第七十二話
「気を追っているな」
そう指摘した羽付きの意図がつかめないファシル。そのファシルの反応を見た羽付きは確信を得た様子であった。
「やはりな」
「それでは俺を切ることは出来ないぞ」
そう言うと羽付きは操っていた剣を再び地面に突き刺すと、何も持たずに初めてその場から動いた。そしてゆっくりとファシルに近づく羽付き。
ファシルは未だにそれらの意図がつかめず、羽付きの次の行動を注視した。剣を握る手に力が入るファシル。それは目の前の羽付きを恐れている証拠であった。すると羽付きが訳の分からないことを言い出した。
「何をボーっとしている?」
「すでに間合いに入っているぞ」
ファシルの持つ剣の長さでは到底届きそうにない位置にいた羽付き。その距離は剣を投げる以外に届かない──はずであった。
その言葉を言い切った時には、羽付きはファシルの目と鼻の先にいた。
「ッ!」
ファシルは驚くと同時に力んで声にならない声を上げて切り掛かった。
「遅いな」
羽付きは冷静にそう言うとファシルの体に手をかざしていた。その瞬間後方へと吹き飛ぶファシル。ファシルは羽付きに吹き飛ばされると、広場の石畳を砕きながら止まった。
「気の本質を理解していないな」
羽付きの指摘はファシルの状態など気にすることなく続けられる。
「半端なばかりに」
羽付きがそう言い掛けたその時を狙ってファシルは奇襲を仕掛けた。投げつけられた剣は勢いよく羽付きへと直進する。それは羽付きの気を見て狙ったもので確実に当たるとファシルは踏んでいた。
「焦るな」
言い聞かせるような口調のその言葉にファシルは体を強張らせた。
刹那よりも短い時間の事。確かに視線の先にいたはずの羽付きの姿はそこになく、そして羽付きはその言葉を携えて真横にいた。
羽付きはいつの間にかファシルの横に立つと、ファシルの剣を触ることなくその場に突き立てて返した。そして先程言いかけた言葉の続きを話し始めた。
「俺を見て投げたな?」
ファシルはその言葉を否定するように、突き立てられた剣を握ると、すかさず横に立つ羽付きに向けて振るった。しかしそれは空を切る。
「それだ」
「俺の気を見て切り掛かったな?」
そうファシルに問いかけた羽付きは返答待たずに答えを言い渡した。
「それは間違いだ」
ファシルは理解の出来ない羽付きの言葉を聞きつつも剣を振るった。
それを全く気にすることなく話し続ける羽付き。
ファシルの剣は羽付きの解説の最中、それを捉える事が出来なかった。
「半端に気が読めるばかりに、気を見る事に集中してしまっている」
「お前は気を読むため先ず、気を感じ取る。ここまでは間違っていない」
「そして感じ取れた気を視覚的に捉えようと動いている。これは間違いだ」
「気を感じ取って見る事、これが出来て半人前だ」
「感じ取って見えた気を捉える事、ここまででもまだ半人前」
「捉えた気を感じ続ける事、ここまで来てやっと入口だ」
「お前はこれらを理解していない」
次々と口にしたそれらは親切すぎる程に的確であった。それは羽付きの言葉であっても納得してしまったファシル。しかし次に口をついて出たそれらは果てしなくファシルの感情を逆撫でた。
「誰に習ったのかは知らないが」
「その師はこれらを理解していなかったのではないか?」
暗に師であるガイアスを馬鹿にされたファシルは、自身の意思が動かすよりも速く、伝わる神経の信号で切り掛かっていた。その判断は確実に羽付きの隙を突いたものであるとともに、その判断は間違いではなかった。
「その程度の師に習った弟子もまた、その程度だ」
羽付きの口からその言葉が最後まで出きった瞬間、羽付きの頬を掠める切っ先。それは偶然であったが確実に羽付きを捉えていた。
「悪くない」
そう言った羽付きは少し顔をほころばせていた。
それとは対照的にファシルは怒りに震えて、これ以降に言葉を聞く気はなかった。
≪ジズ≫
両手に剣を持ったファシルは怒りに身を任せた。
≪イープ≫
ファシルの振るう剣は速くそして鋭く線を描いていく。それは先程までと違い流れる様で、目の前の羽付きを圧倒した。
手に持たず操って剣を振るっていた羽付きはその勢いに負けて、何時しか自らの手で剣を握って剣を振るっていた。それでも羽付きはファシルの二振りの剣をいなしていたが次第にそれも出来なくなっていく。そして段々とファシルの剣を防ぎきれなくなっていく羽付き。その体には、ファシルの剣をいなしそびれた事による傷が所々に入っていた。
目に見えて余裕がなくなった羽付きは、その場から距離を取るように後退した。
羽付きの咄嗟にしたその行為は今までの不遜な態度からは考えられないものであった。
明らかに有利になったこの機会を逃す術はなかった。それを見たファシルは一気に畳みかけた。
≪ドッラ≫
地面を蹴って一度離れた距離を再び詰めるファシル。
それよりも速く羽付きに向かって行く黒い球。
ファシルのその素早い動きは真っすぐな線となって羽付きを襲った。
黒い球の軌道が読めず、それの刺突を躱しそびれた羽付きの体にはいくつかの刺し傷が出来て血を流している。そしてそれら黒い球の攻めすら対処できない羽付きにファシルの剣をいなすことなど出来るはずもなかった。
高速で繰り出されるファシルの剣。しかし、それを紙一重で避ける羽付きであったが、微塵も余裕が残っていない様であった。ファシルは両手に剣を持っているのだ。一振りを凌いだ羽付きに二振り目の剣が迫った。
「くっ!」
体勢的に躱しきれないその剣に、余裕なくついてでたその声の後、羽付きにファシルの剣が触れた。綺麗な裂傷を生んだそのファシルの攻め手は確かに羽付き捉えているとともに、羽付きの命はあと少しと言えた。




