18話 痛みと匂いと
男達は戦後に家を失った兵士崩れだった。理由は様々だが、そのほとんどが社会に対して無気力になっていた。
さらには“死”の近くにいた経験があることで、ルールを犯すことに躊躇いが無くなっていたのだ。
「見えてきたぞ」
「アレが貴族共の街か。楽しみだぜ」
好き勝手して欲望を満たす自分を想像して、男達は笑った。
「では“女神”よ! 我らにお力をッ!!」
一人の男がそう叫ぶと、次々と彼らの姿が消えていく。選ばれた戦士である彼らに齎された祝福である。
街の門まで、ゆっくりと歩いていく。門番が街に入る人に対して検閲を行い出入りを管理しているが、男達はそんなことをするつもりは無い。
この集団に統制は無く、個人が好きに動いていた。殺しを楽しむ者、金品を漁る者、悦楽を優先する者、バラバラだった。
それでも生き残っているのは彼らが“女神に選ばれた戦士”であるからだ。
「馬鹿らしい」とソレは思う。
与えられた力を疑問に思うことの無いその浅はかさが。同族を傷つけることを許容できるその特性が。
離れた位置から彼らを見送るソレはそびえる壁をぼうっと見ていた。
あんな壁に意味は無い。一体何から守っているつもりなのか。資材と人員の無駄な建築物だ。
もし、その壁が人間同士の戦いの為であると知った時、ソレはまた呆れるだろう。
魔族と呼ばれるソレの名は『虚透腕ディアピール』。
人間に対して嫌がらせを命じられたモノである。
まもなく、男達の一人が門の中に入る。ディアピールとしては殺しながら入門して欲しかったが、彼らはまず街の中に入ることを選んだようである。
配置されている兵士の数が多いことも原因だろう。いくら姿が見えなくとも実体はある。偶然でも攻撃が当たれば負傷を免れない。その警戒心が故だ。
やはり、下らない種族だとディアピールは飽き飽きする。何も変わらない。こんな種族に反逆されたことは魔族の汚点だ。
魔族も団結せざるを得なかったのだから。基本的に魔族は孤高を好むのだ。
『なんだッ!?』
遮音魔法によってディアピールにしか聞こえない先頭の男の声が響く。
(……?)
男の肉体に何か粘液性のものが振りかけられていた。いくつもの色が混ざったその液体によって、その男の姿が浮かび上がる。
「!? なんだッ!?」
「動くなッ!!」
人間からすれば異様なその姿に、兵士達と近くの通行人が騒ぎ始める。
『噂の盗賊の可能性があるッ! 捕らえろ!!』
指示を飛ばす男の声が響くと、混乱していた兵士が対応し始めた。
『なんでだ!? 女神様の加護が!? ひっ!!』
その間にも、男達が次々と発見されていく。突然ドロドロの液体が振りかけられていく。
門前は大混乱になる。奇妙な存在が紛れ込んでいたのだ。悲鳴が聞こえる。
ディアピールは思考する。『何か』に阻まれている。液体を掛けられた個体の魔法を操作し、再び透明化させようとする。
(──!)
その個体への魔法をさらに上書きされた。あの液体には術者の体液が含まれ、強い干渉能力を付与されているようだ。
「な、なんでバレるんだッ!? 女神様!!」
上書きされ、声がまわりに響くようになった個体が喚き散らす。見苦しい。怒りが湧いてくる。
“人間に邪魔されている”という事実。
大反逆のときにも味わった屈辱と同じだ。あの時は人間の命を投げ捨てた自爆攻撃によって。
今回は明らかに自らの魔法そのものを潰そうとし、あまつさえ同じ魔法を使用された。
ディアピールが命令されたのは、隠密行動による工作。
しかし、プライドを刺激された魔族が守れる筈が無い命令だった。
◆
『あと10人ッ!! あっちを頼む!』
『面倒。わざわざこんなモノを使わなくても切り捨ててしまえばいい』
馬鹿がよ。突然バラバラ死体が出現する超絶ホラーになるじゃねえか。
音無し空間にお手製のレインボーボムを投げる。くらった奴が今にも走り出しそうな感じだったので、足払いで転ばせておく。
『うるせぇ! 目立てねえんだよ! 能力も明かせねえ! 正体不明のヒーロー見参!!』
『……英雄願望なんて無いくせに』
レインボーボムの中身はただの粘性を上げた色水だ。
透明化魔法は色がいっぱいあったり、流体なんかは調整がクソムズい。こんな真昼間ならなおさらだ。20人以上もサポートするヤバイ術者だけど、この調整量は頭が爆発するだろ。
「また現れたぞ!! 捕らえろ!」
兵隊さん達マジ頼む。最初に声出しといてよかった。動きがまとまっている。数もいつもより多くて助かる。
ボムをくらった一人がまた透明になり始めやがった。やめろや。慌てて透明化とは逆の光で装飾してクソ盗賊を浮かび上がらせる。
(ぐえっ!?)
いてててて、頭がキーンってする。俺の血入りの液体は、干渉しやすくなっているはずなのに負けそうだ。やばすぎる。
えー、只今の俺の脳内メモリの使用状況は、透明化&遮音魔法×2、風声、フィフが使用している部分(ゴーレム操作、人体スキン化、風声)、そんで今の魔法干渉バトル。
『リエーニ!』
一瞬クラっときちまった。世界が回るー。吐きそう…。
『続けろ! 逃がすなフィフ! ヤバイヤツの位置がわかってない!』
『……ッ! 貴方は人混みから逃げて待機。負担を抑えてほしい』
頼む…。悪い…。いてっ…手踏まれちまった。
これ姿が見えてたら二日酔いの子供メイドが吐きそうになってる図ってこと? カオスすぎる。
『抜刀する。許可は取らない』
『お、おい……』
命令を守らねえガラクタがよ。クソ、アイツ、ボムれてない盗賊を斬り殺し始めやがった。後で説教してやる。
「きゃあああああああッ!!」
「うわあああああああああッ!」
悲鳴でうるせえな…。恐怖に支配された人々の顔がいっぱいだ…。
クソ…頭が…。ボスを探さないと……。どこにいやがる。
いた。目に見える距離にでかい無音空間だ。クソこええ…。
でも、これなら『あの一刀』が当たる。そのまま動かないでくれよ。いや、帰ってくれるなら大歓迎だけど。
───え?
「見える!? お前達が荒らし回っていた奴らか…」
「なんだ、解けちまったぞ!? 女神様!?」
盗賊達の姿が全員見えるようになった。透明人間を押さえていた兵士達が皆驚いている。
だが、俺の見ている光景にも変化があった。
「いやああああああッ!?」
「魔族……?」
次第に他の人々もそれに気付く。
ガリガリの巨人のようなシルエット。骨のように細い足。肩幅は広く、腕は地面に付くほど長い。アンバランスなその体型は明らかに人間とは思えない。
顔と思える部分には球体があって、その中心にはカメレオンのような目が一つだけ。
ソレはなんかヤベエ量の魔力を集めていた。それまで使っていた魔法を解除した分が全部集まっていやがる。
「皆避難させろッ!! 門の中へッ!!」
やべえ…盗賊が何人か中入っちまった…。
『リエーニ! 魔法砲撃がくる。防御魔法を……ッ』
遠くからフィフの声が届く。
えー…、どうすりゃあいいんだよ。やってはみるけどさ…。
「な、なんだ? 壁が出来上がっていく…」
まわりの奴らが反応する。いいから逃げろよ…。
ありったけの土を盛り上げて、壁を構築していくが、いや…駄目じゃね、コレ。
「……ッ!!」
ぷつんって、「あっ、やべえ」ってなる音が聞こえた。
脳味噌がオーバーヒートしちまった。やべえ…。鼻血とか、久しぶりじゃねえか元気してたか?
『リエーニッ!!』
見えたのはすごい顔して走ってくる生き別れの姉と、みみっちい土壁と、綺麗な魔力のでけえ塊だった。
その後には真っ白な光と、ハイパーサウナがやってきた。
熱すぎだろ…くそが……。
◆
そこには、土煙と肉の灼ける匂いが充満していた。すすり泣くような悲鳴があちこちから聞こえる。
街を守る門は崩壊し、一部は蒸発した。熱気が呼吸をする肺を焼いてくる。
ある者は言うだろう。『数年前にはよく見た光景だ』と。
フィフと名付けられた存在は、なんとか土の体を動かして今の所有者を抱き抱え物陰に隠れた。
その右腕は崩れ、着せられた給仕服の袖が潰れたように垂れている。
「……」
フィフの体が崩壊していないということは、侵食している対象が生きているということである。
強く抱きとめる対象は、飛散した壁の破片による傷と魔族の砲撃による軽い火傷を負っていた。
慌てて放った防御魔法で事なきを得たが、一歩遅ければ物言わぬ骸になっていた。
それに安心感を得る自分に困惑する。使えなくなった体はすぐに乗り換えてきたではないか。
思わず声を掛けた。
「リエーニ…ッ」
「おお……おはよーございます。整ったぜ……」
抱えた小さな子供から返ってきたいつもの声に対して、小さく息を吐く。痛いはずだ。泣き出したいはずだ。
フィフと呼ばれる者がそうであったように。
「やべえ……透明化できねえ…。お前…腕落としてんじゃん…。しゃあねえな、治して──」
「今使うのは良くない。無理はしないでほしい。使ったらもう会話しない」
「えー…」
だが、この小さな存在は嘆かない。あまりの痛々しさに顔を顰めてしまう。
「いやああああああぁぁぁぁぁ……」
「おいっ!! 騎士達はどうした!?」
「私の子供はどこ……?」
「…………」
巻き起こる“取るに足らない悲劇”を見つめるリエーニの表情は苦痛に歪んでいる。
(その顔は自分に向けるべき……)
溜息をついて、この惨劇の生みの親を見る。
アレは何かを探すように見回している。一歩も動かず、蠢く人間には興味を示していない。
アレはかなり古い部類に入る。魔族にとって主戦力ではないが、人間にとっては脅威だ。
「まじかよ……」
リエーニがぼやく。あの魔族が再び砲撃を放とうとしているからだ。
次は壁が何も無い。あの威力が街の中に放たれれば、今以上の不幸が広まる。
今度は先程よりも早く魔力が固まっていく。さすがに、もう一度あれを味わうのは御免だ。
生き残った人々は逃げ出すか、その場で祈った。見限った女神にだろうか。今更だ。
白い閃光が広がっていく──
「……!」
──だが、その光が止まった。
「買い出しの途中、『偶々、偶然』来てみればこの有り様。まったく……。せめて、魔物であってほしかったですわ、リエーニ様」
魔族の瞳には一本の矢が突き刺さっていた。魔族の自動防備魔法を貫通する一撃を放ったのは、リエーニとフィフがよく知る人物だ。
「遅いっす……」
「遅い」
「言葉使いが乱れていますよ。申し訳ありません。倉庫を漁る時間が長引いてしまいました」
男でも苦労しそうな大弓を番えるのは、アンリーネ。普段の落ち着いた給仕服ではなく、鎧姿に身を包んだその姿はまさに『騎士』だった。
槍のような矢が轟音とともに放たれる。魔力を纏いながら螺旋を描くその一矢は、魔族が展開した防御魔法に防がれてしまう。
「────」
初めて魔族が動きを見せた。敵を認識したのである。
刺さった矢を引き抜き、アンリーネへ向けて今度は収束した狙撃を放とうするが、今度は巨大な岩石の騎士に止められた。
「おお、『気分で』出掛けてみれば、なんということだ。ここで“姿無き軍隊”の首魁とは…。引きがいいのか悪いのか」
外壁の破壊されていない部分の上にはグスタフの姿があった。
彼のお手製のゴーレムナイトが魔族に攻撃を仕掛ける。魔族に劣らない巨体が振るう巨剣を手掴みで魔族は受け止め、拡散する魔力の砲撃を放った。
一瞬でゴーレムナイトが消し飛ぶ威力だった。しかし、すぐさま岩石の騎士は大地に降り立つ。
苛立つように腕で払う魔族の一撃を大盾でゴーレムナイトは受けきった。そして、反撃する。
「!!」
魔族がうめき声を上げた。アンリーネの矢が左肩に刺さったのだ。そして、今度はその矢が爆発した。
咆哮とともに魔族が全方位に衝撃波を放つ。それにより、ゴーレムナイトは崩れ去り復活しなくなった。
「やはり解除ぐらいはしてくるか。では出番だ、カーティス殿」
構築し終わった魔法をグスタフは放った。それは天空から雷光となって魔族の前に降り注ぎ、やがて物体を生成する。
「なんじゃあれ…かっこよすぎ……」
「大人しくしてほしい」
現れたのは紫色の騎士。そのフルプレートアーマーのマントには“ルクレヴィス”の紋章が刻まれていた。
転移魔法で召喚されたのはルクレヴィス家の精鋭騎士カーティスである。
「──ッ!!」
魔族が近距離用の砲撃を放つが、それをカーティスは切り裂いた。
「やば」
「あれくらいできて当たり前」
「フィフ、そのお喋り姫を頼みましたよ」
アンリーネがそう言って魔族に向かっていく。
「アアアアアァァァァァッ!!」
魔族の声が悲鳴に変わった。大量の血飛沫とともにその右腕が切り落とされたのである。
(魔族が相手なのに、ヒワンじゃない?)
カーティスの使用しているのは、対魔族剣術ではなかった。対人剣術でもない。
それは複合剣術。五剣術のその先。カーティスだけがたどり着いた極地。
体勢を崩した魔族に待っていたのは、剣を持ち替えての正拳突きだった。
『……指南用の剣術とはどのように生まれたのかを考えてみればわかる』
リエーニの思ったことを察したのか、フィフが風声で話しかけてきた。
『剣術という決まり事を作ろうとするのは大抵、生み出した本人ではない。記録しやすいように分別していく。そうして選ばれるのは最も使用率の高い技たち』
基本を作り、満遍なく。共通の事柄を設定する。そうして広まって個性というものは消えていく。
『そして、あれもまた貴方が使うものじゃない』
『……。あっ…やべえ!』
『平気。余計な手出しは危険』
魔族は姿消しと音消しを使った。ここまで追い詰めたようで、まだこの特性が残っている。
しかし、戦う三人に焦りは無い。
グスタフがなにやら大魔法陣を空中に設置し、アンリーネが上空に向けて矢を放った。
よく見ると違う魔法陣を地面にグスタフは既に設置していた。
カーティスは不動のまま構えている。
やがて、降ってきた矢が魔法陣を通ると、それが大量に分裂した。
『ッ!?』
槍の雨となって魔族とカーティスに降り注ぐ。
降り注いだ矢が地面の魔法陣に触れると、その矢は空中の魔法陣からまた降り注いだ。しかもまた分裂して。
滝のようになった死の豪雨が繰り返されていく。
『アアアアアアアアアァァァァァッ!!』
リエーニとフィフには魔族の悲鳴が聞こえた。
カーティスはその中を気にせず進む。矢は彼の鎧に弾かれ地面に落ち、それがまた別方向からの攻撃となって地獄の拷問が繰り返される。
リエーニは、その人間の怒りが生み出した技術に感心するほかなかった。
くっきりと魔族の姿が浮かび上がる。死の針に包まれた血みどろの醜い物体となっていた。
轟音と咆哮の中、甲冑の音が響く。無感動に歩みを止めた紫色の騎士は沈黙とともに止めを刺した。
【落花流水・飛天突】。耐えて耐えて疲れ果てた相手に仕返す、憎しみの一突き。
それは防御特化の技。
それを見たリエーニは強く、強く惹きつけられるのだった。




