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燦燦さんはバイキングが食べたい その1

 そもそもなぜ世界はこのような終末の様相を呈するようになったのか。

 未だに理由は明らかになっていないが、いくつかの説の中に、ゾンビと「魔術」の関連を疑う意見がある。

 魔術師。それは、ゾンビが現れる数年前から世の中に登場した不思議な力を行使する者達のことである。

 彼らの使う魔術は、かつて人類の長い歴史の中で信じられてきた魔術と比べて、明確に世界の現象に干渉することのできる力であった。彼らは空を飛び、壊れた物を直し、生き物の傷を治し、声や文字を使わずとも会話をすることができた。

 多くの人がその正体を探ろうとしたが、魔術師達はその追求から逃れ続けた。そして数年後の世界はゾンビによる混乱に呑まれることとなった。

 また、科学実験によって生まれて世の中に流れ出てしまったウイルスの仕業ではないか、と疑う声もある。

 実際、かつてそういった類のテレビゲームや映画が人々の間で流行していた。それが現実になったのかもしれないとのことである。

 仮にそれが事実だったとして、狂った科学者の意図的な行為か、はたまた善良な科学者による失敗か。

 滅びゆく人類は、まだその答えを見つけることができないままでいる。






「あたしはバイキングで……食べ放題がしたい!」


 火燃(ひもえ)はそう宣言した。


「バイキングだと? なぜそうしたい?」


「うーん、できないこともないけど、簡単にはできないかなあ」


 火燃の熱い宣言に対して、兄と姉は冷静な返答をした。


「うん、ゾンビになってた間……いや、今もゾンビなのか……。意識が無い間、ずっと何も食べられなかったし、ゾンビになる前も、長いこと食べ放題とか言ってなかったからね!」


 火燃は目を輝かせつつ口から涎を垂らしそうなほど顔を歪ませて言う。今とてつもなくこれが「したい」というアピールだ。

 しかし、氷凍歯(ひとし)は苦々しそうに火燃を制止する。


「なるほどな。しかし、今は世界中そのような店を開く余裕など無いし、当然この近所も然りだ。我慢しろ」


「マジか、残念だぜ。でも我慢し過ぎたら理性の無いゾンビに逆戻りして人の肉を食べちゃうかも〜」


 火燃はウインクしつつコミカルな手振りをしておどけてみせた。

 すると、痺雷(ひらい)が今度は先程の氷凍歯とは対照的に、


「それは大変ね。よし、お姉ちゃんがなんとかしましょう!」


 と手を叩いて明るく微笑んで言った。






 ゾンビそのものの特徴をここで述べる。

 理性の無い人肉を求める人の形をした怪物。それがゾンビである。

 ゾンビの発祥は上記の通り謎だが、増える方法は知られている。ゾンビは生きている人間を噛み殺そうとする習性があり、噛み殺された人間の死体は、一時間程経つとゾンビとして再誕するのだ。そうやって人間の数は減り、ゾンビの数は増えていった。ゾンビから人間に戻る術は発見されていない。

 ちなみに、ゾンビに噛まれたが即死はしなかった人間は、ゾンビの持つウイルスに感染してしまい、酷く生命力が弱体化してしまう。これにより他の感染症や軽い怪我がきっかけで死亡してしまうケースも多い。しかし、衛生的な環境でしっかり休養を取れば、無事に完治して生還する可能性も高い。残念ながらそのような環境がそもそも限られているのがこの世界の現実ではあるが。

 ゾンビは異常な再生能力を持ち、脳や心臓や脊髄を損傷させても時間さえあれば再生をして復活してしまう。そのため、基本的にはゾンビに対しては逃げることが最善である。

 ただし、ゾンビにも弱点はある。簡単な話、再生が追いつかないほど速く徹底的に細胞を破壊し尽くせば、ゾンビを完全に殺害することが可能だ。しかし、当然のことではあるが、先程の例に漏れず、そのようなことが可能となる条件は限られている。

 更に、極一部のゾンビの性質として、体を構成するものが変化するという特徴がある。植物だったり鉱物だったり様々で、そういったゾンビは「異常個体」と何の捻りも無く呼称されている。






「お待たせ!」


 そう言って部屋に入ってきた痺雷の服装は、大人しいデザインのワンピース、足にはローヒールの靴、頭には麦わら帽子、首にはスカーフ、といった具合だった。


「姉ちゃん、似合ってて綺麗だよ! でも……全部黄色いのはどうなの?」


 火燃の困惑も(もっと)もである。そう、ワンピースも靴も帽子もスカーフも、全部真っ黄色なのだ。

 隣の氷凍歯も同様に呆れている。


「お前は全く……。これだから引きこもりは……」


「ちょっと、それは言わない約束でしょうが! それに、お兄ちゃんが私のこと言えるの?」


 抗議の指を氷凍歯に指す痺雷。今の氷凍歯の服装は、部屋着のような水色のTシャツに、半分ダメージジーンズになったような使い古された紺色の短パンという姿である。流石に「聖」の文字が書かれたシルクハットは着用していないが、その分余計に整えられていないボサボサとした髪のだらしない印象が強くなっている。


「俺は服装に気を遣っていないだけだ。お前は気を遣ってそのザマだろう? だから、一緒にするな」


「それ普通に姉ちゃんの方がマシなんじゃないの?」


「そうだよね!」


「そうか?」


 兄姉妹(きょうだい)たちの間には、和気藹々とした空気が流れる。彼らはこの後、どこかに出かけようというのだ。






 燦燦火燃という少女について。

 外見に関して言えば、ゾンビの時代以前の平均的な女性よりも背が高く、筋肉もかなり多い。

 人間からゾンビに再誕したことで腐ってしまっていた部分は、その(のち)の兄・氷凍歯と姉・痺雷の数年にも及ぶ尽力によって人の心を持ったゾンビガールとして新たに再誕したことで、右目と右肩と左手首以外は生きていた頃とほとんど同じ状態まで回復した。

 冷凍ゾンビの状態から目覚めた時は全裸だったが、今は兄の魔術と姉の科学の力の結晶である火燃専用の特殊な「現状維持服」を着用している。

 生前から高い運動能力を持ち、長距離走や短距離走、球技などはほとんど得意であった。それは今でも変わらず、理性の無いゾンビに溢れたサバイバル生活の中でも有効に活用されている。

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