「常に用意しておりました」
醜悪な笑みを浮かべてフィンナは語る。
「ハディア様が妊娠していたことは事実。ですが、あの方は行方不明となった。もしかしたら、どこかで新たな王族が生まれているかもしれない。市民達がそう噂をして金髪金眼の子を探すほど注目されていた」
「だから、なんだと──」
「そんな不幸な子が再び王族となる。お世継ぎの数は多いですが、一度市民として生活をしている分、民たちには好意的に受け取られることでしょうな。──それは是非とも当家が支持したい」
ダルンは目の前の女を殺すことを我慢するので精一杯だった。
この女はダルンが純粋に追い求めた友への想いすら利用しようというのだ。
「君は立役者だ。どうぞ、喜びたまえ。さあ、まもなく“お披露目だ”」
「────」
──もうどうなっているのかわからない。
フィンナは何を言っているのか。まるで、『行方不明となっていた王族の嫡子が帰ってきたこと』をお披露目するというふうに聞こえた。
あり得ない。
あってはならない。
どうせ、無理矢理繕った偽者だ。色だけを真似した道化だ。
「貴様…ッ」
「おっと、いいのですかな? 私としてはこれで満足なのですよ」
「何が……ッ!」
剣は預けているが、ダルンが本気で殴れば目の前の女は簡単に死ぬ。握られた拳はその微笑みを浮かべる面へと打ち込まれる寸前だった。
「『何も知らずに君に操られる子供』を殺すのは忍びない」
「……ッ!?」
それは脅しだった。
「大人しくして頂きたい。『君が見つけ出し、私が保護した』。いいですな?
ああ、本当に私がお子を保護してもよろしい。不自由はさせません」
「ふざけるな…ッ」
「ふ……。ならば、何にも関わらせぬと誓っていただきましょう。その方がその子の為だ」
人を見下す表情でそう告げる女は、魔族以上に汚らしい。
「…………。そんなやり方をいつまで続けるつもりだ雌狸」
「ふふふ、無論、死ぬまでだとも」
乱れた呼吸を落ち着け、親友の残した宝を思い、手を下ろす。
フィンナはソレを見て頷くと歩き出した。
「いやしかし──ルクレヴィスにしては中々頭が回るようだね君は。戦争で成長したのかな? 直情的なイメージがずっとあったのだが」
玉座の扉が開かれる直前、そんなことをフィンナは呟いた。
ダルンの脳はもうそんな言葉すら認識しようとはしていない。
「ふむ……。まさか君一人で来るとはね。さすがに今日ならば出会えると思ったのだが…。私の計画が崩れたのは久しぶりだったよ。ああ、もちろん人間相手の話だがね?」
冗談めかして笑うそんな態度も無視して、ダルンは玉座の間へと入った。
「────」
そこにはすでに数人の貴族達が控えていた。玉座に向かい合い、整列していた。
彼らは“聞こえる者”と呼ばれ、風声を聞くことのできる家系だ。ダルンも、ルクレヴィス家も勿論含まれている。
その証拠に最前列にはダルンの父であるグラン・ヴォル・ルクレヴィス公爵の姿もあった。
玉座には懐かしのオスリクス王。その隣には側室であり、ハットリュークの母親であるバラミニシアが座っている。現在の女王だ。そう扱われている。
残酷なほど純粋な歓迎の意思を感じた。
「よくやった」と。
「大変だったな」と。
ふらついた足取りのまま、列に並んだ。
混乱と激情がダルンを支配する。ここで暴れられたらどんなに良かったか。
そうできない理性を悲しいほどダルンは残していた。
「さあ、やっと揃いましたな」
フィンナが玉座の隣まで歩いていく。
『どうぞ、おいで下さい! 皆が貴方のお姿を見たいと待っております!』
フィンナが風声でそう音を震わせると、王族が使う入口から、ゆっくりとソレは現れた。
侍女に手を引かれながら、入ってくる子供。
「おおっ」、と感嘆の声が上がる。彼らが目にしたものは高貴の色、尊ぶべき光。
煌めく金の髪と輝く金の瞳。まだ幼いが、いずれは誰もが見惚れるだろうと思える整った顔。
『皆にご挨拶を。できますな?』
「うん!」
可愛らしい声が響く。その声の主は整列する聞こえる者たちに向かって、宣言した。
『わたしはハットリューク・サルヴァリオンの娘、ミゼリア・サルヴァリオンよ! 跪きなさい!!』
白銀のドレスに包まれた少女は、風を響かせた。
王族が得意とする風の音に合わせて紡がれた声は、よく頭に響いた。
(娘…だと……?)
絶望の中ダルンはただそれを呆然と見ていた。
確かにそれはあり得たことなのだろう。だが、違う──。
あの場所にいるべきなのは、あんな何も知らぬ馬鹿な存在ではない。
リエーニだ。あそこにいなくてはならないのは、リエーニだ。
亡き親友。ただ一人争いを否定した者。その忘れ形見。
あの日、友からの警告を無視して戦場に出た罰がこれなのか。友の危機に気付かず、全てに間に合わなかった愚か者の結末がこれなのか。
『ねー! あの人だけ跪いてない!』
『…おや、あの方は貴方のお父上の親友のダルン殿ですよ。貴方を探してくれたのも彼です』
『ふーん…。知らないわ。早く跪いてよ!!』
栄えある玉座の前でそんなやり取りをするゴミ達の声が、ダルンには雑音にしか聞こえなかった。
「…ダ、ダルン殿?」
近くの貴族の一人がそんな声を上げる。
この距離からアレを仕留めるには、どの程度力を使うのが一番効率的だろうか。
魔力を集める。そうして、排除する。今度こそ。
アレは“我が王”では無い──
『落ち着け、ばーか』
「────!?」
それは聞き慣れた音。ダルンにのみ放たれた声。見回しそうになるのを必死に我慢する。
「あ……」
気が付けば、周囲は礼を取って跪いているのに、自分だけが立ちつくしたままだった。
『フィンナ!! あの男はホントにお父様の親友だったの!? なんで、わたしに跪かないの?!』
癇癪を起こす子供を見る。何故か忘れていた。子供というのは本来、ああいうものだった。
思わず笑ったダルンは少し冷静になった。
「申し訳ありません。感極まってしまいました。ミゼリア様を見ていて、色々と思い出してしまいました」
ゆっくりと跪く。この屈辱はどう晴らすべきか。そんなことを考えながら。
『そーなの? 許すわ!!』
「…………。後日、ミゼリア様がお戻りなったことを国中に伝え、催しも開かれます。以後も変わらぬ忠誠を我らが王に!」
はしゃぐ少女とは対象的に、雌狸の表情は冷え切ったものだった。
おそらく、ダルンを怒らせることで、排除する予定だったのだろう。なんて幼稚な嫌がらせだろう。
そして、それに気付かない自分自身も。
(まったく、お前は──)
後で絞ってやろうと誓いながら、心の中で小さな王に詫びる。
その臣下の礼は今ここに見えぬ者の為に。
それは、悔しさか。或いは親愛を感じたからか。
ダルンの閉じられた瞼から一雫だけ溢れるものがあった。
◆
『出てこい』
こっわ。
発表会が解散した後、馬車の近くでブチギレたゴミカスが風声を飛ばしてきた。
『偽者ちゃん、なんか味があったよね』
『お前……』
『ちなみに双子だった可能性ってある?』
『あるわけがないだろう』
そうなんか? あり得なくは無いと思うけど。
「おかえりなさいませ、ダルン様」
「ああ。本家へ向かってくれ。今夜はそこで過ごす」
「かしこまりました」
馬車の扉が開けられ、俺も入る。いて!? 蹴るなよ!
「ふひー……」
「おかえり」
扉が閉められ、遮音魔法を使ってやっと一息つく。
カッポカッポと馬車が進み始める。
「馬鹿者! 何をやっている!」
怒んなよー。そんなんだから、あのボインボインおばちゃんにいいようにされてんだろ。
ちなみに俺は玉座の後ろから眺めていた。
初めて見たじいちゃんとばあちゃんには気付かれなかった。かなしい…。
あの黒シスターと、隣で犬みたいに鼻をこすりつけてくるポンコツがおかしいだけだな。
「いいじゃん。俺の実家だろ。自由に出入りして何が悪い」
「……はあぁぁぁぁぁ」
なげえ溜息だな。
「で? どうすんの?」
「…………」
黙んなよ。使えねえな。
『どうだった?』
匂いを嗅ぐ機能なんて無いくせに、俺の頭をすんすんしながらフィフが訊いてくる。
『多分やばい』
『端的すぎる。もっと所有物と情報を共有するべき』
『疲れたから後で』
『今日みたいな無茶を続けるつもりなら、片目を貰う』
ひぇ……。俺の体無くなっちゃう…。
『……ミーナって知ってるか?』
『────。いたの?』
コイツの動きが止まった。
知ってんのかよ! お前なんやねん!
『やばいヤツなの? 黒い礼服着てて、透明化見破られた』
『ネトス教の二つ名持ち。有名な狙撃手。目がいい』
よすぎだろ。俺ももっと女神信仰すれば、できるようになんのか。
『……でも、大戦の途中で行方不明になった。そう聞いた』
えーっと……? ネトス教だって聞いて少し安心してたけど、じゃあやっぱり…。
『外交官だって言ってたけど……つまり…』
『魔族側。裏切った。“魔王の使い”』
ぐああ……。なんか情報抜かれたかなあ…。
『どうやって切り抜けたの?』
『踊って勝ってきた』
『は?』
よく生き残れたな俺。マジで今度からは気をつけないと。光以外の誤魔化し方も開発しないとだな。
『ちゃんと共有してほしい。せめて人間の言葉を喋ってほしい』
喋っとるわボケ。理解力のねえ無機物だな。脳味噌ねえのかよ。
「……すまない」
「ん……?」
喧嘩になりかけていた俺にかけられた謝罪は負け犬からのものだった。
青褪めた顔は、病人みたいで見ちゃいられない。
「……なんのことについてだよ」
「私は……お前を…」
調子狂うなあ……。
「はいはい。無理矢理孤児院から連れ出されて? 強制的にめっっっっちゃキツイ鍛錬と勉強させられて? 挙げ句の果てには戸籍を盗られましたあ? 舐めてんのか?」
「……ああ」
もおおおおおっ!! 8歳に怒られて恥ずかしくねえのかよ。張り合いがねえな。
確かに俺は、コイツに人生設計を破壊された。でも、それはあくまで設計だ。正直辛かったけど、それを今言ったところでどうにもならない。
ネトス教があんな調子じゃ、あのまままともに生活できたかもわからねえしな。
「今から言いたいこと言わせて貰うけど、怒んなよ?」
「聞こう……」
ぜってえ怒んなよ? 絶対だからな!
「俺は、アンタを恨んでる」
「────」
「父親のことを知れば、俺もアンタに親しみを覚えると思ったか? そんなわけねえだろ。俺は俺だ。過去の、死んだヤツのことなんて気にする暇なんて無かった!! そうだろ!?」
「リエーニ…?」
「アンタはなんだ? 『そういうところは父親そっくりだ』、『思い出すな』って俺自身のことをどれくらい知っている?! 『お前をあるべきところへ返す』だと? それはどこだ?! あんな場所かッ!?」
ここまで言われて、やっと気付いたみたいな顔をコイツはした。
独りよがりのありがた迷惑。
「すまなかった……。私は……」
「そんなに俺に人間を背負わせたかったのか?」
驚きの表情。わかってんだよアンタらの考えてることなんて。
俺は人とは違う状況にある。それは認める。
だが、なんでそれが人を背負うところまで行くんだよ。なんであんなに巨大な期待を抱くんだよ。
「そうだ。……お前ならできる。今でもそう思っている」
くそが。
「オリジェンヌの事件を知ってるだろ? 俺はなにもできなかった。人が……死んだんだッ!! 目の前でッ!!」
「あれは──」
「仕方がないとか言うんじゃねえぞッ!! 年齢も、体格も、時代も関係あってたまるか!!」
背中から俺を抱きしめているフィフの力が強くなる。だから、いてえんだよ。
「リエーニ──聞いてくれ」
「…………」
真剣な表情で、男は、俺の父親の親友だった男は語る。
「私は、──友を裏切った」
揺るがない瞳はどれだけの後悔を抱いているのかを伝えてくる。
「戦争が始まる前、『国に残ってこれからの時代に備えたい。そのためにお前の力が必要だ』と、そう語ったヤツがいた。
私は何を言っているのか理解できなかった。“魔族は戦場にいて、それを倒せば平和になるのに”、と」
重い。その感情は俺が背負っていいもんじゃない。
「静止する友を無視して、正義感を振りかざした。戦いの後に笑顔が残ると信じていた。
戦いが終われば、アイツと毎日酒を飲んで、無責任に生きるような楽な生活ができると、ガキみたいな馬鹿をまたして怒られる幸せが待っていると、──そう、思っていたんだ」
だけど、何も残らなかった。いや、そうか──
「帰ってきてから、アイツの墓を壊した。部屋にいたずらをした。飲んだくれて職務を放棄した。そうすれば怒って出てくる気がした。狂った。狂っていた」
気が付けば泣いていたのは俺の方だった。ふざけんなクソが。そんなドでか感情をぶっ込んでくんのやめろや。
「私に残っていたのは、“お前”だけだったのだ。アイツとお前を重ねたのは確かだ。だが、それでもお前を見て、知って、確信した。お前は、お前だからこそ『王』になれる!」
あそこまで言ってるのに、そんなことをコイツは要求しやがる。
知ってるか? それは押し付けって言うんだよ。
そうやっておだてられて痛い目を見るのは俺なんだぞ。
「今はあげる」
「あ?」
ひょいっとポンコツゴーレムは俺を持ち上げると、ダルンの方へ放り投げた。ざけんな。ぶっ飛ばすぞ。
「頼むリエーニ。私達を導いてくれ。アイツの夢見た景色を見せてくれ。これからも」
「────」
戦場帰りの筋肉に絞め殺されそうだ。まあ、どっかの岩に抱かれるよりはマシか……。
『俺でいいのか?』
人に頼るだけのゴミ。いっちょ前に知識だけは一人前で、指図ばかり。その癖他人からの愛情を信じられない。そんな寝たきりの人間が。
それはずっと考えていたこと。
『人間に同意するのは癪。でも、私も見たい。見せてほしい。強制』
無機物らしく淡々と言ってくるヤツが一本。どさくさに紛れてよぉ……。
“貴方が力を持つことで救われる人々がいる”。そう言ってきたのはどこのどいつだったか。
まあ、じゃあ、仕方ねえからやってみるよ。俺なりのやり方で。
それは小さな変化だった。でも、何かが変わる気がした。




