17話 やっぱり会うんだわ
ブレイブハート領オリジェンヌ。そこは英雄のお膝下であるが故に安定して発展した街だ。この国や外国の貴族達が別荘を置いているのも、その安全性を信用してのことである。
だからこそ、その信用が揺らぐということは、ブレイブハート家の失墜を意味する。
「カリュジェンヌが?」
「はい」
ブレイブハート本家、その代表として動いているシグルナのもとに届いた知らせは領地の村がまた賊の被害に遭ったというものだ。
「部下の報告によれば、賊の姿は一切発見できず被害の跡だけが残っていたと。……生き残りもいません。警備として派遣していた兵士も村専属の騎士も全てです」
「ここ半年の被害は5件、そして今回のように襲撃犯が見つかっていないのは3件ですか」
「はい。反乱軍の一部でしょうか?」
「反乱軍が我が領を? そんな馬鹿なことは考えたくありませんね」
戦後、あちこちで反乱が起きた。国が倒れたこともある。
この国は幸い体制を保っているが、まだどこかで息を潜める反乱軍には戦時下で猛威を振るった騎士達が多く在籍している。
そんな彼らがブレイブハートを敵に回す行為を容認するとは思えない。
「サルヴァリオン王、いえ、国からの返事は? …要約してお願い」
「“賊くらいなんとかしろ”です」
「結構。反乱してしまいましょうか?」
「シグルナ様」
「はあ…。わかっています」
シグルナは亡き母を思い返す。こんな苦労を母もしていたのだろうか。王家は教会とシーハルン家の縛りから解放されたと思えば、今度は悪徳貴族の傀儡だ。
支配はあったが、連携能力はあった前の方がマシに思える。
妹を叱ったばかりだというのに、統治も育児も家同士の関わりも全て投げ出して、戦場に行きたいと思ってしまう。
戦いを忌み嫌っているのに、血がそれを求めてしまうのだ。
「……?」
頭を切り替えようとして、ふと思い立った。
それは大戦中の噂だ。ある軍が遭遇した“姿無き軍隊”。シグルナは耳にしたことがあるだけだったが、それは音も無く陣地を襲撃し、一切敵の詳細がわからなかったという。
その被害を食い止めたのは、武帝国の十五傑の一人。その自分すらも巻き込む大規模爆撃で相手の進軍は止まったと言われていた。
「村の警備人数を最小限にして、中継役を増員し、連絡時間を増設。余った兵士は全てここの防衛に回しなさい」
「全て? それでは村を守れません!」
「従いなさい。潰れて結構。敵の居場所が割り出せます」
「…はっ」
部下を下がらせる。敵の狙いははっきりとはわからない。だが、この街には山程の情報と信用が存在する。ここに被害を出させるわけには行かない。
「これだから…まったく……」
不安から来る苦情の山が机の上に広がっている。返事を書くためにペンに手を伸ばしたときに扉がノックされる。
入ってきたのはヴィクトリアだった。その表情には不満の色が見て取れる。シグルナの頭痛の種の一つだ。
「お姉様。どうして外出の許可をくださらないのですか。やるべきことはやっています」
最近、どうにもこの妹はルクレヴィス家の屋敷に入り浸っているらしい。送り迎えを担当する者の話では、家出したときに世話になった使用人に入れ込んでいるようだ。
友人ができたようで一先ず安心していた。
「周囲が物騒になってきているからです。それしか言えません」
「どこがです? 街に響くのはとても上品な笑い声ばかり。こうも籠の鳥にされては欠伸がでてしまいます」
加えて、ヴィクトリアは妙に弁が立つようになった。シグルナは嬉しく思う反面、手を焼いていた。
「どうぞお眠りなさい。温かな安らぎが待っていますよ?」
「……五日もリエーニの声を聞いていません。狂いそうです」
「……何を言っているのですか?」
「家の者や従者とのやり取りが、まともなのです……」
それは普通なことである。ヴィクトリアはそれをまるで苦痛かのように語る。
「何も意表をつかれること無く、暴言が飛んでくることもない……。お姉様、私は頭がおかしくなりそうなのです。アレを、アレの行動を見ていないとどうにも落ち着かなくて……。お願いします、お姉様。私はこのままではまともになってしまう。最近ついていけるようになったのに、アレに置いていかれてしまうのです」
よくない病気にかかっているようであった。
もしかすると、勉強に集中させすぎたストレスが悪影響を及ぼしてしまっているのかもしれない。
シグルナは教育の見直しを考える。
「よくわかりませんが、むしろ、休んでください」
「……わかりました」
少しも納得していない顔でヴィクトリアは答えた。
「それで、物騒になった原因はなんなのですか?」
そして、唐突に疑問を投げかけてきた。これだ。
最近のヴィクトリアには身内にさえ噛みつくような獰猛さが現れていた。
「……領内の村が盗賊の被害に遭っています。そのしわ寄せがやってきます」
「このオリジェンヌに? お姉様はここが襲われるとお思いなのですか?」
「……警戒しておくに越したことはありません」
「お姉様……いえ、出過ぎたことを訊きました。失礼します」
ヴィクトリアの疑問は正しい。ただの盗賊がこの街を狙うわけがない。街は厳重な壁に囲まれていて、門の審査も厳しい。
そこをわざわざ襲う者がいるわけがないのだ。
でも、それは“人間”の話だ。
その昔、胡座をかいていた人間が一体どれほど殺されたのか。
シグルナは戦争が終わったとしても、戦いが終わったとは思っていない。今でも魔王の領域と接する国々は争いを続けている。
シグルナの尊敬する殺人鬼、エルヴァリス・ブレイブハートが各国を回るのはその争いを止めるためだ。
国境で暴れる魔物や魔族を討伐しても、魔王は何も行動を起こさない。見せていないというのが正しいだろう。
シグルナは見た。
それはこの地上に君臨する怪物。戦火の中、シグルナが苦戦していた相手を握りつぶしたその存在。
『ちょっと、いいかしら? 貴方達の今の指導者はどこにいるのか教えてくれる?』
その存在の背後には、敵である大魔族や幹部の首が浮いていた。
『私、貴方達と仲良くしたいの。平和にしましょう?』
シグルナが今生きているのは、その時あの存在に逆らわなかったからだ。
『地覇女帝アルテ・リルージュ』。あれこそ魔王。世界の支配者。
人間は地上に住まわせて貰っているに過ぎないのだと、そう教えられた。
シグルナは確信していた。
ネトス教会、武帝、シーハルンを潰したのはアレの謀略だったのだと。
魔族は人間を見下し、放っておいた。だからこそ団結できるほど増え、叛逆できた。
だが、『アルテ・リルージュ』は違う。間違いなくアレは人間を敵対視している。
それがどんなに恐ろしいことかほとんどの人間は理解していない。内乱などしているのがその証拠だ。
着々と人間達は追い詰められている。そんな不安があるからこそシグルナは絶対に魔族の関与を疑い続ける。
それがブレイブハートとして、今できる精一杯だった。
◆
えー、フィフの紹介が無事に終わりました。
最初は俺の一人芝居の延長としてやっていこうかと思ったんだけど、ジジイにはさすがにバレた。
呪いの剣をどう説明したものか迷い、フィフにも紹介してもいいかと訊いてみたら「お好きに」ということだったので、喋った。
気に入った剣がめっちゃ喋ってきた。剣に宿る人格をゴーレムに移したら、どうなるかを実験していた。すごいでしょ? って感じで。
「そうですか…。聖剣にはさすがに見えませんが、そんなものが。偶々混じっていたのでしょうか」
そう言ったカーティスさんによると、女神が与えた武器には所有者に言葉を齎し導く聖剣というものがあるのだとか。
「お前そうなん?」とフィフに訊いてみると、『あんな所有者の望む言葉を、組まれたアルゴリズムで繰り返すだけの洗脳兵器と一緒にしないでほしい』って返された。ちょっと触れるのが怖い案件だったのでスルーした。
だがまあ、同じようなもんがあるのが幸いし、皆諦めたように受け入れてくれた。ボクの普段の行いのおかげですな。
一応設定として生き別れた姉は採用され、この屋敷のメイド二人目が誕生した。ジジイにも続けていけば魔法併用の技術レベルは上がるだろうと太鼓判も押された。
まあ実際のところ、フィフが一旦俺の肉体を経由して魔法を行使しているので、ほぼフィフが自分で動いているだけだ。
俺の脳味噌と魔力をフィフが使っている状態と言えばわかりやすいか? コイツ魔法の腕もめっちゃあるやんと思ったが、あくまで使えるのは俺のスペックのおかげらしい。だから俺にできないことはできない。
うん、軽く俺の肉体は侵食されているわけだ。ほんとになんなんだよこの呪物…。便利だしおもろいけど。
コイツの外見は成長した黒髪黒目の俺を考えて作っていたんだが、こだわりがあるらしく、体型や髪型はコイツの好みでめっちゃ作り直しを要求された。
ボディは土をこねくり回したマネキンみたいな感じで、髪の毛も一本一本柔らかい土を繊維にして作った。ドールみたいな感じ。いやそうじゃなくてもなんとかなるんだが、元との変化が大きいほど俺への負荷が強くなる。
徹夜して作り上げたわけだ。一度作っちまえば設計図は頭の中に入る。修繕も余裕だ。
衣服は屋敷のを拝借して、思った形ではないがメイドちゃん0号は完成したのである。美しいぜ…。
「貴方を私は許さない」
そんなこんなで新入りとなったコイツは、いつもの中庭で机に突っ伏していた。俺はそれを肴に優雅に茶をすする。うめー。
コイツの話を聞いてもババアは容赦しなかった。剣そのものを指導するのは初めてで気合が入るとか頭のおかしいことを言っていた。しごきにしごかれてフィフは音を上げている。
「お前、なんかすごい上位者感出しといて、なんもできねえのな」
「屈辱…。私が何故炊事や掃除をしているのかわからない。全て切り裂いてしまえばいい」
「やめて」
コイツの家事スキルは壊滅的だった。俺ができるのはまあ、日本経験プラス孤児院でのあれこれがあったからだけど、コイツはどう考えても向いていない。
「俺ができるのになんでできないんだ?」
「あ?」
「煽ってねえよ、落ち着け」
駄目だ。荒れてる。くそおもろい。
「貴方の最大値と私の最大値が違えば、そうなる……」
ああ…、じゃあお前ガチで才能ないんだな。
「その状態で剣は振れるのか?」
「振れはする。でも、この前の一刀は期待しないでほしい。もし使うのなら貴方の思考容量のほとんどを使用することになる。分かれている意味が無い。貴方の肉体で放つほうがいい」
まあ、そうだよなあ…。
「でも、それ以外ならなんとかなる?」
「それこそ、貴方達の剣術程度なら」
わお、ムカつくぜえ。
「言うやんけ。ほな訓練場行こか」
「どういう流れ? それに今は休憩中。私に残された僅かな憩いを奪わないでほしい」
「ゴーレムボディがなに言ってんだよ。おら!」
「この屋敷の人間は狂っている。間違った成長を人間は遂げた」
ぐだぐだ言う無機物を連行し、早速訓練場にて向かい合う。これがやりたかったことの一つでもあるんだよな。
「カーティスさんが教えてくれたことを否定したんだ。それ相応の動きを見せろよ?」
「はあ…。不快。誰に向かってそんなことを言っているの?」
俺はコイツ本体を握り、メイドのコイツはかなり刀身の長い剣を選んだ。
俺は構えるが、コイツは相変わらず片手で持った剣を下に向けたまま突っ立ってるだけだ。
「…………」
「どうしたの?」
向かい合ってわかる。相手が構えないのが怖い。なんの情報も無いのだ。
ただ一つ知っているのは、コイツが得意とするのは『ヒワン』だということ。
超攻撃的な型。ただ斬り伏せるだけのゴリ押し。ならば、『ミスリー』でいくか?
「これだとどっちがゴーレムかわからない」
「──え」
フィフがワープした。
振るわれる剣をなんとか防ぐ。やっぱ使ってきたのはヒワンだ。じゃあ、ミスリーで……あれ?
「終わり」
「…………」
二撃目で終わった。俺の剣は固まったまま、相手の剣先が喉元に突きつけられている。
流石に、レベル差がありすぎるか……?
「確かに私は手を抜いている。でも言ったはず。貴方にできないことはできない」
マジ?
「いや確かに二手目はそうだけど、お前ワープしたやんけ」
「していない」
「は?」
明らかにしてただろ!! 不正!!
「すごく気分がいい」
くそむかつく。不意打ちしてやる。
「もういいや。休憩に戻ろうぜ」
「意外。ブチギレると思ってた」
そうですが。死ね。
「──あ?」
「私は貴方の所有物として恥ずかしい」
今度は消えただと? 俺の剣は空振り、フィフの声は背後から聞こえた。
そして、目の前にはコイツの剣の刃が。喉に触れる刀身がめっちゃ冷たいっす…。うそん。
「……ちなみに俺の人生何回終わってる?」
「今の私は十回以上数えられない」
「あ?」
「今のは煽り」
その後も繰り返すが、俺の剣は打ち合うことすらさせて貰えなかった。くそが。
「そろそろアンリーネが呼びに来る」
そう言ってフィフは剣を仕舞った。
「様つけねえ、と……っ、また怒られ、るぞ」
呼吸すらままならない俺はなんとか立っている状態だった。
「があッ!! どんな手品だよ」
「……戦いにはルールがある。でも、殺し合いにそんなものは無い」
「あん? 重々承知しているが?」
「していない。貴方は私の動きを型に嵌めようとして失敗している」
な、なかなかよくわかってんじゃん? バケモノみてえな動きにどう対処しろってんだよ。
「相手に構えがない時点でその剣術は崩壊する。馬鹿にしているわけじゃない。人間が使う内にそうなっていっただけ」
「一旦剣術を忘れろってことか? 俺の一年返せよ」
「よく考えてみてほしい。貴方の力そのものを」
なんじゃそりゃ? コイツ回りくどいタイプかよ。直接教えてくんねえかな。
「貴方に購入されたときから思っていたことがある」
「……んだよ?」
「貴方は何に怯えているの?」
…………。
「私の存在を知っていた期間から考えても、貴方はどこかで私を手に入れる決心をした理由が何かあった。私の力が思ったよりも優れていたから喜んでいたけど、本来は自分で持つ武器が欲しかった」
ゆっくりと近づく人型のソレは俺の頭を優しく撫でた。
「屋敷の人間達を信用していないわけじゃない。でも、貴方は自分の戦う力を底上げしようとしている。私にこの肉体を与えたのも護衛用。何を想定しているの?」
「そのうち言おうと思ってたよ……」
「何?」
それは、カスゴミに連れられて出掛けたときの帰り道、感じた“あの違和感”だ。
帰宅して即地図を広げて確認した。その違和感のあった位置を。
街の噂話を屋敷から聞けるくらいには、俺の盗聴能力は鍛えられていた。それで聞いた。
“村が正体不明の盗賊に襲撃された”と。
「その盗賊の襲撃がどうしたの?」
「俺は今のお前みたいに他の物体の反射光をある程度操作して、化かすことができる。それと同じことをしているヤツがいると思ったんだ」
そして、襲撃された村の位置がどんどんこの街に近づいていることもわかった。
「それが、焦りの原因?」
「ああ…。俺は守られているけど、アレにはどうしようもないと思った。盗賊全員の音と姿を消すなんてヤベエヤツがもし来たら、せめて足を引っ張らないくらいにはなっておかなきゃいけない」
「常に街の周囲に耳を向けているけど、異常は無い?」
「今んところはな。てか、それもバレんのかよ……」
「貴方の肉体は私のもの」
ひえっ…。あ?
「やっと話した。本音」
抱きしめて来やがった。ガチの姉みたいな振る舞いやめろや。別になんでもねえシーンだろうが。
コイツ自分が土の塊ってこと忘れてねえか? 痛えんだけど。
「私は強くなった。最初は殺されないために。そして、負けないために。最後には勝ち続けるために。でも、私は最強じゃ無かった」
そう語るコイツの声は震えていた。魔法の行使が不安定になっている。
「それに耐えられず諦めて戦い方を変えた。醜悪でおぞましい戦い方。その時に私の何かが息絶えた。結果がこの有り様」
下手くそな文章で伝わってくるのはコイツの歩んできた道程。
ガチの戦闘狂じゃん……。厄ネタなんだろうなあ…。
「貴方にはそうなってほしくないと思う」
「散々語ってなんだよそれ」
「ゆっくりと進んでほしい」
わかったよ……くそが。
────あれ?
「なあ、あのさ……」
「今浸っている…。少し待ってほしい」
何ちょっと満足してんだよ。じゃなくて!!
「音の無い感覚が複数近づいてんだけど……」
「…………」
やばいやばいやばい。来ちゃったよ。このタイミングかよ。
「訂正。今すぐ強くなってほしい」
……おい。




