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第九十七話

 ファシルは幕の下りた海上を後にする。

依然として荒れるその場に再び現れた扉を通って神殿へと戻ったファシルはイリスで切り裂いた扉のあった回廊に出ると、そこからそのままに外に向けて歩き出したが少しの歩数をもって踵を返すと扉の前に戻りその扉に手をかけた。

無造作に扉を開けるファシル。

しかしファシルの目に入ってきたのは祭壇のある部屋ではなく小さな物置部屋で、そこに祭壇はなかった。

扉を静かに閉めるとファシルは「イリス」と言い放った。すると、ファシルの下にすぐさま姿を現したイリス。

そのイリスからは今までの経過を知らないが故の健気さが伺えたがファシルはイリスを手に持つと、次の瞬間には神殿の回廊から消えた。


 外に出たファシルは、神殿の入り口に向かい立つとイリスを握る手に力を込めた。

ファシルが現状出力できる魔力のほんの少しではあったが、その魔力を乗せてイリスを振るい神殿を横薙ぎに一閃すると景色に不自然な程に綺麗な一本の細い線が出来たが、それはすぐに消えて無くなった。

ファシルが握る力を緩めるとイリスは姿を消して静まり返る。その様は意味を失った目前の神殿と同様であった。

ファシルは神殿に背を向けて歩き出すとその静かな所作のままに霞に消えた。ところが、誰もいなくなるのを待っていたように地鳴りを起こす神殿。

神殿は受け止めた一本の線に反していくつもの不揃いな瓦礫と化していくと、そこにその山を築き上げて再び沈黙した。


 リュグネロアは空中にて小虫に囲まれながらも暇を持て余していた。

数ばかりしか取り柄のない小虫はその五月蠅さを殊更に強調して騒ぎ立てるが、あしらう程度に振るわれた尾の勢いに負けて四分五裂していく。

リュグネロアにとってこれ程に退屈な事はなく取るに足らない有象無象であったが、数だけは一端に多い。よって、体を動かす事において軽い運動程度にはなっていた。

そんなリュグネロアの表情が即座にして険しいものへと変わる。

それはすべてを呑み込む程の大きな気配によるもので、その気配を感じ取った矢先にリュグネロアを包囲していた小虫は何時しか静かになるとその身振りを止めていき、余さず静止した。すると、如何なる感情の起伏も許されず反応を示すことなく焼け焦げていく小虫たち。

その様子は奇妙の一言に尽きてその身に全く火を纏っていない。

その光景を見届けるリュグネロアは聴こえてきた声に待ち望んだようなはしゃぐような反応を示しその方を向いた。

リュグネロアの視線の先に立つファシル。

ファシルがリュグネロアの背に乗ると、二者はその場から風と飛んだ。

「待たせたな」



 ビスベーリトの頂上にある神殿の内部にて。

朽ちた闘技場に鎮座する金色の鎧の前に立つその者。

その者はそれを見て即座に理解すると、時の流れを感じ取っては深い悲しみに包まれていた。

朽ちた今でも感じられる強い意志には一切の迷いがなく、そのすべてが懐かしく感じられるその者にとってこれ程に辛ものは無く、自身の感情をかき混ぜられたその者は自らの膝を折らせるに至った。

膝をついてゆっくりと近付いていくその者。

金色の鎧の間近に辿り着くとその者はそっと手に触れた。そして、その目を閉じてしばしの沈黙を生み出すとその感情に整理を着けていく。

その者は後悔と不甲斐無さに苛まれるばかりで、それはひとえに自身の記憶の景色によるものであった。すると、その情景に思いを馳せて涙するその者。

しばしば続けられたその沈黙も、落ちつくに至ったその者がポツリと呟いた言葉によって終わりを迎えた。

「すまない」

その者は再びの沈黙を生んだが、先程の感情のうごめきはなく唯々しんとして静かに在るとそこに少しの時間しか与えなかった。そして、その者は目を開けた。

その者に伴って闘技場に漂っていた瘴気が瞬時に消え去る。

澄んだその場にて、その者は毅然とした表情の中に携える青い瞳に宿した魔力を解放すると小さく詠唱し次の瞬間にはその場から消えた。

金色の鎧を中心に辺りが眩い光に包まれていく。

外の天候に拘らず常に薄暗い神殿に光が射した。

光はやがて炎に変わった。

すべてを焼き払っていくその光は炎系最上級魔法であり、それは瞬きに輝いた。

闘技場に鎮座したかつての仲間に最上級の敬意を込めたそれは、金色の鎧すらも焼失させるとそこに縛られた仲間に解放を施した。

燃え盛る神殿の中に淡く光る小さな光の球は空へと昇っていく。

その者は赤を追ってその場を後にした。


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