火燃(ひもえ)の再誕
この世界の人類の大多数が死に絶え、生命の無い怪物つまりはゾンビという存在と化してからそれなりに時間が経った。
「私の方は準備はできてるよ、お兄ちゃん」
ここはゾンビが徘徊する廃墟だらけのゴーストタウンならぬゾンビタウン。そんなかつての住宅街に、一つ「まだ生きている」家がある。
「待て痺雷。俺にはもう少し時間が要る」
その家の一室に、生きた人間が二人と、横たわった状態で冷凍保存された一体のゾンビがいた。
「了解。焦らなくていいから落ち着いてね」
一人は白衣に身を包んでいること以外は至って普通の少女で、もう一人は灰色の布を顔にも体にも巻き「聖」と書かれた怪しげな青いシルクハットを被った背丈の大きな男であった。
少女の方は真剣そうに、しかしながら心ここに在らずといった面持ちで、手首に巻いた真っ黄色の腕時計を撫でる。よく見ると、彼女が白衣の下に着ているシャツもスカートも真っ黄色で、更には靴も真っ黄色であり、至って普通と呼ぶような服装とは呼べない状態である。
男の方はと言うと、
「〜〜〜〜〜〜」
一目でわかる怪しい姿のまま、何やらブツブツと呪文のような言葉を歌でも口ずさむように唱えている。まるで魔術師だ。
いや、まるでではない。彼の名は燦燦氷凍歯。詳細はいずれ述べるが、彼は本物の魔術師で、妹である科学者の燦燦痺雷と共に、今まさに重大な事を成そうとしているのだ。
「よし、俺の用意も問題ない」
「うん、じゃあ……始めようか」
頷きあう氷凍歯と痺雷。二人は目の前にある冷凍されたゾンビに視線を送る。
最初に妹の痺雷が機械のリモコンを手に取り、深呼吸をしたのち、ボタンを強く押した。
ウイィィィンと機械の音がゾンビの体内から響く。その体を覆う氷の膜が少しずつ割れて弾けていく。
次に兄の氷凍歯が両手をゾンビに向けてかざした。すると青い光の模様が凍った死体を乗せた台に刻まれ、周囲の氷は急速に溶けていった。
先程まではゾンビの体は腐りかけ、生前の性別もわからぬほどであったが、段々と肉体が生きた人間の形を取り戻していく。この死体の生きていた頃の姿は少女だったようだ。
そのまま数分が経過した。痺雷と氷凍歯は世紀の大実験の結果をじっと待つ。
そしてついにその時が訪れた。
半分腐ったままのゾンビはまぶたを上げ、そして口を開いた。
「あれ……? あたし……」
彼女は寝ぼけたようにゆっくりと体を起こす。
「「火燃!!」」
氷凍歯と痺雷は喜びの声を上げながら、目を覚ましたゾンビの少女に抱きついた。痺雷の目には涙が浮かんでいる。
「ん……? 兄ちゃん!? それに姉ちゃん!?」
ゾンビ少女は驚いて辺りを見回した。
「あたし、ゾンビになったはずじゃ……」
「はははっ。大成功だ」
「ううっ、ぐすっ、火燃……ううっ、良かった……」
「……? よくわからないけど、兄ちゃんと姉ちゃんが生き返らせてくれたんだな! ありがとう!」
人間の心を取り戻したゾンビ少女は、燦燦家の次女、火燃である。
「う、うおおおおおっ! 起きたらめっちゃ腹減ったああああっ! とりあえず、ご飯食べたーーーいっ!!」
この物語は、彼女が「したい」ことに挑戦し、やがてはこの滅びゆく世界の謎に迫ってゆく話である。