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第八十二話 ver2

「くそっ!」

その場に転がる石畳の瓦礫を踏みつけたその羽付きは、大きなそれを真っ二つに砕くとさらに怒りを口にした。

「どうなってやがる?!」

「ショア―シェがだぞ!?」

最後に感じ取れた仲間の死は、その羽付きにとって特段近しい間柄であったために現実として感じ取れたその報せが、信じられず余計に取り乱していた。

そしてさらに乱れたその平穏は静まらずに口を回した。

「ベテスニュアは何してたんだ?!」

「あの女がいれば逃げれただろ?!」

口にしたその名は、先程の報せの対象よりもぞんざいに扱われるとその名に八つ当たりするようにけなした。

取り乱した羽付きは、自身にも原因があるように思えて後悔するとより一層に心を乱した。

勝手に乱れ狂うその心に、自身も加勢しているかもしれないという結果にその羽付きは、酷くむしゃくしゃした。

平穏を取り戻せそうにない心のままに瓦礫を踏む羽付き。

瓦礫は粉々になる程に何度も踏みつけられた。


 気配を消して所在がつかめなくなったその者。

間違いなくここに来るであろうその者は、クインツェッターの手によって復活すると少し前には考えられない程に変わり果てた。

その変わりようは、急転直下の事態として羽付き達に相当な危機感をもたらすと、帝国にいた羽付き達の共通の認識であるその者の危険性だけでなく、クインツェッターに大した危険性を感じてはいなかった事に大きな後悔を生んだ。

それだけにクインツェッターが使った魔法は凄まじいものであり、自らの命を引き換えに発動させた事は羽付き達にとって理解できない事であった。そしてその魔法の名を知っていたという事にも驚きを隠せなかった羽付き達。

その魔法は帝国にいた羽付き達以下に使える者がいる事は勿論、その呪文の名を知っている者がいる事自体が想定されるはずが無いものであった。

知っていて尚且つ使うとなっては明らかな魔力不足であり、それを使うために命を捨てる事が四つの羽以下にはあり得なかった。

クインツェッターが使用したそれは最上級回復魔法であった。

その魔法が使われた事はまだ失策とは言えなかったが、その者の覚醒は四つの羽以下の手に負える範疇を優に超えてしまった今、失策どころではなく運命そのものを羽付き全体にとって不利なものになったと言えた。


 自身の失敗に対する怒りが徐々に死への恐怖に変わろうかという時、取り乱したその羽付きを律しようともう一人の羽付きが名を呼んだ。

「落ち着けエイリャール」

しばらく沈黙していた羽付きがその名を呼ぶと取り乱していたエイリャールは向き直り耳を傾けた。

「ここで奴を迎え撃つ」「それで仇とする」

冷静な羽付きには考えがあるようで、どうにもならない状況になってしまったように感じていたエイリャールに諦めていない事を示した。

次々ときた死の報せは冷静さを欠くには充分なものであったが、その羽付きはそれであっても取り乱すには至らなかった。

一人黙々と作戦を練っていたその羽付きのそれは、仲間の死を情報として受け取っていただけでそれ以上ではなかったのだ。

より上位の者から受けた命令に忠実なその羽付きは、取り乱すエイリャールと対照的に、とても冷たく無機質なものに見えた。


 冷静な羽付きにとって無駄に思えるエイリャールの感情の揺らぎ。

冷静な羽付きはそれを無視して呼びつけると、自身の考えていた作戦の詳細について話し始めたが、エイリャールはそれに賛同しなかった。

感情によって動いている今のエイリャールとって、その作戦がとても後ろ向きなものに見えてならなかったのだ。

「いや、俺が殺す!」「あいつらの仇は俺が取る!」

表面的には向きを変えられたエイリャールの感情であったが、効率を優先している冷静な羽付きとって重視している所が違う今、エイリャールの本質を捉えられていなかった。

最早暴走しているエイリャールの感情を言葉だけで制御することは出来ず、エイリャールは手に光り輝く弓を現すと自身の白い四つの大きな羽を羽ばたかせた。

「待てっ」

冷静な羽付きの声をかき消す程に強く羽ばたくエイリャール。

エイリャールは自身の思うままに飛び立った。

一人残された冷静な羽付きは、飛び去っていくエイリャールの背中を見送ると表情を変えずに自身の拳を強く握りしめた。

静かに感情の高ぶりを見せるその姿は、その羽付きには珍しく消極的なものであった。

それら自身の力不足が招いた結果に嘆いた羽付き。

冷静な羽付きはエイリャールの後を追った。

しかし、このわずかな時間差がエイリャールをみすみす見殺す事となった。


 帝国を飛び立ってすぐの事であった。トイフェリシュの外周を覆う壁のすぐ外にエイリャールは降り立った。

エイリャールが考えていたよりも、その者は早くトイフェリシュに到達していたのだ。

トイフェリシュと外を隔てる大門の前に立つエイリャール。

その視線の先には普段と変わらない景色が広がって見えていたが、気配を晒して移動するその者が感じ取れると、その景色を非日常のそれに変えた。

飛び飛びに感じ取れたその者はその間隔を短くすると姿を晒しその場に固定した。

トイフェリシュに非日常をもたらすその者は、エイリャールと対峙すると沈黙したままに仕掛けてきた。

一気に距離を縮めるその者。エイリャールはすぐに弓を引いた。

瞬間的に放たれた矢は光ながら線を引きその者へと飛んでいく。その数は無数にあり一度に放てる矢の量では到底なかった。

密集してその者の躱す隙間のないそれは一本一本が致命傷になりえると、それだけ殺意のこもったものであると言えた。

エイリャールに真っ向から迫るその者。

≪ヴァーナ≫

その者は直前にそう口にすると、姿勢を変えずにそのまま進んだ。

矢を一身に受けるその者。

その者はそれらを受け切ると動きを止めて立ち尽くす。

全身に矢を受けて死んだも同然のその者であったが、その姿をエイリャールは見ていなかった。すると、その者は破裂した。


 矢が触れた感触が不自然であることに気付いたエイリャールは、それを見届けることなく視界にまだいないその者の姿を探した。そして次を見つけて矢を放つとそれは再び破裂したが、エイリャールはそれも見届けず次に移っていた。


 次々に現れるそれは最早ただの的であった。

矢が触れた途端に破裂するそれ。

エイリャールの素早い行射によって破裂したそれは、その度に数を増やすと仕留める速さを上回って次第に数を増やしていった。すると、その場は多数の偽物で溢れかえった。

それは一対一の戦いで見る事の出来ない程の数になると、それ合せて数多くの矢が交錯した。


「ペールイン・デ・ルフト!!」

ただの張りぼてで全く耐久力のない偽物を素早く捌くためエイリャールは手数を増やした。そしてエイリャールの横に並んだ光の球体は矢を放つと鋭く偽物を狙った。

徐々にその数を減らしていく偽物。

エイリャールの手数が、増えるそれを上回り少しづつ数を減らしていく。

しかし減ってはいるものの、一度爆発的に増えた偽物はまだまだその場にいた。


 エイリャールの実体のない矢が尽きる事は無かったが、的である偽物も同様に尽きることが無いように伺えた。終わりが無いように続くそれらは突如として終わりを告げられる。

≪フォーナ≫

それがエイリャールの耳に入った時には、既に数え切れないほどの矢が飛び交っていた。

増え続けるの的へと向かうそれらの矢。

その瞬間、時はゆっくりとして刹那を刻む。

それはまるで時間だけを引き延ばしたような、ともすれば止まってしまいそうな程にゆっくりとした全ての動き。

それらは止まる事無く確実にその時を動いていたが、そのゆっくりとした時の中で不意にエイリャールは声を聞いた。

「いいのか?」

ゆっくりとした時を無視して言い放たれたその言葉は、平坦ではあるもののエイリャールを煽る意図と只の確認が混在したものであった。

その声は辺りに散見する的のどれでもなく、所在の分からなくなったその者の声であったが、その音源は確実にエイリャールの傍から発せられたものであった。

ゆっくりと進む時の中、その声は延長された刹那の言葉であったためエイリャールの理解を待つことなく流れた。

止まりそうなほどにゆっくりと動くすべては、その引き延ばした時が元に戻っていくように、正常になっていくように元の速さに戻っていく。

すると、次に聞こえたそれは元通りになりつつある中で聞こえたためエイリャールも聞き取れたが、これもまたエイリャールの理解を待つ事はなかった。

そしてエイリャールは正常な時の流れが如何に速いかを身をもって知った。


≪シーオース≫

その言葉の後の事は素早く展開した。

正常な時の中で飛び交う沢山の矢。それは全て凄まじい速度で飛んでいる。

そしてその速度が向かう先に待つのは、全てその者を模した偽物。

それが聞こえた直後、それら全ての偽物とエイリャールはかわるがわる入れ替わった。

その時の刻む速さは正常なものとは思えない程に速かった。


 聴覚が刺激を受けてエイリャールに伝えると、今度はその体が痛覚によって刺激いくつもを伝えた。それらの刺激は瞬く間に重なると刺激を強めていく。エイリャールの体の神経は嫌という程に刺激を伝えると、終わりそうにないそれらをしばらく伝え続けた。

その刺激は一つ一つが強いもので、それは激痛であった。

視覚的情報が全く当てにならないそれは、エイリャールの視界を目まぐるしく変化させると、やっと理解したエイリャールの頭に新たな情報を伝えてそれを無かった事にした。

自身が無理矢理に動かされている事を理解した頃には、その事が些細に思える程に激痛の数々に晒されていた。


 体中に傷を負ったエイリャール。

エイリャールはその痛さに叫ぶ事すら忘れると、悶え苦しんだ。

瞬く間にぼろぼろとなったエイリャールにそっけない言葉がかけられた。それはエイリャールが痛みに耐えかねて膝を折りそうになった瞬間であった。

「だから言っただろ」

未だに激痛に晒されているエイリャールに掛けられたその言葉は、エイリャールの姿勢を保たせるとその気持ちを逆撫でた。

その意図を理解する間も与えなかったその者に、エイリャールは振り向きざま手に矢を現すと、怒りのままに振るった。

尖った矢じりがその者を襲う。

≪エミルアード≫

しかし、その振り向きざまの攻撃がその者に当たる事はなく空振りに終わった。

エイリャールの視界に映るその者の立つ光景。

それは間違いなくエイリャールの傍に立っていたが、その両者の距離だけが切り取ったように伸びていて全く手の届かない距離に感じられた。

確実に矢じりが刺さっていてもおかしくない位置関係であるのに、全く掠りしないその者。

エイリャールは先程から連続して起きている訳の分からない事に理解を諦めると、分からないながらも反射的に弓を引いていた。

すぐに飛んでいく光の矢。

空振ってから矢をつがえてそれを放つまでの時間は刹那であった。

しかしその素早い所作も、その矢がその者に触れるには至らなかった。


 エイリャールの手を離れてまっすぐ飛んだ光の矢であったが、その矢からは考えられない動きをしてその役目を終えた。

光の矢は途中で失速すると、ゴトッと音を立てて地面に落下したのだ。

エイリャールの放つ矢は光によって形成されて重さはなかった。

しかし、聞こえてきたその音。

これもエイリャールの理解の範疇の外であったが、考える間も無くエイリャールの体を何かが襲った。

エイリャールの体が全く動かせない程に固定されたのだ。

それはエイリャールの頭上から来るもので上から押さえつけられているようであったが、エイリャールの上に目に見えて確認できるものはそこになかった。

上から抑え込まれるようにしてその場に膝をついたエイリャールであったが、それはエイリャールの体を上から見えない何かが抑え込んでいるのではなく、エイリャールの下から来ているものであった。

それは地上にあるすべてのものに与えられる力──重力であった。


 重力はこの世界において当たり前に存在し、地上に在る全てのものに作用する力であった。その力が働くことによって全てのものは正常を維持出来て、それが少しでも変われば凄まじい影響を及ぼした。

世界の何もかもに働く重力は、全ての事に関わっていたがこの時のエイリャールのそれだけは全く正常ではなかった。

エイリャールの体に働く重力は、異常な度合いの力となってその体に影響を及ぼしていた。


 地面に膝をつく姿勢をどうにか保っているエイリャール。

その視線の先でその者を捉えていたが、エイリャールの体にかかる力が次第にその威力を増していくと姿勢を崩してしまった。

先程の姿勢からさらに低くなったその目線。

エイリャールはかろうじてその者を目で捉えていたが、その者の取った次の行動は無慈悲なものであった。


≪セス≫

その者はエイリャールと同じく弓を手に現すと矢をつがえた。

そして表情を変化させることなく弦を引くと、エイリャールに向かって矢を放ち綺麗な直線の軌道をそこに描いた。

真っすぐにエイリャールへと向かう矢。

その矢は磔のように動けないエイリャールの体の真ん中、心臓を目がけて飛んだ。

見えているにもかかわらず、それを避ける事がとても困難なエイリャール。

磔のエイリャールはすぐそこまで差し迫った矢を避けるため無理矢理に体を動かした。

あちこちから悲鳴が上がるエイリャールのその体。

急所を寸前のところで外したエイリャールは次の矢を避ける事は不可能であったが、その心配をする必要はなくなってしまった。

急所を外れたその者の矢はエイリャールの右腕の近くを通過した。

それでその矢の役目は終わりのはずであったが、通過したその矢は余韻を残していた。

狙いがそれてエイリャールの右腕付近を通過したその矢はエイリャールの体に一切触れていなかったが、その右腕を引きちぎり持ち去った。

エイリャールの右腕をその体から遥か後方へと持ち去ったその矢は、見た目からは想像できない程の威力が込められていた。

その矢は、エイリャールの体に働く重力と同様に威力だけが異常なまでに大きくなっていたのだ。

こだまするエイリャールの叫び。

その叫び声を無視して二の矢をつがえるその者。

避ける事が不可能になったエイリャールに次の矢が当たる事はそのままに死を意味した。

それだけは理解していたエイリャールは、痛みに堪えつつもそれを阻止した。

「ペールイン・デ・ルフト!!」

苦し紛れに再び言い放ったその言葉によって、エイリャールの傍から放たれる何本もの矢。

それはその者に差し迫ったが、本物のその者にとって全く意味をなさず避けるまでもないようであった。

連続した矢が収まると、その者はエイリャールを再び狙ったが、その目に映った光景に弓を引くことをやめた。

エイリャールは左手で弓を持ち口で弦を引いた状態であった。

充分に弦を引くため、その者から顔を逸らすように引いた顔。

先程の攻撃は時間稼ぎとしてであったエイリャールのそれは、十分に役目を果たしたと言えた。

それを見たその者は、エイリャールに憐みの目を向けていた。


エイリャールは自身の最後の矢を放つ。

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