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第九十三話

 祭壇のある礼拝堂に突如として姿を現す者が一人。

礼拝堂に戻ったファシルは祭壇に目を向ける。

何もなくなった祭壇は、粉々に砕けては破損の酷さからその体を成さずもぬけの殻。

祭壇の真ん中に閉じ込められていた物は今、ファシルの手中にある。

ファシルは手に握ったイリスに呼びかけるとそのままに命令を下した。

「仕上げだ」

ファシルはイリスを天に掲げて自身の魔力を集中させた。

するとイリスとファシルの魔力が大きく膨れ上がり神殿を呑み込み始めた。

その広がりはファシルを目とした嵐として礼拝堂の全てを削り取っていくと、祭壇もその装飾も何もかもを、巻き起こした嵐によって無くしていった。

やがて、風の赴くままに一切の抵抗を許さずファシルは神殿を消し去った。


 静かな始まりも轟音へと変わりそして、無へと帰す頃。

「こんなものか」

そこに更地を作り上げたファシルは掲げたイリスを下ろすと手元から消したが、それは見えずとも確かにそばにあると感じ取れた。


 平原に気持ちのいい風がなびくと、一息ついてファシルは叫んだ。

「リュグネロア!」

その呼び出しに刹那の時も待たすことなく馳せ参じたリュグネロア。

(はっ、ここに!)

すると、リュグネロアはそれが当然の事であるようにファシルの前で伏せるように姿勢を低くしたが、ファシルはそれに構わず飛び乗った。

「次だ」

背に乗るその者は端的に言うとそれをリュグネロアへの指示とした。

そしてリュグネロアはその場に風を振りまくと上空へと一息に舞い上がり、その場を後にした。


 空を翔けるリュグネロアは雑念を拭いきれずにいた。

雑魚を蹴散らしながらも待機していた矢先に掛かった呼び出し。

神殿が消え去るのを感じ取っていたリュグネロアであったが、その否応なく自身を呼びたてる者には気付いておらず、しかしながらその者の前に参上した瞬間、身が引き締まるような緊張感と懐かしさに不思議なものを感じ取りつつも自身の一連の行いに納得してそれは間違いではなかったと確信した。

リュグネロアの飼い主であるピュール。

そのピュールが仕えた、かつての主を目の前の者と重ね合わせたリュグネロア。

その者に対する不敬はあり得ないリュグネロアにとって、背に乗せて空を翔ける今の状況はこれ以上なく光栄な事であった。

しかし、実際に背に乗る者は別の者である。

その極めて似て違うその者に不思議と心地よいものを感じ取るとリュグネロアは駆けるその所作に歓喜の色を滲ませた。

リュグネロアは翼に自然と力が入り、その速度を速めた。

「どうした?」

(いえ、何も)

久しい感情に我を忘れてはしゃぐリュグネロア。

その事に気付いたその者は何気なく声を掛けたが、リュグネロアは少しばかりの恥ずかしさにさいなまれた。

すると、その者はその意図を汲んだように声を漏らした。

「速く飛べるか?」

リュグネロアはその者の言いように少しも違わず答えた。

(主の御心のままに)

空を翔けるその在り様は更なる高みへと昇ると、一迅は空に軌跡を描いた。

背に乗るその者は赴く先を見つめると、リュグネロアの心もまた一致したものであった。


 森の中に降り立ったリュグネロア。

──ザッ。

その者はリュグネロアの背から降りるとその先に在る神殿に視線を投げた。

「……」

そして何も言わず歩き始めるその者は神殿へと向かって行く。

そのおごそかな背に見惚れるリュグネロアであったが、次第に湧き始めた有象無象に気付くと名残惜しそうにしつつも空へと舞い上がった。


 背に少しの風を感じつつもファシルは神殿を目前に据えた。そして先の神殿と構造を同じくするそれを見上げると軽く息をついて足を踏み入れた。

以前と同じく見えぬ障壁がそこには当然のように在ったが、ファシルから漏れ出るイリスの魔力に触れると霧散して消えた。

ファシル自身は遮るそれに気付くことなく、何の抵抗もなく歩みを進め中へと入っていった。


 しばらく続いた回路は、外の構造と同様にその部屋までの道程は以前と変わりなくあると両開きの扉の前にファシルを導いた。

そしてファシルは勝手知ったるように扉に手をかけると一切の躊躇なく開けた。

すると少しの勢いに開かれた扉の先は、イリスを封じ込めていた部屋と全くの変わりなくあるとファシルの意を動かす事はなかった。


 その者は同じ構造の部屋にある祭壇に一瞥をくべた。

祭壇の上にはイリスと同じく、姿形が捉えられない黒い靄がある。

その者はそれを見据えると扉の所から姿を消しては祭壇の前にその姿を現した。

「これか」

イリスを自らの手中に置いて以降、以前の雰囲気を失くしたその者は当然のように祭壇の上にあるそれへと手を伸ばした。

──ヌシにそれは渡せんな。

その者の手が黒い靄に触れかかるその瞬間、その手を後方へと引っ張る力が働き始めた。

その力の始まりはその者にとって取るに足らないものであったが、ピタリと止まって少しも先に進まないその者の指先。

次第にその力は無視できない程に変遷していくとじりじりとその手を退けさせる。

その者の体にゆっくりと、確かにかかる力。

その力が効かすそれは手だけにあらず全身に働きかけると、その者の抗い無駄にした。

万力のようなその力は一定のところまで来るとその者を無理矢理に引きはがしては先の行動を巻き戻した。


 一連の流れが逆行するとファシルが扉に手をかけた時に戻った。

閉じられた扉の先、ファシルは予感に動揺を強いられたが先に見た黒い靄を手中に収めるため再び扉を開けようと力むが、一様の躊躇をもってそれを止めて手を離した。

ファシルはイリスを手に持つとそれで切り開いた。

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