103話 おはようございます!
「いいねぇ! 楽しいねぇ! あっはっはっは!」
「それはどうも……ッ!」
ヴィクトリアと古き魔族の戦いは一向に決着がつかなかった。
獄炎の炎で焼き尽くそうにも、その魔族は防御魔法をしっかりと展開している。
そしてその槍術も卓越していた。
ヴィクトリアの剣が届く範囲のギリギリで間合いを維持し、【冷凛たる一刀】を出そうとしてもすぐに距離を詰めてくる。
力が拮抗しているように見えても、それはヴィクトリアが必殺の剣技を有しているからそう見えるのだ。
もしヴィクトリアが“遥か前の昨日の状態であれば”、遠くから嬲り殺しにされているだろう。
「まあ、私だけが楽しいだけで、キミはそうでもないんだろうけどサ」
「……!」
突き技が連続で放たれ、炎を纏いながら舞うようにヴィクトリアは弾いていく。
相手の魔族の言う通り、ヴィクトリアはこの戦いだけに集中することはできなかった。
周囲の状況に気を配る。そこにはいくつもの問題があった。
一つは傷付き退避する学園長とそれを追う特殊な不死騎士。
一つは空中で戦い続けるアンリーネとまたしても特殊な不死騎士。
さらにもう一つが、反王軍の本隊の侵攻状況だ。
何か嫌な予感があったのだ。
反乱軍のくせに用意周到な動き。
そして目の前の魔族。
この戦いは何かに仕組まれた大きな計画の一部に過ぎないのかもしれないと、ヴィクトリアの研ぎ澄まされた戦いの勘が告げていた。
敵の狙いは王国──いや、もしかするともっと大きなものなのかもしれない。
「……くっ!?」
空中でアンリーネが苦しげな声を上げた。
不死騎士の斬撃を受けたのだ。
彼女は飛来する槍を迎撃しようとした際に狙撃され、左腕に小さくない傷を負っていた。
あの狙撃は学園校舎に侵入していた不吉な女による嫌がらせだったが、アンリーネがその犯人を知る術は無かった。
(アンリーネ……っ!)
「おっと!」
ヴィクトリアは巨大な獄炎の波を作り、古き魔族を遠ざけた。
そして、空中に浮遊する不死騎士に狙いを定め、必殺の一刀を放とうと試みる。
「あっはっはっは! 必死だねぇ!」
その一刀が放たれる直前に黒き槍がヴィクトリアへと飛んできた。
魔族が投げたものだった。
その槍がヴィクトリアの振るった剣とぶつかり、斬撃が座標を変える前に攻撃が消失したのだ。
不完全でありながらも受け継いだ一刀をあの魔族は慣れたように潰した。
「…………」
「五剣術とかいう猿真似よりは遥かにキミの剣は素晴らしい! しかし、まだ再現しきれていないなぁ! ……もちろん、それはわかっているのだろう?」
投げられた槍は再び魔族の手に戻っていく。
ヴィクトリアの姉もよく使う引き戻しの魔法だ。
魔族の言っていることは当たっていた。
ヴィクトリアは、あの冷酷な師匠の技をまだまだ再現できていないし、全てを教えられたわけでもない。
だが、いずれたどり着かなければいけない領域だった。
本来ならば全てを引き継ぐべきだった。しかし、時間がなかったのだ。
あの地獄が一日で切り上げられたのは、それが時間的にギリギリだったからだ。
フィフはもっと時間を取りたかったが、他にやることが山積みだった。
侵食が進み、自由に力を使えるようになってやっとヴィクトリアに託すことができたのだ。
「…………」
ヴィクトリアが剣を構え直す。
目の前の魔族は上機嫌に笑うだけだ。
「さあ、どうしようねぇ? キミを押さえているだけで、この戦場は私たちの勝利に終わってしまうよ?」
再び剣と槍の応酬が繰り広げられる。
広がる黒い呪いを紅紫色の炎が焼いていく。
ヴィクトリアが展開した太陽が消えた時に、この学園都市には黒き汚染が蔓延してしまう。
それは勝者なき勝利となる。絶対に防がなければならなかった。
「いやぁ……本当に強いんだねぇ。感心してしまうよ」
「貴方こそ。魔族と言えども、上澄みなのでしょう?」
「あっはっはっは!! 嬉しいねぇ! 褒められたよ!」
見下しているはずの人間に褒められても、その魔族は笑った。
それはそうだ。その魔族にとって人間とはお気に入りである。
大好きだった。
観察対象として。食料として。遊び相手として。
「『バルファクト』というんだ! 覚えておいてくれると嬉しいねぇ!!」
「…………そう」
「おやぁ!? 名乗りが返ってこないよ!? ひどいねぇ! あっはっはっは!!」
本当に上機嫌にバルファクトは踊った。
その人間の少女の性能を目の当たりにして興味を持った。
そして納得した。
──“道理で、あの方々が贔屓にしたわけだ”。
アルテによって消された古き主たちのことを思い、少し感傷的になった。
そしてその一瞬の緩みをヴィクトリアは見逃さなかった。
「……いったぁ!?」
(浅い……? いえ……)
ヴィクトリアの蹴りがバルファクトに入った。
その靴底には魔力の刃が生成されていたが、急所は外れていた。
いやそもそもバルファクトに急所は無かった。
「気付いたかい? この体は不死騎士なのサ」
影の肉体を持つ今のバルファクトは、不死騎士となったクルモンドを媒介にこの場に出現している。
攻撃を通したところで、再生成されるだけだ。
しかも、浄化魔法と同じ効果を持つヴィクトリアの炎はバルファクトの防御魔法によって防がれている。
「キミの攻撃性能は私と同じ。しかし、継戦能力の差はどうしようもない。そして、まわりを見てご覧よ!!」
バルファクトがその両手を広げて、呪いを振りまく。
ヴィクトリアはそれを焼き尽くす。
しかし、バルファクトは両手を広げた先にあるヴィクトリアが守ろうとしているものをただ見せたかっただけだ。
「……っ!」
考えることをやめている反王軍の騎士が教師陣を襲っている。
学園長がなんとかボロボロの体を動かし、自分を追う不死騎士と抗戦している。
「……っ!?」
「アンリーネ!!」
そして、アンリーネがまた傷を負った。
左手に持つ弓を落とした。
それはこの戦場のパワーバランスをさらに傾かせた。
「ヴィクトリア様! こちらに構わずッ! その魔法を最大展開して下さい!!」
右腕だけで不死騎士の攻撃を防御しながら、アンリーネが叫ぶ。
獄炎の太陽の最大展開。
それを行えば不死騎士たちは消え去るだろう。
しかし、同時に人間たちの魂まで燃やし尽くしてしまう。
「いいねぇ!! やったらどうだい!? さあ!! さあ!!」
「……このっ!」
何が楽しいのか、バルファクトがまた踊るようにヴィクトリアに仕掛けてくる。
それを捌き切るヴィクトリアは、もはや人間の範疇には収まっていない。
あの憧れた英雄の領域に、つまり──バケモノの領域に至っている。
しかし、ヴィクトリアのその精神は人としてまだ機能している。
フィフにそんなつもりはなかったが、あの冥界の底の体験により、ヴィクトリアは死の恐怖を知った。
その苦しみと怖さを知ったのだ。
だからこそ、それを他人に強要することはできなかった。
──できなくなったのだ。
それは偶然の奇跡だった。
殺しを好みながら、死を強要しない。そんな矛盾した殺人鬼が誕生したのだ。
「あっはっはっは! 素晴らしい高潔さだねぇ! しかし、結局どうするんだい!?」
「…………っ」
ヴィクトリアとバルファクトの大きな一撃がぶつかり合う。
それはお互いの武器を弾き飛ばした。
だからこそ、次の瞬間には殴り合っていた。
「アッハッハッハッハッハッ!!」
「────ふ……」
突然の原始的な戦いはヴィクトリアの心を震わせる。
これは守るための戦いなのに、どうしてもその高揚感は抑えられない。
だが、今できることはそれだけだった。
バルファクトを押さえねば、周囲は地獄と化す。
歯痒い状況だった。強者の悩みだった。
それは──英雄の陥るジレンマだった。
(ヴィクトリア様……!)
空中で戦うアンリーネもこの状況をなんとかしたいと思っていた。
あの英雄の負担を軽くしたかった。
しかし、敵が上手だった。味方が下手にいた。
そもそも一都市に守り切れる相手ではなかった。
いくつもの偶然が重なったからこそ、多少は保ったというだけの話だ。
王都の軍はまだ動かない。つまり、この都市は見捨てられたも同然だ。
「…………ッ!!」
再びアンリーネは不死騎士の攻撃を受ける。
左腕は血を流しすぎていて、もう感覚が無かった。
渾身の力で槍を投げ、不死騎士を粉々にする。
しかし、すぐさまその騎士は再生した。
矢筒から螺旋槍を出し、向かい合うが、消耗したアンリーネではもうこれ以上保たない。
下でも最大戦力となるはずのグスタフがたった一体の不死騎士にいいようにやられていた。
あの特化した騎士の特徴は魔法解除。
それの厄介な点はグスタフの使える魔法は全て解除するということだ。
つまり、グスタフ以下の魔法使いも、ついでのように無力化してしまうのだ。
教師陣の魔法使いでグスタフよりも秀でた魔法使いはほぼいない。
いたとしても、攻撃的な魔法ではあの鎧は消せない。
浄化魔法使いの二人は、迫りくる反王軍との戦いでグスタフを庇う余裕がない。
その盤面の様子が空を舞うアンリーネにはよく見えてしまった。
「がっ……!?」
もはや不死騎士の剣を受け止めることもできない。
アンリーネはとうとう地面に叩きつけられた。
見上げた先にいるのは、気色の悪い脈動する鎧の騎士だ。
アンリーネは状況が見えているが故に、諦めの感情を抱いた。
さらに言えば、丁度いい死に場所だとすら思った。
「アンリーネ!!」
遠くから今の主の声がする。
不安だったヴィクトリアも今や立派な騎士となった。
そしてきっと女としてもアンリーネより成熟した。
今日の朝にグスタフから言われたことをアンリーネは思い出していた。
“サルヴァリオンとブレイブハートが結ばれる”。
それはアンリーネの悲願だった。
今となっては自分ではなくなっただけのこと。
そう思うと──少しだけ死ぬのが悔しくなった。
あの遠い日の無邪気な笑顔が忘れられないのだ。
でも、これでいい。卑しい女の末路としてはふさわしいのだろう。
不浄な者の刃が振るわれようとしていた。
勢いよく地面に叩きつけられ、アンリーネの右腕は歪んでいて槍を持ち上げられなかった。
そんなときにも思うのは自分を手酷く振った最悪な男のことだった。
でも、これで一緒の場所に行けるとなれば、少しだけ満足だった。
(……こんなとき貴方はどんなことを言うのでしょうね? 怒りますか? 泣いてくれますか?)
その問いに答える者はいない。
しかし、──その答えを示せる者はいた。
「────っ!?」
突然、アンリーネの目の前の不死騎士が吹き飛んだ。
それはアンリーネが教えた空間へ干渉するやり方で放たれた一撃だった。
たった一度教えただけのそれを自分のものにしていた。
そんな教え子をアンリーネは一人しか知らない。
なにかよくわからない乗り物に乗った少年がやってくる。
その少年の手には安物の剣が握られ、そしてその背中には王女が捕まっていた。
「何を地面に転がっているのですか、家政婦長? 汚いですよ?」
ここぞとばかりに丁寧な言葉遣いで、その小さな少年は車上からアンリーネを煽った。
ああ──何を勘違いしていたのか。
「まったく……遅いですよ。役に立たない人ですね」
「……え? ここで煽り返されるの?」
大事な場面で締まらない。空気を読み外す。他人の感情を逆撫でする天才。
その親子はそういう人たちだった。
「……さっさと行きなさい」
「ひえっ……。ははは、まあ任せとけって感じ?」
朝から続いた戦い。
疲れ切ったアンリーネが見上げた空には丁度登りきった太陽があった。
その輝きに照らされた少年の笑顔は光に満ちたものだった。




