私が噂の幽霊ですが、なんだか噂が凄いことになりすぎてて出ていけません
高校生ぐらいのお子さんたちが、コンビニエンスストアの前にたむろして、私の噂をしていました。
「このコンビニの裏に神社あるだろ? あそこって出るらしいぜ」
「出るって……幽霊的な?」
「聞いたことあるー! なんかあれでしょ? 昔殺されて埋められた女のひと」
「おっかない系のやつ?」
「うん。なんか恨み残して死んだひとの霊らしくて、名前を口にしただけで呪い殺されるって」
そんなことしません、私……。
確かにオトコに騙されて殺されて、あそこの神社の下のへんに埋められましたけど、私の怨念はそのオトコだけに向けられているのです。関係者以外には怖いことしませんよ。
名前を口にされたりしたらむしろ喜びます。だって私が生きて存在していたことを後世まで伝えてくださるんですから。有り難いとしか思いません。
「なんて名前? なんて名前ー?」
あっ。私の名前を早速口にしてくださるようですよ。
「ばっ……! おまえ、口にしたら呪い殺されるんだっつーの!」
そんなことしません! そんなことしませんから是非──仰って!
「神社んとこで口にしたら呪い殺されるんじゃね? ここなら大丈夫だろ」
ええ! ええ! ここは神社から少し離れたコンビニ前ですもの! 遠慮なく仰ってくださってよろしいですのよ! さあっ! せ〜のっ……!
「えーと……。確か、『マダコ』だよ」
……え?
「やだー! それってタコの名前じゃない? ちょっとリングっぽいのに一文字違いでギャグみたーい!」
何、マダコって……。私、そんなへんな名前ではありません。マリコ! 麻里子ですよっ!
「イイダコのほうがまだ怖いよなw」
タコではありませんっ! マリコ! マリコと呼ばないと呪い殺しますよっ!
私が怒りのあまり彼らの前に姿を現そうとした、その時でした──
「名前はアレだけど、相当ヤバい霊なんだって」
「どんななの?」
「パッと見た目はこの世のものとも思えないほどの美人なんだ」
あら……。
私、機嫌が直っちゃいました。そんな素敵な噂になっているのですね。ふふ……。
続けて姿を見せずに彼らの噂話に耳を傾けることにいたしました。
「スタイルもよくてよ、まるでスーパーモデルみたいなんだって」
「えー? いいじゃん! そんなんなら幽霊でもいいから会ってみてぇ!」
「でも、その美しさに引き寄せられて、うっかり近づいたが最後……」
「どうなんの?」
「正体を現すんだ! 顔がぱっくりサイコロステーキみたいに割れて、割れた肉片が追尾ミサイルみたいに飛んでくるんだって」
「ぎゃー!」
「……で、体のほうは蜘蛛みたいな八本足になって、神社の階段をカサカサ音立てて降りてくるらしいよ。で、捕まえた人間を尻についてる口からむさぼり食うんだって」
「尻からー!?」
「やっぱタコだ、それ!」
私、思わず、いじめられた子供のように泣いてしまいました。
私、そんなんじゃない……。そんなバケモノじゃなくて、ふつうの幽霊ですのに……。
噂って尾ヒレがつくものなのですね。面白おかしくなるように、私のことをモンスターみたいにして……。
私がさめざめと泣いていると、高校生たちが言いだしました。
「おい、今から行ってみようぜ」
「えー? 出たらどうすんの?」
「出たら? おもしれーじゃん。動画に撮ってネットで晒そうぜ」
ええ……。確かに私、色んな方に姿を見せて、噂になってはおります。
でも、ただ姿を見せただけですのよ。それは単純に、私という存在を忘れてほしくないのが理由です。
もちろん一番の理由は、噂につられて私を殺したあのオトコがやって来るのを期待しているのですが……。彼はもう70歳を越えているはず。もう、それは期待してはおりませんわ。
「行こうぜ! 行こうぜ!」
「よーし、撮るぞー! おまえらもみんなカメラ回せよ?」
「あっ、ちょっと待って。コンビニでからあげ買ってく」
彼らが神社の階段を登るのを、私はもじもじとしながらついていきました。
ちょうど不気味な赤い満月が空に浮かんでいました。
ホラーなムードはたっぷりで、ここに私が姿を現せば……どうなるのでしょう、彼らは怖がり、喜んでくれ、私の姿はネットで拡散され、私は一躍有名になるのでしょうか。
なんだかガッカリさせてしまう気がします。
ほんとうは顔がサイコロステーキみたいに割れることもなく、それがミサイルのように飛んで彼らを攻撃するようなこともなく、何より噂ほど美人じゃなくてスタイルも安産体型だと知られたら……
階段を登りながら彼らが無口なのは、期待している証拠だと思えました。
モンスターみたいな霊が階段をカサカサと蜘蛛のように降りてくるのを彼らは固唾を呑みながら心待ちにしているのです。
リアルな私はこんなに地味で、ただ幽霊だっていうだけの、ふつうの女です。享年23歳でしたけど、割烹着が似合う女です。
出にくいです。
出ていきにくいです。
彼らを喜ばせたいのは山々なのですが……
そう思って彼らのあとをついて歩いていると、階段の上から誰かが降りてきました。
高校生たちが騒ぎだします。
「ヒエッ!? 幽霊かと思ったー!」
「こんばんはー」
「こんな夜更けに参拝ですかー?」
「神社の人じゃない? おじいさんだよ」
私の目が見瞠かれました。
あのひと……あのひとだ……
年老いてはいるけど、間違いない。私を殺した井上清志さんだ! うらめしや!
「ボウズども、おまえらも幽霊見に来たのかい」
清志さんが高校生にそう聞きました。
「オレもな、なんか懐かしくなっ……いや、なんていうか、幽霊が出るなら会ってみてーな……って」
「おじいさん、元気ー!」
「石段登るだけで疲れたっしょー?」
「で、幽霊、いなかった?」
「ハハハ……。会えなかったよ。会えたらなんていうか……謝りてぇことあったんだけどな」
私を殺したことを後悔してらっしゃったのでしょうか?
それを私に謝りに来てくれたということなのでしょうか?
あんなことをしておいて……。あれだけ信じていたのに……。信じさせて、裏切って、あれから50年も経ってから謝罪なんて……私が許すとでも思ってらっしゃるのでしょうか?
ぐぎ……ぎ……
ぐぐぎぎぎ……! ぐぎぎぎぎぎぎ!
「もしかして、おじいさんがマダコを殺したんじゃないのー?」
「おいおい冗談でもよせよ。失礼だよ」
「マダコじゃねぇ……。麻里子だよ」
「あっ。マダコじゃないんだ?」
「えっ? おじいさん、なんで知ってるの?」
「麻里子はな、俺が人生で一番愛した女だったんだ」
「えっ……?」
「えっ?」
「結婚の約束してた。本気でよ……でも、あの時の俺はアホだったんだ。ちょっとカネに目が眩んだぐらいで……アイツを殺しちまった」
「ええっ!?」
「本当におじいさんが……!?」
「やばっ! 殺人犯!?」
「怖がんな。そのあとすぐに自首して、この間ムショから出てきたばかりなんだ」
「そ……、そうなんですか」
「罪を償ったんですね?」
「償えるなんて思ってねえ……。ただ、アイツに会えたらよ、ただ謝りたかったんだ。それで呪い殺したきゃ、呪い殺してくれたらいい。アイツに殺されるなら本望だって思ってここへ来てみたが……、会えなかったよ」
「清志さん」
「えっ!?」
私が名を呼ぶと、清志さんは振り返りました。
赤い満月の下、私は彼らの前に姿を見せたのです。
白い割烹着姿で、きっと彼らには柔和な表情をしているように見えたことでしょう。
「麻里子……」
清志さんの唇がわなわなと震えました。
「すまなかった……。俺を……許してくれるかい?」
私の顔が、サイコロステーキのように、九つに割れました。
体からは二本ずつ、手と足が新たに生え、私はさかさまになると、階段をカサカサと足音を立てながら駆け下りました。
そのまま清志さんをお尻で噛むと、地獄の裂け目に連れ込み、一緒に炎の中へ落ちていきました。