第五十二話
「もう大丈夫」
寝返りを打った時にハッと目が覚め、慌てて起き上がるレイリアにファシルはそう言い聞かせた。レイリアはファシルに顔を向ける。その際、ファシルの後ろにいる大きな体が嫌でも視界に入る。それを見て咄嗟に構えたレイリアにファシルは同じ言葉を言って制した。そして、ファシルは困惑するレイリアに事情を説明しだした。
退屈そうに伏せていたドラゴンは気が付いたレイリアを見た。
(やっと起きたか)
愚痴を漏らしつつ立ち上がるドラゴン。
(さあ、乗れ)
ドラゴンは翼を地面に垂れさせて背中に乗るように促す。ドラゴンがビスベーリトの山頂まで運んでくれるという事であった。
特別な魔力の対流があるビスベーリトであったが、さらにビスベーリト固有の現象があった。それは、山頂の手前に見える雲の事であった。本来、山にかかる雲というのは、麓の温かく湿った空気が風で山を登って冷えて出来るものである。このようにして出来た雲付近は雨が降り多少天候が悪かった。しかし、ビスベーリトのそれは天候が多少悪い程度ではない。一度雲の中に入れば、そこは猛吹雪である。横殴りの雨と雪はもちろんの事、それらに混じって雹が飛ぶ。極めつけはその空間の温度であった。それは優に零下を下回る。したがってこの雲に覆われた空間は歩いて突破するのはほぼ不可能であった。
ドラゴンとの戦闘で魔力が十分でないレイリアと左手が使えないファシルでは突破することが無理であると考えたドラゴンは、雲を突破するところまで二人を運ぶことにしたのだ。それは気まぐれと親切心で半々といったところであった。
ドラゴンの背中に乗る際、先に乗ったファシルは未だ戸惑いを見せるレイリアに言う。
「安心して」
乗り心地は悪くないからと冗談交じりに言ってレイリアに右手を伸ばすファシル。ファイルの冗談にレイリアはフッと少し吹き出した。そして少し気が楽になったレイリアはファシルの手を取り、ドラゴンの背中に乗った。
前に乗るファシルはレイリアが乗った事を確認するとドラゴンに言う。
「よろしく」
その言葉を合図にドラゴンは二人を、自らが作り出した魔力障壁で包む。そして大きな翼を羽ばたかせた。一行は吹き抜けの棲み処を一気に舞い上がった。
ビスベーリトの外周をぐるりと飛ぶドラゴン。それはとても速く、まさに風であった。風は勢いをつけると一気に雲に突入した。雲を駆け抜ける風。そこは暗雲が立ち込めており、猛吹雪で少し先すら分からない。風が雲を切り裂く音が耳に響く。その音に混ざって轟音も鳴り響く。それは眩い稲光を横に走らせて駆けていく。
それらがひしめき合う雲を物凄い速さで進む風。
その風は雲を突破した。
ビスベーリトの山頂はもうすぐといったところであった。
雲を突破したファシル達の目に映るのは、先程までの荒れ狂う天候とは打って変わって、快晴の一言であった。見渡す先に雲は一つもなく、どこまでも見通せた。
山頂の手前のお所に降り立つファシル一行。
(ここまでだ)
ドラゴンは二りを降ろしてそう言った。
ドラゴンが降ろした場所は不思議な果物が多く実る所であった。見渡す限りに果物の実る木が並ぶ。それに興味を示す二人。
(その果物)
食べてもいいぞと言うドラゴン。この日、まだまともに食事をとっていなかった二人はその果物を手に取った。果物は拳ぐらいの大きさで、表面を産毛の生えたような皮が覆う。硬さは少し力を加えるとへこむといった程度で、とても甘くていい香りがした。二人は皮を剥いて中に詰まった果肉に噛り付いた。その果物は、いい具合にお熟されており、瑞々しくとても甘い。
この果物はとても貴重な果物であった。自生することはまずなく、この世界において自生するのはビスベーリトのここだけであった。この果物は、育てるにあたってとても厳しい条件があった。土壌の質の良さはもちろん、日の当たり具合から風通しのよさなど様々で、温度の高低差も重要であった。そして最後の条件が一番難しかった。この果物はとても強い意志を持つ。なので、果物が気に入らなければ他の条件を全て解決しても育つことはなかった。
これだけ育てる事が難しく、貴重な果物が何故ビスベーリトに多く実っているのか。それはかつて、このビスベーリトの山頂に辿り着いた最初の者によってもたらされたものであった。
どれ程貴重か理解していないファシルとレイリア。二人はむしゃむしゃとその果物に手を付けるが、お腹を空かせた二人には仕方なくもあった。
(食べ過ぎるなよ)
ドラゴンは果物にかぶりつく二人にそう言って棲み処に帰っていった。




