第六十一話
大きく丈夫な壁。それはとても堅牢であり、彫刻が施されていて見る者によって様々な思いを起こさせる。そしてその壁に囲われて立つ屋敷。これもまた壁に施されたものと同じような彫刻が施されていて統一感を持っている。それは整然としていて所有者の凄さを物語った。
屋敷の入り口は大きな扉で閉じられ、外との隔たりを作る。大扉の外から更に外、壁の外側とはこれまた大きな門が隔たりを作っていた。
大扉から大門まで綺麗に道が舗装されておりその脇を花壇が並ぶ。花壇には綺麗な花が咲き、ここを通る者を視覚と嗅覚で出迎え、そして見送る。その屋敷の大路に今、車が到着した。毛並みの整った動物が引くそれは、来賓を送迎するためのもので装飾はくどくなく、かといってみすぼらしさは一切感じさせない落ちついた外観をしている。この車に乗る者は二人。それはファシルとレイリアである。この日、二人はネーベンを離れて旅に出るのだ。
別れを惜しむ主の心ばかりのはからいであるそれは、ネーベンの街をゆっくりと回り、そしてネーベン領の関所まで二人を運ぶのだ。
ファシル達は主のはからいをありがたく受け取った。
「また、会えることを楽しみにしているよ」
「こちらこそ」
屋敷の前でそう言ってファシルは主とその従者たちが見守る中、車に乗り込む。元々荷物の少ないファシル達であったが、車の後方に荷物を収納すると車に乗り込んだ。
扉が観音開きで開かれた車に、先にファシルが乗り込んだ。奥に詰めるファシル。それはレイリアが乗りやすくするためであったが、その車の中は広く、二人には持て余す程であった。
「どうした」
先に車に乗ったファシルがレイリアに声を掛けた。
レイリアはあまり気が乗らないのか車に乗る事をためらっていた。その視線は車の内装を見ている様で見ていなかった。それは考え事をしている時の、視線に意識を向けていない時の様子であった。
「ほら」
先に乗ったファシルがレイリアに向けて手を差し出した。その手がレイリアの視界に入ってレイリアは顔を上げる。レイリアはファシルの顔をまじまじと見た。ファシルの顔を見つめ、少しばかり不安の色を見せるレイリアの瞳。しかしその瞳に映るファシルは、それを知る術を持ち合わせておらず、不思議そうにレイリアを見ていた。
その時間はほんの少しであったが、ようやくファシルの手を取るとレイリアも車に乗り込んだ。
屋敷の玄関の前のロータリーを車が回って屋敷から離れていく。主を中心に数人の従者達がその車を見送る。車は、屋敷の庭を縦断する大路を通って大門に向かった。そしてそこに並ぶ花壇の花々も車を見送った。その様子は風でなびいて花を揺らして、手を振っているように見えた。
車は石畳を小気味のいい音を立てつつ走っていく。それはゆっくりとしたもので、ネーベンの街を見て回るのに適した速さと言えた。
「あの店」
少し気になってたんだよねと窓から外を見て言うファシル。そのファシルの声の様子からは、はしゃいでいるとは言わないまでも、街並みを見て楽しんでいるようであった。少しづつ変わっていく窓からの景色。その都度、ファシルはいろいろとしゃべり続けた。しかし同乗者は気持ちが沈んだままであった。
「大丈夫?」
いつになく元気がないレイリアにファシルが訊いた。
「少し」
酔ったみたいと言うレイリア。
ファシルはその返事に失礼ながらも少し噴き出してしまった。レイリアはそのファシルの様子に顔を上げる。
「ごめんごめん、前にもこんな事あったなと思って」
ついと言ったファシルはその事をしゃべり始めた。
それはネーベンに来て間もない時の事であった。大会の会場までの道中車の中で、レイリアは街を見てはしゃぎ、ファシルは「酔った」と言って下を向いていたのだ。
「俺たち」
似た者同士だねと、まだ少し笑みをこぼしつつ言うファシル。
レイリアは、笑うファシルを見て少しばかばかしくなった。そして少し恥ずかしさが込み上げてくる。
レイリアは顔を赤らめながら小さく「バカ」と言った。その赤らんだ顔からは、少しばかり元気を取り戻した様に見えた
御者が車を止めた。そこはネーベン領の端に位置する関所であった。そこから先はネーベンの外になる。主の用意した車はここまでであった。
その車の扉が御者によって外側から開かれた。
「うーん」
先に降りたレイリアが伸びをした。最初こそふさぎ込んでいたレイリアであったが、ファシルと話をするうちにすっかりいつもの様子になっていた。
そのレイリアに続いてファシルも車を降りようと立ち上がった瞬間、少しふらついてしまった。
「おっと」
再び座席に座ってしまうファシル。慣れないことはするもんじゃないなと心で軽く愚痴をこぼしていると「はい」と手が差し出された。その手はもちろんレイリアの手であった。車に乗る時と真逆の立場になった今の状況に二人は再度噴き出した。今度はお互いに屈託なかった。
「ありがとう」
そう言ってレイリアの手を取ってファシルも降車した。
二人が御者に挨拶すると、御者は車を走らせ始めて来た道を戻っていく。二人はしばらくその光景を見続けていた。少しづつ離れていく車。その様子を見ていた二人は、どちらからともなく声を掛ける。
「また」
「来ようね」
二人は顔を合わせる。そして声をも合わせてその事に肯定した。




