12話 意外なことしか起こらんわけで
広々とした闘技場に激しい金属音が響く。
「息が乱れてるぞ! ヴィアちゃんしっかり!」
「はいッ!」
そこには英雄と雛鳥の姿が。
乱れたヴィクトリアの足さばきをエルヴァリスは注意する。
(いや、違う?)
「ッ!!」
急に構えを戻したヴィクトリアが仕掛けるが、あっさりとエルヴァリスは躱す。
「あははっ! 悪い子だぁ! どこで覚えてきたの?」
「くっ!」
「いいね! 勝ちに来てるじゃない!」
そして、エルヴァリスの剣がヴィクトリアの急所を押さえてお終い──、
「おっ?」
──となるはずだったが、ヴィクトリアは更に間合いを詰めてきた。
「ふふふっ、あはあははははっ! ヴィアちゃん!!」
「!!」
目線でフェイントを掛けられたヴィクトリアは、エルヴァリスの足払いで呆気なく崩れ落ちた。
「……」
「悔しそう! それを忘れちゃだめだよ?」
剣先を向けられたヴィクトリアの表情は、屈辱に満ちていた。
(私に勝ちに来たの? 嘘でしょ?)
エルヴァリスの脳内は喜びで満たされた。
「あーあ…。もう少し早くそうしていれば、シグルナも怒んなかったのに」
「そうなの、ですか?」
立ち上がったヴィクトリアが聞き返す。
「そりゃあそう。あれでもブレイブハートの後継者だからね」
「……」
「私も残念。だって“ガクエン”だっけ? 行くことになるんでしょ?」
『学園』。最近施策が決まった政府による教育機関である。その栄えある一期生にヴィクトリアは選ばれていた。
ランダムな人間を集めて教育を施し、教養レベルを上げる。この世界では初めての試みであり、その初代モデルケースとなるべく集められる子供達は特別だった。
「頑張ってね」
「正直、苦痛です」
学園の周囲には街が築かれ、都市として機能する予定だ。よって生徒は全員親元を離れることになる。
「ブレイブハートの暗黒の血だ」
「なんですか?」
「“社交性が無い”!」
「私に無いのではなく、ついてこれる存在がいないのです」
「お、おお、言いますね」
ヴィクトリアが変わった。
今この屋敷にいる者であれば、感じた変化である。
一人で家を出るという経験が良くも悪くも影響を及ぼしたのだろうと、皆思っている。
しかし、エルヴァリスはなんとなく理由を知っていた。
「エル様は何か有名な歌を知っていますか?」
「歌? 詩人がぎゃいのぎゃいの言ってるやつ? あれ風評被害酷いんだよね。私の子供が世界中にいることになってるし」
基本的にこの世界での歌とは詩を指し、演劇色が強い。
「ブレイブハートは安泰ですね。では無く、こう、音に合わせて歌うのです」
「何が違うの?」
「いえ、エル様でも駄目ですか…。クソッ! またマウント取られる!」
「クッ!? ヴィアちゃん駄目よ?! それは流石に庇えないわ私でも!」
「…すいません。つい」
(本当にすごいわね)
一体どんな影響を何から受けているのか。気になるエルヴァリスではあるが、それはヴィクトリアの話だ。
そして、これは喜ばしいことだ。
「でも、そうね。今の時代だとそういう強さになるのね」
「なんのお話ですか?」
「ヴィアちゃん、強欲に生きてね! 生き遅れたおばさんからのアドバイスよ!」
腑に落ちない様子のヴィクトリアの頭を撫でながら、エルヴァリスは逡巡する。
(新しい波というのはどんなものなのかしらね)
◆
えー、今ワタクシは非常に不愉快な気分になっております。
クソガキと遊んだ後ガチの地下独房にぶち込まれたから? いいえ。
使える魔法全部教えろとジジイにガチ詰めされ泣かされたから? いいえ。
「帰ったぞリエーニ」
「…………おかえりなさいませ、御主人様」
『うわ』
「半年経っても変わらないなお前は」
愉快そうに笑いやがってムカつく。そう、俺の人生を破壊したゴミクソムシアホマヌケ野郎が帰還したのである。
「何かお召し上がりになりますか?」
『半年で何が変わるんだよ。うっせえ、身長は伸びてねえよ!』
「ではお酒と何か軽食を」
『私以外と会話しているのか? 相変わらず珍妙な奴だ。あ、アンリーネと一緒に用意するように』
このときのために用意していた腐敗食作戦が禁じられただと? くそがよ。
「さてさて、皆ご苦労だったな。大変だったろう」
「はい」
「はい」
「はい」
「は…?」
『は?』
食堂にて、机に座るゴミカスの周囲に侍る俺達。ゲロ野郎の問い掛けに俺以外の三人がはっきりと同意しやがった。
俺のセリフだろうが。俺が肉体年齢相当の精神だったら絶対に脱走してるだろ!
「何を首を傾げている。カーティスから報告だけは聞いていたぞ。馬鹿者が。なんのための変装だ」
「申し訳ありません」
『てめえへの当てつけだろうがッ!! 死死死死!』
「グスタフ、今コイツの悪口は聞こえたか?」
「いいえ、ダルン様。コイツ最近器用なものを覚えましてな」
「有用なのが嘆かわしいな」
「全くです」
ざまあ。なんとジジイへの嫌がらせ研究の成果だ。ピンポイントで相手の鼓膜へ音を送れるようになったのさ!
モスキート音喰らえ!
「まあ、いい。明日、コイツを連れてブルサコに行く。見魂者とやっと約束を取り付けられた」
あれ? 効いてない? まじかよ。そうか……
「カーティス。なんでソイツは憐れむような視線を私に送っているのだ」
「触れない方が心の安寧になるかと」
何気にカーティスさんが一番冷たいんだよね。独房に入れたのもこの人だし。
あー、マジ最悪だったわ。別にただいるだけならいいんだけど、衛生環境がやばいんだよね。
『訓練です』って平然と言ってきたカーティスさんはガチで怖かった。何を想定してんの?
ていうか俺でかけんの? ゴミと?
「私と御主人様のみが出かけるのですか?」
「そうなるな。大所帯は避けたい。三人もゆっくり休ませたいしな」
『は?』
「かしこまりました」
「久しぶりのお前は……なんというか逆に安心するな」
んでだよッ!? 腹立つー。後でヴィクトリア巻き込んで襲撃しよ。ブレイブハートの力を見せるときだ。
そんなこんなで翌日、俺とバカ野郎は馬車に揺られていた。
「実のところどうだった? 三人の教えは。レベルを合わせられない不器用な役立たずではないはずだぞ」
「……」
『そりゃあ…』
「ああ、構わん。肉声でいいぞ」
「お前に対して口を動かす行為そのものが嫌だとしたら?」
「肉声でいいぞ」
あれ? 最近時間の巻き戻り多くね?
「へいへい。別になんの不便もありませんでしたよ。あんなガチガチに日程組まれちゃ、受けるこっちの方がプレッシャーだよ」
「そうか」
「……言いたいことはわかってるつもりだけどよ」
「ん?」
片膝を立てた状態から一応ちゃんとした姿勢を取る。この話題ばっかりは向き合ってしなくちゃならない。
「貴方は俺の両親を知っているってことでいいのか?」
ダルンは一瞬目を見開くと真剣な眼差しになった。
「どうしてそう思った?」
はい、かいいえで答えろよなぁ…。
「最初から思ってたよ。院長に俺の捨てられていた状況を聞いているのも、俺の顔を見たときの表情もそんな感じだったじゃん」
「ああ、知っている、と思いたい」
「おい」
なんやねん。引っ張りすぎやろ。
「すまん、すまん。確信はあるが、それだけでは証明できないのが世の中というものだ。だから、これから証明に行くのだ」
「見魂者ってヤツ?」
「そうだ。まあ会ってみればわかる。……ちゃんと話を聞いてはいるんだよなぁ、まったく」
そうして、到着したのが怪しげなテントだった。屋敷のあったオリジェンヌよりも小さな町のこれまた怪しげな路地の奥だ。
どうにも貴族が来るようなところじゃない。
雰囲気的には占い師の館って感じ。まあ、なんか間違っちゃいなさそう。
「初めまして、オーローン様。私はダルン・ヴォル・ルクレヴィスと申します」
「そうか、よろしゅう」
その奥にいたのはすんごいババアだった。もはや妖怪だろ。いや見た目は綺麗な姉ちゃんなんだが、なんとなくわかる。空気が淀んでる感じ。死体が動いているような感じだ。
『挨拶をしろ馬鹿者』
『ええ?』
ビビっていると怒られた。理不尽な。なんでゾンビと会話できるんだよ。
「リエーニと申します。よろしくお願いします」
「あんれ? おんし、もしかして見えとるんか?」
見える? 何がだ。
「見える…とはなんでしょうか?」
「アタシの体」
「?」
「アタシの顔はどう見える?」
「えっと、白髪の女性で、目は青? 耳がとんがってて変な感じです」
「驚いたあ…。いるもんだなあ」
何!? どういうこと?
『ねえこの人何言ってんの?!』
『ちなみに私の見えている状況を話すと、棺桶に入った人骨が置いてあるだけだな。声は聞こえているぞ』
はあ!? 座ってるよな…? 手を振ってるよな…? 怖い怖い怖い!
てか何? コイツガイコツに自己紹介してたの?
「おい、服を引っ張るな! 何か失礼をしましたかオーローン様」
「いやいや失礼したのはこっちの方でよ。久しぶりに嬉しくなっちまった。そんで見てほしいのはその子でいいのかい?」
「はい。お願いします。この子の両親さえわかれば助かります」
「舐めとんねえ。全部みちゃるよ。よいせっと、あい終わり」
そんな座る感じで終わるの? 俺視点マジでちらっと見られただけだ。
これって演出だよね? 雰囲気を出してるだけのテーマショップだよね?
ねえこのばあちゃん生きてるの? ガイコツって死んでるってことじゃないの?
「父親は、ああ見たことあるよ。ハットリューク・サルヴァリオンだね。そっくりさね」
「ッ!!」
笑ってる顔だけ見てると美人な姉ちゃんなんだけどな…。このギャップはなんなんだろう。
「母親は、似たのを見たことがあるだけだからなんとも言えないけど、ハピフクス家の娘やね」
「そうか! そうか! それでは早速証明書を…!」
「あいあい。左奥の方行きな。そこの子が出してくれるよ」
“そこの子”ももしかして死体なんですかね?
「一緒に行かんくていいんかね?」
ゴミカスを見送ったら、チラ見された。妖怪に話しかけられた心境を述べよ。
「いえ私は別に。やることは変わりませんから」
「誤魔化しちょるねえ…」
「なんのことでしょう?」
「ふぇふぇふぇっ!」
笑い方の癖やばすぎ。
「おんし、疑っておるんじゃろ?」
「……」
「今実際におんしが見ているアタシの姿は、あの若造と共有できたかえ? できなかったやろ? アタシが見ているのはそういう世界じゃ」
どうとでも言えるだろ。こんな世界じゃな。
「いいじゃろう。そこまで疑うなら言うてやろうかの」
え、やめて。なんか怖い。
「良いか? アタシが見るのはみっつ。父親、母親、本人じゃ。それ以前は繋がりが薄く、広がりすぎてて判別できん」
これはあれか? この世界で言う遺伝子検査的なやつか。こんなやり方で証明できるのだろうか。
「おんしの父親は頑固者じゃ。絶対に曲げん。口も荒いのう」
まあ、なんて乱暴そうな方なのでしょう。昭和か?
「おんしの母親は我慢強いのう。言いつけを守る鉄のような女じゃ。生きにくそうじゃの」
いてて…。なんか心を刺されたぞ。
「おんしは生まれながら、誰かを従える天才じゃ。特性と言っても良い」
どういうこと?
「誰かに世話をしてもらうのが当たり前なのじゃ。そして、それが日常なのじゃ」
いや、待て。それは──、
「おんしは何も喋らない。でも、誰かが侍っとる。食事すらも誰かにさせとる」
──いつの話だ?
「これを生まれながらの王とせず、なんとするね?」
「…………」
皮肉か? インチキババアが。
「…そんでこっからなんじゃが」
「?」
「その四つ目はなんなんじゃ?」




