第七十五話
「ふんっ!」
森を大きく揺らすのは、二人に追いついた羽付きの奇襲であった。
光に包まれた大きな棍棒が狙った獲物を一撃で粉砕せんと振り下ろされたものであったが、地面に大きなくぼみを作り出したその一撃は空振りに終わる。
「わざわざ口にする意味あります?」
奇襲の意味ないでしょと言って、棍棒を持つ老いた羽付きをたしなめる青年の羽付き。
青年はたしなめつつも、左手に持った分厚い本から引用した文字を人差し指で空中に書く。
すると、空中に書かれた文字は光となって消え、そしてその文字によって身を隠していた二人をあぶり出した。
「そこに居ましたか」
隠れていた二人の姿が現れると青年は新たに文字を書いていく。
≪ドッラ≫
しかし、それはファシルが呼び出したいくつかの黒い球によって阻止された。少し後退した青年を追う黒い球。黒い球は青年が動くより速く、青年を追い詰めた。そして青年へと黒い球は直進したが次の瞬間、真っ二つに切り裂かれた。
次々に切られていく黒い球。それは青年の周りに近づく事によってそうなっているようであった。
「助かりました」
青年がどこを見るでもなくそう言うと何も言わず新たに羽付きが現れた。その者は口を布で覆っており、一切口を開かない。
青年の言葉を聞いたその無口の羽付きは返事することなく、広げた両手の指を不規則に動かした。すると次々に、不自然な形となって切られた木々が辺りに倒れていく。それは無口の羽付きが操る細く見えない糸によるもであった。
そしてその糸は二人を襲った。
身動きの取れないファシルを庇うようにレイリアが前に立つ。
「ドゥローペンクーヴェス」
空間の繋がりを曖昧にしたレイリア。
目の前で見えているものがそうではなくなるその力は、無口の放ったその糸を無口の手から奪うと、それは反転して羽付き達を襲った。
それを避けるために動く三者はそれぞれにレイリアの創り出した曖昧な空間へと入ってしまう。そして糸による攻撃を回避した羽付きの三者。しかしそれこそがレイリアの狙いであった。
レイリアの創り出した空間へと逃げ込んでしまったその瞬間、レイリアは「ヘシュローテ」と唱えその三者を空間の境界面で裂きにかかった。
糸を避けるために咄嗟に動いた三者は境界面を脱する事が出来ない。
三者が入った曖昧な空間はその直後に境界面が閉じられ、森のあちこちで見えないその閉じた音を響き渡らせた。
自身が巻き起こしたその音を聞いた刹那、何かに気づいたレイリアはファシルを伴ってその場から消えた。
すると、間髪入れずに二人のいた場所に降ってくる棍棒。それは老いた羽付きによるものであった。
「口に出さんでも変わらんぞ」
再度行った奇襲が外れて、青年に文句を告げる老いた羽付き。
「知りませんよ」
そもそも奇襲に向いていないんですよと青年は、老いた羽付きに反論した。そしてその傍らに立つ無口の羽付きと新たな四人目の羽付き。
その四人目の羽付きが「それより」と口を開く。
「感謝してよね、あたしがいなかったら三人とも死んでたんだから」
その者は女であった。
四人の羽付きが無傷でその場に出そろうと、青年が代表してしゃべり出した。
「もういいですよ」
「さっさと出てきてください」
「それともまた引き摺り出しましょうか?」
その言葉に反応して四人の前に二人は現れた。
最早、自力で移動が出来なくなったファシルを背にして羽付きの前に立つレイリア。青年の羽付きは二人に向き直ると言葉を紡いだ。
「どいてください」
「貴女も処刑対象ですが」
「今はその後ろの者に用があるのです」
青年のその口調は丁寧な物言いではあったが、それを向けられた相手が機嫌を損ねるには充分であった。
その青年の言葉を聞き終えたレイリアは返事をした。
「ロヴュースト」
レイリアは後ろにいたファシルを障壁に閉じ込めた。それは外部からの攻撃を防ぐもので、中に閉じ込められたファシル自身の意思では外に出られないものであった。
「レイリア!」
ファシルは突然の事に声を荒げた。
それは、レイリアの行いに不満があっての事であり、ファシルにとって確かに納得のいかないものであった。
──足手まとい。
レイリアが口にしないまでも、今のファシルの置かれた状況は、それ以外の何物でもなかった。そしてその事はファシルが一番分かっている事でもあった。
それを痛感していたファシルであったからこそ声を荒げたのであって、ファシルはその場で悪態をつくしかなく、それを地面に吐き捨てた。
「話聞いてました?」
呆れて者も言えない状態であった青年が、なんとか吐いた言葉がそれであった。そしてその言葉端から明らかな苛立ちが感じ取れる。
「わかりました」
「どうせ」
動けないでしょうしと青年は面倒くさそうに言うと、空中に指を走らせながら「だそうです」と控えていた他の羽付きに向けて言う。その瞬間その場は議論する場から戦場へと変わった。




