第七十三話
飛び散る血の色は飾り気のない広場に色を付けていく。ファシルの見て捉えた先に確かにいる羽付きの姿。それは流血を伴って見るからに動きを遅くしていく。そして次々と切り刻まれる羽付きの姿は見るに堪えないものとなっていった。最早気を纏う事すらままならない羽付きは剣を地面に突き立てるとそれにもたれかかった。そして口を開いた。
「見事だ」
未だに自身の立場が分かっていない羽付きは上からの物言いのままであったが、その後の言葉はその立場にはあり得ない言葉であった。
「見逃してくれ」
あれほどファシルを馬鹿にしていた羽付きは、不利になった途端に保身に走った。立っている事すら危ういその姿から発した言葉は本心を現したものであった。ともすれば頭を地面につけてしまいそうなその低い姿勢にファシルの心は揺るがない。
容赦という事はあり得なかった。
≪ワンド≫
≪クルエーレ≫
その場を動こうとも、そもそも動くための力すら残り少ない羽付きをその場に留めると、一気に距離を詰めた。その勢いは目で追える速さを超えて、ファシルは二振りの剣で羽付きを切り裂いた。そしてその勢いで羽付きを通り過ぎると、それの少し後方で止まって姿を現した。
地面に突き立てた剣もろ共切り裂かれた羽付きはその場に達磨となって転がる。そしてその無様な姿のまま発しようとした「やるな」という言葉。
死に際すら上から目線の物言いは短いものであったが、言い切る間をファシルは与えなかった。転がった羽付きの眉間に突き刺さる剣。ファシルは転がる達磨の言葉にうんざりしていた。
羽付きを退けたファシルは自身の心が満ち足りる感覚に酔いしれ、その姿はとても清々しいといった様子であった。
いい気分に浸っていたファシルから少し離れた位置に転がる達磨。それの両目は力なく垂れてどこを見ているのか分からない。しかし転がりながらも羽付きはファシルを捉えていた。
満足した様子で立ち尽くすファシルはひとしきりその感覚を噛み締めた。
するとそのファシルの様子に区切りがつくのを待っていたように声がかかる。ファシルの「見ていた」景色を一変させるその言葉。
景色は本来の姿へと変わった。
「満足したか?」
曇天の今にも降り出しそうな空の下、吹き飛ばされた場所から少しも動いていないファシル。そして離れた、最初に立っていた位置から腕を組んだままの羽付きがファシルを捉えている。
その羽付きの姿に傷など勿論なく、そしてその様は暇を持て余したものであった。
ファシルはその羽付きが放った気に呑まれて幻覚を見せられていたのだ。
ファシルは、まさに手のひらの上で踊らされていた事に気づくと絶望した。
「もういいかな」
いい加減待ちくたびれた羽付きがそう口にする。
ファシルは悔しい気持ちと焦った気持ちによって訳も分からずその場で羽付きに向かって剣を振るった。その剣は無様なもので、距離的に離れた羽付きには届かない。
離れた位置でファシルのその情けない姿を見ていた羽付きは呆れて声を漏らした。
「痴れ者が」
その言葉のすぐ後にビュンと風が吹くと、ファシルの左腕が吹き飛んだ。
それは一瞬の出来事で、すぐに痛みと共にファシルに実感させる。
左腕をなくしたファシルは苦痛に耐えられずもがき叫んだ。
そのファシルの腕の切断面は不自然に燃えていて、それは切られた事とは別に激痛をファシルに与えた。
ファシルはなくなった左の腕を抑えるようにうずくまると、その切断面は消火されて濁った色を現した。そしてそれは次第にファシルの体を侵食していく。さらに別の痛みが重なるファシルの体。その体にさらに不幸が重なった。その切断面の濁った色は侵食を進行させると、以前治したはずのマントの呪いをぶり返させたのだ。
その濁った色は呪いであった。
どんどんと体を蝕んでいく二つの呪い。ファシルは動けなくなってしまった。
「これまでだ」
羽付きは手に触れることなく剣を地面から抜くと、それを投げた。
真っすぐに進む剣。その軌道の直線上にあるファシルの体は最早動かぬ的であった。
≪ドッラ≫
かろうじて動く口から出た叫びは黒い球を呼び出した。
それはその剣を止めようと向かって行くが、剣が纏う気に触れると削られるように消えた。いくつもの黒い球が呼び出されて向かって行くが、そのたびに消えていき勢いを殺すまでに至らない。
≪ルードゥアーダ≫
ファシルは違う手を選んだ。広場の石畳を動かすと自身の前へと持ってきた。石を何枚も重ねて壁を作り出したファシル。動く事の出来ないファシルはそれで凌ごうとしたのだ。ファシルの前に並ぶ大きく分厚い壁。しかしながら、これらも意味をなさなかった。
物質同士の衝突が起きる際、両者にその反動が伝わる。それによってある程度の力の減少が起きるのだ。この力の減少を繰り返す事により物質の動く力がなくなる、即ち動きが止まるのだ。これを狙ったファシルであったが、羽付きが放った剣はそれらを無視した。
突き進む剣とファシルの間に作られた壁がそこには無いように、一切減速しないその剣は壁を容易く砕き続けると、ファシルに差し迫る。悪足掻きしかできないファシルに向けて突き進む剣は、石の壁一枚隔てた所まで来ていた。




