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第七十七話

 粉々になって飛び散るそれらは、木々の合間を縫って薄暗い森の中へと射す光を、拡散させるように反射させた。そしてその反射に混ざって映る赤。それはファシルの体を中心に辺りに散らばった。


 ファシルの声でレイリアが意識を逸らした瞬間、それを見逃さない青年の羽付き。

その隙を突くため青年は指を素早く動かしたが、それはすぐに中断された。

レイリアがファシルに意識を向けた様に、青年もある事に気が付きそれに意識を向けていた。


「ねぇ!」

「ええ、分かってます!」

同じくそれに気付き焦る女の羽付き。

女の呼びかけにそう答えた青年の羽付きは、未だ気づいていない老いた羽付きを止めるため、その者の名を叫んだ青年。その叫びは青年があまり出さない大きさの声であったが、老いた羽付きは青年のその声に気づいていない様であった。

「まったく!」

焦る青年が愚痴をこぼしたその時、いつの間にか青年の横に立っていた無口の羽付きが、指を忙しなく動かして老いた羽付きの体を糸で絡めて無理矢理に捕えた。

すかさず目標の二人から引きはがされる老いた羽付き。その羽付きは捕らえられた拍子に塞がれた口で唸り声を上げていたが、その直後の間髪入れずに起きた──それ。

老いた羽付きはすぐに押し黙った。


 レイリアが意識を向けた瞬間。それはファシルが口を開いた瞬間であった。

その場のあらゆる音が消え、その直後に砕け散る障壁。

もしかすると、ファシルはその後の言葉を口にしていたのかもしれない。

しかし、その場を駆け抜けたそれが音を奪って行ったように、障壁が砕け散る音が消えたようにファシルの声も消えて、それはレイリアに届かなかった。

そして、音が遅れてやってきたように、その光景を理化したレイリアの感情が後を追った。その表情からは、みるみる血の気が引いていく様が伺えた。

「ファシル!!」


 その者を守るために張っていた堅牢な障壁。

それを至極当然のように通り抜けた一本の矢。

その矢は駆けるそのままに、その者をも駆け抜けた。

体の中心に空いた穴から、赤が辺りに散っっていく。

拡散された障壁と同様に散ったそれらの赤は小さいながらも、いずれも大切なものであった。

疑う余地はなく、それらを元に戻すことは出来ない。

しかし、それを必死にすくおうと、伸びる手がそこに在った。


 レイリアはファシルを助けるため、ファシルごと自身を空間に閉じ込めようとした。

空間を創り出すために口に開くレイリア。しかしそれはとても無防備な瞬間であった。

レイリアが口にしようとした言葉。それに被せるように聞こえてくる「待ってました」と言う声。

その声からはそれが喜ばしい事のように伺えた。

そしてその声に邪魔された次の瞬間、レイリアの体を衝撃が襲った。


 いくら無防備な瞬間であっても、そこには確かにその瞬間がある。

どれほど僅かな時であったとしても、レイリアがそれを見失うはずがない。

にもかかわらず、訪れたその瞬間。

何時しかレイリアは白銀となってそれを受け止めていた。

大きな白色の羽に違う色を滲ませたレイリアは、苦痛に顔を歪ませながらも怒号のようにそう叫んだ。

叫びに呼応して展開されるそれは、本来使う事を想定していなかったが使わざるを得なかった。

「フィアカントクーヴェス──フィルファーツ!!」


 クインツェッターのみが使う事の出来るそれは、その場にいた全ての者を呑み込んだ。

無数の四角い箱がその場に現れると、有無を言わさずその場にいた者を個々に呑み込み閉じ込めていく。

その箱は、者を内包すると大きさを変えて小さくなり、別の箱へと呑まれて収まった。そしてそれをさらに箱が呑み込む。

幾度も繰り返されるその光景は、中の者を絶対に逃さないという強固な意思を内包しているように見えた。

しばらく続いたその動きがやがて止まると、それらの箱は歪に重なり合い大きな一つの箱となった。


「やりますね」

そう口にする青年の羽付きは、その箱の中で立ち尽くしていた。

その青年は口でこそ上からの物言いであったが、実際はとてつもない緊張に襲われていた。

青年は何もしていない様に伺えたが、それこそが精一杯の抵抗でありそうしているしかなかった。


 大きな一つとなった箱の内部は無限の迷宮であった。

一切の景色を遮断するその内壁は、触覚と視覚の間に齟齬を生じさせると同時に、その感覚それぞれも狂わせていた。

触覚では、踏み出した一歩が、着いた地の感触を捉えられず下の地面に着けたはずの足が、いくら踏み込んでも留まらずに沈んでいく。

ゆっくりと沈むその感覚は沼に似たものであったが、それは触覚によるものであって視覚的にはそうではなかった。

視覚的には、ただ前に向かって一歩足を踏み出したという情報しか掴めない。そしてその視覚情報も正しくは掴めていなかった。

前を向いた時に映るはずの景色が後ろのものであったり、左を向いた先に映るのは右の景色であったりと常に変わり続けている内部の視覚的情報は規則性がなく安定する事はなかった。

ともすれば断続的に落ち続けるといった状態にもなりえたこの現象は、無限にある内の一例に過ぎなかった。

そしてこの箱が一番得意とする事はそれらとは違い別の所にあった。それは意識への直接的な干渉であった。


 この箱の力である意識干渉は内部にいる者へ行われると同時に、それは現状においてレイリア以外は一切防ぐ事が出来ないものであった。

意識干渉を受けた者の心を歪ませるそれは、その者によって違う形となって現れた。

焦り、苛立ち、恨み、恐怖、嫌悪、孤独、混乱、絶望、憎悪、敵意、悲壮、不安、不審、と列挙しきれない程のひたすらに負の感情を想起させるものであった。

その者の意識的感情を歪ませて壊してしまうこの箱の力は、やがて対象を廃人にすると死に至らしめた。


 これらの精神的なものと感覚的なものの二つの攻撃は、それだけで充分に強いものであったが、副次的な効果で内部の者を攻めた。

それは無限の可能性の内の一つで確率的に極めて僅かなものであったが、絶大な威力を発揮した。それは箱内部での他者との合流であった。

無限の迷宮はその名の通り無限の広がりを持っていたが、その内部で絶対に合流が不可能というわけではなかった。奇跡的な確率ではあるが迷宮の中であっても他者との合流が可能であった。しかし、合流できたとしても視覚的情報と意識干渉によってお互いが認識出来ずにすれ違うか、最悪の場合お互いを敵と認識して戦闘になってしまう。

そしてこの最悪の場合こそが絶大な威力そのものであった。

この箱の力によって意識が歪んだ者同士が戦闘に入ると、その歪みによって和解或いは相互理解が絶対に出来ず、どちらかが死ぬまで終わらないのだ。

これら副次的なものも含めた箱の力が、内包された者が如何なる手を行使しようと絶対に逃れられないという所以であり、死へと導くその箱は閉じ込められた時点で終わりと言えた。

しかしながらこの箱は、本来の使われ方をしていない。

無限に広がる迷宮の中で、ある空間に二人はいた。

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