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第七十六話

 レイリアの創り出した障壁に閉じ込められ、自身に苛立つファシルは目の前の戦いを見ている事しか出来なかったが、その中であっても最善を尽くす事に徹した。

ファシルは、目に映る四人の羽付きが繰り出す攻めの隙を探った。

それが現状でファシルの出来る最大限の事であった。

それはレイリアへの手助けの側面を見せていたが、実際の所は不甲斐無さに苛立つ自身を落ち着かせるための行動でもあった。

自責の念に駆られて気が狂いそうなファシルは、自身の感情をうまく制御出来ておらず、それは身体的にも精神的にも蝕む呪いのせいであった。そしてそれは、自身が感じ取っている範囲を超えて相当にファシルを疲弊させていた。


「やはり正面からに限りますなっ!」

老いた羽付きは嬉々として棍棒を振り回す。

その容赦なく振り回される棍棒は、一撃一撃が間違いなく致命傷となりえるものであった。

そうでなくとも、大きな物質の塊である棍棒をとてつもない速さで振り回す事で起きる風圧が、レイリアを襲う。

その風圧は攻めとしては弱いがそれが起点となって次の攻め手につながった。

「……」

黙々と仕事を全うするように糸を張る無口の羽付き。それは全く動かない口とは反対に忙しなく両手の指を動かしていた。

「まったく、それしか出来ないんですか?」

青年は独り言のように老いた羽付きに対して愚痴を漏らしつつも、空中に文字を書いて最前線で暴れまわるそれを補助していた。


 相手を翻弄する棍棒の単純な動作は、単純であるがゆえに無駄がなく、最前線で戦うには最適であった。そしてそれを補助するように張られた糸。それは目標が避けるであろう所に予測して張り巡らされており、その糸は目標を追い詰める壁であると同時にそれそのものが直接の攻め手でもあった。

棍棒と糸の組み合わさった攻勢は絶妙でそれだけで完結していると言える。それらに加えて、補強するように綴られる文字による攻め。

それは時として、目標の行動を阻害すると同時にこれも直接的な攻めとなった。

しかし、それら綿密な戦い方が通用するのは相手がレイリアではない場合の話であり、空間を操るレイリアにとっては、攻め手に欠けて不十分であった。


 ともすれば三人の羽付きを簡単に退けてしまいそうなレイリアの力。それはその三人を同時に相手取ってなお余裕があるように伺えた。にもかかわらず、退けられない羽付き。三人の羽付きはレイリアに苦戦するどころかむしろ、レイリアを凌駕した。それは後方で面倒くさそうにしている羽付きの女の力によるものであった。


 その女が戦場に向けてかざす手は見たところに代わり映えはしない。しかしその女が前線の三人を補助している事は間違いない。

レイリアの攻めは、言わば万能のそれである。三人の組み合わさった攻めよりも緻密で隙が無い。そしてレイリアは一人であるため、息を合せる必要がなくそれら一つ一つの機会は全てレイリアの思いのままであった。

それによって確実に詰めていくその攻めが、機会を損なう事はほぼないと言えた。にもかかわらず、レイリアの攻勢によって導かれ作り出された、逃れられない完全な詰みの状況を容易く三人は脱していく。

その光景には、避ける事の出来ない致命傷になりえる──瞬間。

そこだけを切り取ったような、繋がりの途中を省いているようなそういった不自然さが伺えた。


 確実に捕まえたはずの相手の生命線がするりと手を抜けていく。レイリアは何度も受けるその感覚に苛立ちを隠せないでいた。

そしてその様子を見ていたファシルもまた、そのもどかしさに苛立っていた。


≪アージオ≫

ファシルは命の灯と引き換えに魔力を消費して女の力を探る。しかしその力が何なのか、掴めない尻尾。

戦況を次第に変えていく羽付きのその力は、正常な時の中でいくら二人が探っても理解する事は出来なかった。



「リフペイル」

長らく帝国城広場にて、弦を引き絞っていた羽付き。

「アーツ」

その者は渾身の一矢を放たんとしている。そしてそれはその詠唱と共に解放される。

張り詰めた弦の緊張はその弓のしなりが物語り、それはその時を強く待っている。

──ステーフ。

最後に口にしたその言葉を合図に、矢は羽付きの手元から消えた。

その矢は音は勿論、光すら置き去りにする。

羽付きが立っている場所の後方の石畳が、風で舞う枯葉のように巻き上げられると、そこでようやくその一矢を光が追った。そこから音が追い掛けるのはさらに後の事であった。

羽付きが「俺に」と口を開く。

──二度目の外れはない。

その言葉は遥か先へと放たれた。



「レイリア!」

ある事に気が付いたファシルの口をついて出たその言葉は、その言葉の指す相手に一刻も早く伝えたいという感情が乗ったものであった。

その内容はこの戦況を一変させられる確実なもので、それがファシルからレイリアへと伝われば、四人の羽付きの終わりを告げるものであった。

その声にレイリアは意識を向けると、ファシルの次の声を待った。

待っているその声。

次に聞こえてくるはずのファシルの声。

レイリアがそれを聞くことは叶わなかった。

レイリアが聞いた自身の名を呼ぶ、ファシルの声。

それが最後の声となった。

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