15話 ヒワン
只今俺は自主練中である。最近自主練が多いのはカーティスさんが仕事に追われているから。
結構俺のために後回しにしていた仕事があったらしい。てへっ。
そんなこんなで体力作りと、素振りをしているのだが。
『足が逆。振りが違う』
『何を相手にしているつもりなの? 魔獣の平均体長はその倍はある』
『謝罪したい。貴方は本気だということをわかっていなかった。それで』
「うぜええええええええええええええッ!!」
安心しろ。ちゃんと遮音魔法はかけた。
『未熟。それにつきる』
「てめえ……、指示だけはいっちょ前ですね? ああん?」
今の俺は完全にキマって剣にブチギレてるやばいやつだが許してほしい。
喰らえ遠心力ッ!! 思いっきりコイツをぶん回した。
『あああぁぁぁぁぁぁぁ!! オエッ!!』
効いちゃった…。
「感覚…あったんだ」
『許さない』
ごめんて。
「ていうかお前剣術詳しいの?」
休憩ー。用意していた水を含みながら聞いてみる。何事も相手への興味から始まるのである。
『当たり前』
「常識なのか」
『私は貴方のレベルが魔法に比べて低すぎることに驚いた』
「当たり前」
『真似するのはやめてほしい』
購入して数日。コイツはやっぱり面白い。クソムカつくけど。
「そうは言うけどさあ…、口だけで指示されてもわからんよ。なんかお前の言ってることカーティスさんと違うし」
『違う?』
「俺結構できてるつもりだぜ? 間違って覚えてるわけじゃないと思うけど」
『……もう一度ゆっくりやってほしい』
えー?
もう一度一通り構えの動きをやってみた。意外なことにコイツは黙っていた。
『理解した』
「で?」
『これは貴方レベルの剣術』
「あ?」
『落ち着いてほしい。煽っていない』
ほんまか?
『これは、魅せるためのもの。動きだけは見栄え良くなるようになっている』
それは、俺が感じていた疑問と結びつくものだった。
「……実戦じゃ使えないものか?」
『使えなくはない。でも、想定する相手が全部人間』
「あ? 『ヒワン』とか『フートゥー』は魔物とか魔族に使うんじゃねえのか」
『使う。前提が違う』
どういうことだ?
『ヒワン、フートゥーと呼ばれるものは人間の速度で使うことを想定していない。それを人間が使うように落とし込んでいるから歪みが生じる。それ以降も対人を想定しているけど、足運びと振るう動作が噛み合っていない』
「そこまでボロクソなのか。でも、ヴィクトリアもこれだったから一般的だと思うぞ。てか、人間が使ってるのに人間が使ってるのがおかしいって聞こえるぞ? 馬鹿か?」
『私は余裕がある。だから、その程度の暴言は、何も響かないけど、死んでほしい』
深呼吸の音が聞こえた気がした。剣でもアンガーマネージメントするんだな。
『ヒワンと呼んでいるそれの意味はわかる?』
「第一剣術だろ?」
『次は?』
「フートゥー、第ニ剣術」
『並べていけば理解できる』
あん?
第一剣術『ヒワン』 :対魔族想定の超攻撃的な型。
第二剣術『フートゥー』 :対魔物または動物を想定した狩猟にも用いられる型。
第三剣術『ミスリー』 :防御に特化した難度の高い型。
第四剣術『ヨフォー』 :対人想定の最もメジャーな型。
第五剣術『イツファーブ』:屋内や暗闇での戦闘を想定した制圧、暗殺を得意とする型。
「……で? 解説くれ」
『……。この並びがこの剣術が生まれた順だとしたら、最初に魔族を想定したものが来るのはどうして?』
「え? 魔族をぶっ殺したかったからじゃねえの? 恨んでんだろ? 知らんけど」
『前提を疑ってみるとわかる』
ああー? 剣から剣のこと教わってるよ…。脳みそバグりそう。
コイツはさっきヒワンとかは“使用者”の前提が違うと言っていた。
「あー…そういうこと。なんか、馬鹿みたいじゃね? 人間」
『人間が言うの?』
地面に座り込む。そうだ、この世界は人間だけのものじゃないんだ。
『人間が作った剣術なら、四番目に対人剣術が来るはずがない。現在ですら殺し合っている人間が、真っ先に生み出さないはずがない。そして、それは魔族も同様』
そう。つまりこの初代武帝が生み出したと言われる剣術は、──“魔族が作ったもの”だった。
『ついでに言う。ヨフォーと呼ばれるものは対人剣術ではなく、“対人型”剣術』
まじかあ…。
「はーあ…、じゃあ鍛えるだけ無駄ってことか? 弱体化版なんだろ?」
『簡単。人間の限界を超えればいい』
すんごいこと言うじゃん。
「どうやんだよ…」
『……見てみる?』
あん?
「いってぇッ!? なに!?」
急に右手に激痛が走った。頭が…っ。
『意識を消去せずにやるの難しい。すぐ終わる』
え? え? こわいこわいこわい。何してんコイツ。
いでででででででで!! 筋肉がねじれるッ!
『抵抗すると危ない。筋肉が断裂する』
へ? わかったから! ゆっくりお願い!!
「未熟な肉体。鍛えがいがある」
今、俺の口でコイツ喋んなかった?
“俺の肉体”が勝手に魔法を使う。遠くに巨大な土の塊が形成された。高さ三メートルはあるぞ。
「これが魔族の一歩の距離。そして、私の間合い」
え? 十メートルはあるよな?
なんだ? 俺の周囲に力が満ち始めた。魔法使うときとは違う力。頭が痛い。
「世界を見破る力。魔法を前提にする戦いは危険。それは袋小路になる」
これでもレクチャーしてるつもりらしい。いてえ……。
例えようが無い痛みだった。魔法を多重起動したときの更に上の感覚。
(は!?)
目の前には真っ黒な空間が広がった。一面の闇だ。肉体の感覚は消失した。でも、はっきりと遠くの土の塊だけは認識できた。
そう“認識”だ。目に見えているわけじゃない。
「【冷凛たる一刀・鉄樹開花】」
俺の口から飛び出したのはある名称。
それは第一剣術ヒワンにおける基本の攻撃にして、必殺、奥義。
俺が習っていたものは、ただ剣を横薙ぎに振るもの。しかし、今俺の肉体が放ったものは違った。
構えも無く、右手に持った剣をただ振っただけ。一歩も動かずに。
そうして、土の塊は上下に分かたれ、崩れ落ちた。前面に切り傷がついたわけじゃない。真っ二つだった。
なんじゃこりゃ…。
『見れた?』
なんてことのないようにコイツは言ってきやがる。
体は普通に動く。痛みは多少残っているが。
ほんとに呪物じゃんコイツ…。
「…………」
『リ、リエーニ? 意識は上書きしてないはず……、えっ、そんな、待って…イヤ…』
「すげえ…」
『リエーニッ!! ……え?』
「やべえええええええええっ!! これだよ!! こういうの!!」
必殺!! 奥義!! かっけえッ!!
『…………』
「ふんっ! できねえッ!!」
同じようにやってみるが、何もできん!! そうだよなっ!! いきなりできるわけ無いもんな!!
「おいッ! どうやんだよ今の!」
『知らない』
なんでやねん。
「ええやんけ。減るもんじゃないやろ」
『ひゃっ!? 消しておけばよかった…』
ちょっとセクハラかましただけで、呪詛を吐かれた。冗談ですやん。
いや、何やってんだ俺…。自分の剣をくすぐる異常者になっちまった。
「おい、責任取れや。てめえのせいで俺おかしくなっちまったよ」
『ッ!! どこ? 肉体への負担は最小限に抑えたのに…』
あ…やべえ…。素で反応されてる。この呪物かわいいとこあるじゃん。
「いやあ、別に肉体は平気っす。心がちょっと…」
『なら異常はない。本当に消しておくべきだった』
許して。
「いやあでもお前すげえな! なんであんなとこで投げ売りされてたんだよ」
『今のでわからなかったのなら、貴方は剣術以外を頑張るべき』
「あー? まあいいや。得しちゃった」
『得?』
「おう。単純に話し相手が欲しかっただけなんだよね。でも、お前のお陰で剣がもっと楽しくなりそう!!」
俺の見込みは間違ってなかったぜ。カーティスさんにも後でお礼しなきゃ。
『────』
「ってか肝心なこと忘れてたわ。お前名前なんてーの?」
『……無くていい』
「じゃあ名前考えてやるよ」
『会話というものをまず学んでほしい』
テキトーに呼びやすくて被らないのがいいな。
「お前は“フィフ”で」
『…どういう意味?』
「500ロルドだったから」
『……? どこの言語?』
まあ伝わらんよな。俺だけがわかれば良し。
「じゃあ、改めてよろ。フィフ」
『私は許可していない』
「じゃあ、改めてよろ。フィフ」
『私は許可していない』
「じゃあ、改めてよろ。フィフ」
『……』
うし、勝った。
周りを見回すとぐっちゃぐっちゃの訓練場。わぁお……。
俺はフィフを鞘に戻し、慌てて土の掃除にとりかかるのだった。
結果は一日の自主練禁止だった。とほほ……。
『これが…、こんな情けない者が…私の…?』
早速、主従関係に綻びが入ってきておじゃりまする。
◆
“ソレ”は確かに感じ取った。
それは空間そのものを断ち切る『冷凛たる一刀』の残滓。魔素満ちるこの世界で、魔素を一切使わず放たれる究極の技。
かつて、振るわれていた規模には遠く及ばないが、確かに知る空間のゆらぎを感じ取ったのだ。
悲しい現状、『暗静尊』が振るったその技の極地は今や猿真似の見窄らしい剣術として広まっている。
その点に関して、ソレは別に気にしていない。ただ、今更そんな剣を振るう者がいたのだなと思うだけだ。
それが率直な感想だった。
ソレは人間の集落を見つめていた。
そこにあるのは火と血、あとは悲鳴。
人間の人間への攻撃。ソレには見慣れた現象だ。
群れるくせにその群れを壊す、理解し難い行為だ。だからこそ、人間の“大反逆”は異常だった。
ソレすらもあの戦いで、命を落としかけたのだ。団結した人間の脅威をソレはあの時知ったのである。
「全部持っていけ!! 次は本番だ!!」
「おおっ!!」
「俺達には女神様の加護がついている!!」
「うおおおおおッ!!」
人間たちの号が飛ぶ。
食料も資材も分け合えばいいのに、わざわざ殺して持ち去っていく。
この状況で孕まされた番とその子供が生きていけるはずもないのに、わざわざ犯していく。
とても奇妙な習性だった。
ソレはかなりの巨体を持つ。しかし、それを人間に、光と音だけを頼りにする者に認識されることは無い。ソレが持つ秘技であり、特性だった。
故にこうして派遣されたのだ。
この村落を破壊した集団の次の目的地は決まっていた。
“オリジェンヌ”。
戦場になったことのない穏やかな場所。だからこそ、狙われている。
また、このままこの下らない遊戯に加護を与えてやればいい。
悲鳴が止み、そこには火と血だけが残された。
隠れ息を潜めやり過ごした子供。気絶しただけで死んでいない者。蹂躙されすすり泣く者。
それら全てにトドメを刺していく。無感情に。機械的に。
切り傷に見えるように風の刃を与えていった。
作業を終えると、ソレはゆっくりと歩き出した。音は無く、光は歪んでいる。
ソレは魔族と呼ばれる者。この世界の支配者。人間如きが及ぶことのない超越者だった。




