第五十七話
一気に翔け降りるドラゴン。流れる景色は速く、瞬く間に様相を変えていった。ドラゴンの背中に乗るファシル達はそれでもその速く過ぎ去っていく景色をボーっと見続けていた。
ファシルが矢継ぎ早に変わる景色を見ていると後ろから声がかけられる。
「お疲れ様」
「そっちこそ」
レイリアもお疲れとファシルは返事した。二人の声には覇気がなく、疲れが見えるばかりであった。そんなやり取りをしていると、麓が近くなってきたのか、ドラゴンの翔ける速さがゆっくりになっていく。やがて空中に停止するとドラゴンは、気配を消して地上に降りた。ファシル達は、ビスベーリトに入山してすぐに通った辺りでドラゴンの背中から降りた。
「ありがとう」
ファシルはもう一度ドラゴンにお礼をしたが、ドラゴンは何も言葉を返さなかった。それは聞こえなかったわけでも、無視をしたわけでもなかった。ドラゴンはしっかりとファシル達を見据えている。その様子は真剣なものであり、その姿は何か言いたげであったが、ドラゴンは少しの間を残して遠慮した。
言ってしまうことは簡単であったが、ドラゴンは揺らぎかけた自分の意思に戒めの意味を込め、自制して無言を貫いた。そして、ドラゴンは大きく羽ばたき上空に舞い上がるとすぐに帰っていった。
「疲れてたのかな」
ファシルは決まりきらないドラゴンの態度を見てそう読み取った。
「そうかもね」
そうポツリと言ったレイリアも何か言葉を心にしまい込んだように伺えた。
それはもしかするとドラゴンと同じ事を考えての言葉であったかもしれない。しかし、ファシルには知る由もなく、それは後々、嫌でも理解することになるのだが、その時ファシルはドラゴンのもとに再び訪れる事になる。
ネーベンでお世話になっている主の屋敷に戻った二人は、短い期間ではあったが緊張の連続で疲れ切っていたため、張り詰めた糸が切れた様にすぐに眠りについた。それは久しぶりのベッドの上で、ふかふかのその寝心地は二人を深い眠りへといざなった。
次の日、屋敷には朝早くからとある人物が訪れていた。その者は以前ファシルの体を診た医者であった。医者は魔法で作られた小さな袋のようなものに収納されたハイクラウタを見た。そのまなざしは真剣そのものであった。ハイクラウタは人にとって少量であっても多大な危険をはらむ。
医者は持参した鞄から道具箱を取り出した。それは半透明な入れ物で、中の道具が見て取れた。それらはどれも小さく細かな作業に適している物であった。医者は作業台として使っていいと言われていた机にそれらを並べた。そして机の真ん中に、収納されたままのハイクラウタを置いた。
ハイクラウタを置いた机の上に、それを囲う様に小さな柱を四隅に置いた。それらは魔力を流し込むと、すぐにお互いを繋ぐように起動してハイクラウタの袋の周りに四角い魔法障壁を作り出した。これは細かな作業をする際に用いられるもので、ちょっとした物理的な衝撃を防ぐ事が出来、匂いなども遮断できた。これを医者は、生き物の死骸を切開する際に血などが飛び散らないようにするための道具として用いていた。この仕組みはビスベーリトを囲う障壁と同じものであった。
医者は早速作業に取り掛かった。それはとても慎重を極めた。テーブルマナーの様に端から並べた道具を使っていく医者。障壁内に手を突っ込むとハイクラウタの入った袋を開いて、ゆっくりとそれを取り出して細かく切り分けた。
ハイクラウタは部位によって効能が変わることはなかったが、強弱があった。葉先は弱く茎に近づくにつれて強くなっていく。そして、茎から根に向かうにつれて弱まっていった。ハイクラウタは茎の中心が一番強い成分を持っているのだ。
細かく部位ごとに切り分けられたハイクラウタ。それを医者は部位ごとに濾して、小さな透明の瓶に垂らしていく。小瓶ごとに溜まったハイクラウタの液体は一つ一つ丁寧に蓋をされた。そして効能の弱いものから並べられていく。そして最後に医者はその小さな障壁内に、他とは一線を画す如何にも貴重な見た目をした小瓶を置いた。作業を終えた医者は安堵の溜息を吐いた。そして向き直って
「できました」
と言って薬草が完成したことを伝える。そして最後に置いた小瓶について触れた。
「障壁内はハイクラウタの臭気で満たされています」
「しばらくはこの瓶でそれらを吸い取るため触らないで下さい」
と説明した。そして医者は少しの休憩を取った。
医者は、自身が生きているうちにハイクラウタに触れる事はないと考えていたので、それを調合できる機会に出会えた事を感謝した。そしてその作業はとても緊張するものであった。




