第六十四話
ファシルはどうしようもないもどかしさに晒されていた。それはファシルと、相対する羽付きとの力量の差であった。
相手の羽付きは二人であるとはいえ、明らかな差がそこにはある。その差は決して届かないものではないが今それらと対峙するファシルには届きそうもなかった。それらをまざまざと見せつけられるファシルは自身の体こそ何不自由なく動かせるという状態であっても雁字搦めのような窮屈さを感じていた。ファシル自身は加減などしていない。それにもかかわらず相手は幾多の攻め手をいとも容易く躱す。その様子を見てファシルはドラゴンとの交わした言葉を思い出す。
「弱すぎる」「力をうまく使えていない」これらの言葉であった。
これらをドラゴンから受け取った時は漠然としたものであったが、今双子の羽付きを相手取って痛いほどに実感する。そしてそれは双子の視線からも伺える。双子の羽付きは表情こそ変えないものの明らかな、落胆のような、叱責のようなものを感じた。それらによってファシルは、一人でこの場に挑んだ、格好つけて啖呵を切った自分自身に精神的に追い詰められていた。それらの重圧からは逃げる事など出来ず、先程の窮屈さにさらに拍車をかける。
「くそっ」
あまりの停滞ぶりにとうとう気持ちを口にしてしまうファシル。それは今の自分を端的に完璧にあらわしていた。
自身の不甲斐無さに焦ったファシルはとても簡単なことを見落としてしまう。一対一で戦っているわけではなかったが、そうであるかのように片方の羽付きから意識を外してしまっていた。ファシルの攻めが躱されたその隙を突いて、もう一人の羽付きの攻撃がファシルを襲う。
ファシルが間違いに気づいた時には、もうすでにそれは躱す事の出来ない位置にあった。そしてその攻めは事前に張っておいた魔力の盾を容易く突破する。そして急ごしらえで取った、槍で防ぐ術も突破してファシルの体に直撃した。羽付きの攻撃で吹き飛ばされるファシル。その体は羽付きの張った障壁に激突して止まった。
双子の羽付きは離れた場所からファシルを伺っている。それはわざわざ体制が整うのを待っているといった有様であった。余裕綽々といったどころか歯牙にもかけていない、何とも思っていない双子の羽付き。その二人の視線の先で、今にも挫けそうなファシルの体が痛みに堪えて小刻みに震えながら起き上がるのを見た。それを確認した双子の羽付きの片方が容赦なくファシルを襲う。その様子は楽しんでいるといった様子など微塵もなく、ただただ相手を痛めつけるといった、予定を実行しているような事務的な感覚が受けてとれた。
なんとか体を起き上がらせたファシルは四つん這いのまま下を向いていた。下を向くファシルの視界にまず入ってきたのは、手に持っていた槍であった。それは魔力の供給が途切れて形を維持できなくなり、消えていく最中であった。それに対して再度魔力を供給して形を成すことは出来たが、ファシルはそれをしなかった。視線を下に向けたままファシルは、痛みを感じて重い頭で思考を巡らせていた。それは現状の打開といった事ではなく、心構えのような精神論的なものであった。それは実質的に一瞬であったが熟考と言えた。
(どうすればいい)
その事で頭が一杯になるファシル。そこで思いつく考えはどれも浅く付け焼刃といったものばかり。思考が、あれも駄目、これも駄目、それも駄目と思いつく案をどれも却下して再度同じ施行を繰り返す。そうしているとファシルの頭は沸騰したように熱くなっていく。そして熱くなった頭は思考が鈍くなってだんだんと考えられなくなっていった。
(あー、もう)
子供のように心で唸ったファシルは何がきっかけか、ある事を思い出した。それは幼いころにガイアスから剣術を習っていた時の事であった。
基礎的な型を習い、素振りから実際に相手と打ち合うといった段階に移ってすぐ、ガイアスによく言われた事があった。そのころはそれを嫌という程に聞かされたものであったが、ファシルは今の今まで忘れていたのだ。それはこういったもであった。
「考え事をするな!」
型を覚えてから、実際に相手取る際にファシルは頭で考えてから動くという癖があった。
相手がこうしてきたらこう返す、そういうように相手の手を処理しようとするファシル。しかしその相手はガイアスである。それが通じる相手では勿論なく、稽古であってもどんどんと打ち込んできて、次々と展開していく。ある一定の所までは素早くすれば対処出来ていたが、それは徐々に無理になっていった。そういった事によってしばらくの間、稽古がうまくいかずファシルは嫌々稽古に打ち込んでいた程であった。
その時の幼いファシルはガイアスの事を「相手の心を読むことが出来るんだ、だから先読みされてうまくいかないんだ」といったように考えていた。
幼かったころの時分はいつの間にかそれらを克服する事が出来たが、今となっていろんな事を考えられるようになったファシルには理解できた。
ガイアスが伝えたかったことの一つ
「考えるな感じろ」
単純なようで深いこの言葉は今不利な状況にあるファシルにしっくりと当てはまる。
考え方として、自分を苦しめる欲や考えは整理整頓しなければならないと思ってしまいがちであるが、それを一端片付けるでもなく、散らかしっぱなしにして放棄してみてもいい。それらは物理的に場所を占有して邪魔するわけではないのだからそのまま、それらを考えなくするのだ。
考えずに感じる、これは今のファシルの苦悩のすべてを解決するものであった。
羽付きが差し迫り、瞬間的に距離を詰めてファシルを襲った。
しかしそこに在ったはずの、素早く動けそうになかったファシルの体はそこにはなく、羽付きの攻めは空振りに終わった。
少し離れた場所にファシルが姿を現した。そのファシルの様子は先程までと違い、焦りが無くなって見えた。




