第四十四話
光の壁に隔たれた先、この先は想像を絶する空間となる。この先に入ってしまえば、どんな小さな失敗であっても命取りになる。光の砲撃で跡形もなく消え失せるのだ。
≪ガイラーズ≫
≪ミュラース≫
ファシルの体を魔力が包み、さらに魔力の盾が覆う。
光の壁を超えるため槍を突き立てるファシルであったが、その壁を突破すると同時に自身に最大の危機が訪れることを理解していた。
光は少したりとも触れる事が許されないものである。一度でも触れてしまえば、触れた箇所は復活できなくなる。その壁の先の光に向かうのが目的であり、光の壁は前哨戦に過ぎない。その壁を越えてからが本番なのだ。拮抗する槍と壁。それらはとてつもない密度の魔力であり、絶対に相いれない。せめぎ合う双方の魔力が接触したところからお互いをはじき合う。そのはじかれた魔力は辺りのものに触れて、それらを無に帰していく。片方は貫き通す事を望み、片方はそれをひたすらに拒む。しばらく続いた均衡はガラスにひびが入るようにして崩れた。光の壁が割れ、槍の穂先を通す。その瞬間、穂先を更なる光の魔力が迎え撃つ。
「ヴァース」
(ヴァース)
光の壁の突破を待つようにして、ネイラとネーファの言葉が重なり、光を解き放つ。防波堤の決壊を起点に放たれる光の砲撃は濁流となって槍とは真反対の方向に流れ込む。怒涛のように押し寄せる光は槍とぶつかり凄まじい衝撃を起こす。それえあ濁流を穂先を回転させた槍で拡散させて後方へと威力を逃がしている。それは異様な光景で、光は濁流となった川であり、それを中州として円錐の槍が分断する。分断され後方へと流れた光は地形を変えていく。その中州は進むことはなくそこにとどまり続け、少しづつ川の濁流によって削られていく。狭まる中州からはみ出た魔力の盾は一瞬にして、後方へと流されるように消えていった。中州は川の濁流が落ち着くのを耐えて待つしかなかった。
しばらくすると川の源頭に異変が見られた。とても小さな違いであったがネイラはすぐにそれに気づいた。ネーファの力が弱まり出したのだ。ネーファは立っていることすらやっとであった。ネイラはそれを補助するように怪物を召喚して支えさせたが、それはすぐに光となって飲み込まれていく。幾度か繰り返したがネーファを支える事が出来ず光の均衡が崩れ、力が弱まっていく。
中州にいる者はその機微を見逃さなかった。光の濁流が弱まり出したのを見て、一歩踏み出した。歩みを、一歩また一歩と重ねて少しづつ前進していく。その前進が源頭にたどり着くのは時間の問題であった。
ネーファの限界が近づき、握った手と重ねた手は、ネイラから離れていく。
「いやだっ」
ネイラは必死にネーファを引っ張って支えようとしたが、支える事が出来ず光がそれてしまう。すると、二人の間を相いれない魔欲が無慈悲に通過した。それはほんのわずかな、一瞬の出来事であった。
二人は離されてしまった。
二人の羽付きは魔力の通過によって両腕を無くしてしまう。そしてお互いは支える者を無くし、二人は後ろへと離れるように倒れていく。その二人の視線はお互いの顔を捉えていた。それはお互い、今にも泣きだしそうな顔であった。
離れていく二人。
この別れは一生の別れであり、二度と交わることが無い。
「ネーファ!」
それを叫んで否定するネイラ。
その叫びに大粒の涙を流して、とうとう泣き出してしまったネーファ。
二人は為す術もなく倒れていく。その短い時間は、二人には果てしなく長く感じられた。
しかし、その二人の背中を何かが支えて押し返した。
天空より羽を広げた者の仕業であった。
二人の距離は縮まり、抱き合う形となった。二人は一瞬、何が起きたか分からず止まってしまったが、すぐに理解して感情が溢れた。
ネイラは「絶対離れない。ずっと一緒だ、ずっと」と言ってネーファを大事そうに優しく抱いた。子供のようなその顔は安堵して泣き出していた。
泣き続けるネーファは、そのネイラの言葉に満面の笑みを浮かべた。その笑顔は、これ以上なくうれしそうであった。そしてネイラに向かってそっと「一緒だよネイラ」と伝えた。ネーファの声はかすかなものであったがネイラにはしっかりと伝わった。そうして二人は抱き合ったまま、一つの光となって天へと昇った。
濁流を逆行して光の砲撃を突破したファシルの顔は感情を一切現していなかった。その表情は達成感など微塵も感じていなかった。むしろ虚無感に襲われていた。力なく佇むファシルは使い終えた槍を手放した。大きな槍はファシルの手を離れると、ドシンと大きな音を立てて倒れ、消えてなくなった。
ファシルはおもむろに手を目の前に持ってくる。そして手の感触を確かめるように握っては開いてを繰り返す。ファシルの顔の前で感触を確かめられた右手であったがその反対、左手は顔の前に来ることはなかった。ぶらんと垂れ下がったままの左手は肘より先を、火傷のようにも見えるが違った怪我が覆っていた。
ファシルの左手は黒くなり、使う事が出来なくなった。




