11話 増えていく日常
おい、なんかやること増えたんだが。
「今日は天気が良いので中庭を使ってください。お茶菓子の用意はちゃんとできていますね?」
「うぃー…」
くそでけえガラスを拭きながら、ババアに指示される。
最近来るようになったお嬢様のオモテナシのことだ。ざけんな。
アイツは週2回くらい決まった時間に訪ねてくる。もうあの一件については決着ついたろうが。お互いお礼と謝罪入れてすっきりしただろうが。
「いらしたようですね。リエーニ様、あとはこちらでやっておきますので、どうぞお迎えを」
「いえいえ、自分の仕事ですから、責任を持って最後までやり遂げてみせます」
「いらしたようですね。リエーニ様、あとはこちらでやっておきますので、どうぞお迎えを」
あれ? 時間戻った?
「いらしたようですね。リエーニ様、あとはこちらでやっておきますので、どうぞお迎えを」
こわいよぉ…。
最近、ババアもジジイもカーティスさんも本気で向かってきてる気がする。
使用人室での会議を盗聴したかぎり、そろそろ大詰めらしい。卒業かなあ。カナシイナア…。
まあその分苦労が前倒しになっているわけだが。
「こんにちは。いい天気ねリエーニ」
「いらっしゃいませヴィクトリア様。本日はどのようなご要件でしょうか?」
「今日はお稽古が休みなので、貴方に会いに来ました」
「それはそれは嬉しい限りです。いつもの場所へ案内いたします」
俺の時間を奪いやがって、貴族ってやつはこれだからよ。会話のネタすらもうねえぞ。
最初は、よろしくねーって感じで終わると思ってたら、知りたくもねえ貴族社会の事情とか聞かされることになっちまった。
……役立たねえわけじゃねえけど。俺に構ってるヒマあんのかよコイツ…。
「ふぅ……。ここはなんだか安心するわね。花の植え方、設置の仕方かしら?」
いつもの中庭の席で優雅にコイツはそうこぼす。なんか実家にたまに帰って来る親戚みたいな雰囲気を醸し出していやがる。さっさと帰れよ。
「全てアンリーネの采配です」
「あら? 貴方も植えたのでは?」
「私は従っただけです。私の成果ではありません。私ではここまでの空間を演出できません」
「そうなのね」
あのババアにむちゃくちゃ口出しされながら、作り出した花々は確かに暖かい空気を運んできている。手伝ったはいいが、とても俺には真似できないだろう。
てかなんだコイツ。いつにもまして元気がねえな。初めて会ったときに比べればマシにはなってきたと思っていたが、なんか戻りかけてやがる。
気が抜けて、もう白目剥くんじゃねえか。
コイツの家は英雄の家系であり、この国の軍事を一手に担う重要なところらしい。
そんな家の生まれで、騎士を目指しているのに、花嫁としての自分しか望まれていない。
それは、確かに葛藤が生まれても仕方がないとは思う。偉そうに俺が説教する案件ではありませんでした!
「貴方は…将来について悩みはある?」
おい、やめろや。こっちに振ってくんな。マジでまいってるじゃん。悩んでるレベルが小学生じゃないんだよな…。成人になるのが早いと精神年齢はやっぱり上がんのかね。
「無いといえば嘘になります。常に悩んでおります」
「…ずっとこの屋敷にいるの?」
嫌に決まってんだろ。
「わかりません。私の判断で決めることではないので」
「別に奴隷では無いのでしょう? 辞める権利はあるはずです」
そりゃあそうだけど。俺のは雇用契約じゃねえからなあ。
そう、契約じゃない。いつだって逃げ出すことができる。
「そうですね。しかし、もう既に私には恩義がありますので」
「恩義? ルクレヴィス家に? 引き取られたことを気にしているの?」
「いいえ。恩義を感じているのはこの屋敷の方々にです」
「…孤児を使い潰しているだけでは無くて?」
きっついこと言うなコイツ。まあそこらの事情は説明できんな。
「もし、出ていって一人で生活できるだけの財産を得たとしたら、貴方はどうするの?」
質問多すぎだろ。
「そうですね。仮定の話にはなりますが、どこかに家を買って暮らしたいですね」
「そうでしょう?」
「ですが、まあ意味のない妄想ですね」
「! ど、どうして?」
「私の将来はある程度決まっていますので」
「……」
クソムカつくが、俺は多分守られている。あの日、カス野郎に見つかったことは幸運だったのだろう。ある程度の知識を得たことでそう思うようになった。
まあそう思うようにされたってのが正しいところだが。
「決まった将来なんて…ッ! あるはずが無いッ!!」
突然取り乱しやがった。ホントなんだよ。
「ヤンバトールから聞きましたッ!! 貴方ならば全力で抵抗するとッ!!」
「事情が違います」
急に小学生になるじゃん。いや、茶化せないことではあるんだが……。
「最近思うのです。もし、貴方がヴィクトリアであったのなら……と」
また涙を浮かべるコイツはまっすぐにこっちを見る。
俺は夢を目指すか、家に従うかっていう以前の問題なんだよ。だが、それを今コイツに語ったところで意味はない。どうにもコイツは溜め込む癖が抜けないんだよなあ。
「ヴィクトリア様。お願いがあります」
「? なにかしら?」
「今から行う私の無礼を容赦していただきたいのです。勿論、我慢出来ないものであれば処罰していただいて構いません」
「何をするの?」
「少し言葉を崩させていただきたいのです。できれば命令という形で。これからは素直な私自身の言葉でお話したいと思いまして」
ちょっとうれしそうに笑うガキ。……多少の罪悪感は湧くが、知らねえ。
「リエーニ、態度を崩しなさい。素の貴方と私は会話したいわ」
おっしゃ、遮音魔法展開! どっかで盗み聞きしてるであろうジジイにも聞こえまい。
「リエーニ! やっとヤンバトールのときのように喋ってくれるようになったのね」
「お前さ……」
息を吸い込む。
「?」
「メンドくせえんじゃああああああああああああああッ!!」
「きゃっ?!」
大音量で苛立ちをお見舞いした。そろそろ我慢の限界なんじゃ。黙るのじゃ。
「家の悩みを持ってくるところじゃねえんだよッ!! ここは俺の家! わかるか!? なあ、ご令嬢サマよ!」
「な、なにを…?」
少し頭を抑えながらコイツは返事する。覚悟しやがれ。
「てめえの悩みに興味はねえんだよ! うざってえッ! そこらの花にでも喋ってろ!」
「なッ!? わ、私はッ!」
「何か違いますかあ~? おこちゃまには難しかったでちゅかね?」
「リエーニッ! 貴方、ブレイブハートに対して……ッ!」
「あれれ? 命令に従ったんですけど? 忠実な下僕でございますでちゅ。ブレイブハートサマ♡」
「……ッ!!」
さすがに家名を貶されては我慢出来ないのか、頭に血が登ったようだ。
「ていうかお前騎士を目指してるって話だけど、ほんとに訓練してんのか?」
「あ、当たり前ですッ!」
「にィ~? なんかお嬢様ボクでも勝てそうでちゅ。素直にお嫁さん修行に出たほうがいいのでは??」
「リエーニぃぃぃぃッ!!」
できあがり、できあがり。
「あん? 試してみるか? ヴィクトリアちゃん?」
「よろしいですわ…。どうなっても知らないわよ、この、……いえ」
悪口のボキャブラリーが無い。かわいいかよ。
◆
舞台はリエーニが普段から使っている訓練場。木人形や、トレーニング器具が並ぶそこに二人の子供の姿があった。
この屋敷のメイド、リエーニと客人であるブレイブハート家のご令嬢、ヴィクトリア。
二人の姿はリエーニがこっそりと使った魔法により周囲には見えていない。
リエーニは訓練場を囲むように遮音魔法と反射光操作を実行。周囲から見た場合いつもの光景が広がっている。
同時にリエーニは中庭のティータイム場にも同じような魔法を使っていて、そこには微動だにせずにお茶をする二人の姿があった。
何も知らなければ無言で癒やされている子供二人がいるだけに見えるだろう。
どうせバレることはわかっているが、それでも構わないとリエーニは鼻を鳴らして剣を構えた。
ヴィクトリアは完全に釣られてここにやってきたが、最早なんでこんなことになっているのかわからなくなっていた。
やっとあの夜のようにまた話せると思って行った行為が、こんなことを招くとは思っていなかった。
(私、リエーニを怒らせていた…。そうよね。あの子からしたら、私はヤンバトールの姉。そんな女がいきなり押しかけてきて愚痴を吐いてくるようなものなのですから)
でも、リエーニから飛び出した侮辱を許す事もできなかった。
ヴィクトリアも訓練用の剣を構える。とても手入れされたものだった。この場所を使っている人は丁寧に真剣な人物なのだろうという感想を抱いた。
(自分でも勝てるですって? そんな素人の構え方の貴方が私に?)
向き合うリエーニの構えは握り方も足の位置も全くできていなかった。ただ握っただけのものだろう。
「お前みたいなクソガキでもお貴族様だ。怪我はよくねえもんな? 相手の武器を地面に落とした者の勝ちってことでいいでちゅか?」
「いい加減にしなさいッ!! ブレイブハートの私に素人の貴方が勝てるとでも?! 今なら笑い話で済ませてあげるわ」
「あざーっす! でも、俺が欲しい笑い話は無様に泣きじゃくる“ぶれいぶはーとちゃん”だからさ」
「──」
「こわっ! じゃあ始めっからな。はい、ドン!」
掛け声と同時に飛び出すリエーニ。多少フライングしているあたり、本当に汚かった。
それに眉をしかめるも、慌てずにリエーニの一撃を受け止めるヴィクトリア。
素人特有の上段からの振り下ろし。受け止めたその力を利用し、鍔へ流し相手の握りを捻り、そのまま首の急所へ自身の刃を突き立てる。
武帝が生み出したとされる対人剣術「ヨフォー」。この人の世で最も多く使われている剣術である。
「あ? 敗北条件を忘れたのか?」
「!?」
リエーニはそのまま向かってきた。その首を傷つけてしまいそうになり、ヴィクトリアは思わず剣を引いてしまう。
「お優しい子ってな!」
「うっ!?」
リエーニは蹴りを放つ。野蛮な行為だった。少なくとも公式の試合で行われれば非難は免れないだろう。
「わかった、わかっちゃった。お前も素人だな?」
「? 何を言っているの?」
構え直したヴィクトリアにそう宣言するリエーニ。しかし、そんなはずは無い。
ブレイブハート家の人間が剣を握るのは当たり前のことであり、生活の一部だ。現にヴィクトリアも剣の腕を鍛えることは姉に禁じられていない。
再び向かってくるリエーニ。ヴィクトリアは受けの構えで対応する。
大ぶりの一撃ばかり。剣術も何も無い。そこらの盗賊の方がもっとましな剣を振るうだろう。
しかし、リエーニの厄介な点は傷を厭わないところだ。
“剣を地面に落としたほうが負ける”。そのルールだけを意識した動きだった。
「うおらっ!! 受けきれんのかァ?!」
(チンピラっ! 怪我をしないためのルールで、何故、こんな戦い方を)
初めて会ったときから奇妙で、不思議な人物だと思っていた。一向に慣れない。
(本当に、理解の難しい子ッ!)
それは怒りか。それとも自分より優れている相手の弱みを見つけたことによる驕りか。
ヴィクトリアは初めて攻めに転じた。
剣を手に叩きつけ、無理矢理武器を落とさせる。対象の無力化に重きを置いた一撃だ。
大人が子供に手ほどきするときに使われるもの。ありふれたもの。
だからこそ、それは、対等な相手に晒してはいけない行為だった。
「ばーか」
(──え?)
ヴィクトリアの一撃は受け流された。とても綺麗で、本当に訓練のようだった。
まさに教科書通り。対人剣術「ヨフォー」の構えの一つ。
「【花天月地・後転勝】……っ?!」
「そうそう、そんなやつ」
からん、と鉄の音が響く。
思わずヴィクトリアは自分の手を見る。そこにはあるはずの柄は握られていなかった。
「だから素人はお前だっつーの。ほほほほ!」
目の前には勝ち誇る醜悪で美しい猿の姿。
「貴方…剣術を…」
「学んでなかったら挑まねえよ。っしゃあオラァ!!」
本気で喜んでいるリエーニを見て唖然とした表情を浮かべるヴィクトリア。
完全に騙されていた。素人の構えをとった相手に油断させられた。
「ひ、卑怯者ッ!! 貴方の剣術にはなんの誇りも無いのですか?! 初代武帝への侮辱です!」
「はい! 皆無です! 侮辱します! ボク勝利者。アナタ敗北者。愉快ヨ」
あまりの言葉の羅列にヴィクトリアの血管が弾けそうになる。思わず魔力を体外に放出するほどに。
「こんのォッ…!!」
「ぴっ!? 魔法はやめろッ!! 人を呼ぶぞ!! へるぷみー!! へるぷみー!!」
「ふーっ!! ふー…! ふぅ…」
「お、落ち着きましたカナ?」
ヴィクトリアはなんとか暴走する魔力を抑え、砕けそうになるほど奥歯を噛み締めながらリエーニを睨みつける。
「貴方という子は本当に…! どこまで人を馬鹿にッ!」
「え? 全部自業自得やんけ。ていうかお前んちの母ちゃんか誰かが止めるのわかるわ」
「なんですって…?」
「お前今ので死んでんもん」
「──」
「そうだろ? まあ俺はもっと死んでるけど」
その言葉はヴィクトリアを刺した。単純なことだ。これが実戦だったらどうだったのか。
こちらは相手の無力化ばかりに気を取られ、相手は確実に勝利を目指していた。
もし、ヴィクトリアにこんな戦い方をする妹がいたとしたら、どうするのか。そんなもの決まっている。
“戦いから遠ざけ、幸せに生きてほしいと思う”。
「ふふふ…。あはははははははははっ!!」
「えっ? こわ、何?」
「ええ、そうね。貴方の言う通りだわリエーニ。感謝するわ」
何かに吹っ切れた様子のヴィクトリアはリエーニに礼を述べたあとに、右手を空へかざした。
「ん? なにしてんすか」
地面に転がっていた剣が再びヴィクトリアの手に戻ってきた。
「え かっこよ」
「では、もう一度お願いできるかしら?」
「は?」
笑顔でヴィクトリアは剣を構える。
「いやあ、これ以上は家の者にばれてしまいますので、やめておいたほうが──」
「命令」
「──うっす」
剣戟の音が小さな訓練場に響く。そこには少しの笑い声と、少しの悲鳴が混じっていた。
しかし、それはその周囲に張り巡らされた魔法によって、誰にも認識されることはなかった。
ただ二人だけの空間だった。
「さすがに…満足だろ…。格下相手にイキりやがって…」
「いいえ。対等な勝負でしてよ? そして正当な勝ち越しです」
「クソが」
「ふふふ」
息を切らし、服を汚し、地面に仰向けになりながら、二人は空を見上げる。
「俺は話を聞くことはできる。でも、解決はできねえよ。それをなんとかすんのはお前だ」
「はい…」
「もし、自分が自分じゃなかったら、なんて二度と言うんじゃねえぞ」
「ごめんなさい……」
「泣きすぎだろ。あーあ、このあと泣くのは俺なんだぞ」
また泣き出したヴィクトリアを横目に、リエーニは溜息をつく。
「俺にもあったよ、夢」
「え…?」
「諦めた」
「……それは、どんな、いえ、言いたくないのなら…。!!」
それは、音。人の出す旋律。
小さな口から放たれる感情の籠もったその歌声は、幼い少女の耳に衝撃を与える。
その小さな従者の格好をした子供は立ち上がると、魔法を使った。そうすると、声とは違う音が聞こえてきた。
争いだらけのこの世界では滅びかけ、失われつつある文化。音楽。
リエーニの奏でるそれは、ヴィクトリアには理解できないものだった。でも、その中心にいるリエーニは楽しそうで。
思わず伸ばした手は握られ引っ張られた。
わけも分からず手を叩きながら、なんとかリズムに合わせようとするヴィクトリアを見て、笑うリエーニ。それを見てまたヴィクトリアは笑った。
剣と歌。お互いの夢を二人は交えた。その小さな集いは困ったような顔をした屋敷の従者に見つかるまで続いた。




