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第八十五話

 ビスベーリトの麓でいつも通りに仕事をしていた衛兵達は絶句し、そしてすぐに慌ただしく動き出した。

その衛兵らの主な仕事は、ビスベーリト全体を覆う魔力障壁の保守点検及びその内側にいる生物の調査監視であった。衛兵らはビスベーリトを覆う障壁の重要性を充分に理解しているため、それが外との隔たりを無くさないように日々それに従事していた。

しかし、その障壁が突如として砕けた今となっては衛兵らがとる行動は事前に想定されたものであったが実際にその時を迎えると慌ただしくなり訓練通りにはいかない様であった。


 ビスベーリトを斜めに切り下ろすような形で線が入ると、その直後に大きな音を伴って障壁が砕け散うと、外との隔たりは瞬く間に無くなった。

ビスベーリトに住みつくそれらは自身らを閉じ込めるその障壁が無くなったことに歓喜するとすぐに外に飛び出そうと動き出した。

≪イールケレ≫

しかしながら一刀のもとに障壁を砕いた張本人によって、それの裂ける音よりも大きな一声が響き渡ると、一切の動きを封じられたそれらは羨望の眼差しを外へと向け続けるだけでそこから外出する事は叶わなかった。


 ファシルは吹き抜けの大きな洞窟に降り立った。

急な出来事ではあったものの、あらかじめ知り得たことによってドラゴンは待ち受けていた。しかし、ファシルの様子を見たドラゴンは動揺こそし見せなかったがその体は正直なようで身構えるに至った。そして次の出方を伺った。

ファシルは黒い翼をしまうと足早に詰め寄りドラゴンとの距離を縮めてそのまま静かに口を開いた。その様子はドラゴンにとって分かっている事ではあっても異常なほどの恐怖を植え付けると身構えたその巨体をほんの少し後退させたがファシルは構う事はなかった。

どこまで知っていた──と一言訊くファシル。

その答えをドラゴンは知っていて尚且つ簡単に答えられたがそうはいかなかった。

沈黙を続けるドラゴン。

ファシルの二言目は洞窟全体に響き渡りビスベーリト全体を振るわせた。

「どこまで知っていたッ!?」

ドラゴンがある程度未来予知できる事を知っていたファシルは怒りのあまり叫んだ。

明確な怒りを露わにしたファシルに対して言葉を返す事が出来ないドラゴンはばつが悪そうにしつつも押し黙ったままであった。そしてそのドラゴンの様子は、それを見たファシルにとって充分な返事と受け取れた。

誰の目から見ても明らかな程に魔力を増幅させて景色を歪ませるファシルが次に取る行動は、それの解放でありドラゴンへの八つ当たりであったが、ドラゴンはそれを自身への罰として甘んじて受けるつもりであった。しかしその潔い姿もファシルには気に食わないもので怒りを増幅させるばかりであったがその心の内は悲しみに包まれており、駄々をこねた子供のようにそれをどうすればいいのか分からない様であった。

ファシルは八つ当たりしている事を理解していると同時にドラゴンが過去に見た未来はどうする事も出来ないものであった事も理解していた。

ファシルがレイリアを助けられなかったのは運命であった。


 気が収まらないファシルはいろんな感情をはらみつつもそれを、ままに受け止めるつもりのドラゴンへとぶつけた。

≪フリオラ≫

その言葉と共に洞窟全体に満たされたファシルの魔力を伝ってドラゴンに黒い雷が降り注いだ。それは怒号のような轟音を伴うが、それを忘れてきたように置き去りにすると凄まじい速さを見せた。

全く躱す気のないドラゴンは死を覚悟した。

その力を以前この場所で被ったドラゴンにとってそれが生易しいものではない事を理解していたと同時に、その行動の示す所は未来予知によって避けられない事であると知っていたからであった。


 轟音を伴って幾重にも拡散した黒い雷はあらゆる角度からドラゴンに差し迫るとそれは紙一重の所までドラゴンに肉薄した。

数多の雷には速いものから遅いものまで差異を生じさせたが、それらの差は極まった速さの中では些細なものであった。

そして全てが出そろうとドラゴンの下に集う。

この刹那は光ったその時に終わっていた。

しかし、それらがドラゴンに触れる事はなかった。

「そこまでにしな!」

二者の間に割って入ったその者は静かに片方の者をたしなめると、その圧倒的な力を相殺するように魔法でかき消した。

咄嗟の事に見失う自身の心。

ファシルはすぐさまにその心──意識を向けるとその声のする方を睨みつけた。

確定していたドラゴンの死を、ドラゴンの未来予知を超えて介入したその者。

ドラゴンは胸を撫で下ろしたがその者の事で動揺を強いられた。


 ファシルは、姿を見せず素性の知れないその者に対して自身の最大級の力をぶつけた。

≪フリオラ≫

それは先程と同じものであったが無意識下で制御してドラゴンに放ったそれとは違った。ファシルは素性の知れない者に対して遠慮をすることなくその力を使うと、再び辺りを覆う黒い雷は一際輝き、まだどことも分からないその者へとまっすぐに向かった。

しかしながらこれすらも、かき消されることになった。

「やれやれ、せっかちだねぇ」


 その者はファシルの最大級のそれを意に介さずかき消すと驚くファシルを差し置いてそのまま口を紡いだ。

「この前まで」

こんなに小さかったけどと言葉を連ねたその者は懐かしむようなそぶりを見せつつもさらに言葉を続ける。

「時間ってのはあっという間だねぇ」

「しかし、なりは大きくなっても泣き喚いていた頃と何も変わっちゃいないよ」

「ねぇ、ファシル?」

ファシルは自身の名を呼ばれてさらに驚きを強くしていると、その者はファシルの目の前に姿を現した。


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