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第八十三話

 その者は手にある弓を消した。

そして重傷を負いながらも自身を殺す事だけに必死な目の前の羽付きに、十分な時間を与えた。


 エイリャールはその者を見ずに弦を引き絞った。それは自身の腕に相当の信頼を置いていたためであると同時に外れるような手段ではないからであった。

食い縛るその口はエイリャールが放つそれの、口頭での詠唱を諦めさせたがそれを補う事が出来る程のものがエイリャールとその者の周りに散見した。

それはエイリャールが放った全ての矢であった。

その場に一本も落ちていない矢であったが、それらは全て軌跡としてその場に光を残すと、

エイリャールを中心に集まった。

それらはエイリャールの思いに呼応するようで、集い収束してエイリャールの体を支えた。


 エイリャールのそれをわざわざ待っているその者。

その者が立つその場にも光の軌跡がいくつも見えた。

光の軌跡は真っすぐに集まっていくと障害物を貫通して通り抜けたが、その者に対しては避けるようにエイリャールへと向かった。

その者は引き寄せられるように集まっていく光を見つめ続けると、その光の軌跡は収束し終えて辺りを眩しく照らした。

眩しいくらいのそれに照らされたその者は準備の整ったエイリャールを見たが、その眩しさから直視することは出来なかった。


 ドラーヘッツ、フェルフィエイト・ヘイトネイツ。

充分な光に包まれ、心で詠唱を行うエイリャール。

そしてエイリャールは、最後の言葉を唱えるといつしか閉じていた目を見開いた。

テンターク──ヴァース!!

心で唱えたエイリャールは、それを解放するべく口を開いた。

長く引き続けられていた弦は、溜まっていたその力を解放する。

エイリャールを包むように集まっていた無数の光が、どんどんと飛び出していく。

飛び出す位置は違えど一様にその者へと向かって行く光の球体達。

エイリャールは逸らしていた顔をその者に向けると、その光景を見た。

いくつもの軌跡を描いて飛んでいく光の砲撃は狙った相手を逃す事はなく、そしてそれを確実に穿つ。

エイリャールは自身を包んでいた光がその者に向かって行く様子を見続けていたが、ぼろぼろになっていたその体は光の砲撃の反動に耐えられずさらに傷を悪化させた。

残りの羽と左腕をも失ったエイリャール。

ぼろぼろの体は最早立っていることが不思議なくらいであったが、視線をそらさず真剣な面持ちのままに光がその者を穿つ瞬間を見るためそれに終始した。

光の砲撃はその者を追い詰める。


 一度飛び出したそれは、いくつもの軌跡を連ねた。

一つまた一つと飛んでいく光の球体達。それはその者を捉えて放さない。

如何に小さな光の球体であっても、一つでもその者に触れさえすればエイリャールに勝利をもたらすものであった。

ひたすらに追い続けるそれらは、一見無秩序の様でそうではなくお互いの軌道を交えつつも多角的にその者を追い立てた。その様子は地上付近でありつつも重力から解放されたようで、急加速急停止急旋回と多岐にわたる動きを次々と見せて留まる事を知らない。

エイリャールを本体としたその小さな軍勢は、その者が素早く動いて無軌道に躱す中、いくら振り回されようとも素直に食らいついて行った。

目まぐるしく変化するそれらの軌道は、それらが通り抜けた軌跡を目の細かい網としてその場に表すとお互いに加速していくその速さは視線の動きで追う事の出来る範疇を優に超えて、見えない何かが何かを追っているといった只々分からないという状況を作り出した。

その者とエイリャール、両者だけがその速さの先を視認してそこへと向かっていた。

そして小さな光の軍勢は、とうとうその者を追い詰めていく。

突然に止まったその者と綺麗な線を描いてそこに向かう小さな軍勢。

そしてそれを見届けているエイリャール。

すべてはここで終わる。

──そう思えた。

しかし、突き進み続けてきた小さな軍勢はあと少しのところで目標を見失った。

途端に列を乱し散り散りになっていく光の球体達。

本体であるエイリャールも、無事である両目を忙しなく動かすと光の球体同様にその者を探した。


 その者はエイリャールが放つ魔法が如何なるものか知っているわけではなかった。

エイリャールを離れて自身に向かってくる光の球体達を確認すると、すぐさま飛んだ。

≪フィリオース≫

黒い翼を背に現すとその者は上空へと向かいそして躱し始めた。

地に足を付けて躱し切れるほどに単純なそれではない光の球体を、その者は遮蔽物のない上空へと誘った。

その者には一様に余裕な表情が伺えたが、それは全くその通りというわけではなかった。

その者を幾度も苦しめてきた光の砲撃。

その魔法の未体験である種類のそれは、警戒する事はあっても油断する事はなかった。

しかしながら、その者の目に映るその魔法は予想を遥かに下回った。

≪ビスキナ≫

加速しつつも呆れた様子を示すその者。

自身以外の全てが遅く、全てが遅れてくる中でその者はそれを口にした。

加速している事によりさらに質の上がった残像は大いに力を発揮すると、健気に追ってくる光の軍勢を強く振り回した。

必死に追いつこうとする球体は一つたりとも芯を捉えるには至らない。

その者はしばらく様子を見たが予想を裏切り低く見積もった期待すらも下回ってしまった光の軍勢に呆れかえり、匙を投げた。

今後の展開につまらなさを感じたその者は自身の動きを止めると躱す事をやめた。

≪メセスフィナ≫

馬鹿正直に向かってくる光の軍勢であったが、その場に立ったままのその者を避けるように散り散りになっていった。

悪い意味で予想を裏切らないそれを見送るとその者はエイリャールへと向かった。


 辺りに散らす光の球体達。

それらは目標を見失うとすぐに探し始めたが、その者を探し回るその様子は視点が変わればその場に当たり散らすように見えた。

全てのものを貫通していく光の軍勢。その威力は衰える事を知らない様であった。


 突如自身の視界から消えたその者を探すエイリャール。

光の砲撃が外れる事が信じられないエイリャールはその体の状態も相まって焦りや恐怖といった後ろ向きな感情に支配された。

後がないエイリャールは無言のまま、その者を探す事に必死になった。

動けない今、見えない死がエイリャールに迫っていた。

忙しなくも死を招き入れたくないエイリャールであったが、不意に声がかかった。

「ここを」

咄嗟の事に体をびくっとさせて強張らせるエイリャール。

エイリャールにとってその声は死を宣告されたようなもので背筋を凍らせると、エイリャールの背中の真ん中辺りにその者の指が触れた。

「ここを貫かれた事はあるか?」

その「声」ははっきりと聞こえたが、その「言葉」の意図が掴めないエイリャールは振り向こうとした。

──スッ。

その瞬間、エイリャールは無理矢理に前を向いた。

そしてぼろぼろになった体の薄れていた痛覚を激しく刺激された。

強制的に正される姿勢。

エイリャールは背中から腕を差し込まれてその背骨を捕まれていた。

鈍いながらに遅れて来る痛みに顔を歪ませていると、背骨ごと姿勢を正されたエイリャールにさらなる激痛が襲う。

──バキッ。

痛みと共にすとんと、力が抜け視界がずれるエイリャール。

エイリャールは背骨を砕かれると、その者にもたれかかった。

為すすべなく身を任せる形となったエイリャールは物理的な痛みと精神的な心の痛みに顔を歪ませ続けたが次の瞬間には体が軽くなり自身の思うままになった。

≪シルビート≫

全快とはいかないまでも自由に動けるようになったエイリャール。

その回復した自身の両腕の感覚を噛み締めると四つの内復活した二つの白い羽の感覚も戻っていた。

エイリャールは自由になった体に歓喜すると同時に背後の者に手を掛けようと振り向きかけたが、その者が一言残すとエイリャールはその者を追う事をやめた。

それは先程の問いかけの続きであった。そしてそれを伝えるとその者は再び行方をくらました。


「死ぬほど痛いぞ」


エイリャールの耳に確実に届いたその言葉はエイリャール自身にある事を気付かせるとその体を突き動かした。エイリャールは治された体の意味を完全に理解した。

高鳴る鼓動。

当たり散らしていた光の軍勢が目標を見つけて一直線に向かっていく。

エイリャールがすぐに飛び立つと光の軍勢は、その後を追った。


 その者は、エイリャールの体の中、心臓に小さな自身の気を封じ込めた。

それに気が付いたエイリャールと光の軍勢。

その光景は先程とは逆転した様相を呈した。

実直に突撃していく光の軍勢は、その痕跡を穿つ事が最優先であるため一切の迷いがない。

それらから必死に逃げるエイリャールが、復活した羽を羽ばたかせるその姿もまた──必死。

最早本質を見失って短くないそれらを地上から見つめるその者。

その者は自身の鳩尾辺りに手を置くとそれらを見やった。

上空で逃げ惑うエイリャールがそれに気付くことはなかったが、この時ばかりは誰の目からも明らかな程にその様子が伺えた。

その者は怒りを露わにしていた。


 やがて光の軍勢に貫かれて散ったそれをその者は見届けると帝国城の広場へと向かった。

あと一人であった。

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