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プリミティブ・プライメイツ ~暴君転生~  作者: 翠碧緑
2章:思春・王都動乱編

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98話 冷凛たる一刀


 暗闇と冷気の支配する死の領域でヴィクトリアは戦い続けた。


 地上で流れた時間はたった一日のはずだった。


 しかし、彼女の感じた時間はそんな短いものではなかった。


「…………っ!」


 向かい合い、剣を構えた二人。

 しかし、剣を教えると言った冥界の主は、まずヴィクトリアの()()()()()()


 比喩でもなんでもなく、ヴィクトリアの命を絶ったのだ。


 ヴィクトリアが感じたのはひやりとしたものが自分の首を通り過ぎる感覚だった。

 そして、少し残った意識が落下する頭の感覚と上下が反転した視界を覚えていた。


 その後、まったく動いていないフィフが刀を一振りすると、ヴィクトリアの意識が戻った。


「────! がっ! がはっ!! おえ……っ!!」


 その瞬間にヴィクトリアは斬られた感覚を思い出し、思わずえずいた。


「どう?」


「…………何が?」


()()()()()


「────」


 何事も無かったかのように放たれたフィフの一言で、先程の感覚が現実だったことを思い知らされ、ヴィクトリアはさらなる寒気を覚えた。


 暗い地面に膝をつく。


 触った自分の首は繋がったままだった。血も垂れていない。

 だがヴィクトリア自身は“死の感覚”を覚えていた。


「……いきなり私を殺したの?」


「そう。あんな茶番で調子に乗っている貴方をまずは痛めつける」


 フィフの言う茶番とは闘技大会のことだろう。

 彼女にとっては確かに茶番にしか見えないはずだ。ヴィクトリアですら試合に虚しさを覚えたのだから。


 フィフが再び構えのない構えをとった。


「痛めつけるってこ──」


「そう」


 “痛めつけるって、殺すことが?” ──そう言い終える前にヴィクトリアの首はまた落ちていた。

 聞こえたフィフの声はあっさりしたものだった。


 またフィフが刀を振るう。


 そうするとまたヴィクトリアは何もなかったかのように立っている。


「……く、ぐ……」


 また感じた死の恐怖。失禁してしまいそうになるのをなんとかヴィクトリアは我慢した。

 だが、こぼれる涙を抑えられなかった。


 自分が殺されていると自覚した時点で、頭がおかしくなりそうだった。


「なんで……」


「早く構えて」


「こんな一方て──」


 また首が飛ぶ。


 そして、フィフの一刀でまた戻る。


 それが、その処刑だけが繰り返された。


「ひっ……いやああああああ──」

「うるさい」


 発狂してもすぐに殺される。


「もう、いい……ごめんなさい、私は……」

「駄目」


 涙と鼻水とよだれでボロボロにした顔で謝っても許されなかった。

 そのままいろいろな液体を撒き散らしながら、死んだ。


 やがて、体感にして数日間殺され続け、ヴィクトリアは自分の首が落ちることを受け入れ、何も感じなくなった。


「…………」

「終わり」


「……?」


 そうなったときにフィフはやめた──


「次は()()()()


 ──首を落とすことは。


「────は? ……っ!? いッ! いやああああああああっ!!」


 ヴィクトリアの利き腕が落とされた。そして、左腕、次に足。


「あ、あ……────」


 そして、ヴィクトリアは寒さをゆっくりと感じながら失血死した。


 そして、また戻る。


「フィフ!! お願いだから……ッ!! あぎゃあああああッ!?」


「武器すら構えない……。駄目」


 肉体的苦痛と精神的苦痛がヴィクトリアを(さいな)む。

 またヴィクトリアは立つことすらできなくなり、息絶えた。


 そして、それもまた繰り返された。


 手足を失う痛みと、肉体の部位を失うという体験はヴィクトリアの心をさらに破壊していく。


 痛みがなかった分、首を落とされて即死する方がマシだった。



「まだ」



「まだ」



「まだ」



 とても短い言葉を繰り返しながら、淡々と人を殺すフィフに対して、ヴィクトリアは怒りすら湧いてきた。


 次第に、生き返った瞬間にフィフに対して攻撃するようになった。


「ああああああッ!!」


 だが、間合いに入ることすらできない。

 武の究極に少女が敵うはずがない。


「…………ッ!!」


 だんだんと生きているのか、死んでいるのか曖昧になり、ヴィクトリアは痛みで生を実感するようになった。


「…………」


「フィフッ!!」


 そしてフィフの放つ一刀目を防ぐことができるようになった。


 これまでまったく同じタイミングで同じ場所に打ち込まれているのだから当然だ。


 そのままフィフに向かって走っていくが、急に足の感覚が無くなった。


「────え」


「何をしてるの?」


 ならば、フィフは斬る場所を変えるだけだ。

 

 勢いよく転んだヴィクトリアは、顔面を強打した。


 足を見ると綺麗に切断されていた。


「ぐ……く……ッ」


 そして、また右腕を切断された。


「…………っ」


 この拷問の意味がヴィクトリアには分からなかった。


 無様な格好でフィフを見上げる。


 フィフの表情は真剣だった。

 何かを楽しんでいるわけでもなかった。


 ただ純粋にヴィクトリアを切断し、それを繰り返している。


 そのままヴィクトリアはまた死んだ。


 ──そして、刀が振るわれる音がする。


「…………!」


 またヴィクトリアは生き返る。


 そして、来ることがわかっている一刀を防ごうと剣を構えた。


「え……?」


 だが斬られたのは右腕ではなく、左足だった。


「何をしてるの?」


 そもそもフィフは右腕を最初に狙うとは言っていない。

 ヴィクトリアが防ごうというのなら、狙う場所を変えるだけだ。


「があッ!! う、くぅ……」


 慣れた痛みが感覚を麻痺させる。


 ヴィクトリアはなりふり構わずフィフに攻撃するようになった。


 死ぬ前に少しでも斬りつけようと、破れかぶれの突進を繰り返した。


「……っ!!」


「無駄」


 だがそれも無慈悲に、一刀の下、暗い地の底に叩き伏せられる。


「────」


 何度も斬り捨てられ、無様な姿で息絶え続け、ヴィクトリアはまた抜け殻となった。


 まるで、死人のようにうなだれていた。

 ここは冥界なのだから、死人が増えるのは問題ないだろう。


 しかし、ヴィクトリアは生かされ続けた。


「次」


「…………! あ、ああああ、おえぇぇ……ッ!!」


 そして次に始まったのは、腹切りだ。


 ヴィクトリアは自分の腹が割れて、臓物が垂れてくるのを見た。


 自分の(はらわた)は思ったよりも綺麗だった。それが強く記憶に残った。


 フィフによりヴィクトリアは殺され続ける。

 ────その繰り返しだった。


 フィフはヴィクトリアが抵抗をやめて打ちのめされる度に、別の場所を斬り、別の死に方をさせ続けた。


 終わらぬ痛みと冷たい死の感覚。

 ヴィクトリアは発狂と、安定と、絶望を何周も繰り返した。


 時間感覚すら失ったヴィクトリアは、その拷問の中で思考するようになった。


 フィフがこの恐ろしい行為を繰り返す意味を。

 ヴィクトリア・ブレイブハートを殺し続ける意味を。


 まるで罰するように自分を殺し続ける冥界の主のことを理解しようと考え続けた。


 そして、ある理由に思い至った。


「……私が人を殺すのが好きだから……こんなことをして、矯正しようってことなの?」


 それは彼女が抱える異常な衝動についてだった。


 人を殺したいという欲求がヴィクトリアの中には存在し続けている。

 これは肉体が成長しても、精神が安定しても変わることはなかった。


 きっと──愛しの彼に指摘されたとしても、改めることはできないだろう。


 我慢を続けることはできる。

 欲求を抑えることはできる。


 しかし、根本には今彼女が感じている痛みを他人に与えたいと思う衝動が存在している。


 こんな異常な考えを正すために、フィフはこの殺人を繰り返しているのではないかとヴィクトリアは思ったのだ。


「? 違う」


 だが、フィフの反応は非情で淡白なものだった。


「…………え? ッ!! がっ!?」


 ヴィクトリアの目の光を奪いながら、フィフは返事をした。


()()()()()()()()()()()()


 “そんな分かりきったことはどうでもいい”。


 それがフィフの答えだった。

 彼女は最初からヴィクトリアが殺人衝動を抱えていることは知っているし、それは人間の本能なのだから、問題にしていない。


 むしろ、ヴィクトリア・ブレイブハートは正しい。

 この世界の人間の在り方として、“真っ当”なのだ。


「では……どうして……」


 両目を切断され、指を切断されながら、ヴィクトリアは疑問を放つ。


 どうして今、自分はこんな辱めを受けているのかと。


 そんな質問にもフィフは淡々と答えた。


「貴方は最初から勝っている。そういう人は一度の敗北で折れる。弱くなる。これはそれを防ぐため」


「え……?」


 単純な答えだった。


 徹底的に敗北を叩き込む。

 自分の力の及ばぬ化け物がこの世界にいるのだと教え込む。


 それが師としてフィフが教えていることだった。


「あ……」


 心臓に一突きを受け、またヴィクトリアは死んだ。


 “決して届かない絶対の存在をその身で感じる”。


 それがヴィクトリアにもたらされた最初の教えだった。


「だとしても……これに、どんな意味が……かふっ!」


 再び甦ったヴィクトリアは喉を斬られながら、質問する。


「貴方は常にこの世界の上位者。底辺の暗さを、力で押さえつけられる感覚を知らない。

 それはいずれ歪みを生み出し、ルクスの邪魔となる」


「…………!」


 あくまでここにはいない相棒の為だとフィフは告げた。

 喉を斬られ、肺の空気が抜けていくヴィクトリアに返事はできない。


「このままでは、貴方は私とは逆の道を歩むことになる。

 私は強くなって調子に乗って、堕ちていった。

 貴方は大きな敗北を知って、折れて消えていく」


「────……」


 そこまで聞いてヴィクトリアは絶命した。

 そして復活させられ、フィフに向かって駆ける。


 この地獄を抜け出すには、フィフに何かを示さねばならない。

 なんとなくそんな風にヴィクトリアは感じていた。


 激痛を超えて、ヴィクトリアは左腕を犠牲にフィフに一撃を入れた。


「それは……つまり、フィフ……貴方は弱かったということなの?」


「そう」


 文字通りヴィクトリアの命を込めた一撃は、あっさり受け流され、前のめりになったヴィクトリアの首が落とされた。


 蘇生したヴィクトリアはまた動く、今度は魔法を使ってみる。

 だがそれごと斬殺された。


「この暗闇で生まれた私は何も持たない弱者だった」


 ヴィクトリアが生きている間に交わせる会話は一言ずつだった。


 だが、徐々にその言葉の応酬が増えていく。


「フィフが、弱者……?」


 胴体を思い切り割られ、息も絶え絶えの状態でヴィクトリアは驚いた。


「そう。そもそも私の生まれたときは剣術なんてない。ただ食べるだけの生き物しかいない」


 巻き戻り、またヴィクトリアは剣技の生みの親、その原典へ攻撃を繰り返す。


 この理不尽な抑圧から逃げ出すために。

 ──いや、打ち破るために。


「だから、私は殺され続けた。今の貴方のように」


「……!」


 またヴィクトリアは命を散らした。


 だが再び炎が灯る。


 我武者羅(がむしゃら)だった剣の振りは、いつの間にか丁寧に殺意を持ったものに変わっていく。

 

 一刀、一刀が敵の急所を捉えるように洗練されていく。


 ヴィクトリアが得意とする炎の魔法が変質していく。


「冥界で生まれた幽体でしかない私に戦う術は必要なかった。

 食事を必要としない私が他者と争う意味もなかった」


 ヴィクトリアの剣の纏う炎が、青くなっていく。

 それは温度が上がっただけではなく、この冥界の影響を受けていた。


 言うなればそれは“魂を焼く蒼炎”。


 自分の死を繰り返したことで、彼女は魂の存在を無意識に感じ取った。

 そしてそれだけではなく、幽体である目の前の強者を焼き殺してやろうと思ったのだ。


 その領域に至ったヴィクトリアはやっとフィフと“斬り合う権利”を得た。


 つまり、この冥界に絶対に君臨する『暗静尊(ノクティスセレン)』たる女を傷つける力を手に入れたのである。


「ハア……ハア……、それが、そんな弱者がどうしてこんなに強くなるのよ」


 フィフがやっと足を動かした。

 幽体である彼女の歩みが、足を動かすという表現で合っているのかはわからない。


 だが、少しだけヴィクトリアの剣を受けるために移動したのだ。


「教えられたから」


「……? ガハッ!?」


 まともに斬り合うことは出来るようになったが、まだその技量がフィフには及ばない。


 ヴィクトリアは腕を斬られ、剣を落とした。


 そんな痛みを与えられても、そんな屈辱を与えられても、ヴィクトリアの心に灯る炎は消えない。


 左腕で剣を取り、フィフに立ち向かう。


「…………やっと」


 その闘志こそ、フィフが彼女に求めたもの。


 全てを失おうとも、相手がどんなに巨大であろうとも戦い続ける研ぎ澄まされた意思。


 砕かれ、潰され、引き裂かれても折れぬ魂。それこそが、それを有する者が武帝だ。


 それを人間であるヴィクトリアに求めるのは(こく)かもしれない。

 フィフの歩んできた道程を無理矢理走らせているのだから。


 そして、それはまたあの究極の魔王の不興を買うのかもしれない。

 こんなにも人間を贔屓にしているのだから。


 生物を平等に見るアルテ・リルージュには我慢ならないことだろう。


 しかし、オーレイル・ニリアーは──フィフと名付けられた者は、『身内』を贔屓するのだ。


 簡単に殺され、それでもまた立ち上がる少女が、フィフを見る。


 その表情には冷徹な意識と凛とした心が宿る。


 結局のところ、フィフが教えたかったのは精神論である。根性、気合いだ。


 遥か昔に、ある旅人が暗闇をうろつく弱者に教えたもの。


 それは全てを諦めて受け入れていた少女を武の極みへと押し上げた。


「────」


 ヴィクトリア・ブレイブハートが構えをとった。

 正確には何も構えていない。彼女はただ突っ立っているだけだ。


 その表情は冷たく無機質だ。しかしその中には獄炎の怒りが宿っている。


 屈辱を、敗北を、諦観を絶対に受け入れぬ“自尊心”。


 生存競争を超えた、闘争と呼ぶべきものに必要なのはそれだけだ。


 『敵対者を下す』。

 そんな意識は弱者は持ち得ない。それは生存したいという原初の生命としての願いとは反する。


 だが、それを持つ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「そう……それこそが武を極めるということ」


 そして、少し前までのフィフが忘れていたものだ。


「……勝手に満足しないでくれる?」


 ヴィクトリアはお怒りだった。当然だ。


 彼女の纏う炎が蒼からさらに変化する。それはフィフも予想していない変化だった。


「フフ……」


 フィフは思わず笑みをこぼした。


 何度も言うが、フィフがヴィクトリアを選んだのは消去法だった。

 しかし、今は少しだけ自分の判断を褒めたくなった。


「…………」

「…………」


 紅紫色の炎を纏った狂気の騎士と暗く静かな武帝が対峙する。


 お互いに放とうとしているのは、原初の剣術。その基本にして必殺の技。


 勿論、互角などではない。打ち合ったところでヴィクトリアは敗北する。


 だがその一刀はまず放つところから始まる。

 そこから武帝となるためにオーレイルという少女は何万、何億とそれを放ち続けたのだ。


 今では御大層な名前がついていて、自分でも気に入って言い放っているが、結局はそれはなんの技術もない少女が放った“棒振り”だった。


 しかし、それはやがて世界の想定を超える力を持つことになる。


 距離、形、大きさ、空間、次元すら超越する極技。その名は────



◆◇



「────【冷凛たる一刀:鉄樹開花】」




 凛とした声で少女がその極技の名を呟いた。

 それは剣に焦がれた者ならば、必ず知るものであり、もっとも遠くに感じるものだ。 


「…………馬鹿な」

 

 斬り合いもなくクルモンドは倒れた。

 その絶対の一刀の下に、膝をついた。


「…………ふぅ」


 不動のままその一刀を放ったのはわずか14歳の少女だった。

 

 距離と高さすら超越する無限の間合い。

 それは武帝からすれば不完全なものだが、人間からすれば完全なものだった。


 10メートル以上先にいる少女が自分を斬った。


 それを理解できたのは、クルモンドが剣士としての実力を持っているからだ。

 あの領域に至る素晴らしさをわかっているからだった。


「そんな……馬鹿な……」


 腹から綺麗な血を流しながら、クルモンドはただ驚愕した。


 そんな彼を見て、ヴィクトリアは笑った。


「ふふふっ! ああ……敵が倒れるって、なんて心地が良いのかしら」


 その目は狂気に満ちていた。

 実際、ヴィクトリアは狂っていた。狂いすぎていた。


 冤罪による地獄の責め苦から帰ってきたような開放感を得ていたのだ。


「あっはははははは!!」


 ヴィクトリアが左手を上にかざした。


 そうすると、空中に“太陽”が顕れた。


 それは紫に近い赤色の炎で燃えていた。

 冥界を無理矢理照らすために作ったヴィクトリアのオリジナルの魔法だ。


 その太陽は彼女の世界だ。

 彼女の生きる大地を拡大するものだ。


 その太陽光が周辺の魔のモノを焼いていく。


 不死騎士と呼ばれる不浄の汚らしい騎士たちがどんどん溶けていった。

 浄化魔法と同じ効果を持つヴィクトリアの対フィフ魔法は不死騎士にも有効だった。


 汎用型と改良型の騎士たちが一斉にヴィクトリアに向かってやってくる。


「…………」


 ここでヴィクトリアが初めて構えた。

 その剣には紅紫色の炎が宿る。


 その炎は未だに現世にしがみつく罪人の魂を焼き尽くす地獄の具現だ。


「【桜花爛漫(おうからんまん)獄炎滅尽(ごくえんめつじん)】」


 ヴィクトリアが放った制圧斬撃は彼女を中心とする半径30メートル以内の不死騎士を焼き尽くした。


 その獄炎は再生成する鎧も、エネルギーとする魂すらも、灰に変えた。


「…………」

「ヴィクトリア様……」


 それを見たグスタフとアンリーネ、さらには教師陣は唖然としたままだった。


「あら? 貴方は来ないのかしら?」


 ヴィクトリアが語りかけたのはグスタフ特化型の不死騎士だった。

 ソレとアンリーネ特化型の不死騎士は未だに健在だ。


 グスタフの方を見続ける不死騎士に向かおうとしたヴィクトリアだったが、それに声をかける男がいた。


「なぜだ……。なぜお前のような貴族ばかりがそうやって力を持つのだ」


「…………」


 振り返ったヴィクトリアが見たのは、体を獄炎で焼かれながらも、しぶとく生き残る老人だった。


「許されぬ……。許されてはならぬ……」


 子供のように駄々をこねる姿には、哀れみすら覚えた。


「終わりだ……。また世界は支配されるのだ……」


 その老人の嘆きは正しく、間違っていた。


 確かに人間は支配されてきた。だが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

「もう少し、私たちを信用してはいただけないでしょうか?」


「何をだ!? まさか『貴族にも善い人はいる』などと戯言を抜かすつもりか?!

 いいかァ!? 善い人は悪を見逃してはならぬのだよ!! 不正をした貴族を見逃し、放置した時点で善い貴族など、支配者などいない!!」


 呼吸荒く立ち上がったクルモンドは暴論を唱える。


 悪を許した時点で善は滅ぶのだと。


「支配者は一切、欲望を抱いてはならぬ!! 我らを支配するのならば、心を捨てよ!! システムにもなれぬ者が我らの上に立つことは許さぬ!!」


 そして、クルモンドは自刃した。呪いを残して。


「《ガタエシ・イフシキフスフ》“()()──()()()”ッ!!」


 ヴィクトリアはそれを葬るため剣を構える。荼毘(だび)()すためだ。


 だが、彼女の人間的行いは世界の“悪たる存在”によって邪魔される。


「────!?」


 それは三方向からヴィクトリアを狙う黒き槍だった。


 遥か彼方から彼女だけを狙ったそれを、すぐさま迎撃する。

 獄炎がその槍を飲み込み、弾き飛ばす。


 ヴィクトリアはそれらを一刀の下に叩き落とした。


 しかし、敵の本命はヴィクトリアの“後ろ”だった。


 隠された四本目の槍。

 それは世界を逆走してやってきた。


「……!!」


 その四本目は今まさに不死騎士になろうとしているクルモンドの背中に突き刺さる。


 そこから起こった変化は人間たちの知らないものだった。


 鎧となるはずだったその死体は真っ黒なシルエットを形作っていく。

 そしてそれは真っ黒な羽根を散らすように、女性の体を生成した。


「いやぁ~、興味深い。まさか人間があの方の剣を使えるとはねぇ……。つい出てきてしまったよ。あっはっはっは!!」


 その影は自分に刺さった槍を手に取った。

 そしてその顔の部分には気色の悪い目が一つだけあった。


「…………」


 ヴィクトリアの表情が変わった。

 それは勿論、微笑みだった。


 殺人衝動を抑えずに彼女はその魔族に対峙する。


「周囲は気にしないほうがいいかもねぇ。これでも私は戦い慣れているのサ。

 では────お手合わせ願おうか」


 人間領域の小さな都市の近くで、かつての大きな争いに負けぬぶつかり合いが起ころうとしていた。


 人間と魔族の争い。

 それは今も終わらぬ、この世界の日常である。


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