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第五十八話

 屋敷の一室にて行われるファシルの診察は粛々と行われた。

医者は知識としてハイクラウタの効能を知ってはいるが、実際に使ったことはない。もし万が一、副作用等が起きた場合に備えて、すぐに対応できるようにと事前に出来る事をしていた。

その一環として医者はまずファシルの健康状態を見た。ハイクラウタの身体に及ぼす影響は、現状まだまだ情報が少ない。なのでファシルの健康状態次第では投与を少し見送る可能性もあった。医者はファシルに当てていた道具を離す。

「大丈夫です」

至って健康ですと言い切った医者の顔は一先ずの安堵の表情が伺えたが、まだ真剣な面持ちを崩す事はない。これからが本番なのだ。

「では」

成分の弱いものから試していきましょうと医者は弱性の小瓶をファシルに渡した。ファシルは小瓶を受け取ると蓋を開けて中身を一気に飲み干した。その様子を見守る医者とレイリア。レイリアは無理を言って同席していた。

「どうですか」

医者はファシルに意識確認を測った。ファシルは自身の体の変化等を確認しつつ返事した。

「なんとも」

そう答えたファシルを診つつ医者はファシルの状態を事細かに紙に記していく。実際の所、この薬を投与された者がどういった流れで呪いを解いていくのか、この場の誰も分からなかった。それも仕方のない事であった。

この世界に現存する書物などの知識としては実例の少なさも相まって、ハイクラウタはあらゆる呪いを解く、といった程度しか残されていなかったのだ。

なので、ファシルの体を使った実験といっても過言ではなかった。医者は至って冷静にかつ丁寧に対応していく。それを心配そうにレイリアは見守っていた。

ファシルの体に変化が見られなかったので次の段階へと移った。

「次はこちらです」

先程同様に医者から受け取った小瓶の中身を一気に飲み干すファシル。

「どうですか」

医者がファシルに確認を取る。

「大丈夫です」

と言った直後、ファシルは気絶した。

その様子を見ていた医者はすぐさまファシルの体を支えた。そして声を掛ける。それは何度も繰り返され、ファシルの意識が失われたことを確認した医者はファシルを寝かせて身体の状況をくまなく確認した。

「ファシル!」

レイリアが心配そうに声を上げた。その様子はひどく動揺していた。

医者は少し焦りを見せたが、テキパキと対処していく。

「大丈夫、眠っただけです」

ファシルの身体を診た医者はそう言うと少し安堵のため息を見せた。医者自身も相当に動揺していたのだ。診察室は緊張感が支配する。打つ手が無くなったこの状況は、ファシルの目覚めを待つしかなかった。


 他者からはファシルが急に眠ってしまったように見えて心配したが、その心配をよそにファシルは夢を見ていた。それは呪いの根源を断つためであった。

ハイクラウタは実のところ使用者の呪いを解くための手助けをするだけであった。

ファシルはマントによるものと左腕のもの、二つの夢を見る事になる。

まずはマントの呪いについてであった。


 かつてこの世界には大きな戦いがあった。ファシルが生まれるよりもかなり前の事で、それは何世紀も前の事であった。その大戦は全てを巻き込む規模で、生きとし生けるもの全てが参加させられたと言っても過言ではなかった。ファシルが垣間見る映像は、その大戦末期の映像である。

場所は荒野であった。そこは本来そうではなかったであろう場所で、不自然なほどに何もなく開けた場所となっていた。空を覆う灰色の雲は今にも降り出しそうに雨を内包する。それらによって天候は曇天といえた。そのただひたすらに広い荒野を二つの勢力が二分する。片方は人と羽を持つ者が入り交ざり統一感がない。そしてそれに向かうもう一方の勢力は一色の統一感を持つ。それは一言に、黒であった。黒の勢力は数が少なく、その数は相手の十分の一ほどしかいないように思えた。誰の目から見ても黒が不利に見えるそんな少数勢力の最前線で異彩を放つ五人の者。

一人は背丈が小さく非力に見える男。

一人は気の強そうな見た目で今にも駆け出しそうなほどに闘争心をむき出しにしている女。

一人はもう一人とは打って変わって鋭い視線を前に向けて冷淡な様相を見せる女。

一人は大きな体を持ち、豪胆な様子の男。

そして、それら四人の中心にいるその者は明後日の方向を見て気を抜いている様子で、その者は今から始まる戦いに全く興味がないように見えた。

ファシルはその五人の内の二人に既視感を覚え、不思議と凝視していた。


 マントの持ち主は黒の勢力の反対側にいた。

その者は人間の女性で、この場において秀でた魔力を持つ者であった。その魔力から、人間において最強と言って過言ではなかった。

その女性の傍に二人の人間の男が並び立つ。この者らもその女性に引けを取らない。

一人は大きな体の男で、優しい表情をしてとてもこの場には似つかわしくなかった。もしこの大戦が起きていなければ武器を手に持つことはなかったであろうと思えた。

そしてもう一人、人間の男が傍に立つ。その者は青年であった。青年は果てしなく強く、そしてこの者はこちら側の要であった。


 荒野で向かい合う二つの勢力は羽を持つ者の先手で幕を上げた。羽を持つ者など入り混じった混合勢力は数の力で攻めにかかる。それを迎え撃つ黒の勢力は動きを見せなかった。一気に流れ込むそれらの者。それらは怒涛のように押し寄せた。互いの距離が縮まり、勢いのままに黒の勢力が飲まれて消えると思えた。しかし、ある者の一言で全てがひっくり返る。そして、その一言にファシルは冷静でいられなくなった。


 黒の勢力で中心に立ちながらも全くこの場に興味を示さなかった者が呟いた。それは明らかに面倒くさいといった言い方であり、端的な一言であった。


≪オルリオラ≫


この言葉をファシルは知っている。しかし、発されたその言葉によって起きる出来事はファシルの知るものと全く違い、異常であった。

混合勢力のほとんどが言葉を最後に絶命した。


 発せられた一言で数が同等か或いはそれ以下となり、黒の勢力の優勢になった。数を減らした混合勢力側は一気に勢いを無くしていく。それと反対に黒の勢力は動き出した。

それは最早、一方的と言えた。しかし、それでもなお真っすぐ意思を貫く三人。その者たちのおかげで混合勢力の勢いが消える事はなかった。三人は黒の勢力を削っていく。それは瞬く間な事で、すれ違えば死んでいると思える程にあっさりと行われた。そしてその三人は各々、黒の勢力の中心人物と接敵する。

黒の勢力の巨体と混合勢力の巨体がお互いの大きな剣を交える。それは凄まじいもので、そこを中心に場が開かれる程であった。

マントの持ち主は雷を放つ。それは規模が大きく全てを巻き込む程であったがそれは明確に黒だけを狙った。マントの女性はそれを自分の意思で自在に操れるのだ。次々と相手を蹴散らしていく女性の魔法。状況を巻き返す事には時間がかからないと思えた。しかし、それはすぐに弾かれることになる。女性に相対するように二人の女が立ちはだかる。闘争心剥き出しの女と冷徹な女であった。その二人はその凄まじい魔力の雷を、空中に出した魔方陣で防いだ。二人はそれぞれ片手でそれを凌ぎ、すぐに迎撃する。この三者の魔法の打ち合いはでたらめな強さで、マントの女性は見方を巻き込まないように、二人の女は敵見方問わずといった魔法の応酬が続いた。


 混合勢力の要である青年は黒の筆頭に辿り着いた。青年は黒の筆頭に剣を振るう。その剣は光り輝き、黒の妖気を切り裂いた。しかし妖気を切り裂いただけでその者自体に触れる事はなかった。そして黒の筆頭は青年を意に介さず移動する。青年に対して背を見せて歩く黒の筆頭。青年は怒りを覚えつつも至って冷静に切り掛かる。しかし、筆頭の後を追うように付く妖気を切ることは出来ても本体を切る事が出来ない。何度も振るわれる剣。それらは一切本体に触れることなく、黒の筆頭の移動を阻止できないままに邪魔者によって遮られてしまった。獣によって遮られて離れていく青年と黒の筆頭。その距離は二人の力の差を現しているようであった。青年は黒の筆頭に追いつこうと獣を光り輝く剣の一振りのもと、葬り去っていく。しかしそこに新たな獣が割って入る。獣は背丈の小さな男の使役しているもので、どんどんと召喚されて間を遮るように現われた。

青年をおいて黒の筆頭は行ってしまった。


≪──≫

黒の筆頭は何処からともなく現れて、そしてマントの女性に歩いて向かう。その歩みは全く急ぐ気配がなく、ゆっくりとしたものであった。しかし、今戦場は混戦を極めている。黒の筆頭が近付いている事に全く気が付いていないマントの女性。女性は、二人の好戦的な女との魔力のぶつけ合いの只中であった。女性に着々と近付く黒の筆頭。大男はそれに気付く。

「────」

女性の名を叫んだ大男はその場に向かおうと相手に背を向けてしまう。

「愚かな」

黒の巨体はその軽率な行動にそう言い放つと、大男の背中を切り裂いた。

咄嗟に自身を顧みず動いた大男はその場に倒されてしまう。倒れてもなお女性を救おうと這う大男。その目にこれから映る光景に大男は一生苦しみ続けるのであった。


 青年は獣使いを倒し、黒の筆頭のいる場に追いつく。しかし、それは手遅れであった。散り散りになっていく女性の体。青年は激高した。その瞬間に稲光となって駆ける青年。その速さから黒の筆頭はようやく青年を視界に入れる。怒りに身を任せて剣を振るう青年とそれを愉快そうに笑いつつ踊るように躱す黒の筆頭。青年の剣は妖気の内側、黒の筆頭の本体に切り込まんと振るわれる。それは先程までと違って速く、音を置いていく。その鬼気迫る様相に、より一層の笑みをこぼす黒の筆頭。黒の筆頭に青年の刃は届きそうになかった。


 声がかすれて唸っている様にしか聞こえなくなった大男の叫び。大男はそれでも女性に向かって這って行く。その大男の背からは大量の血が流れている。そしてその背中には幾つもの矢や剣が突き刺さる。手足の感覚を失いつつも満身創痍の体で這って行く大男。大男は声にならない声で女性の名前を何度も何度も叫んだ。


 散り散りになっていく女性の体。すると女性はとうとう自力で立っていられなくなりその場に臥せってしまう。そして全ての間隔が薄れていく。それは死が近付いている事の現われであった。女性は失いつつある聴覚で微かに聞いた声に顔を向ける。それは痛ましい姿でこちらに向かって這う大男の姿であった。女性はその姿を最後に見て視力を失った。そして最後の力を振り絞る。

「────」


 女性の最後の言葉を聞いて言葉を失う大男。大男は大粒の涙を流しながら最後まで女性を見続けた。女性が消えてなくなる間際、女性のマントが大男のもとに飛ぶ。大男はそれを受け取ると女性の最後の力で戦場から離脱した。


 青年はとうに限界を迎えていた。それでもなお剣を振るう。目の前にいるその者を葬り去るために。しかし、青年の体が、迎えた限界に付いてこられなくなり、言うことを聞かなくなる。目に見えて動きが鈍くなる青年。青年が振るう剣も失速していった。しかし、そんなことはお構いなしに目の前の者は踊る。遅くなる剣が楽しくないのか笑みが消えていく黒の筆頭。黒の筆頭は虫の息となった青年をつまらなそうに見た。そして言い捨てる。

≪──≫

それは終わり告げる言葉であった。


 青年は死を待つのみであった。青年は、自分は目の前の者に全然追いつけない、となかば自暴自棄になりその言葉を受け止める気であった。しかし、それを羽を持つ者が許しはしなかった。黒の筆頭と青年の間に割って入る羽の者。その者は即座に死を迎えたが悔いは微塵もなかった。死んだ羽の者と共に後方へと吹き飛ばされる青年。それを他の羽の者が受け止める。

羽の者達は青年を受け止めるとすぐに戦場を青年と共に離脱した。


混合勢力の要の離脱で戦況は崩壊した。


ファシルが見ていた映像はここで終わり、次へと移った。

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