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第八十四話

 エイリャールを追ったはずのその羽付きはエイリャールに加勢する事は勿論、死を見届ける事すら出来なかった。

その羽付きは帝国城の広場に戻ってきていた。

「ッ!?」

羽付きは無意識に広場へと戻った事に気が付くと再びエイリャールの下へと向かおうとした。しかし、それは目の前に現れたその者によって不可能になると同時に必要がなくなった事を理解した。

すると羽付きはどのようにして自身とエイリャールの分断に成功したのか考え始めた。そしてその答えはすぐに導き出されるとその羽付きの口から解説された。

その者を目の前にして懇切丁寧に解説する羽付き。

その様子はさも自身の事のように伺えて、そして目の前のその者は静かにそれを最後まで聞き続けた。

「……という事であろう?」

「そうだ」

両者のやり取りは一先ず終わりを迎えると羽付きがその者に別の事を訊いた。

それはその羽付きが見殺しにしたエイリャールについての事であった。

「あいつの」

エイリャールの最後はどうであったかと訊く羽付き。

冷静な羽付きであっても少しばかりの後悔が伺えたがそれはそのままにエイリャールを心配しての言葉ではない様でもあった。

「……」

しかしその者から返事が返ってくる事はなかった。


 結果的にエイリャールの「俺が殺す」という意図を汲む事になったその羽付きはその者の無言を返事として「そうか」と一言口にして納得した様子を浮かべた。

その羽付きは、もしエイリャールと合流出来ていたとしてもどうにもならなかったと考えて、そして仲間の死を悼む事などせず今から起こる戦いに少しでも使える情報はないかと考えていた。

その羽付きは剣を構えると地面を蹴った。


 遡ると、その者はエイリャールと接触する前に既に帝国に辿り着いていた。

≪ハインノーヴァ≫

二人の羽付きが分かれた少しの隙はその者にとって十分すぎる程に長い時間であった。

この時をもって二人の羽付きが合流することは不可能になり、広場に戻った羽付きはエイリャールを見殺しにする事となった。


≪クルエーレ≫

その者は羽付きが動いた後にそう口にすると自身の体を加速させて正常な時間の流れから身を移した。

加速して全てが遅くなった時の中で正常な時のままであるように動く羽付き。

羽付きは自身の剣をその者へと振り下ろしていたがそれは全くの抵抗を感じる事なく地面へと向かうとそのまま叩きつけられた。そして地面に触れた剣が次の動作に移るがその地面はそのもっと後に瓦礫を散らしていた。

次々と繰り出す羽付きの剣術は基本に忠実で面白みがないものであったが、羽付きの技量が凄まじく高い領域で完成しているためそれ自体の威力も相当なものであった。

しかしながら羽付きのその練度の高い剣術をもってしてもその者に傷を付ける事は叶わない。それどころか、そもそも気を感じ取れないその者が目の前にいるのかすら分からなかった。

以前対峙した時とはまるで別の存在となったその者に対して、羽付きの剣は素振りしているのかと思える程の全くの空振りが続いた。


 しばらく続いたそれは羽付きが一方的に疲弊するだけであった。

羽付きの必死なまでの素振りにその者は失笑を禁じ得ないようであった。

「何が可笑しい?!」

無意識の焦りを隠せなくなっていた羽付きは語気を強めて訊いた。

「いや」

その者は短く言うとさらに言葉を続けた。

「気は読まないのか?」

何気なく言ったその者の言葉は、冷静さを欠く羽付きを煽るには充分過ぎるものであった。

「調子に乗るなよ」

その者が覚醒した事に対して慎重に当たっていた羽付きは珍しく感情をむき出しにするとそれに乗って思うままに言い放った。

「べスターン!」

羽付きは自身を分身させると本体を含めた五体に数を増やして、最前線で剣を振るう一体を残して離れた。

そしてそれぞれの口から聞こえてくる魔法の詠唱。

それらは火、水、風、雷と別々であると同時にどれも上級の魔法であった。

そしてそれらはその者を屠るために止まる事無く連続して使用される。

その様子は冷静なものとは違った。


「フィリファ!」「セリスファ!」

広場に転がる石畳の残骸を巻き込んでその場に氷の遮蔽物を作り出すとそれを使ってその者の動きを制限した。そしてそれと同時にその者の死角から風の斬撃をいくつも飛ばして遮蔽物ごと切り裂いた。

風の斬撃と鋭い剣捌きを躱すその者はいつしか出来たその遮蔽物によって次第に躱す余裕をなくしていくと、その変わってしまった広場の形に追い詰められていった。


 感情が表に顔を出した状態で振るわれる剣は感情によって力んだ腕により精度を保ちつつもより一層に強い力で振るわれた。

剣が風を切る音と風の斬撃の音が共鳴して辺りに不快な振動音をまき散らす。

それは刹那にその者の隙を生むと、羽付きの手に確かな感触を与えた。

──ザシュッ。

羽付きの手に握られた剣の先に少しの赤い血。

その者の体に小さな裂傷が出来ていた。

そして、ゆっくりとした時の中で両者の間に少しの間が生まれると無言の会話が起きた。

その者は自身の傷口を撫でると手に付いたその血を見て、そして羽付きを見た。

その目はそれまでの余裕を携えたものではなくなって真剣のそれであった。

そしてその目に映る羽付きは呆気にとられた様子を見せると少しだけ口の端をあげた。

両者の対照的な表情は極めて短い時間であったが確かにその感情を露わにしていた。

すると両者はそのゆっくりな時の中でさらに速度を上げるて消えた。


 広場には人影は映らないが風を切る音と衝突音が発生するとそれに伴って斬撃が辺りに飛んだ。瓦礫は突如として轟音をあげると自壊するように崩れたがその崩れ方は不自然なもので人為的その崩れ方こそが、そこが戦場であると表していた。


 その者はいつしか手に取った剣で羽付きのそれをいなしたが、その者に傷を負わせた事で勢いづいた羽付きのその強い剣はいなしきれず自身の剣で受け止めるしかなかった。

交わり合う両者の剣。

高速の中で出来たその極めて小さな隙を羽付きは見逃さない。

その者に向かう眩い雷。

それはその者の死角から差し迫ったがそれに気付くとその者はすぐに躱しにかかった。

高速のその者もまた、少しの時さえあればその雷を避ける事は容易いものであった。

移動したその者に全く追いつく事が出来ない雷。

如何に死角を付いたとしても気付かれた瞬間にそれは無意味に終わる。

羽付きの魔法は無駄撃ちに思えたがその者を狙うそれは一つではなく複数放たれているため、それらの魔法はその者に当たらずとも充分に意識を逸らすに至った。

高速の中での選択を間違えるという事はそれが一つであっても致命的なものとなりえた。

その者は次第に劣勢を強いられていった。


 分身体を含めた五体の羽付きはお互いがお互いの隙を補って攻めた。

その者に初手をいなされても他の剣が、間に合わない角度で次の手として迫りそれは徐々にその者の体に傷を増やす。

さらにそれぞれの剣が付けた傷からその者に呪いを与えた。

それによって見るからに動きが悪くなるその者。

羽付きの完全な優勢となったこの状況で、その者の命はあと少しで終わると見えた。

羽付きは最早余裕をもって相手取れるその者に確実なとどめを打つため四体の分身体に任せると力を溜め光に包まれていった。


 徐々に侵食する体のそれによってさらに余裕をなくしたその者は目の前の分身体を捌く事すらままならなくなりつつあった。そしてそのため、力を溜めているその羽付きの行動を見逃す事となった。

そして聞こえてきた羽付きの感情剥き出しの叫びは、その者を倒す確実な瞬間であったためより一層大きなものとなってその者の耳に届いた。

「ヴァース!!」

その力の解放を全く躱す事が出来ず、もろに受け取ってしまったその者。

四体の分身体に完全に抑え込まれ身動きが取れないその上から受けた光の砲撃は至近距離で放たれるとその者を完全に飲み込んだ。


 その者から優勢を勝ち取った羽付きは完全に対象を打ちのめすとその場から消し去った。

広場に大きく荒らしたもののその者を葬る事に成功した今となっては然したる事ではなかった。

その者を打倒したことが羽付きにゆっくりと実感をもたらすと感情を爆発させた。

抑えきれな感情のそれはまず喜びを露わにした。

広場に響き渡る羽付きの高笑い。

それは外聞もなく広場を支配すると次に口をついた言葉を誰にともなく確実に届けた。

「俺の勝ちだ!!」

「ディクシオンズ最強は俺だ!!」

羽付きにとってもっとも危惧し続けたその者を倒したディクシオンズ最後の一人は感情のままに口を滑らせ続けた。

「このアファルムが奴の後継者を討ち取った!!」

大きく響き渡るそれは名乗り上げを伴って広がると帝国城の広場を支配すると再び露わになった喜びが高笑いを生んだ。


 しばらく漏れ続けた感情は喜びだけを現したがアファルムの充分に偉大な功績を称えるようにそれはその場を大いに響かせた。

未だ冷めやらぬアファルムのその声。

アファルムは最後に吐血した。

そしてアファルムの視界が少しづつ本当の景色を映し出していく。

それは一言によって成された。


「満足したか?」


アファルムの体の中心を見事に貫く金属の塊。

それはアファルムの体から出た血を滴らせるとさらにそれを吹き出させた。

アファルムは剣が突き刺さっていた。そしてそれはじわりじわりと痛覚を刺激すると現実を突きつけた。

アファルムはその者の起こした幻覚から抜け出せていなかったのだ。

エイリャールを追わずに広場に戻った仕組みを解説した後もアファルムは幻覚を見続けた。

解説の後のその者を圧倒したその状況はアファルムにとって過大な程に気分のいいものであったがそれは「気分」だけで実際はそうではなかった。

まだ心が歓喜のそれを残すアファルムから剣が引き抜かれると心はそのままに頭が口を動かした。

「見事だ」

今度こそ言い切ったアファルムの眉間に再び剣が突き立てられるとアファルムの命は完全に終わりを告げた。

その者は突き立てた剣を引き抜きつつ言い捨てた。


「当たり前のことを口にしないと気が済まないのか?」




 復讐を終えたファシルはうっすらと気づいていたそれに空しさを感じていた。

ファシルの心は晴れる事はなく死んでしまったレイリアを思い出したその心がその体を突き動かす事は自然な事であった。

ファシルは心と同様の空に顔を向けていたが、帝国に残っていた雑魚どもが目に入るとすぐに暴れ出した。

敵うはずのない相手に攻め込む羽付き達。

それらは次々と倒れていった。

蹂躙と言えるその有様は帝国を瓦礫の山にすると、トイフェリシュを崩壊させた。

その日、一つの大きな国がなくなった。


 瓦礫の上に座るファシルは空しくも晴れない心を鎮めるのに随分な時間を要したがいつしか姿を消した。それは自暴自棄ではなく、一つの望みにかけての事であった。


 その者が去った後の帝国にて不思議な事が起きた。

ディクシオンズの魂は消滅してはいなかった。それぞれ六つの魂は一つになり瓦礫の山を残すだけとなった帝国城の最下層に向かった。

王国勅令の一際厳重に安置されていた棺の中へと消えていく魂。

その眩い光を携えた魂は棺の中の者を呼び覚ます。

安置されていた棺がひとりでにギギギと音を立て開くと、その中には人間の青年が収められていた。

青年は目覚めるとゆっくりとした動作で、まぶたを開き立ち上がった。


青年の右の瞳は青かった。

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