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プリミティブ・プライメイツ ~暴君転生~  作者: 翠碧緑
2章:思春・王都動乱編

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100話 暗君葬送 Blissful Doll


 その男の人生は、正しく恵まれたものだった。


 上位の家系。上位の美貌。上位の能力。


 世界は男を祝福しているようだった。


 『何を食べようか迷う日々』

 男が食せぬものはただの好き嫌いでしかない。


 『どこに出掛けようか迷う日々』

 男が行けぬ場所はただの好き嫌いでしかない。


 『誰に会おうか迷う日々』

 男が会えぬ者はただの好き嫌いでしかない。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 男にとって物質とは、欲しいかどうかの違いでしかない。

 男はこの世に存在している全てを手に入れる権利を持っていた。


 物の価値を示す数値など気にする必要のない“まやかし”だ。

 人間の心の動きなど手に取るようにわかった。

 社会的な地位など周りが勝手に落ちていくだけだった。


「くくくくくく、あははははははははっ!! おい、見ろよアレ! すげえ! 足遅すぎだろ!」


 だからこそ、男の性格は捻れていた。


 男にとって、弱者や貧困、そして悪徳とは自分とは違う興味深いものだったのだ。


 だから、足の遅い者が面白くて笑った。


 だから、頭の悪い者が面白くて笑った。


 だから、金の無い者が面白くて笑った。


 そんな男を周囲は責めない。男が責められる(いわ)れはない。


 百年前まで殺し合いを続けていたくせに平等を(うた)い、階級の無いはずのその国で、男は上位者として君臨したのだ。


 そんな男の精神性が変わった理由は単純なことだった。


 男は“不自由”を手に入れたのだ。


 たまたま訪れた旅行先で、男は災害に遭った。


 それは熱のある大地だからこそ起こる現象。

 少し大地が身動(みじろ)ぎしただけだ。


 だがそれは歴史上で考えてみても大きなものだった。


 故に男は建造物の下敷きになった。そして、両足を潰されたのだ。


 動けぬ中、男は持てる限りの声で助けを呼んだ。しかし、助けは来ない。


 当然だ。その男以外死んでいたのだから。


 災害に巻き込まれた男は不幸だったのか。──いや、違う。


 男は世界に祝福されていた。


 瓦礫に足を潰されても生きているという肉体の頑丈さがあった。


 津波と呼ばれる現象がその国を襲ったものの、男の下に来たのは本当に大したことのないものだった。

 そして、その海水が地面を濡らしたことで隙間が生まれ、男はその瓦礫から抜け出すことができたのである。


 それを幸運と呼ばずになんと言うのか。


 足を失ったとしても男の命は助かったのだ。まさしく世界からの祝福だ。


「俺は……助かった。俺だけが……。なんで……」


 男の罪悪感などどうでもいい。

 選ばれた人間が失われることなどあってはならぬのだ。


 そして、足を失おうとも男にうまく行かぬ人生など無い。


 男は残された腕を使った。


 経験を活かし、物語を書き、絵を描き、再び栄誉を手に入れた。


 称賛と利益と満足を得た。

 祝福された男には幸福しか許されない。


 そして、全てを手に入れるべき男は、またさらに“不自由”を手に入れた。


 築いた富を全て失うほどの大地の身動ぎ。

 最初に不自由を手に入れた場所から遠ざかっていたはずなのに、またその揺らぎが男を襲った。


 偽物の足は潰れ、今度は右腕を失った。

 再び潰された男は生き埋めになったまま数日を過ごした。


 それでも存命した。


 当たり前だ。世界の祝福が男の死を許すはずがない。


 今度は大火災が起こった。

 その火災が通り過ぎ、瓦礫が灰となったことで男は左腕と顎を駆使して、再び地上に戻ることができた。


 “おかえりなさい”。

 

 また世界が男の生還を喜んだ。


「なんで……。なんで、こんな……。どうすりゃあいいんだ……」


 男が笑わずとも、世界は喜んだ。


 男に残されたのは数本指が動かなくなった左腕と胴体と頭だった。


 だがそれでも男は祝福されているのだ。

 男には成功しか約束されない。


 男は退屈しのぎに歌った。

 その歌が世界に喜ばれた。


 偽物の足と見せかけの腕を携えて、男はまた世界に祝福された。


 なんて素晴らしい世界なのだろう。


 男は全てを手に入れるのだ。


 だから、()()()()()()()()()()


 男は病気になった。

 病気を無くすために存在しているはずの施設で、病気になった。


 血を吐き、悪夢にうなされ、意識を朦朧とさせた先に男が手に入れたのは、“枯れた喉”だった。


 その喉は二度と音を発しなくなっていた。


 男の虚弱な心がもしかしたらそうさせたのかもしれない。


 そして男は“虚無”を手に入れた。


 世界は男を祝福する。


 家族に、恋人に、友人に、信奉者に八つ当たりしようとも、誰も男を責めない。

 男は世界に生存を望まれた。


『もう……嫌だ……。誰か……頼む……っ。殺してくれ……。死なせてくれ……』


 そんな音を出すことはもうできない。


 もう生きている価値はないと男は思った。


 しかし、何も問題はない。世界は男を見捨てない。


 簡単な話だ。


 ────“()()()()()()()()()()()()()”。


 世界が男に望むのは面白く、波乱万丈、激動の物語。


 動きのあるつまらなくない歴史を世界は祝福した。


 平和な世界。退屈な世界。そこで興味を持たれるのは“残酷な世界”だった。


 白い箱に縛り付けられた男の物語は、世界を跨いで肉体すら超越して続いていく。


 そして、ここからの話は────()()()()()()()()()()()()





 白でも黒でもない灰色の世界。


 流れていく景色はとても無機質なものだった。


 静かで、穏やかで、それでも暖かな社会。

 はしゃぐ子供たち。礼を取る大人たち。


 そして──人間だけが支配する大地。


「…………」


 そんな世界にフィフと名乗る者は立っていた。


 精神の侵食が進み、彼の心を貪り、フィフはこの記憶を覗けるようになった。


 ある男の()()()()()()物語。


 フィフが涙を流すほど素晴らしい人生だった。


 自分の頬を伝う涙を隠すこともなく、フィフは歩みを進める。


 もし彼女が男の近くにいられたのならば、こんな“喜劇”は続けさせなかった。

 彼を今すぐに抱きしめてあげたかった。


 フィフの目の前に見えてくるのは、白い箱のような建物。


 そこはある種の楽園であり、墓場だ。


 男はその棺桶(ベッド)に縛られ続けている。


 透明な壁がひとりでに動き、フィフはその箱の中に入っていく。


 ()()()()()()で中は賑わっていた。きっとそれが彼の認識だ。


 彼にとって人間は人間でしかない。

 その中身も外見も彼は信じていなかった。


 それは悲しい理解だ。


 進む度に彼がどんな認識をしながら日々を生きていたのかを思い知らされ、フィフは胸が締め付けられるようだった。


 小さな箱に乗って、人々は上へと運ばれていくようだったが、なんとなくフィフは階段を使った。


 どんなに寂しいものであっても、ここは彼の風景。ゆっくりと見ていたかったのかもしれない。


 最上階の一番大きな部屋が彼の牢獄(へや)だ。


 そこはまるで彼女が生まれた冥界のようだった。その廊下には死の臭いが満ちている。


 生ける屍が無様に歩く情景がフィフの心に浮かぶ。


「…………っ」


 フィフの表情が悲痛なものに変わる。

 我慢していた涙が、さらに溢れた。


 『なんで生きていたのかわからない』


 彼はそう言っていた。

 その意味をやっと理解したのだ。


 それを理解できなかった自分が如何に愚かな言葉を紡いだのかを悟り、フィフは慟哭しそうになった。



「──ガラクタ如きが、何を憐れむ?」



 その声はフィフの後ろから聞こえた。


 振り向いた彼女が見たのは、“玉座に座る王の姿”だった。


 その玉座には()()()()()()()()

 そしてその背もたれには王の足となるための取手がついている。


 自動で進み、他者がそこに座する者に奉仕する。

 王に脚など必要ない。歩く必要すらない。


 何もせずとも、援助の手がそこには伸びてくる。


 だからこそ、それに座る者は『王』なのだ。


「……悪趣味」


 フィフは直情的にその悪意に満ちた皮肉を批判した。


「くくくく……人の心を覗くのは悪趣味ではないと? 少しは自分の行いを客観して見るがいい」


 その“車椅子(ぎょくざ)”に座るのは、リエーニの姿を得た暴君だ。


 他人からの奉仕になんの感情も抱かず、それを日常とする無邪気な王だ。


 あえて卑しい奉仕者の着る給仕服をその身に纏い、絶望の玉座で不遜な態度をとる()()


 その髪と瞳は黄金を宿し、美を体現するその面貌は歪み、(あざけ)るような笑みを常に浮かべている。


 その姿を見て、フィフが最初に抱いた疑問は王を笑わせるものだった。


「……貴方はメスだったの?」


「くっ……あっはははははははッ!!」


 フィフにとっては当然の質問だった。

 ひとしきり笑ったあとに王は答える。


「お前がオレの魂を分断などするから、こうなっただけのこと。

 奴が再び下賎の身にやつすことを望むのなら、オレは王冠を戴こう」


 その暴君はスカートを履きながら外股で足を組んでいる。

 そして肘掛けに乗せた右腕に顎を乗せ、退屈そうに息を吐いた。


 だらしない格好を少しも気にしていなかった。


 自分の外見などどうでもいいと思っているのだろう。


「そもそも貴方は何?」


 次に決定的な質問をフィフが投げ掛ける。


 侵食が進む度に感じた違和感。逆にフィフを乗っ取ろうとしていた意識。

 それがその暴君だと考えていた。


 しかし、暴君の答えは(けむ)に巻くものだった。


「くくくくく、答えるものか。オレの心はオレだけが知る。

 別人格。混ざりもの。ただの幻。それでいい。そもそも解は既に導かれている」


 自分の存在すら、暴君はどうでもいいと思っているようだった。


 “勝手にしろ”。

 そんな突き放す意思をフィフは感じた。


 それはルクスがいつも無意識に他人に感じていた警戒心に近かった。


「お前の方こそなんだ? 無様なガラクタが悪足掻きでもするつもりか? お茶会とやらは終えたのだろう?」


 馬鹿にするように暴君が尋ねた。

 

 確かにフィフがこれからしようとしていることは、悪足掻きに過ぎないのかもしれない。


 しかし、フィフの望みは彼の笑う世界だ。


「ルクスは私の光。それを消したくない」


「…………」


 暴君は、悪趣味に馬鹿にすることも、お得意の皮肉を発することもなく、ただ静かにそれを聞いていた。


「貴方も肉体を失うのは嫌なはず。このままではルクスは目覚めない。力を貸してほしい」


 そう言われてもなお、暴君は無言で目を細めるだけだった。


 そして億劫な態度で話し始める。


「オレと奴の繋がりを切断し、力を半減させて弱めたのはお前だ。

 なぜオレがお前ごときの願いを受け入れねばならんのだ?」


 本当に嫌そうな顔を暴君はした。

 何故なら協力など無意味だからだ。


「奴は世界に愛された男だ」


「……?」


 小馬鹿にした笑みを浮かべながら、暴君は語りだした。


 それは現在彼が置かれている状況の話だ。


「それは比喩でもなんでもない。奴は()()()()()から愛されている。そして、今はこの退屈な世界からの干渉を受け幽閉されているだけだ」


「…………」


 フィフは少し呆れた溜め息を溢した。

 それは心を焼き尽くす光を持つ彼の、その特性に対してだ。


 彼女の主は人間のメスだけでなく、世界同士にも色恋沙汰を発生させていたのだ。


「この世界が奴を奪い返し、お前の世界が再び奴を取り戻そうと躍起になっている。

 しかし、奴は元々この世界のもの。その魂はいずれこの世界に帰るだろう」


 フィフには全ての状況を理解できなかった。


 しかし、ルクスが別の世界からやってきた魂であることは察しがついた。


「もし、奴をお前も取り戻したいと願うのなら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 そして、暴君が何故フィフの干渉を受け入れたのかも知った。


 相変わらず暴君は嘲笑を浮かべている。

 全てをきっと茶番だと思っているのだ。


「……そして、貴方は何を得るの?」


「何を言っている?」


 フィフが自分の役割を理解したことを見届け、暴君は“玉座”から立ち上がった。


 その玉座に腰掛けているのに、立つことができるのか。

 暴君には足があるのだからできて当然だ。


 そして、暴君は帰っていく。“()()()()()()()()()()()”のだからそれも当然だ。


「“困っている人がいるのなら助ける”。────当然だろう?」


 上機嫌な笑い声を残して、彼の対極に位置する少女は去っていった。

 




 その牢獄(びょうしつ)には大きな棺桶(ベッド)があった。


 善意の鉄格子と期待の錠前。


 延命だけを求められ、足跡だけを記録され、人々の愛で潰された人形がいた。


「────」


 横に動く扉を開けて、フィフが入室する。

 するとそこには彼女すら見惚れ、絶句するような美貌を持つ人間が眠っていた。


 まっすぐに長く伸び、艶を放つ黒髪。

 汚れのない陶器のような白い肌。

 生物感すらない整った顔立ち。


 絶世の美青年がその長いまつ毛で瞳を隠すように、その棺桶に囚われていた。


 動くだけで華になるような雰囲気と、黄金比を纏った恵体。

 しかし、その一部は欠けていた。


 両足があるはずの場所に布の膨らみは無く、その右腕は不細工な義手をつけていた。


 生命の恵みは無機質な筒の紐を通って運ばれる。

 その絶世の美に絡みつくように伸びる蔦のようなものが、彼の命の数字を示していた。


「…………?」


「──!」


 入室した彼女の気配を感じたのか、その瞼が開かれる。


 その中でフィフの姿を反射させる瞳は漆黒だった。

 何もかもを受け入れる黒色の穴。


 本当に人形のような幻想的な雰囲気を持ち、性別すら超越したような完成度を誇る人間だ。


 開かれた二つの視線に射抜かれたフィフが動揺するほどの美貌だ。

 

 そういったものに無頓着なフィフですらこれなのだ。

 世界すら惚れた事実を信じざるを得ない。


「…………っ?」


 彼はフィフを見て少し恥ずかしそうに笑った。


 まるで、友人に恥ずかしい場面を見られたかのようだった。


「ルクス……」


 フィフはゆっくりと彼に近づき、その頭をいつものように撫でた。


「……、……!」


 少しだけ照れくさそうにしながらも、彼は抵抗しなかった。


「…………」

「? ……!」


 ────()()()()()


 その静かな空間は何故かフィフに深い悲しみをもたらした。


 自分を撫でながら泣き始めたフィフに彼は驚いた。

 だがその反応にすら、音は無い。


「……ルクスっ!」


「……? …、……」


 この世界に風を使って声を飛ばす魔法など存在しない。


 呪い、剣技、魔物、魔族。そんなものは絵空事だ。


 彼の声を誰も聞くことはできない。

 だからこそ人々は彼を都合のいい人形に仕立て上げる。


 その美しい人形は愛され続ける。これからもずっと。


「う……あ、あああああああああああああッ!!」


「!? ……?」


 大泣きする相棒に戸惑う人形は、残された左腕で彼女を受け止めた。


 優しい抱擁だった。

 そうしてその人形はまた一つ、人の心を焼き尽くした。


「ぐすっ……う、うぅ……」


「…………?」


 しばらく泣き叫んだフィフは落ち着くと、もう一度強く彼を抱きしめた。


「ルクス、これだけは言わせてほしい」


「……?」


 彼の息遣いが聞こえるほど近くでフィフは言葉を伝えた。


「私は貴方に戻ってきてほしい。私は貴方の剣でありたい」


「────」


 武帝とまで担ぎ上げられた女の取るに足らない願いだった。

 今までなんとなくやっていた相棒という立場。


 それを敢えて言葉にした。


 その願いはこの世界の人々が人形に求めたものと同質のものだ。

 そのことを理解していても、フィフは望んだ。


 そして、それに答えるように──その人形は頷いた。


「ありがとう」


 その熱を惜しむように離れ、フィフは立ち上がった。


 そして──剣を抜いた。


 それこそフィフがここに来た理由。


 あの世界では地底の世界だからという理由で、フィフの生まれた場所は“冥界”と名付けられた。


 そして、そこに君臨した彼女は間違いなく『冥府の王』である。


 ならばこそ、その剣はその人形を葬るためにある。


 ──“()()()()()()()()()()()”。


 時空間を超越する一刀を持つ彼女だからこそできる、非人道的な行いだ。


「……………、……」


 その人形は、どんなに望んでも手に入らなかったものをやっと手に入れる。

 やっと自らの命を終わらせられる。

 善と愛によって生かされ続けた苦しみと幸せの世界とはお別れとなる。


 きっとその最期の言葉は“お礼”だった。


 赤い手向けの花が、真っ白な棺桶に広がっていく。


 この世のものとは思えぬ妖艶な人形は、その散り際すら美しかった──。


 ──因果が逆転する。


 世界の時系列が決定する。


 記憶なき旅人たちの足跡が今ここに収束する。


 世界の悲痛な叫びと、別の世界の歓喜の歌声が聞こえてくるようだった。



「おはよう」


「……。うっす……」


 微睡みから解放され、人形は意思を持って動き出す。


()()()()、ルクス」


 満面の笑みで迎えられた彼は照れくさそうに鼻を掻いた。


「ああ……()()()()、フィフ」


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